本光寺住職のダラブログ

これからのお寺は変わらなければ。「人間ダラといわれて一人前」を掲げる住職の、御門徒さんとのふれあいブログ、略して「ダラブロ」


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昭和58年4月28日、私は本山御影堂にて本光寺の住職の任命を受けて以来、丸22年が経ちました。その時、私は32歳でしたが、それまでの経緯を思い返してみると、何か感慨深いものがあるのです。というのは、私は26歳頃から訳あって本光寺の寺籍簿から一方的に削除され、一時、別の候補者が確定していたことがありました。

ところが、そのことに一部の門徒の方々が猛反発したことで寺が二分してしまいました。結局、当時の責任役員だった石野伊之作という方が中心になって、この事態を収拾されて、私が復籍できたという経緯がありました。

ところで、この私が住職になった一年目に、びっくりさせられた事が三度ありました。先ず、寺に初めて来たという年配の人から、「この寺は何宗か」と訊ねられたこと。次に、小松市内に住むこれも年配の人から「小松には沢山の寺があって、今まで本光寺が何処にあるのか知らなかった」と言われたこと。更に、これまた年配の人から「本光寺の年寄りご院さんの顔を今まで一度も見たことが無い」と言われたこと。

私はその度ごとに唖然としたものでしたが、しかし、これらはその当時のごく一般的な門徒意識ではないかと考え直し、それからはこの門徒意識を変えることが私の重要な課題になりました。「よし、将来誰からもこのようなことを言わせまい」と私は心に誓いました。
ぎゃらえいーさら

そこで、それからの取り組みをここで幾つか挙げてみますと、正確な門徒名簿の作成、多目的な用途に可能な会館の建設、給料制の実施、本格的なギャラリー の新設、塀を取り壊した跡に小公園の造成、葬儀用祭壇・ミニ仏壇・医療用ベッド・遺体搬送車等の無料貸出し、寺内のバリアフリー化、地味ながらも伝道広報活動、そして、次世代の人たちから成る円満の会の結成等々、これまで多額の借金の返済を為しつつも行なってきました。「なに?このだらメルもその取り組みかって。うむ、それはどうかな?」

ここへ来て、漸く寺に背を向けていた門徒の人たちが、寺に目を向けてくれているような感触を私にも持てるようになりました。確かに、この22年の歳月で、門徒意識が随分と変わったように思います。さて、23年目からは‥‥。

住職の口癖  人一盛(ひとひとざかり)と云うが、ワシもあとわずかの間だな。
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 昨年の秋、大谷幼稚園 の運動会に行った時、ここの幼稚園に通っている子供の父親と木陰で話をしていたら、そこに、父母会の役員らしき女性が駆け寄って来て、「これから、おじいちゃんの競技が始まりますから、どうぞ、参加して下さい」と言うのです。どうも、おじいちゃんとは私のことらしい。<まさか、私の外見はおじいちゃんに見られるような、風貌なのだろうか>と、それは正直いって受け難い言葉でした。
幼稚園

自分では、私もまだまだ新たに子供の一人や二人は持てると思っていましたので、何とも寂しい気持でした。

私の身体は知らず知らずのうちに、今も着々と老化が進んでいるのでしょうね。老化と云えば、この頃めっきり物忘れが甚だしくなって、今思い付いたことが数秒後には忘れているのです。いつか、電話中にメモを取ったその紙を何処に置いたのかを忘れ、女房に「何処へやった!」と女房の所為にして、こんな些細なことで口喧嘩をする始末です。
幼稚園2

ところで、先達て、今更ながら子供の記憶力の優れていることに驚かされたことがありました。それは室山さんという家にお参りに行った時のこと。玄関に入ると、子供が元気な声ではしゃいでいる様子。この家には保育園に通っている女の子が三人いて、私が座敷に居ても駆け回ったり、転げまわったりしてはしゃいでいます。おばあちゃんが「ほれ、ほれ、静かになさい」と言っても収まりません。

 それでも、私はこの騒がしい中、勤め始めることにしました。「帰命無量寿如来」と称えると、なんと、この子供たちが大きな声を上げて「ナムプカチギコ…」と私に合わせてついてくるではありませんか。それも座ってではなく、相変わらず走り回りながら、然も、本も見ている気配もありません。到頭、この正信偈の1句7字、120句を最後まで、丸で歌を歌うように称えるのです。私はびっくりしました。

勤めが終わって「皆、すごいね。誰に教わったの?」と聞くと、三人が口を揃えて「おばあちゃん!」と答えました。これを脇で聞いていたおばあちゃんが得意気に「私は毎日この子たちと一緒に正信偈さまを上げとるもんやから、いつの間にか覚えてしまって」と嬉しそうです。

私は物忘れが甚だしくなり、頭の中が鮮明で無くなってみて、私も子供の頃はあの子たちと同様の脳みそが備わって活発に働いていたであろうと思うと、その恩恵の不思議さを痛感します。

住職の口癖  声明のことを、どんなに講釈できても、声が出なきゃ話にならん。
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♪丸い頭のごぼさんが 夢を語り合う 円満音頭 円満満月 月夜の晩に 
 踊れ 踊れ踊れや 小松本光寺

これは本光寺のオリジナル曲「円満音頭 」の1題目の歌詞です。昨年暮れに、漸く目標にしていた108題の歌詞が完成しました。この108題には元唄10番をはじめに、門徒から募集した作詩版、小松弁版、数え唄版、小松名所の紹介版、阿弥陀経版、正信偈版等々盛り沢山な内容になっています。
えんまん12

 そもそもこの音頭ができた切っ掛けは、平成12年に寺で行われた夏まつりに、お馴染みの炭鉱節や花笠音頭や越中小原節などを境内に流して輪踊りをしたのですが、私はこれでは何処にでもある夏まつりと変わらないことなので不満でした。

 そこで、写真家の宮誠而さん にこのことを酒の席で洩らしたところ、数日経って宮さんからテープが送られてきて、「聴いてみろ」と言うのです。早速聴いてみると、どうも風呂場のような所で録音されたような音響になっていて、宮さん本人の肉声ですが、ほろ酔い気分で歌っているように聞こえるのです。それはお世辞にも上手いなと、うならせるような声ではないのですが、中々曲も親しみ易く、詩も良いのです。それが好評だと知ると、それからというもの宮さんは馬車馬の如く、次から次と準備に取り掛かり出しました。
えんまん2

 まず、詩を創り、曲はプロの方に伴奏用の譜面を作ってもらい、序にその人を伴奏者にさせてしまい、歌い手が必要だといって〝ひよこ会〟なるものを結成させて、何度か練習会を開いてメンバーを揃え、遂にCDの録音までしてしまったのです。このCDを門徒に広く紹介しようと、全門徒に無料で頒布をしました。

そういう流れの中で、次に「円満音頭」の踊りの創作でした。幸い宮さんと同じように円満の会員の中山誠(インテリア業)さんが踊りの先生だということで、中山さんが踊りの振り付けを担当して下さり、誰でも踊れる易しい振り付けが見事完成したのでした。
住職も

1年後の夏まつりには、この「円満音頭」が初にお披露目されて、多くの愛好者を生み出しました。この広まりが、何と今年1月の長谷町という町全体の報恩講に、勤めと法話が終わった後、懇親会の席上数人の人がこの「円満音頭」を歌い出したことで、それにつられて別の人たちが歌に合わせて踊り出したのです。「えっ、私ですか?勿論、踊りましたよ!」 

住職の口癖  朝の梵鐘の音も、たまに打てば周辺の家に住む人には騒音だ。
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