本光寺住職のダラブログ

これからのお寺は変わらなければ。「人間ダラといわれて一人前」を掲げる住職の、御門徒さんとのふれあいブログ、略して「ダラブロ」


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 本光寺の朝市は、昨年から毎月第一日曜日の朝6時から凡そ1時間程、寺の境内を開放して開かれました。名付けて“円満市 ”と云います。

2002年7月から始めて、当初16店舗から始まった店も回を重ねる毎に増え、現在では45店舗までになりました。早朝にも拘わらず約1000人もの買い物客が寺に押し寄せて、各店から聞こえる客寄せの「安いよ!早い者勝ちだよ!」という掛け声が境内一杯に響く中、開始10数分で完売する店を始め、殆んどの店が完売するなど大変な盛況ぶりでした。

こうした中、私は意外なことに気付きました。それは私の女房の提案で、この朝市で中宮温泉の湯 を使い、小豆粥を300杯振舞ったところ、なんとこれが人気があって長蛇の列ができて、皆おとなしくその列に付き順番を待っているではないですか。
粥
浮浪者の人たちが、食べ物の配給の折に順番待ちで並んでいるのなら兎も角、今日の飽食の時代に、たった一杯のお粥を食べるために、朝の早くから行儀よく列を次いて並んでいる人たちを見て、私の目には意外な、また不思議な光景に写りました。

お粥に使った米でも、寺では普段から古米か古々米などしか無く、小豆にしても左程珍しい物でない筈です。それなのに、この小豆粥は朝市の度毎に振舞いましたが、2・30分程度ですべて無くなって仕舞うのでした。
円満菊
これは、空き腹にまずい物なし、ということなのか、それとも、寺という特殊の場所だからなのか、私には分かりませんが、少なくとも普通の食堂で粥を出しても人はわざわざ早朝からその度に出かけて来て、店の前に列が出来ることはないことでしょう。

それから、この円満市には津軽三味線演奏もあって、地元奏者の泉原幸治さんが「皆が物を売るのなら、私は音を売りたい」と、小学生のお弟子二人を連れて参加して下さいました。
美味しい
これも、ユニークな発想で、この円満市には誠に相応しく、寺に訪れた人たちの耳を楽しましてくれました。立派なプロ奏者の方なのに、このようなことを思い付く泉原さんも、円満粥を思い付いた女房のようにダラな方のように思います。

住職の口癖  宗教団体が人を勧誘したり、訪問販売をし出すと、怪しいな。
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私は年間に30回近く、枕勤めに門徒宅に出向きます。それらの殆んどが夜10時頃から朝6時頃まで間なのです。当然夜中に電話のベルで起こされる訳ですから、就寝中には枕元に電話を置き、直ぐ取れるようにしています。こうした夜間の電話は案外と多くて、今までにもその時間帯に一晩で3人ものご不幸の連絡を受けたことがあり、その対応に一睡もできず翌朝を迎えたことがあったくらいです。
夜中のことですから、恐縮がって話す人、不幸の直後ということで、興奮の余り高飛車で話す人、と様々ですが、依頼を受ければ何はともあれ、枕勤めや遺体搬送に出向き、その場で葬儀までの日取りを決めてくるのです。

そこで、その日取りの際にいつも問題になることが、カレンダーに小さく書かれてある‘友引’という厄介な言葉なのです。真宗門徒は「門徒は物知らず(物忌むこと知らず)」といって、このような良時吉日には案外と無頓着なものですが、仮に亡くなった人がそうであったとしても、家族や親族の誰かがそれを気にすれば、この‘友引’という言葉が大問題になってしまうのです。

この‘友引’は、六輝の中の一種で、勝負占いに中国で使われ、元々この言葉は‘共引’(共に引分け)だったということを、ある講師から聞いたことがありますが、その真偽の程はさておき、私はこの話が出てくる度に、大の大人が口を揃えて「不吉なことだ」とこだわり、怯えている人たちの姿につくづく人間の弱さを感じてしまいます。

いつかテレビで東京都では友引の日には斎場が休みだと聞いて驚きました。これは都会だけのことかと思ったら、今年の1月に私の叔母の葬儀に富山県朝日町へ行った時のこと。その日はこの小さな町営斎場で8人火葬されました。これも前日の友引の影響でこの日に集中したということでしたが、矢張りこの町も友引の日は斎場が休みだったのです。

小松市でも以前友引の日に斎場が休みだったことがあって、そのことに抗議をするために、当時日野賢憬師(西照寺)を始め有志の僧侶・門徒たちが市役所まで行進し、それを改めさせたそうです。以来、今日では小松市営斎場は年間に元旦と旧盆の15日の2日のみ休みになっています。小松の人たちは、まだまだ‘友引’という魔物に取り付かれている人は多いのですが、それでも、何とか陰で行政が真宗の基盤を維持してくれているようです。

住職の口癖  人から傷つかされないと、分からないことがある。
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父は平成3年1月27日朝方6時頃に、小雪が降りしきる中、自宅で静かに亡くなりました。享年83才でした。

その前日の午後、同級生だった友人の医者に診てもらったら、「多田君、どうする?」と聞くものですから、私は「何が?」と聞き返すと、「入院させるかい?」と言うので「いや、病気でないんだから、最後は家でと思っている」と応えると、「そう、最近はそういうの珍しいんだよね。分かったよ。じゃ、親戚の人を呼んだ方がいい。たぶん今晩中か、遅くても明日の朝までもつかどうかだから」

この時、父は苦しそうに黄色い胆汁を口から吐き散らし、血圧も極端に低く、体は骨と皮だけになり、誰が見ても人間の終末を迎えた姿でした。その日、家には知らせを聞いた親戚の者が続々と訪れて来て、口々に「見ちゃおれないわ、早く入院させなきゃ」と催促するものですから、私は「入院はさせません。私たち家族で決めたことですから」と、言い切っておりました。

その日の晩になって、私は当時小学生だった二人の娘に「おじいちゃんと、最後のお別れをしてこよう」と連れて父の部屋に入りました。すると、恰もローソクの火が燃え尽きる寸前に、一際明るく光を放つように、子供を見た途端、なんと、父は正気の表情に返っているではないですか。驚きました。

娘たちは恐る恐る父に近づき、父が差し出した手を握り握手をしておりました。後に、その時の事を上の娘が作文に書いていまして、そこには「おじいちゃんに会って怖かったけれど、もっとあの時、おじいちゃんに優しくしてあげればよかった」と、感想が書かれてありました。

私も初めて人の死ぬ直前の姿をまの当たりにして、胸がつまる思いでした。ただ心の中で《これでよかったんだ、これでいいんだ》と、延命処置をとらなかったことを悔やまないよう自分に言い聞かせておりました。

誰もが、このような時はその場から逃げ出したくなるものです。その場合、兎角、病院や老人ホーム等に任せたくなりますが、それでは何か、後悔と空しさだけが残って仕舞いそうです。

住職の口癖  変化は創り出すもの。
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ある門徒の家にお参りに行った時のこと。玄関で呼び鈴を押して待っていると、上品な感じの奥さんが出て来られて、私を見るなり「あら!ご院さんや。どうしましょう」と、私が来たことが意外だったらしく、何だか困惑気味な様子です。「お久し振りです。どうしました?」と尋ねると、「ご院さんに、うちのような家にまで来て頂いて、気張る(恐縮する)わ。うちは所帯出(分家)なので、仏壇が小さくて恥ずかしい」と、おっしゃる。

小松では幅が一間近い仏壇はざらに有って、どうも、この奥さんはこの家の母屋(本家)に当る家がそのような大きな仏壇なので、それと比較して気兼ねをしているようなのです。私が座敷でお茶を頂いていると、旦那さんが来られ、また奥さんが「あなた、ご院さんに恥ずかしいわ」と、相変わらずこだわっています。
butudann
そこで、私は「奥さん、仏壇の大きさは、人間の体の大きさといっしょなんですよ。私はこんなに大きな体をしていますけど、頭はノータリンです。奥さんは私に比べて小さいですけど、とても知的な感じがしますよね」と言うと、奥さんがすかさず「いいえ、ご院さんがノータリンなら私などは、もっとノータリンですわ」「ほらね、私も奥さんもいっしょじゃないですか。仏壇もこれと同じで、大切なことは大きさじゃなんですよ」と、私は冗談を言おうと思って、思わず訳の分からない変な譬えを持ち出してしまったのですが、側に居た旦那さんが意外にも「成程」と納得したような顔で頷いているじゃないですか。仏壇は人間の見栄のためにある訳じゃないのに、この奥さんのこだわりが残念です。

そもそも、仏壇の起源はと云うと、そんなに遠い昔のことではないように思います。親鸞聖人の時代には、恐らく今日のようなきらびやかな仏壇などは無く、座敷の床の間に「帰命尽十方無碍光如来」などと名号が書かれた軸を正面に釣るし、床の中央には香炉、両脇には燭台と花瓶といったの三具足を置いたものだったようです。今日でも、床の間に掛け軸を下げたり香炉や花器を飾るのも、その名残と思われます。
後に、寺の本堂を縮小したような箱物が考案され、その中に床の間にあった先に挙げた名号と三具足がそのまま引き上げられて、ここに仏壇の体裁が整ったのでないかと、私は考えています。

住職の口癖 
街に人が集まっても寺は栄えないが、寺に人が集まると街が栄える
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本光寺にはオリジナル経本 があります。平成6年に「正信偈・阿弥陀経」のテープを発行し、翌年にそのテープに合わせてお経の練習ができるようにと経本を発行しました。この経本は縦20㌢×8㌢の縦型の折本で、この本には他に類のない幾つかの工夫がなされています。

先ず、構成は門徒が平生使うお勤めを最小限に載せました。そして、内容がよく理解できるようにと現代語訳を付け、漢字は全て新字に直しました。この経本は創刊以来、大変人気があり、この7年で1万1千部を発行し、当寺の出版物の中ではベストセラーになっています。
オリジナル今日暮雲
ところが、7年前、初版本とテープを本山にも届けたところ、当時の参務(国でいえば閣僚)の方から電話で「出過ぎたことをしてもらっては困る」との注意を受けました。そこで、私は「この経本とテープはうちの寺の全門徒に無料で頒布するものであって、目的はお勤めの普及にある。本山がこの手の本を中々作ってくれないから、やむを得ず作った。それより内容に間違いがあれば指摘してほしい」と、弁明をしました。この時、私は地方の一寺院がこれほど積極的に教化活動をしているのだから、文句をつけるより、礼の一言も言ってくれてもよいのではないかと思いました。

兎角、これまでの法要などでは僧侶の独壇場で終始し、門徒はただ黙って、静かに、僧侶の読経が終わるまで待つしかありませんでしたが、この経本とテープが普及したお陰で、多くの人たちがお勤めに参加できるようになりました。しかし、ここまで普及するまでには、我々僧侶の気苦労もありました。

それは、門徒には共通の変な癖があって、寺から新聞とか本などが配られると、例えば家の若い人がそれを受け取ると、「ほら、寺からやぞ」と言って年寄りの手に渡り、年寄りは中身をちっとも見ずに、有難がって仏壇にそのまま収めて仕舞うのです。もう、こうなると仏壇の中からは出てきません。折角作っても、こちらが期待する程は、見ても、読んでもくれないのです。そこで、我々はお参りに行く度に、仏壇にしまってあるのを、一々外に出して「今日はこの経本を使いますよ」と言って手渡すのです。
みんなでお経
ただこれを根気よく、地道に繰り返えすのです。特に、その家に若い人がいたら直接手渡し、この経本のことを説明しておくと効果があります。これが大事なことなのです。すると大概、誰もがこの経本の価値を認めてくれて、必ずその人の必携本なるのです。

※お経を読んでいる様子をこちらで見ることができます(動画)

住職の口癖 
 みんな、ダラになろぉさ。
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