2005-09-30 08:59:21
変なお寺
テーマ:お寺
もう2年程前の春頃でしたか、夕刻、私は出かけようと表に出ると、丁度そこへ三人の青年がやって来て、「失礼ですが、ここのお寺の方ですか」と、声を掛けられました。彼らは共に金沢市内の大学生で、指導教授から本光寺の納骨堂
の話を聞き、わざわざ見学に来たと云うのです。「これからお出かけですか。じゃ、せめて納骨堂の外観だけで結構ですから、見せて頂けませんか」と、丁寧な言葉遣いで言うものですから、私もこの時は別に急いだ用事でもなかったので、彼らを案内することにしました。
すると、その内の一人が「住職さん、小松駅からここへ来る途中、人にこの寺を尋ねたらですね、『あぁ、あの変なお寺ね。この通りを……』と、教えてもらったんです。小松では〝変なお寺〟で通用するんですね」と、笑いながら話をしてくれました。私も一緒に笑って仕舞いましたが、この話を聞いて小馬鹿にされているな、というより、何故か小気味がよかったことを思い出します。ということは、矢張り私も少し変なのですかね。
この寺がいつ頃から〝変なお寺〟という印象を世間に与えてしまったのだろうか。私には、そもそも境内の塀 を取り払った時から始まったように思えます。もう、あれから4年も経ってみて、寺には塀が無くてもよかったんだ、と思うと同時に、真宗の寺には塀は似合わない、返って余分な物だったと確信を持つことができました。塀が無くなってみて、随分と見通しのよい寺になったので、人からよく「入り易い寺になりましたね」と言われます。私は塀が無いことが、これ程気持が晴れ晴れと、すっきりするものだとは思っていませんでした。
また、本光寺を人が〝変なお寺〟と称するのには、従来の寺のイメージとは違い、変わったことをしている寺という見方もあるのではないでしょうか。例えば、毎年夏まつりがあり、そして、これまで寺の前の県道をホコ天にしたり、本堂を布で被う大掛かりなイベント や本光寺オリジナル曲『円満音頭』の創作、そして、ユニークなHP「スカッと念仏 」の開設など、数え上げれば切りの無いほどの行事・活動を行いました。
そうそう、変わったことと云えば、昨年7月から始めた〝円満朝市 〟も予想を上回る多くの人出でした。この朝市には30数店舗の様々な店が境内各所に陣取り、約1時間の間に殆んどの店の品が完売になるという盛況ぶりで、本光寺が塀の無い開かれた寺として小松の人たちに身近な存在になりつつあるようです。
住職の口癖
良い仕事の結果は部下の手柄、悪い結果は上司の責任。(これが中々できない)
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すると、その内の一人が「住職さん、小松駅からここへ来る途中、人にこの寺を尋ねたらですね、『あぁ、あの変なお寺ね。この通りを……』と、教えてもらったんです。小松では〝変なお寺〟で通用するんですね」と、笑いながら話をしてくれました。私も一緒に笑って仕舞いましたが、この話を聞いて小馬鹿にされているな、というより、何故か小気味がよかったことを思い出します。ということは、矢張り私も少し変なのですかね。
この寺がいつ頃から〝変なお寺〟という印象を世間に与えてしまったのだろうか。私には、そもそも境内の塀 を取り払った時から始まったように思えます。もう、あれから4年も経ってみて、寺には塀が無くてもよかったんだ、と思うと同時に、真宗の寺には塀は似合わない、返って余分な物だったと確信を持つことができました。塀が無くなってみて、随分と見通しのよい寺になったので、人からよく「入り易い寺になりましたね」と言われます。私は塀が無いことが、これ程気持が晴れ晴れと、すっきりするものだとは思っていませんでした。
また、本光寺を人が〝変なお寺〟と称するのには、従来の寺のイメージとは違い、変わったことをしている寺という見方もあるのではないでしょうか。例えば、毎年夏まつりがあり、そして、これまで寺の前の県道をホコ天にしたり、本堂を布で被う大掛かりなイベント や本光寺オリジナル曲『円満音頭』の創作、そして、ユニークなHP「スカッと念仏 」の開設など、数え上げれば切りの無いほどの行事・活動を行いました。
そうそう、変わったことと云えば、昨年7月から始めた〝円満朝市 〟も予想を上回る多くの人出でした。この朝市には30数店舗の様々な店が境内各所に陣取り、約1時間の間に殆んどの店の品が完売になるという盛況ぶりで、本光寺が塀の無い開かれた寺として小松の人たちに身近な存在になりつつあるようです。
住職の口癖
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