本光寺住職のダラブログ

これからのお寺は変わらなければ。「人間ダラといわれて一人前」を掲げる住職の、御門徒さんとのふれあいブログ、略して「ダラブロ」


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もう2年程前の春頃でしたか、夕刻、私は出かけようと表に出ると、丁度そこへ三人の青年がやって来て、「失礼ですが、ここのお寺の方ですか」と、声を掛けられました。彼らは共に金沢市内の大学生で、指導教授から本光寺の納骨堂 の話を聞き、わざわざ見学に来たと云うのです。「これからお出かけですか。じゃ、せめて納骨堂の外観だけで結構ですから、見せて頂けませんか」と、丁寧な言葉遣いで言うものですから、私もこの時は別に急いだ用事でもなかったので、彼らを案内することにしました。

すると、その内の一人が「住職さん、小松駅からここへ来る途中、人にこの寺を尋ねたらですね、『あぁ、あの変なお寺ね。この通りを……』と、教えてもらったんです。小松では〝変なお寺〟で通用するんですね」と、笑いながら話をしてくれました。私も一緒に笑って仕舞いましたが、この話を聞いて小馬鹿にされているな、というより、何故か小気味がよかったことを思い出します。ということは、矢張り私も少し変なのですかね。

この寺がいつ頃から〝変なお寺〟という印象を世間に与えてしまったのだろうか。私には、そもそも境内の塀 を取り払った時から始まったように思えます。もう、あれから4年も経ってみて、寺には塀が無くてもよかったんだ、と思うと同時に、真宗の寺には塀は似合わない、返って余分な物だったと確信を持つことができました。塀が無くなってみて、随分と見通しのよい寺になったので、人からよく「入り易い寺になりましたね」と言われます。私は塀が無いことが、これ程気持が晴れ晴れと、すっきりするものだとは思っていませんでした。
祭り

また、本光寺を人が〝変なお寺〟と称するのには、従来の寺のイメージとは違い、変わったことをしている寺という見方もあるのではないでしょうか。例えば、毎年夏まつりがあり、そして、これまで寺の前の県道をホコ天にしたり、本堂を布で被う大掛かりなイベント や本光寺オリジナル曲『円満音頭』の創作、そして、ユニークなHP「スカッと念仏 」の開設など、数え上げれば切りの無いほどの行事・活動を行いました。

そうそう、変わったことと云えば、昨年7月から始めた〝円満朝市 〟も予想を上回る多くの人出でした。この朝市には30数店舗の様々な店が境内各所に陣取り、約1時間の間に殆んどの店の品が完売になるという盛況ぶりで、本光寺が塀の無い開かれた寺として小松の人たちに身近な存在になりつつあるようです。

住職の口癖  
良い仕事の結果は部下の手柄、悪い結果は上司の責任。(これが中々できない)
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 真宗では帰敬式 と云って、真宗門徒となる門出に受ける儀式があります。この帰敬式は我々真宗門徒にとって報恩講と同様大切な重い仏事です。今日では全国の何処でも何時でも受式できるようになりましたが、つい7年程前までは、本山の占有特許のようなイメージを持たれていましたので、本山の門首、或はそれに準ずる立場の人しか執行できないという偏狭なものでした。

私はこのことに反発して、定期的に毎月28日(親鸞聖人の御命日)にこの帰敬式を行っておりましたが、全国でも同様のケースが見られるという事で本山でも問題視され、やむを得ず条例を改正して、一般寺院の住職でもその寺の門徒に限り帰敬式の執行が公認されるようになりました。

お陰で、それ以来、門徒の様々な要望にも対応できるようになりました。例えば、今までに、門徒の自宅はもとより、病院でも行っています。
おかみそり1
ここで、丁度2年前に、越田さん という方の自宅でそこのご夫婦が帰敬式を受けられたのですが、この時のことを紹介しましょう。この家のご主人は、20年前に脳出血で倒れられて以来、ずっと寝たきりでした。このご夫婦はかねてから機会があれば、帰敬式を受けたいと思いつつも、容易に本光寺まで行けないものですから、歯がゆい思いをなさっておられたそうです。そこで、町内の人に相談したところ、家に来て貰えることを知り、早速寺に申し出られました。

そして、念願叶い夫婦揃って受けられることになりました。当日、ご主人はベッドの上で仰向けに、奥さんはそのベッドの横に座り、二人は20分程の式の間、終始真剣な面持ちで、時には、余程胸が一杯になったのか、涙を流しておられました。
おかみそり2

式が終わって、奥さんが「有難うございました。うちの人はこのような体ですが、私には大切な人なんです。本光寺さんで何度も帰敬式があることは知っていましたが、これまでその度に悔しい思いをしました。しかし、この人を家に置いて私一人だけが寺に行く訳にいかなかったんです」と、涙ながらにおっしゃって、私もその言葉を聞いていて胸がつまる思いでした。ご主人は不自由な体なりに、私に顔や手を上下左右に動かして体全体で表現され、言葉はただ「オー、オー」としか聞こえない言葉でしたが、私には十分に喜んでおられるように見て取れました。

しかし、帰敬式は大切なものなのに、まだまだ門徒の人たちには馴染みが薄いことが残念です。

住職の口癖  自分の足らんところは、人と引き算をすれば、すぐ分かる。
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 本光寺では毎年9月から年末にかけて、報恩講を門徒宅に出向き勤める慣わしがあります。この勤めは真宗独自の大切な仏事ですが、これは言わば、年に一度の家庭訪問のようなものだとも云えます。ここでは「正信偈 」や「和讃」で構成された勤行を、我々僧侶と門徒が共に唱和をして勤めます。それは誠に睦ましい光景です。勤めが終わると、暫く四方山話やお内仏のお飾りのことや真宗の教えの一端などをお話して互いの親交を深めます。

報恩講 所で、私が自坊に戻った頃は、当然のことながら門徒の人たちは私を知らないので、直に会って居てもよく不審がられたものです。ある家に行った時のこと、「ご免下さい、本光寺から参りました」「は~い」と元気よく玄関に出て来た婆さんが私の顔を見て不審そうに「あら、村上さんじゃないんけ」と言って、慌てた様子で奥に引っ込んでしまいました。この村上さんはこの家担当の役僧だったのです。

奥からかすかに会話の声が聞こえてきました。「爺ちゃん、知らんごぼさん(坊主)が来とるわ。あんた、出てま。まぁ、でっけ(大きい)ごぼさんやわ」と化け物扱いです。ちなみに私は身長が180㌢あり、村上さんは150㌢ありませんでした。出て来た爺さん「あっ、ほんに…。どうぞ、入って」と案内されて、仏間に通されました。すると、爺さんが「村上さんは、どうしたがや」「私、代わりに来ました」と言うと「あんた、息子さんか」「いえ、村上さんにはいつもお世話になっています、多田と云います」「あぁ、そう。あんた、小松の人け」「はい」また、爺さんが「多田さんの住まいは何処け」「本折町です」それを聞いた婆さん、爺さんに小声で「多田っていう家、本折にあったけ」と言って互いに首を傾げています。恐らく二人の頭の中は「▽◎◇?!★☆*」という具合だったのでしょう。

そして、勤めも終わって、お別れのご挨拶をしたら、また爺さんが「あんた、ほんとに本光寺のごぼさんやろね」と念を押されてしまいました。なぜに、私は正体を明かさなかったかというと、当時は住職と役僧とは長年勤める家がきちっと区分けされてありました。それで、この家の人は私を役僧と思い込んでいたに違いありませんから、正体を明かすと、たぶん布施の中身を入れ替えたり、いたずらに緊張がらせるだろうから、私はそれをさせたくなかったのです。
報恩講

今日では、私が行かない家がないくらいになり、私の顔も覚えられ、どの家でも私を温かく迎えて下さいます。私にとってこの報恩講勤めが大切な門徒との交流の場になっています。

住職の口癖 
真宗の寺でしかできないことを、本光寺だからこそできることを、積極的に試みてみよう。  
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本光寺の組織には、現在173名の地区世話役がいて、小松市を始め、加賀市、能美郡、石川郡等の範囲に亙って在住する門徒のお取り持ちをしてもらっています。

越えかけ
主に、年2回の寺報紙やその他出版物の配布と年会費の徴収などをお願いしています。この世話役が広い地域に網の目のようにおられますので、くまなく各門徒への情報伝達の周知を図る上でも、これは合理的且つ機能的な組織であり、その上、このことが寺の多大な経費の節減にもなっています。この地区世話役の選出方法は、あくまで地区の人たちの互選によります。住職はこのことの結果について一切口を挟みません。ただ、選出された人を快く受け入れ任命するだけです。

ところで、女房の父親(90才)も以前小松市内のある寺の世話役をしておりました。寡黙で物静かなこの父は何事も几帳面な人で、寺のお世話も誰から指図されなくとも善かれと思うことは進んでしていたようです。いつか、この父が私と酒を交しつつ、こんな話をしてくれたことがありました。

声かけ

毎年手次の寺の報恩講の時期がくると、決まって始まる4日前から寺に行き、自分が予定を立てた通りの準備をするのだそうです。前の年に仕舞っておいた鍬や小豆汁用の茶碗や道具などを蔵から出し、庭や溝の掃除、犬の糞の始末、茶碗洗いという具合に日によってやる仕事が予め決めてあったそうです。

「眞さん、こんなこと言うては、いかんのかも知れんが、この4日間寺にいても寺の人は誰一人ワシに声掛けてくれんがや。別に声掛けてもらうためにしておるんやないんやけど、何か寂しいもんやね」と言うものですから、「〝ご世話さま〟とか〝ご苦労さま〟って言ってもらえんがかね」「そうなんや」と、ちょっと寂しそうです。私はこの話を聞いて、後日この寺の若い副住職にこの話をしておきました。

それから1年が経ち、その寺の報恩講が終わった時分に父が「眞さん、この前、若さんがわざわざワシの名前を呼んで下さって、『○さん、いつも有難うございます』と言われるがや、恥ずかしいやら、嬉しいやらで気張った(恐縮した)。今の若さんは年は若いけど、よぉ、気の付く、大したお方や」と、いたく感心して、上機嫌でした。
声かけ

人には目立つ人と、目立たぬ人がありますが、寺でもお世話をしている人の中には目立たぬ所で黙々と仕事をしている人がいるもので、それを女房や幾人かの目を借りてでも決して見逃さないことが大事です。そして、そのことを知ったら、必ずその人の名前を呼んで、労うことを忘れてはなりません。

住職の口癖  言いつけられたことは、後で必ず報告すること。
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堅い話で恐縮なのですが、私は寺の後継者の問題をどのように考えたらよいか、今、悩んでいます。

通常、これまで本光寺では世襲制が慣例になっていましたので、寺族の嫡男が住職を継ぐことになっていました。私の場合は、兄が先立っていましたので、幸いスペアだった私が父の後を継ぐことになりました。

ところが、私の子供は娘ばかりなので、息子がいません。本光寺規則には「住職は宗憲(いわば、我々の団体では、国の憲法に当たるもので、全国の同派の寺々の規則もこの宗憲に基づいて定められています)により、多田姓を名乗る男子たる教師(住職資格を持つ者)……」とあります。となれば、何れかの娘に婿養子を取る道しかないことになります。但し、この場合、婿は坊主でなければなりませんので、娘がこれを拒めば成り立ちません。

そこで、私はこの本光寺規則を一部変更してはと思っています。先の条文はそのままに残し、その後に次のような一項を付け加えたらどうかと思うのです。それは「もしくは、門徒の衆望に帰する教師資格を有する者を選定する」とすれば、後継者の枠が広がります。これは世襲制も大事にしつつ、尚且つ後継者の候補を広く、自由に選べることになります。

元来、寺は住職の私物ではないのですから、住職は寺に対して執拗に執着するものではなく、つまり、いたずらに多田姓を残すことに固執するのではなく、寺の将来のためにこの寺に最も相応しい人物を第一義に求めた方が良いのでないかと考えたりもします。

これまで、私は子供に対して、自分の目指した学校に入れればよいのに、と願い、次に自分の志望する職業に就ければよいが、と願ってきました。今は年頃の女の子だから最愛の伴侶と出会えることを願っています。親として娘の将来を寺の後継者問題の犠牲にはしたくはない、とこのようなことを門徒の人に話すと「それでは、寺はどうなるんだ。あんたは、無責任だ」と叱られます。

しかし、私の本音は娘が継いでくれれば一番よいのだがと願うも、その一方ではそれを押し付けては可哀想だとも思うのです。今の私の心境は複雑です。

住職の口癖  自分より優れた弟子を育てた人を、師という。
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