2005-08-28 18:53:07
永念さんの思い出
テーマ:思いで
私も年ですかね、このダラブロを書いていると、矢鱈と昔のことが次から次と思い出されて、過ぎ去ったことが懐かしく、そして、ちょっと寂しくもなるのです。なぜかって?それはこれまでに何人もの大事な人が亡くなっているからです。
一昨年の7月に役僧の永念さん(88)が亡くなりました。寺では住職と役僧というのは主従関係にあるのですが、永念さんは私の祖父の時代からの人ですから、私の幼い時分のことを知っていて、私にとって育ての親のような身近な存在でした。
さて、もう15年程前のことになりますが、一人の役僧が私を批判してクーデターを引き起こしました。この時首謀者だったその役僧は、自分が寺を辞めることになった際、同じ仲間を扇動して道連れに退職するよう誘いました。私はこのような役僧間の動きを知って、この事態を半ばどうしようもないことと諦めていましたので、ある日、永念さんと二人になった時、私がふと「俺、独りになりそうやな」とこぼすと、この永念さんが「何を言うとるんです。ワシがおる。二人でこれからやればいい。あいつらはどうでもいい」と吐き捨てるように言うのです。
その時、永念さんは目に涙を一杯溜めておりました。私はこの一言で、頼もしく思い、救われたような気持になり、思わず私もむせび泣きしたことを思い出します。
他にもこの永念さんの思い出に、奥さんに先立たれた後、彼がよく説教の中で告白していたことがあります。「私は家内を失ってみて、初めて気付かされたことが幾つかあります。
それは、夜、仕事を終え帰宅して『只今!』と言っても『お帰り!』と返ってくる声が聞こえない。暗い家に帰った時、これは寂しいものですな。また、家内がいた時は、ちゃんと風呂が沸かしてあり、風呂から上がると、燗をした酒と、私の好きな煮付け物が用意してあり、そろそろ寝ようと思うと、部屋にはすでに布団が敷いてある。こんな面倒なことをくる日もくる日もしてくれておったのかと思うと、胸が詰まる思いでした。
本当に大切なものは、失ってみなきゃ分からんと云う事を、この年になって初めて知りました。今では、私は家内がやってくれていたことを全部せなならんことになって仕舞いました」と、薄笑いをして、しんみりと語っていたことを思い出します。
住職の口癖 コツコツとやってきたことを評価されると、うれしいもんやな。
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一昨年の7月に役僧の永念さん(88)が亡くなりました。寺では住職と役僧というのは主従関係にあるのですが、永念さんは私の祖父の時代からの人ですから、私の幼い時分のことを知っていて、私にとって育ての親のような身近な存在でした。
さて、もう15年程前のことになりますが、一人の役僧が私を批判してクーデターを引き起こしました。この時首謀者だったその役僧は、自分が寺を辞めることになった際、同じ仲間を扇動して道連れに退職するよう誘いました。私はこのような役僧間の動きを知って、この事態を半ばどうしようもないことと諦めていましたので、ある日、永念さんと二人になった時、私がふと「俺、独りになりそうやな」とこぼすと、この永念さんが「何を言うとるんです。ワシがおる。二人でこれからやればいい。あいつらはどうでもいい」と吐き捨てるように言うのです。
その時、永念さんは目に涙を一杯溜めておりました。私はこの一言で、頼もしく思い、救われたような気持になり、思わず私もむせび泣きしたことを思い出します。
他にもこの永念さんの思い出に、奥さんに先立たれた後、彼がよく説教の中で告白していたことがあります。「私は家内を失ってみて、初めて気付かされたことが幾つかあります。
それは、夜、仕事を終え帰宅して『只今!』と言っても『お帰り!』と返ってくる声が聞こえない。暗い家に帰った時、これは寂しいものですな。また、家内がいた時は、ちゃんと風呂が沸かしてあり、風呂から上がると、燗をした酒と、私の好きな煮付け物が用意してあり、そろそろ寝ようと思うと、部屋にはすでに布団が敷いてある。こんな面倒なことをくる日もくる日もしてくれておったのかと思うと、胸が詰まる思いでした。
本当に大切なものは、失ってみなきゃ分からんと云う事を、この年になって初めて知りました。今では、私は家内がやってくれていたことを全部せなならんことになって仕舞いました」と、薄笑いをして、しんみりと語っていたことを思い出します。
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