本光寺住職のダラブログ

これからのお寺は変わらなければ。「人間ダラといわれて一人前」を掲げる住職の、御門徒さんとのふれあいブログ、略して「ダラブロ」


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 このブログにはただ思い付くままに、ひとり言を話す心持で毎回書いてきました。これまで時折このメールに登場する女房も、最近は「もういい加減にしたら」と少々呆れ顔です。まさに、だら一直線でここまできましたが、幸に、私にとっても今まで歩んで来た過去を振り返り、事実を書き留めることができました。ある読者が「お陰で、だらという言葉が身近なものになりました」と、お世辞とも、冗談ともとれる感想を言われ、即座にその返答に困って仕舞いました。

 私はあくせくした日常生活の中であっても、肩ひじを張らず、力まず、あるがままに自然体で物事を見て、感じて、捉えることはとても大事なことだと思っています。例えば、喜怒哀楽は人間の正直な感情ですから、そのまま頂きものとして受け取り、なぜにという理屈もこの際抜きにしたいものです。だらはそれでよいのです。

 鳥越村 ・杉の森という所に、前川ふみ子さんという婆ちゃんがいます。私は毎年秋にお参りに行っているのですが、その度にこの婆ちゃんから色々な話を聞かせてもらっています。

 いつのことだったか、玄関で「こんにちは」と声を掛けても返答がありません。それで変だな、と思いつつその家の背戸に廻ってみると、婆ちゃんがしゃがんで畑仕事をしている様子です。

 「婆ちゃん、来たよ」と声を掛けたら「あら、いとしげな(気の毒な)、そんな時間になったがかいね。すんませんね。さぁ、さぁ家に入ってくとんし」と、仕事の手を止め、立ち上がり「ご院さん、今までこの草をわて(私)むしっとったんやけど、草をむしりながらこの草がわてに見えてきてね。
草引き
 
 むしってもむしっても、またぬくぬくと生えてくるし、踏みつけても、また起き上がってくる、わてのきかん根性と同じような気がしてね。この草からこう知らせてもろうて、有難うて、有難うて、この草に手を合わしてナンマンダブツ、ナンマンダブツと弥陀の名を呼ばしてもろうとったんがや」と、しみじみ言われるのです。

さて、あなたはこの婆ちゃんを馬鹿にしますか、それとも共感がもてますか。

住職の口癖
思案の果てが、引っ込み思案になる。
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 さて、これからの話は私たち夫婦のことなので、多少はばかりますが、ちょっと我慢をして読んで頂けますか。

私たちが結婚したのは旭川市 でした。訳あって式はできず、役所に婚姻届を出しただけの結婚でした。その婚姻届の保証人に頼む人もなく、困っておりました。でも、たまたま馴染みになった居酒屋の大将夫婦にそのことを告白しましたところ、「よし、わしらがその保証人になってやろう」と、言ってくれたのです。それ以来、この夫婦には身内の者のように、私たちを可愛がって頂きました。

 ある日大将(元国鉄野球部の監督だったそうで、客はその関係の人が多かった)が常連の客に「この二人、結婚式していないんだってさ。どうだ、皆でお祝いをしてやろうべさ。俺も他人のように思えないんだべさ」と何人もの人たちに声を掛け、遂に20人ほどの何の縁もゆかりもない人たちに加え、何と、小松から女房の両親まで呼んでくれて祝賀会をして頂いたのです。それは思わぬことで感激しました。
 また、私たちに子供ができると、大将の奥さんが女房の身の回りの世話までして下さいました。この不思議な夫婦は私たちにとって忘れられない恩人です。

結婚

 私たちは旭川で4年暮らした後、岩見沢 へ移ることになり、お別れのご挨拶に伺った時のこと。お世話になったお礼にと、予め用意をして来た志を入れた袋を差し出そうとするや否や、それを見た大将が突然大声で「バカヤロー!」と一喝。「お前たちにそのような気持があるのなら、将来お前たちと同じ境遇の若いカップルが現われた時に、その人たちにこの気持を返してくれればいいんだから」と、たしなめられました。私はのこの言葉を聞いて、その時私の体の中に電気が走るような強い衝撃を感じました。

 私たちは幸いこのような人たちと出会えて“お陰さま”と言えますが、もし、ひとつ間違っておれば“この人たちのせい”でと恨みつらみを言っていたかも知れない。前もって人間の幸不幸は予測できませんものね。これも縁は奇なもの味なものということでしょうか。

住職の口癖
自慢話に、人は顔を横向く
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 親の性か、子供の出来不出来に拘わらず心配事が絶えないものです。
例えば、子供がいつも部屋に閉じこもって勉強ばかりしておれば「たまには、外で遊んではどうか」と思い、逆に、いつも外で遊んでばかりおる子ならば「たまには本気になって、勉強してくれればいいが」と、心配になるものです。何れにしても親の心配の種は尽きません。
おやこ

 しかし、時折親も心配のあまり、ふと言ってはいけない表現をすることがあります。仮に、兄弟がいたとして、親が共に励まそうと「遊んでばかりいると、兄ちゃんのようになるわよ」などと、片方を引き合いに出すと卑屈になり、反抗的になって返って逆効果になるようです。このように、親の無神経なちょっとした表現が大変悪い影響を与えてしまいます。

 喫煙で補導された子供の多くが、その言い訳によく「親がタバコを吸うのなら、人目につかない所で吸え」と言ったからだと云い、また、その子の親もそのことを認めていると云うのです。これはあたかも<悪事は隠れて、人目を盗んでしろと、言っているのと同じで、親の無分別な無神経さには驚かされます。それは窃盗や傷害や殺人などの行為を暗に促がしていることになり、人に気付かれなければどんな悪い事をしてもよい、という間違った考えを子供に植えつかせることになりかねません。

また、同様に「人に迷惑をかけなければ、何をしてもよい」というような表現も、今日の常識的な親の諭し文句でありますが、これも問題です。これは、自分さえよければよい、という今日の世相を物語った表現のように思います。

その結果、子供はよく「私は誰にも迷惑かけていないからいいがいね」と、親の心配をよそに言い返します。子供の心はいびつになって、それが陰湿な行為に走り、社会を乱しています。

 いやに物分りのよい親が増えて、私は社会全体が歪んでしまっているように思えてなりません。子供には、人目に関係なく、また、迷惑を掛けようが掛けまいが、悪い行為を許してはいけません。

住職の口癖
「だろう」の仕事はいけない。ねんごろに、一つ一つの確認を。
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 もう10数年も前のこと、私の友人、通称、おーちゃん(布団屋店主)に次のようなことを相談したことがありました。
 寺では毎年、大晦日の晩に除夜の鐘を打っているのだけど、その時そば振舞いをしたい。その訳は、小さい子供たちにそばを振舞って、その子たちが大人になった時のいい思い出を作ってやりたい。その子供たちが僕らの歳になった頃に、「今から思うと、何処の何というお寺か忘れたが、父母に連れられて一緒に食べたそばが旨かった。凍りつくような寒い晩に、小雪がお椀の中に舞い込み、白い湯気が立った熱い汁をすすりながら、フーフーと息をかけて皆で食べたあの掛けそばが旨かった」と、懐かしがってくれるような一夜を作ってやりたい。力になって欲しい、というような話の内容だったと思います。

 除夜の鐘

 このことが切っ掛けで、いつの間にか続々と人が揃い始めたのです。スギさん(寿司屋の板前、中心人物)哲ちゃん(美大卒の変り者)みっちゃん(元OL)としちゃん(公立高校教諭)良ちゃん(酒屋店主)等々、寺の周辺の若い人たちが呼掛けに立ち上がってくれたのです。

 そして、その年に見事に実現しました。材料費、燃料費などの諸経費はすべて寺が持ち、皆はすべて無料奉仕です。今日では新しいメンバーも加わり、そば振舞いだけではなく、境内を使って演出に趣向を凝らし、沢山の参詣者の人たちの目を楽しましてくれています。昨年の大晦日は400人以上の老若男女が寺に訪れました。

 この人たちは、たった1回の鐘を撞くために鐘楼の前に長蛇の列をつき、また、そばを食べるためにテントの前で列につき並んで待ってます。余程面白いことなら兎も角、おとなしく待ってます。平生、鐘を撞くために人は寺に来ません。昨今、一杯の掛けそばを食べるために人は店に並びません。人間の心は不思議です。

 ところで、人は神社に行くときは信心も欲からと云うように、これから先のご利益(得すること)を期待して参るようです。そうそう、今年の元旦に家族でテレビを見ていたら、何処かの大きな神社での初詣の模様がニュースで伝えていました。すごい人出で広い神社の中は人で一杯です。皆、真剣な面持ちで神殿前のプールのような賽銭箱に夢を託してお金を投じて手を合わしている姿が映っていました。それを見て娘が「ここの神さんは、この人たちの住所をちゃんと知っているんやろか?」これを聞いて皆で吹き出しました。

寺には安らぎと自由と楽しみを求めて人が集まる所でありたいと願ってます。

※ 2004年度の除夜の鐘突きの様子はこちらで見る事が出来ます。
※ こちらでも見る事が出来ます

住職の口癖

贅沢できる分、還元すればよい。
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 今年の1月東京で、中学生数人が図書館で一人の男性から注意されたことを根に持ち、腹いせにその男を近くの公園で叩き殺したという悲惨な事件がありました。

 その中学生の中の一人の母親が「今までに、子供を一度も叱ったことがなかった」とか、「子供をどのように叱ったらよいか、分からなかった」とか、「叱らないに越したことはないですもの」などと、言っていると聞いて私は呆れてしまいました。
このように自分の子供でさえ叱ることができない親、子供を他人の子供のように遠慮勝ちな親、子供の無分別な言動にしっかり諭せない親、いやに物分りのよすぎる親など、親であって親でない不自然な親子関係が事件が起る度に見えてきます。

 さて、私の寺でも以前、新米坊主がお仏前にお供えしたお仏器(ご飯を盛る器)を流しで洗っている時に、ふと私が流し台のゴミ受けを見ると、網に沢山の流し落とした飯粒がゴミと一緒に残っていました。それを見た私は、厳しい口調で「何しているんだ!勿体無い。今、ここでこのご飯粒をみな食べろ!!」と叱り、私の見ている目の前でさらえさせ、全部食べさせたことがあります。叱る時はそのタイミングが大事で、好機を逸すると効果がないものです。

かえる 私も、若い時分に外でタバコの火を足で消していたら、女房の父親が「火をそのように粗末にすると、自分の家が火事になるぞ」と注意されたことがありました。大切な火や水を日頃、粗末にしていると、将来きっとその火や水で泣かされることがあるだろう。タバコの火を足で消すなど以っての外、とたしなめられました。この時、私は尤もなことだと思い、以来、路上などでタバコの火を足で消せなくなって仕舞いました。

 私にはこの箴言が大変効き目があったようです。私たちは過去に褒められたり、おだてられたことより、むしろ、注意されたり、叱られたことの方が、不思議と記憶に残っているものです。また、それが人生の教訓にもなっていることが多いのではないでしょうか。

住職の口癖
過ちをしない人なんて、いません。
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 昨今、巷では「どこの業界も不景気だが、葬儀業界だけは景気がよい」などと揶揄されています。都会ほど、所謂“セレモニー何々会館”といった葬儀専用式場が到る所に乱立しだし、その影響が地方にも流れ込み、業者同士の過当競争も熾烈を極め、過剰なサービス合戦を行って、それぞれの業者は利用者を引き込むことに必死です。

 元来、葬儀は至って質素なものでした。通夜はみな家で執り行い、有り合わせの物を利用して式壇を拵えました。部屋の戸を外して台を作り、その上に燭台と香炉と花瓶に青木を挿し、山海里の幸を供えて、皆で読経を繰り返したのです。そこには葬儀社も司会者も坊主さえも居ません。花輪もなければ、霊柩車もありません。
本光寺祭壇
通夜が済めば、棺桶を担ぎ、近くの山や海の近くの斎場で葬儀を行いました。恐らく、遺骨はそのまま埋葬されたことでしょう。なぜなら、今のようにきれいに焼けず、臭くて家に持ち帰れなかったからです。

 ところで、私は今日の葬儀の益々華美になる社会的風潮を懸念して、新様式の祭壇を考案しました。この祭壇の特徴は、従来の白木の祭壇ではなく、お内仏を中心に両側に光沢のある青い布をカーテン状に垂らし、薄暗い部屋の中に晴れ渡ったような夜空を思わせるような光を所々にアッパーライトとダウンライトで演出させ、実に厳かな雰囲気をもったもので、シンプルをテーマにした本光寺独自の祭壇です。

今日私たちが目にする祭壇は真宗の祭壇とは云えず、葬儀業者の考えた産物です。私は本来の真宗の葬儀のあり方に立ち返るために、決して人に無理に押し付けるのではなく、それより見栄を張りたくない人のために、また、お金に余裕のない人のために、これを選択肢の一つとして門徒に奨めています。

この試みは「亡くなられた人に対してではなく、世間の目を気にして葬式は華美になる」という人間の浅ましさを知ってもらい、その愚かさに気付いてもらうための無言の教化なのです。

※ 本光寺オリジナル本『葬送の知恵袋』はこちらでご覧になれます
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礼も過ぎれば無礼になる。
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 本光寺には凡そ3,000坪の共同墓地があります。実は、この墓地が出来るまで、奇跡とも云える経緯がありました。

 今から17・8年前、当時有った納骨堂のお骨が満杯という事情もあって、納骨堂を拡張するか、もしくは移転するかが深刻な問題になっておりました。そんな折、宮崎さんという方から「私の山を聖地にしてもらえないか。もし、もらえるならば喜んで寺に山を提供したい」という申し出がありました。それから2年後、納骨堂の移転候補地として、約1,200坪の山林畑を譲り受けました。

ところが、この場所は一般道路から600m離れておりましたが、その後、市の運動施設がその中間に建設されることになり、それに伴い、見る見るうちに公設道路が100m手前まで迫って来たのです。更に、山の土が欲しいという土建業者が現われ、またたく間に丘陵地になってしまいました。更にまた、同じ頃に、中村さんという方が、公設道路からの進入道路分(幅6m長さ100m)の土地の無償提供があり、また、その4年後、吉田さんという方の約1,300坪の土地提供も加わり、遂に平成7年墓地造成工事と道路取り付け工事が始まり、その年に完成しました。

私が誰にも何一つお願いをしていないのに、たった5年間で「さあ、造れ」と言わんばかりのお膳立てが整い、ついに出来てしまいました。

さら次に、もう一つの奇跡は、同じ平成7年に境内の一角に納骨堂が出来たのですが、内装工事も大方終わり完成が近くなった頃、納骨堂内のお内仏に安置するご本尊のことで、ふと、私は尾口村瀬戸の道場のご本尊の話を思い出しました。それは、昭和60年に本覚寺と本光寺の道場を合併して新築した際、本光寺道場の御堂にあった木像のご本尊が使われず、以後木箱に入ったままで保管されてあったのです。そこで、瀬戸に赴き、譲渡をお願いしたところ快諾が得られ、早速持ち帰り、納骨堂のお内仏に据えてみたところ、何と、お内仏の高さが5尺、木像の高さが4尺でピッタリと合うのです。驚きました。元々からこの納骨堂に収まるお約束だったのでしょうか。

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儀式作法は見て盗み、声明(しょうみょう)は聞いて真似るもの。
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 よく人から「ご院さん、いつも忙しそうやね。商売繁昌で結構やね」とか、「何れ、ご院さんには厄介にならんなんけど、まだ、お付き合いするには早いようで」などと、嫌な皮肉を言われることがあります。

 かつても、娘が市民病院に入院をしていた折、私は僧衣のまま病院に行くと、病棟内のロビーで私の姿を見た数人の人たちが小声で「何処やろ、誰やろ」と囁く声が後ろの方から聞こえてきたことがあって、娘がいる病室に入るのにも、同室の人たちの私に対する目線がとても気になったものでした。

 昨今の坊さんの風采は、布施につながる行為の時は僧衣で、そうでない普段は私服なので、それは銭湯で裸でいるが如く、一見して坊さんが誰かと見分けることは難しいことでしょう。
このような一般僧侶の傾向は、恐らく親鸞聖人が当時、僧侶として公然と肉食妻帯の先駆を切ったことや、一貫した非僧非俗の境遇の生涯であったことなどの歴史上の事実が、今日の坊さんの風采にも影響しているのかも知れません。死神

このことは、多分「外見だけで真宗の坊さん、否、私を判断してもらいたくない」という意地の現われでもありますし、また、「坊さんが恰も死に神のように人から一方的に見られて、毛嫌いされたくない」という本音の一面も伺えます。

 しかし、そのように一般的に世間では坊さんが死に結びついた存在として印象付けられていることは事実でありますが、却ってこのことがこれからの坊さんの心掛け次第で、世間に見直させる当に絶好の機会を与えられていることでもあるのです。

住職の口癖
今、言いつけられたことを先送りする者は、怠け者。
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 平成元年、それまで寺の役員をして下さっていた寺林さんという方が突然入院なさったと聞いて、女房と二人で入院先の市民病院にお見舞いに行った時のこと。

集中治療室に入っておられるというので行ってみると、奥さんが中から出て来られて「どうぞ、会ってやって下さい」と、中に案内されました。青いガウンに着替えて、集中治療室に入ってみると、寺林さんは喉に管を入れられ、誠に不自由そうな格好でしたが、意識ははっきりとしていて私たちがよく分かるようでした。奥さんが「こんな状態なので筆談しているんです」と言って、小さな子供が落書き用に使うホワイトボードを出して見せてくれました。

「これ、今さっき書いてくれたんですよ。オムツを取り替えていたら、その替えたオムツを見せろ、と言うものですから見せると、すぐこれを書いたんです」。そこには<ウンチよ、今日も有難う>と書いてありました。

 次に、同じご門徒で広田俊一さんという方のことにもふれておきたいと思います。広田さんは40代半ばに関節リューマチを発病して以来、20数年間の闘病生活を余儀無くされました。しかし、国立山中病院で不自由な体ながら広告チラシの裏に仏画を書いているうちに、その独特の画風やそこに書かれている言葉に人々は心を打たれ、病院内では評判になったそうです。そして、わざわざ尋ねて来た人には、快く求めに応じたといいます。
広田さん
 私が広田さんと平成4年、亡くなる数ヶ月前にお会いした折、広田さんが「ご院さん、この頃は痛みが治まるのは、一日に15分間位になってしまったが、有難いことにその短い時間に一気呵成に書くのが楽しみでね」と、おっしゃつていました。

 広田さんの作品の中に、半紙に仏画を描き、その余白に書かれた言葉「病気も頂きものよ、病院命の尊さ知るところ」というのがあります。命の尊さは重さじゃありません。ひと時ひと時の新鮮な実感です。

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坊主は娑婆のことに疎い。これも人の寺離れの原因の一つだな。
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 この19年間に、全国から駆け出し僧侶がこれまでに26人も本光寺に訪れ、そして、その内21人がこの寺を去って行きました。よく勤めてくれたな、と特に印象に残っている人は、2人位でしょうか。

 女房は今日まで、毎日6、7人分の朝食の支度を年中無休でしてくれています。また、若い人ばかりなので、衣がほころびると縫い直してやり、時には自分の子供のように叱ることもあるようです。「怪我をさせちゃいけない」「病気にならないように」などと、いつも気遣っています。それでも、病気になれば、家まで様子を見に行き、入院をする者があれば、付き添っています。

 このように女房はふだん、主に賄いをやってくれているんですが、何故か初めて女房と会う人は寺の奥さんだと気付く人は少ないのです。

 以前にこのようなことがありました。寺で通夜があった日に、ある中年の男の人が台所に来て話し掛けてきました。「ねえさん、あんた何処から通って来てるがかいね」すると女房は「このお寺に住まわしてもらっておるがや」「そうか、子供は何人いるがかいね」「2人や」「3人暮らしか。あんたもまだまだ若いのに、これからたいへんやね」「いや、うちの人と4人でお寺に住まわしてもらっているがや」「あっ、すまん、すまん、てっきりわしは‥・。それで、あんたの旦那の仕事何しとっましゃるんや」「ごぼさんや」「―――」その後、この男の人は突然押し黙ってしまい、無言のまま踵を返して台所を出て行ったそうです。

 おばさん私の女房は一般的な寺の奥さんとイメージが違うらしく、それは、たぶん容姿から判断されるのでしょうが、大半の人からは「寺のおばさん」に見られるようです。しかし、女房は有難いことに多くの人たちから慕われておるようで、元気な間は頑張りたいと言ってます。

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  女のヒスは、台風のようなもの。只々過ぎ去るのをじっと待つしかない。
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