2005-04-30 15:37:07
畑の草と、わて
テーマ:ブログ
このブログにはただ思い付くままに、ひとり言を話す心持で毎回書いてきました。これまで時折このメールに登場する女房も、最近は「もういい加減にしたら」と少々呆れ顔です。まさに、だら一直線でここまできましたが、幸に、私にとっても今まで歩んで来た過去を振り返り、事実を書き留めることができました。ある読者が「お陰で、だらという言葉が身近なものになりました」と、お世辞とも、冗談ともとれる感想を言われ、即座にその返答に困って仕舞いました。
私はあくせくした日常生活の中であっても、肩ひじを張らず、力まず、あるがままに自然体で物事を見て、感じて、捉えることはとても大事なことだと思っています。例えば、喜怒哀楽は人間の正直な感情ですから、そのまま頂きものとして受け取り、なぜにという理屈もこの際抜きにしたいものです。だらはそれでよいのです。
鳥越村 ・杉の森という所に、前川ふみ子さんという婆ちゃんがいます。私は毎年秋にお参りに行っているのですが、その度にこの婆ちゃんから色々な話を聞かせてもらっています。
いつのことだったか、玄関で「こんにちは」と声を掛けても返答がありません。それで変だな、と思いつつその家の背戸に廻ってみると、婆ちゃんがしゃがんで畑仕事をしている様子です。
「婆ちゃん、来たよ」と声を掛けたら「あら、いとしげな(気の毒な)、そんな時間になったがかいね。すんませんね。さぁ、さぁ家に入ってくとんし」と、仕事の手を止め、立ち上がり「ご院さん、今までこの草をわて(私)むしっとったんやけど、草をむしりながらこの草がわてに見えてきてね。
むしってもむしっても、またぬくぬくと生えてくるし、踏みつけても、また起き上がってくる、わてのきかん根性と同じような気がしてね。この草からこう知らせてもろうて、有難うて、有難うて、この草に手を合わしてナンマンダブツ、ナンマンダブツと弥陀の名を呼ばしてもろうとったんがや」と、しみじみ言われるのです。
さて、あなたはこの婆ちゃんを馬鹿にしますか、それとも共感がもてますか。
住職の口癖
思案の果てが、引っ込み思案になる。
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私はあくせくした日常生活の中であっても、肩ひじを張らず、力まず、あるがままに自然体で物事を見て、感じて、捉えることはとても大事なことだと思っています。例えば、喜怒哀楽は人間の正直な感情ですから、そのまま頂きものとして受け取り、なぜにという理屈もこの際抜きにしたいものです。だらはそれでよいのです。
鳥越村 ・杉の森という所に、前川ふみ子さんという婆ちゃんがいます。私は毎年秋にお参りに行っているのですが、その度にこの婆ちゃんから色々な話を聞かせてもらっています。
いつのことだったか、玄関で「こんにちは」と声を掛けても返答がありません。それで変だな、と思いつつその家の背戸に廻ってみると、婆ちゃんがしゃがんで畑仕事をしている様子です。
「婆ちゃん、来たよ」と声を掛けたら「あら、いとしげな(気の毒な)、そんな時間になったがかいね。すんませんね。さぁ、さぁ家に入ってくとんし」と、仕事の手を止め、立ち上がり「ご院さん、今までこの草をわて(私)むしっとったんやけど、草をむしりながらこの草がわてに見えてきてね。
むしってもむしっても、またぬくぬくと生えてくるし、踏みつけても、また起き上がってくる、わてのきかん根性と同じような気がしてね。この草からこう知らせてもろうて、有難うて、有難うて、この草に手を合わしてナンマンダブツ、ナンマンダブツと弥陀の名を呼ばしてもろうとったんがや」と、しみじみ言われるのです。
さて、あなたはこの婆ちゃんを馬鹿にしますか、それとも共感がもてますか。
住職の口癖
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