永遠の未完成を奏でる 天籟の風

"Tenrai Wind" to play "Everlasting Incompletion"

5000年後に暮らす世界中の子どもたちの笑顔のために
For all children's smiles that exist after 5000 years.


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前記事 UNBEFLECKTEN  ERKENNTNISS (英訳:IMMACULATE PERCEPTION, 邦訳:汚れなき認識) における“月”“太陽”“海”を使ったニーチェのレトリックを一部だけ簡単に解釈してみる。(全体の非言語的思考のイメージはできているのですが、それを言語に直すことは私にとって過酷な労苦であり不得意なのです)

 

“月”は自らが光を生み出しているのではなく、太陽の光を借りて光っている。それを自分自身が輝いているように見せかけている欺瞞をニーチェは指摘する。例えば、イエス・キリストが生み出した光をドグマチックに ―しかも信仰させるようにいろいろと付着させて― 絶対的に正しいもの善なるものとして語る僧侶たち。或いは信者たち。彼らは虎の威を借りるキツネだ。自分個人のアイデンティティを自分で作りだせないために宗教の教えに依存する。そしてさも自分自身がそれを知っていることで偉いというふうな態度で語る。

 

それに対して“太陽”は自らの力で光を生みだす。自分自身の内面で化学反応を“意志して”(無意識的な意志によって)起こし、同じものが二つとないアイデンティティを生みだす。自分のあふれ出すエネルギーを誰か受け止めて欲しいと願う。(願いは乾きでもある)

“海”は太陽の魅力に惹かれ、太陽の乾きを潤そうとし、自らも光になろうと昇ってゆく。

 

ニーチェの言説は、“太陽”と“海”を自分の内面における心の二重性を表しているのだと思う。“海”とは、一方で自分の価値観であり受動的に認識しようとするシステム、もう一方では自分の欲求を意志として表現しようとするシステム、いわば心のメカニズムのようなものだろう。

 

 

**********

 

ニーチェの純粋主観(認識)を何度も読んでいてここ数日で閃いたことを書いてみる。

 

私たちは通常、過去は変えられないと信じている。おそらく小学生あたりで歴史を少し習ってから、時間軸は直線的に年表的に未来へ向かって伸びているという感覚。歴史の積み重ねによって現在がある、今の自分がある、という信念を植えつけてしまってはいないだろうか。

 

閃いたのは、過去は変わるということ。

過去を事実化して動かぬものとして捉える、一般常識的な観点はもちろん有効で科学的でもある。けれどそれは、地球という事実の周囲をぐるぐる回り続ける月の運動に似ている。

 

一方で私の中で息づいている過去との繋がりは血管で結ばれており、私の心の色彩の変化や鼓動によって、「私から観た」過去の「意義」はそれにつれて変わっているのである。例えば1992年に印象的な出来事があったとしよう。2016年の24年前だ。ところが〇〇年前というのは関係なく、その出来事の「意味」ではなく「意義」が、自分のアイデンティティの変化によって変わっている。1992年での意義は姿かたちをまったく変えてしまっている。

 

もし私が1992年に起こったことを固定事実化してこだわり続けていれば、ずっと1992年のそのことの周囲を回り続けてしまう。そうはならなかった。過去は変わっている。そのときに関わった人の印象も変わってしまった。意義という言いかたが解りにくければ、「関係性」という言葉に置き換えることもできる。自分の内面世界における1992年の出来事と関連した人を、自分の手で「救った」と言い換えることもできる。

 

具体例をもうひとつ。

私は10歳のときに母を失っているが、振り返ってみれば10年単位くらいで亡くした母との関係性が変化していることに気づく。母がいないことで同情されることがとても嫌だった時期、母を早くに失ったことを絶対に自分の欠点にはさせるものかという時期、母を早くに失ったからこそ今の自分があり、自分の矜恃としていた時期、彼女を人生の師として、重大な場面で対話相手となってもらっていた時期、最近では、死んだら会いたい、少し甘えてみてもいいかなと思うようになっている。が、まだまだ胸を張って会うわけにはいかないので、最後の加速をしている最中なのです。(天国とか浄土とか魂とか、宗教的なものは信じていないのですが)

 

というふうに、関係性がすっかり変わってしまっていることに驚く。

40数年前~1年前には、まさかこの私が母親に甘えてみたいという心境になることなど予想だにしなかった。ふつうは順序が逆なのかもしれませんが(苦笑)

 

私がもし過去を事実として固定したままであったら、関係性の変化もなく、それに気づくこともなかっただろう。ここですぐに付け加えておくが、これは過去の上に積み重なって今があるという考えかたを否定するものではない。客観的な「意味」を考えることも重要である。けれども自分にとっての純主観的な「意義」(自分だけとの唯一の関係性)のほうが力強くエネルギーに満ちていて、いきいきと躍動してくる。

 

自らの中の“太陽”がぐんぐんと成長し上昇していけば、“海”はそれにつられて昇ってこざるを得なくなる。価値観だけでなく、自分の能力も、キャラクター(気質)も、感性も、情感も、すべての認識システムと表現システムが光になりたがって、輝きたがって、勝手に吸い付いてくる。

 

では自分の中の太陽ってなんだ、と自問自答しても、核みたいなイメージしか浮かんでこない。むしろ言語化せずにそのまま、言語的には仮象としての太陽のようなものとしておいたほうが良いと思う。音楽で言えばGメジャーコードの感じが自分的にはある。月はDマイナーコードの感じ。月も素敵です。夜中に育つ情感は潤い豊かな哀感があり、且つ、とてもセクシーです。

 

 

書いている今が夜中の3時過ぎなので、たぶんセンチメンタリズムが過剰に露出しており、明日の日中に読んだら恥ずかしくなって大幅に校正してしまうかもしれませんが、とりあえず今はエイヤー!で公開してしまいましょう(苦笑)

 

過去は変わります。

 

 

 

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