どんぐりを売る

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11月の或る日、

帰路に就く際、近くの小学校のグラウンドの横の道に

どんぐりが落ちていた。

拾いあげようとしゃがみ込むと、

沢山落ちていたので、数個、ポケットに仕舞い込んだ。

 

家に帰ってどんぐりを眺めていると、

なんだかとてもどんぐりのことが

途方もなく愛おしくなってしまった。

この人達(どんぐりだから、人ではないが……)を

もっとなんとかしてあげたい。

そうだ、この人達は

ブレスレットになればいいのだと閃いた。

 

 

伸びるテグスでビーズのブレスレットを編む。

そのビーズの幾つかをどんぐりにして

どんぐりブレスレットを作ろう。

来月に縷縷夢兎の

佳苗ちゃんのトークショーに呼ばれているから

そこで売ろう。

 

しこたまビーズを買い込んできて

またどんぐりを採りに行く。

出来るだけ綺麗などんぐりが欲しいから、

選りながら300どんぐり、拾った。

 

腐ると困るので、ググる。

茹でてから水を切り、冷蔵庫で一週間寝かせると

虫が湧いたりしないらしい。

その通りに、した。

 

穴を開ける為に目打ちを使ったら、

どんぐりが割れてしまう。

キリで再チャレンジすると、上手く穴が空いた。

 

切れないように、テグスは二重に通す。

一個のブレスレットが完成するまでとても

時間が掛かったけれどそのうち、作業に慣れていった。

 

どんぐりブレスレットは400円、指輪は300百円。

只のどんぐりは、一つ100円で売ることにする。

拾っただけのどんぐりが100円とはアコギ過ぎるので

1どんぐりは100円だけど、2どんぐりとも交換出来る設定にする。

Twitterで製作中のどんぐりブレスレットのことを宣伝する。

どんぐりブレスレットは小人さん達が作っていると、

物語を捏造する。

どんどんと設定のディテールが細くなっていく。

最終的に、小人さん達は悪い工場長さんに打たれながら、泣きながら

ブレスレットを作っていることになる。とても可哀想だ。

 

 

12月4日、ロフト9@渋谷——。

トークショーの後にどんぐりブレスレットを売る。

 

どんぐりブレスレットは

7000どんぐりと交換も出来るのだけど

7000どんぐりを持っている人はいないので

皆、400円で買ってくれた。

でも、2どんぐりと交換出来る只のどんぐりを求める為に

4どんぐりを持ってきた人が、いた。

当然、約束通り

その人と僕は、2どんぐりと4どんぐりを交換した。

 

また、1どんぐりを下さいといって

渡された2どんぐりが

布で作った、偽物のどんぐりの場合もあった。

自分で手芸してきたイミテーションどんぐり。

このパターンは予測していなかったけれど

これはどんぐりではない!と、退けることも出来ず

1どんぐりと交換をした。

 

 

 

物販を終え、荷物をまとめ、ホテルに帰って

渡されたプレゼントを整理しようと、一番大きくて

やたらと思い紙の箱を開くと

そこにはどんぐりが一杯、詰まっていた。

この人はこんなに沢山のどんぐりを所持しながら

それを販売されているどんぐりと交換することも申し出ず、

他の物販と交換することもせず

——指輪すら750どんぐりであるが

生写真なら一枚8どんぐりと交換可能であるにも拘らず——

箱の中身を知らせず、

僕にこんなに大量のどんぐりを

只でくれたのだ。

 

慈善の寄付を頂いたような、崇高な行為を施された気がして

心の中でアメン——と、唱えた。

 

貰ったこのどんぐりは

私利私欲の為でなく

世界平和の為に使おう。

貧しきもの、か弱きものの為に、

役立てよう。

 

僕は文章を生業としている。

また、このようなイベントに出演したりすることで

ギャランティを貰って生活をしている。

前日もライヴをしていて、そのチャージバックを些か、頂いた。

 

合わせたとて、新幹線での往復の交通費が

出るか出ないか微妙な金額なので儲かりはしないのだけど

お金を得ていることは確かだ。

でも、どこかで自分の作品やら行為を

お金に換算することのつまらなさも感じている。

 

 

小説を書く人、発表する人は大勢いる。

小説家と名乗れるのはそれで生活が出来ている人のことだ。

それでも、売り上げのない人の作品が駄目な作品で

売れる作品が優秀なものであるとは限らない——のは、

綺麗事であるので

僕のような立場の人間が口にしてはならないことだけれど、

それでも、商業として成立するもののみがプロだと

割り切るのは、嫌だ。

 

どんぐりブレスレットを買ってくれた人の誰もが

それを400円も出して買う価値のないことを知っている。

1どんぐりが2どんぐりと交換では、

等式が成り立っていないのを知っている。

でも、買うのは、面白いからだろうし、

楽しいから、この交換のルールに従う。

 

家の中に余っているどんぐりなんて、普通は、ない。

たまたま、どんぐりを持ち合わせていることもない。

1どんぐりを2どんぐりと交換しようと思う人は、

この日の為に何処かにどんぐりを採りに行ったのだろう。

どんぐりブレスレットは、付けていて、可愛い!と

人から誉められるかもしれないが、

400円で買ったといったら、バカにされるだろう。

 

しかし、だからこそ、このブレスレットや只の1どんぐりは

特別であり無敵なんだ。

 

僕が作った、或いは僕から買ったものであるけれども、

価値を見出し、その代価——お金であったり、どんぐりであったり——

を、払うことをその人がしなければ、存在を顕さない。

手に入れるという積極的な行為を誰かが

することによって、完成する。

 

どんぐりグッズに限ったものではない。

小説やら文章は、僕に拠って書かれただけでは

何の価値も有さない。

読んだ人の中に吸収されて初めて、出来上がる。

 

何が書かれているかではなく、

何をどう書いて、どう手渡そうとしたのか?

何が、売買されたのかかでなく

誰と誰が、どのような手順と気持ちで、それを行ったのか?

商売が浅ましいのでななくて、

そのプロセスが軽んじられ、

どれだけ得をするかの議論や勝敗のみに終始することが、

浅ましいのだろう。

 

拾っただけのどんぐりを一つ、

100円で売ろうとすることがスゴいのではない。

拾っただけのどんぐりを一つ、100円で売れる僕がスゴい。

また、拾っただけのどんぐりを100円、

または2どんぐりと交換しようとする人達の心がスゴい。

 

これはとても優雅な遊びだし、贅沢な行いだ。

 

こういうことを必死でやり、

それに付き合う読者が少なからずいるのなら

僕はまだまだいける。

 

京都に居を移してから何度か東京を訪れる機会はあり

まだ棲み慣れない故郷よりも、勝手知った都市の方が歩きやすいと感じつつも

その行き交う雑踏の喧騒にもう違和感を憶えるようになっていたけど、

帰り、大きなスーツケースを転がしながら、縫う人混みを、

僕は、冷酷に観ることはなかった。

 

この人達の中にもきっと一人くらいは、どんぐりを買ってくれる人が

いるんじゃないかなと思うと、季節が変わらないうち、

また、しこたま、

どんぐりを拾いに行かねばならぬ、使命感に燃えた。

 

小説を書くのも、どんぐりでブレスレットを作るのも

僕には同じだ。

 

只、小説を書いてるからどんぐりも買って貰える。

ものスゴくクオリティの高いどんぐりのブレスレットを

匿名でメルカリに出しても、多分、4百円では売れない。

 

否、売れるかも……。

結構、このクオリティ、高い。

 

売れ残ったものを佳苗ちゃん、

ハナエちゃん、菜奈ちゃん達にあげ、

二組のみ残るブレスレットを観ながら、

小説家を辞めたら、

本格的にどんぐり細工職人として生きてもいいかもと

野心を抱いてしまう。

 

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いつもその店は閉まっている。

その日はようやく開いていた。

高価なものしか置いていないだろうと予測していたのだけれども

意外にお手頃なものも、なくはない。

特筆すべきは、置いているものが、可愛いものだらけであることだ。

もう、びっくりする程に可愛い。

自分が店主であるのではないかと疑うくらいに可愛いものだらけだ。

しかし、察していた通り、一点もので

手が出ない金額であったり手は出るが、

とても大きく持ち運びに不便だったり

(その店は旅行中のパリの市外に、ある)

トランクに押し込むと、変形してしまう恐れのあるようなものばかしなので、

なかなか買えるものが決まらない。

それでも、絶対に何か買って帰りたい。

(気軽に来られる店ではない。パリにあるのだから)

僕は、ようやく粘土の置物を選んだ。

そして、君にも何か買って帰ろうと思った。

次の場所に移動しなければならないと、連れが苛々し始める。

僕はどうしても君にも買うべきだと思い、探すのを止めない。

どんなに重要な予定がこの先にあろうと、

ここで買い物を終えるまではいかない

貴方一人で向かってくれと、連れにいう。

パリの市外に一人、取り残されるのは心許ないが、なんとかなるだろう。

 

それよりも僕はここの店で君のものも選ぶべきなのだ。

とても可愛いものばかりが置いてあるのだから。

あげれば、君も大喜びするに違いないのだから……。

やがて、スマートフォンを模した可愛いものを見付けた。

君に買って帰るものはこれで良い。

決められて嬉しく、颯爽とレジに向かおうとした途端、眼が醒めた。

暫く判別出来ないこともあるがその時は、すぐに夢だったことに気付いた。

刹那、僕は大声をあげていた。

さっきまでのことが夢だと知れ、ショックの余り声を上げるなぞ初めてだ。

でも、それくらい、本当に、可愛いものばかりがあったのだ。

夢の中の、そのパリの店には——。

 

優しい訳ではない。親切な訳でもない。

可愛いものを見付けると、僕は先ず自分のものを確保する。

そうしてその後に、ようやく君のことを思い出し、

君も欲しがるだろうと、君のものも選び始める。

先に自分の為に選んだ粘土の置物だけ買っておけば、

こんなに悲しくはなかったのだろうか?

その店を後にし、満足感を得たまま、

眼を醒ますことになったのだろうか?

体験していない“もしも”なので、

考えても仕方のないことだ。

ともかく僕は悲しかった。

君のものも選べたのにレジに行く直前で

眼醒めたことが、とても、悲しかった。

 

そんな変な夢を、みた。サイン会から二日経った、昼間——。

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