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2012-02-23 23:52:38

「借金」とは「貰うもの」???

テーマ:断捨離的に思うこと
ダンシャリアンの皆様、ごきげんさまです。
断捨離のやましたひでこです。



大阪に、JR在来線で移動中。
新幹線とは違う、ほどほどの揺れ具合が、
これまた心地よく。
ウトウト&トロトロとまどろんでは目を覚ますの繰り返し。

でね、道中、つらつらと思い返していたのが、
前日の税理士さんのお話。

そう、確定申告の時期ですね。
けれど、話題はそれでなくて「借金」について。

以下、我が顧問税理士さんの話を要約すると・・・

借金をすれば、返さなくてはならない。
誰でも、そう思いますよね。
だから、10万、100万といった額の借金は、
皆、それなりに頑張って返済しようとする。

けれどね、それが積もりに積もって、
大変な金額になると、どうなるか。

あまりに額が大きくなると、
「返せる訳がない!」と思い始めるわけで、
当然のことながら。

そして、ここからが、人間の都合の良いところ。

「返せる訳がない」のだから「返さなくていい」と、
勝手に思い込み始めるらしく・・・

「借金」=「返済するべきもの」という当初の図式は、
「多額の借金」=「返せない」=「返さなくてもいい」という図式へ。

さらに、「返さなくてもいい」=「貰えるもの」と、
最終的に、脳内で書き換え完了。

ひえ~、お見事!

だから、次から次へと、お金を「貰う」べく、
無人の機械を渡り歩く多重債務者がいるのだとか。

なんともはや・・・

でね、これが、お金でなくて、
モノでも同じことが起きているのかしらと?

余りに沢山の溜め込んだモノたち。
こんなに沢山のモノ、自分で処分するのはとっても無理。

「処分なんてできっこない」=「処分しなくてもいい」
=「処分するものなど無い」=「全部要るモノ」

どう見ても、要らないモノばかりなのに、
「全部要るもの!」と、激しく主張する親に、
ほとほと疲れきっている受講生さんの悩みは、
よくよく伺うけれど。

実は、こういう「書き換え」が起きていたのかもしれない・・・

どうでしょう?

    

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2012-02-22 21:41:12

「考えよ」

テーマ:やましたひでこのペガサス的な日々
ダンシャリアンの皆様、ごきげんさまです。
断捨離のやましたひでこです。

 

京都にやって来たのは、研修のため。
この二日間は、受講生になるのです。

ところが、初日午後1時の開始には、
仕事の都合で間にあわず、
結局のところ、夕食の懇親会からの参加になる。

でね、何を学びに来たかというと「稲盛実践哲学」
地元北陸の盛和塾・塾生さんとご一緒に、
京都山科の「京セラ経営研究所」での1泊2日。

塾生さんたちは、皆さん、会社経営者ばかりなので、
「稲盛経営哲学」と「アメーバ経営」を学ぶのが目的。

けれど、私は、会社経営とは無縁の身。
もともとが、最小単位のアメーバそのものなので、
これ以上は、分割はできないのでありまして。

けれど、仕事をしていくうえで、自らを律し、
自分自身を経営していくという観点に立てば、
稲盛哲学もアメーバ経営も学ぶ意味は、
大いにあるというもの。

なんたって、稲盛塾長が教え語る哲学は、
「人としての生き方、経営者としての考え方」
なのだから。



 

京セラ経営研究所内の稲盛ライブラリーには、
かつての塾長の机が展示してある。

机の上には、「考えよ」とある。

塾長でも、そう、自分に言い聞かせ続けてきたのならば、
私など、考えているようで、考えていないのかも・・・

「動機善なりや、私心なかりしか」

これは、肝に銘じている言葉。
実のところ、これが、因果律ですね。

私心でおこなえば、その通りの結果が、
善であれば、善なる結果がもたらされる。

これは、ささやかなことから、大きなことまで、
そんなことは、いくらも経験してきましたからね。

はい、「ひえ~」という結果とならないように、
動機の検証は、常に、努めてまいりますわ・・・

それでも、「これだけは堪忍して下さりませ、塾長」
と思うのが、これ。

「誰にも負けない努力」

う~ん、誰にも負けない努力とは、
いったいどんなレベルのものなんでしょうね!?

    

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2012-02-21 17:59:07

そして、勝者はいない

テーマ:断捨離的に思うこと
ダンシャリアンの皆様、ごきげんさまです。
断捨離のやましたひでこです。

東京から京都へ移動。
新幹線の中は、なんとも良く眠れるもの。
短期決戦の熟睡は、動く列車にかぎります、私の場合。

途中、目を覚ますと、ニュースのテロップが目に飛び込んでくる。
「光市母子殺害事件、最高裁、被告の上告棄却」

そうか、この判決に至るまで、13年もの歳月を要した訳か。

夜、宿泊先で、テレビのニュースを改めて見る。
ご遺族の本村洋氏の言葉。

「勝者はいない」
「犯罪は、引き起こされた時点で、すべてが敗者」

彼の記者会見の言葉には、いつも、心打たれてきた。
重くて、切なくて、痛々しくて。

「遺族だって、回復しなければならないのです。
人を憎む気持ちから・・・」

この言葉は、特に、鮮明に記憶に残る。

23歳から35歳となった今まで、
どれだけの葛藤を繰り返してきたのだろう。
どれだけの理不尽な思いと向き合ってきたのだろう。

最高裁の判断がでても、勝者はいないと語る本村氏。

そうなんだろう。

これまでも、これからも、
被告を憎む気持ちから、犯罪者を恨む気持ちから、
自らを回復させていく道は、続いていくのでしょうか。

最高裁の判決は、その道のりの途中なんですね。
どうか、新しい伴侶と、その道を歩んでいかれますことを。

    

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2012-02-20 02:34:45

渋谷にて 

テーマ:断捨離的に思うこと
ダンシャリアンの皆様、ごきげんさまです。
断捨離のやましたひでこです。

 

少しばかり、早起きが復活してきたよう。
ホテルの窓からは、明け方の光と名残りの三日月。

綺麗だな。

時間と場所の交差があって、私は、こんな光景に出逢う。
そうだ、太陽の光も、月の光も、「今・ここ・わたし」があってこそ。





定宿の東京タワーが見えるホテルから、
仕事先の方が用意してくれた渋谷のホテルにお引越し。

同じ東京でも、随分と違う。
この渋谷は、人が溢れる街。

レストランでも、コーヒーショップでも、
順番を待つ椅子が並べられ、人たちが列をなす光景に、
また、驚いたりして。

人がまばらな地方都市に住む我が身には、
まったく新鮮な光景であるからね。

案外、列について並ぶことは、
刺激のある体験なのかもしれない。

なぜなら、すぐ近くに並ばなくてもすむ店があっても、
人は、待たなくてはならない店に集まっていくから。

それは、まるで、手に入れるのが容易でないブランド品を、
ブランド品であるがゆえに、欲しくなるような・・・
いえ、欲しいと思い込まされてしまうような感覚と同じかなと。

人がいっぱい。
モノがいっぱい。

そんな中にいると、「自分軸」というのは、
ブレやすくなるのでしょうね、往々にして。

心しておかないと。

    

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2012-02-19 07:40:33

小池龍之介氏と断捨離と

テーマ:縁ある人 縁ある世界
ダンシャリアンの皆様、ごきげんさまです。
断捨離のやましたひでこです。



また、東京にいる。
まるで、シャトル便のように行ったり来たり。

今回の上京も、雑誌「プレジデント・ファミリー」の企画対談のため。
お相手は、小池龍之介氏。

そうですね、沢山のベストセラー著作がある青年僧。
「月読寺」のご住職であり、座禅、瞑想指導もなさっている小池氏。







年齢は、我が子と同世代。
ちょうど息子が小学校に入学した時、小池氏は小学6年生という
勘定になるのかな。

けれどね、お話が始まれば、年齢などまったく関係なく。
なにもかも手放し、そぎ落とした、若き修行僧に感じ入り、
学ぶことは、それこそいっぱい。

なにより、そのゆっくりとした静かな語り口。
選ぶ語句にも、その思索の深さが醸し出されるよう。
そして、湛える笑みも穏やか。

「断捨離」のこととなると、つい熱く語ってしまう私とは、
比べても、詮無いことなのだけど^^;

この穏やかさは、どこから来るのだろう。
この静けさは、どこから来るのだろう。

著作を幾冊か読ませていただいて、
そして、直接お話しを伺って、思う。

そうか、他者への承認欲求から自由でいること。
しかも、自己評価からも自由であること。

それは、「人からどう思われてもいい」という居直りでもなく。
それは、「自分さえわかっていればいい」という了見でもなく。

なんというか、「距離」があるのですね、他者とも自分自身とも。
そう、いわば、断捨離の「離」の状態、「自在」な境地。

こんなふうに思わずにいられなかった小池龍之介氏との時間。

それは、先鋭な刺激からくる「気づき」とは違った、
何か別次元の爽やかな「気づき」が、やってきたような感覚です。



    

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