おだんご日和

Dango茶屋・いちのせの徒然記

DANGO茶屋 (だんごぢゃや) http://www.dangodyaya.com

アニメーションクリエイター・一ノ瀬 輝とデザイナー・山高紀子のコンビによる映像製作集団です。
主に立体アニメーションの映画を製作しています。

他にグラフィックデザイン、実写ドラマ、演劇の脚本や演出などの活動も行っています。

活動拠点の佐賀では、自主制作の映像作家を集めた上映会なども企画・運営しています。


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「ポケモンGOはスゴいなぁ」と、思います。

 

やったことない私が「スゲェな」と感じるくらいだから、ホントにスゴいのでしょう。

でも、ネットでの評価を見ていると、その「スゴさ」をうまく消化できずに、的外れな論評をしているものもあるんじゃないか・・・。

的外れな論評は、大きくまとめると4つくらいに分かれるでしょうか。(ワタシ調べ)

 

①「野外に出たら、ポケモンGOより楽しい遊びはたくさんあるだろう」

②「独自開発ではないので任天堂の利益は、ほとんどない」

③「野外で変なことするんじゃねぇよ」

④「ゲーム性が低い」

 

これらの論評に反論する形で、私なりの「ポケモンGOのすごさ」をまとめておこうと思います。

(やったことないので誤解してる部分もあるかもしれませんし、遊んでないヤツにそんな資格があるのかという根本的な問題もありますが・・・)

 

 

 

①「野外に出たら、ポケモンGOより楽しい遊びはたくさんあるだろう」

 

これに対して任天堂が何と答えるか・・・私が想像するに・・・ 「ホントですよね~」 と全面的に賛同するでしょう。たぶん。

 

そもそも任天堂は「テレビゲーム屋さん」ではなく、「おもちゃ屋さん」もしくは「玩具メーカー」なんですね。

昔は花札とか、トランプとかを作っていたそうですし、ラブテスター(カップルの愛情の深さを測るという触れ込みのおもちゃ)とか妙なものも作っていたらしいです。

(世代的に、現物を見たことはありません)

 

だから任天堂自身は、世間が思っているほど「テレビゲームという形」にこだわってない。

 

むしろ、「ガキは外で遊べ!」と思っている節もあります。

 

ファミコン全盛で、各社が据置型ゲーム機の性能向上にしのぎを削っていたころ、突然モノクロ液晶で性能も低い「ゲームボーイ」をぽーんと発売してヒットさせました。

(今思えば、「いつでも、どこでもゲームができる!」という子どものニーズを満たしつつ、「居間のテレビを、ファミコンとガキどもから取り戻す!」という大人のニーズにも合致していたから、大人はゲームボーイを買い与えたんじゃないかと思います)

ゲームボーイ以降、「公園やら公民館やらで子どもがゲームをしている」という風景が見られるようになりました。

ともかく、子どもを外に出すことには成功したわけです。

 

たまごっちが流行すると、万歩計の機能を付けた「ポケットピカチュウ」を発売して、「ガキども!外で歩け!走れ!」と無言の圧力をかけていました。

これはあんまりヒットしなかったけれど、ともかく歩かせようという努力はした。

 

「ポケットモンスター ルビー&サファイア」の説明書でも、「ゲームばっかりやってないで世の中を知れ!他人に目を向けろ!」というメッセージを送っています。

 

※「さすがは任天堂!13年前のポケモンの説明書きに込められた願い」の記事

http://buzzmag.jp/archives/51370

 

「外に出ろ!歩け!世間を知れ!」と説教したら子どもは逃げ出すけれど、ポケモンGOなら、外に出て、歩いて、世間を見て回るのです。嬉々として。

子どもだけじゃなくて、大人まで。

 

これは、絶対に「スゴいこと」だと思います。

 

 

 

・・・続きは、またそのうち。

 

 

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パソコンが修理から帰ってきました。

しばらくブログが書けていませんでしたが、ぼちぼち書いていこうかと思います。

いろいろと、書きたいこともたまっているので。


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 以前、フェイスブック上で間接的に議論を戦わせている2人の話を書いたことがありました。

http://ameblo.jp/dango-blog/entry-12116806727.html

 それからしばらくしたある日、「アレって、オレのことだろう?」と言われて、びっくりしました。
「あんな、奥歯に物の挟まったような書き方しなくても、読む人が読めばわかるのだから・・・」と、その人は言うのですが・・・あの記事は別人のことを書いていたのです。

 あいまいな返事をして、後日その人のフェイスブックを見てみました。
 結構いるんですね・・・SNSで冷戦を繰り広げている人・・・。

 う~ん・・・気をつけよう。


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 「悪の力」(姜 尚中 著)と、「偽善のすすめ」(パオロ・マッツァリーノ 著)を読みました。
 どちらの作家さんにも以前から興味があって読んでみたいと思っていたんですが、偶然にも両書は「悪」や「悪意」、そして「善」と「善意」について考察した本でした。

 どちらも面白かったけれど、考察は控えめで、事実の確認や調査結果の報告が主だった内容でした。(悪の力のあとがきには、新書版なので、読みやすさを優先したと書かれていたので、そういう部分もあるのでしょう)



 久しぶりに面白いものを読んだので、急にエーリッヒ・フロムの「悪について」を読みたくなり、本棚から引っぱり出したのですが・・・昔読んだ時とは随分印象が違って、そのキリスト教的な価値観に「なるほど」となったのでした。

 世間一般に言われる「様々な悪」を分類し、それらの「悪の度合い」を評価して行くのだけれど、その中で最も悪とされるのが「死を愛し、死を賛美する悪」となっている。
 しかし、「死を愛し、死を賛美する悪」が、なぜ最も悪の度合いが強いのかを明確に証明することはせず、絶対・自明のこととして論を進めるのです。

「あのニュージーランド人の言っていることは、こういうことだったのか!」と、私は思った。

 最近、イギリス系のニュージーランド人が書いている日本語ブログ(ややこしい)を知って、ひまひまに過去記事を読んでいるのですが、その中に次のような論旨の文章があったのです。



「日本人の『相対化という考え方』には、空恐ろしいものを感じることがある。
 911のテロが世界中に生放送された時、日本の識者といわれる人が『アメリカが進めてきたグローバル化や国際戦略の結果だ』と言った。
 これは、目の前でたくさんの人が死んでいる映像を見ながら、テロリストを非難するのではなく『自業自得だ』と言っているのと同じではないか。いくらなんでも、あまりに冷たい相対化ではないだろうか?」



 ブログ主の解釈に若干の疑問は感じるけれど、きっと911から「死を愛し、死を賛美する悪」を感じて、それを絶対・自明のこととして非難しない日本人に戦慄したのだろう。
 そして、世界ではどうやらブログ主のように感じる人間が圧倒的多数であり、日本人のように「死を愛し、死を賛美する悪」さえも相対化してしまうのは少数派の変わり者ということらしい。



 日本人がなぜそうなるのか・・・武士道のせいか?・・・明治維新と敗戦という2度の価値観の転倒を経験したからか・・・そもそもそれは相対化なのか?・・・日本人には絶対の価値観はないのか?

 私は、ぐるぐるとワケがわからなくなり、もう一度ゆっくり考える必要があるぞと、思ったのでした。


 

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 藤子・F・不二雄先生が描いた最後の作品だそうです。
 遺作と言って良いのでしょう。

 私がリアルタイムで触れていた大長編ドラえもんは「アニマルプラネット」あたりまでなので、この作品は非常に新鮮な気持ちで見ることができました。
 途中からいなくなる「種をまく者」や、のび太たちよりもずっと積極的に冒険する悪役「熊虎 鬼五郎」など、物語としては疑問点もありましたが、人生の最後に藤子F先生が何を描こうとしたのかと考えると、ちょっと切なくなります。

 私たちは、ねじ巻き都市の動物たちのように賢くなれるのだろうか・・・と。

 今振り返ると、アニマルプラネットのあたりから作風が変化していて、(年齢的なものもあったと思いますが)中学生頃の私は、その変化について行けず、大長編ドラえもんから遠ざかって行ったのかもしれません。

 ユートピアを建設するおもちゃたちや、良心の化身である「ホクロ」によって改心する鬼五郎など、大長編初期の「胸おどる大冒険」とは違う、どことなく哲学的な思索が感じられる作品でした。


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