Dandeらいおん夏月のブログ

Dandeらいおんの活動報告や被災地の声
ボランティアを通して出会えた人の紹介
日々思う事、感じたことを書いていきます


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ご報告が遅れ申し訳ありません


2月9日
千葉県君津市で行った語り部講演
~未来へつなぐ被災地の声~

活動報告です


君津市、周西小学校、周西南中学校区青少年健全育成連絡協議会

主に、学校関係者や校区のPTAの皆様、教育委員会の方などで構成された連合会ですが、そちらで行われる『情報交換会』にお招き頂いた形での講演となりました


今回は『地域の防犯と防災を考える』という主旨のもと

第一部では警察官による地域防犯についての講演が行われ

私たちDandeらいおん、語り部さんによる講演は第二部に組まれていました



前回‥初めての講演の時よりも長い、約1時間の持ち時間を頂いていた事、更に講演後の質疑応答

そして何より、今回講演を聞いて下さるのは学校関係の方々がほとんどだということで


やはりプレッシャーを感じていました


実際に演台に立つ、語り部の佐藤さんは尚更だったことでしょう


1月末のDandeらいおん定例会議には語り部の佐藤さんにも参加して頂き、この日のための準備を行いました




佐藤さんの伝えたいこと、気持ちや内容を確認しながら、頂いた講演時間に合わせて原稿を編集したり

質疑応答のシュミレーションなども行いました

とても1日では時間が足りず、今月3日にはもう一度最終確認‥





限られた時間の中、できる限り手は尽くしたつもりですが

万全とは言えません



2月9日、当日の朝

私(夏月)とあさみんは東京へと向かう新幹線の車内で佐藤さんと待ち合わせをしていました





やはり佐藤さん、緊張のためあまり眠れなかったと言います


でも‥


私の目には、佐藤さんのお顔には決意の様なものが感じられ、とても頼もしく見えました

午前10時16分
予定通り東京駅に到着しました


現地ではかつみさんが今回も改札まで迎えに来てくれて‥


(夏^^)
頼りにしてます♪

控え室に案内されると、佐藤さんの緊張もピークに‥





前日入りした前回とは違い、今回は練習する時間はおろか、気持ちを落ち着かせる時間もないんですから無理もありません


何とか佐藤さんの力になりたいのはやまやまでしたが、主催者の方々にご挨拶に伺ったり、Dandeの代表としての務めが今回私の役割‥


せめて佐藤さんがリラックスして講演に挑めるよう願うしかありませんでした



第一部が終わると15分ほどの休憩を挟んですぐに第二部‥佐藤さんの講演です


客席には約70名ほどの方がいらっしゃいました

そのほとんどが学校やPTA、教育関係、その繋がりの方々ということもあってか

会場は静かな印象でした



緊張で空気が張り詰めたというのではなく、何ていうか‥


『凛』とした空気に包まれていました





佐藤さんが演台に立つと、会場はより一層静寂に包まれました

客席の視線が集まり、佐藤さんの第一声を待っている‥そんな雰囲気に緊張が高まる中

佐藤さんがひと呼吸の後、静かに語り始めました





佐藤さんは故郷、南三陸町で津波の被害に遭われました

住んでいたご自宅はもちろん
友人、知人‥その日まで当たり前だった平凡な日常の全てを

故郷の町もろとも流されてしまったんです



故郷の復興の目処すら立っていない今、その辛い体験を話すということは、私たちの想像以上に辛く苦しいことでしょう


失ったことへの痛み
でもそれだけではありません

住んでいた家や町、多くを失って‥そこから立ち上がり、生きていくための苦悩






実際に体験された方の生の声は、ニュースやメディアで伝え聞くのとは違った何かがあるのだと思います

私たちは何度も原稿を読み、内容を事前に知っていますが

やはり聴いていると涙が止まらなくなります



原稿を読む佐藤さんもまた‥


2年が過ぎようとした今も、思い出すのも辛い‥苦しい‥

本当はこんな話を人にはしたくない


でも、体験した自分たちが伝えていかなければ

二度と同じ悲しみを繰り返さないために‥




宮城県、東北は過去に大きな地震を何度か体験しています

さらに南三陸町は、もう半世紀以上前のお話になるそうですが、実は津波の経験もあったそうです



全国的にみても、地震対策や防災意識においては積極的だったと言えると思うんです


早くから耐震構造を取り入れた建物も多く、様々な地震対策をしていました


その甲斐あって、あの阪神淡路と同規模の大きな地震でも


地震だけならほとんど被害はなかったんです


そう‥被害をもたらしたのは津波


過去千年を振り返っても、津波の記録などなかった地域にまで押し寄せた‥あの津波でした


過去に一度もなかったから大丈夫、ここは大丈夫、自分たちの町に限って


そんな意識のせいで
尊い命が、救えてたかもしれない命が犠牲になったのだとしたら


伝えなければならない‥



お話の終盤で、佐藤さんが実際に体験された経験から

災害時に用意しておいた方が良い物、必要だと思える事など、意見を述べて下さったのですが

会場の皆さんが一斉にメモを取ってらっしゃったのが印象的でした




私自身もあの震災を体験したからわかるんですが

突然、非日常になるんですよね

家族の安否すら知るすべがないって、日常では考えられないこと

普段当たり前に使っている携帯電話が繋がらない‥固定電話も繋がらない‥

どうすれば安否を知ることができるのか判らない


だから日頃から
非常時に避難する場所、連絡場所‥例えば県外の親戚でもいいと思いますし

間接的でも安否を知らせられる手段を、家族間でだけでも決めておいた方が良いのではないか?


経験したからこそわかる問題が多々あると思いました




講演後の質疑応答の時間でもやはり同じで、皆さん真剣にお話を聞き、メモを取られていたようです





質疑応答の時間は約40分ほど頂いていましたが、終始挙手が止むことがなく、長いどころかむしろ足りないくらいでした






佐藤さんへの労いの気持ちが溢れる温かい感想を述べられる方も多く、佐藤さんの想いが伝わってると感じました


また、教育に携わる皆様の連合会だけに、やはり被災地の子どもたちに纏わる質問も多く


その部分に関しては私が代わりにお応えさせていただきました


・子どもたちの心の傷は?
・今もケアが必要か?

言葉で伝えるには難しい質問ですが、私自身が多くの子どもたちに接し、受けた印象や感想などをお話しました


被災地が復興するまでには長い年月がかかります

20年、30年後‥
現在の子どもたちが世代を担って行くことになります

心をケアすると同時に、復興へ向けた意識や意欲を持ってもらえたら‥



最後に質問されたのは学校の先生でした





『思い出すだけでお辛いでしょう
お話をいただいてありがとう』

佐藤さんに対する労いの言葉と


『Dandeらいおんのような団体に目を向け支援していきたい』

私たち、Dandeらいおんへ対しても応援の言葉をいただきました


この活動をやってよかった、想いは伝わってると実感することができました



講演会後の懇談会にもお招き戴き、実行委員の皆様や、会場に来てくださったPTAの方々とも直接お話する機会がありました


実行委員長さんは何度か南三陸町に子ども達と合唱団と一緒に来られた事があるそうです

今年も訪問予定があるようなので、その時に再会するお約束をさせて頂きました



自治会の皆さんは地域の防災の事を本当に考えているようで、震災後の街の様子や自治会の役割について聞かれました


PTAの方々はやはり子どもたちの心の傷をとても心配して、思いを寄せて下さる事が伝わってきました




それぞれ立場の違う方々が講演会を聴きに来て下さいましたが、語り部さんのお話や現地ボランティアの活動のお話を聴けて本当に良かったと仰って下さいました



被災地の現状、被災された方の生の声を聞いて初めて伝わることが多々あると思います

悲しみや苦悩を訴えるのではなく、同じ不幸を繰り返さないために、教訓を未来へつなげるために

今後も出来るかぎり続けていきたいと思いました


今回お招き下さった皆様、そして応援して下さった皆様


(*^^)
本当にありがとうございました
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