2012年01月19日(木) 17時00分12秒

例え地方であれ独裁は許されない国家であることを「一応」証明した日本

テーマ:政治
河村市長が議決取り消し求めた訴訟、請求棄却

 名古屋市の河村たかし市長が、名古屋版事業仕分け条例が可決されたことなどを不服として、名古屋市議会を相手取り、議決の取り消しを求めた訴訟の判決が19日、名古屋地裁であった。

 増田稔裁判長は「議決が市議会の権限を越えるとは言えない」と述べ、河村市長の請求を棄却した。

 問題になっていたのは、民主党市議団が提案した事業仕分け条例のほか、河村市長が提案した市の総合計画「中期戦略ビジョン」を市議会が修正して可決した議決。

 判決によると、事業仕分け条例や総合計画は2010年6月議会で可決されたが、河村市長は、「仕分け人の一部を議長が推薦する」などとした条例の内容や、総合計画の修正に反発。「議決は市議会の権限を越えている」として、同年9月議会で審議をやり直す「再議」を求めたうえ、9月議会で再可決されると、それを不服として県に審査を申し立てたが、県が昨年1月に棄却したため、訴訟に踏み切っていた。

 判決は条例について、「市議会は条例を制定する権限を持ち、条例の内容も法令に違反していない」と指摘。総合計画の修正も「原案の基本的な方向性を変更するものではなく、市議会の修正権の範囲を越えない」と判断した。

 名古屋市では河村市長と多くの市議との対立が続いており、市長が市議会を訴えるという異例の訴訟の背景となった。

 河村市長は判決について、「なかなか行政が一度判断したものを裁判でひっくり返すのは難しい。今の裁判はそういうもの。だけど言うことを言わないとどうするのか。議会はやり過ぎだ」と不満げに語った。

 事業仕分けを巡っては、河村市長は係争中の昨年10月、無作為抽出した市民による仕分けを実施。総合計画の修正で市の施策への影響も出ておらず、市幹部からは「市長は議員提案や議会の修正が気に入らないだけ」との声もあがっていた。

 市はこれまでに訴訟費用として150万円、審査を申し立てられた愛知県も50万円の費用を支出している。自民党名古屋市議団の横井利明団長は「本来は議場で行うべき議論を法廷に持ち込んで訴訟費用を使うのは究極の無駄遣い。判決の内容を真摯に受け止め、控訴は見送るべきだ」と話している。

(2012年1月19日12時08分 読売新聞)

河村市長や民主党市議団が策定した「中期戦略ビジョン」を市議会が修正して可決した。
これは当たり前のことだと私は考えるわけで、市長が市議会よりも優先されなんでも通ってしまうことがないということをただ証明しただけと考えている。

河村市長というのがいかに傲慢で我侭かってのがわかることなんだが、これは別に名古屋に限ったことではないのは誰もが想像つくところ。

ただし残念なのはその首長を担ぎ上げている政党がその市や都道府県などを握っている場合は、住民がおかしいと請求しかできなくなるわけで、その意味では一歩独裁に近いことができてしまうというのもまた事実ではある。

日本の政治は本当に地に落ちてしまったのだろう。
二流の政治だと思っていたのだが、衆愚政治の最たるものとなってしまっていて、本当に日本や地域のことを考えて自己を捨てて動く政治家というのがほぼ絶滅してしまったということなのかもしれない。
だからこそ今、政治を一度民衆の手で取り戻し、本当の「政治家」をもう一度生み出すことをし、官僚と戦い日本を、地方をまず第一に考え住民のためになる政治をする人を自分たちで育てなければならなくなっている。

ただし、それは住民が賢くならなければならず、民主党程度のマニフェストで2/3以上も議席を埋めてしまうような国民であってはならない。
物事の本質を捉え、考え、行動する民衆にならなければならない。

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