新型ウイルスは人間のエゴへの警告
テーマ:環境からの「幸せ」筑波大学村上和雄名誉教授が興味深い記事を産経新聞に寄稿されている。次々と人間社会に現れるウイルス。既存のウイルスですら毎年カタチが変わって流行が押し寄せる。それが鳥インフルエンザのように”新手”まで登場して、人間の行う医療をまるであざ笑うかのようですらある。
村上教授は、こう指摘する。
「養鶏場でブロイラーとして育てられた鶏は、加工業者に運ばれ、そこでベルトコンベヤーに乗せられ、次から次へと首をはねられていく。生き物というよりは、命のない物同然の扱いである。」
「鶏は過密状態で狭い鶏舎に閉じ込められ、できるだけ早く生育するように成長ホルモン、濃厚飼料、抗生物質が投与されている。」
「現代人は、自分の命が他の命ある物の犠牲の上に成り立っているという謙虚な気持ちを忘れている」
「あまりにも残酷な飼育方法は改めるべき」
「人間が一番尊いという人間至上主義に陥り、動物の命を軽視している」
「人間の身勝手な振る舞いについて反省すべき」
人間のする他の生き物への酷い行為と新種のウイルスとの因果関係はわからない。
とはいえ、「細胞一つゼロから創れない」人間の浅薄な”科学知識”が自然に対して不遜な態度を取り続けているのではないか。
「動植物の命を創りだし、それを育てているのは大自然の偉大な力(サムシング・グレート)のお陰」
「私たち日本人は、食事の前に「いただきます」といって食事を始める習慣がある」
この敬虔な気持ちを日本人は忘れてしまったのだろうか。
僕もカタチだけ手をあわせる習慣があるが、これからは感謝の気持ちをもっとこめるようにしたい。
※村上和雄:1936年生まれ。DNA解明の世界的権威・筑波大学名誉教授。
世界に先がけ、高血圧の黒幕である酵素「レニン」の遺伝子解読に成功し、一躍世界的な業績として注目を集める。現在ノーベル賞の有力候補とされる注目の人。最先端の遺伝子工学の研究から、「感性と遺伝子は繋がっている」ことを究明。想像をはるかに超える人間の持つ偉大な可能性を開花させる「眠れる遺伝子の目覚めさせ方・考え方」を解き明かす。科学に身を置きながら、哲学、宗教、宇宙観をも包み込む独自の世界観を展開。その飾らない人柄と軽妙洒脱な語り口調に全国の経営者から絶賛の声が集まる。著書に「生命の暗号」「人生の暗号」「サムシング・グレート」「遺伝子は語る」「幸福の暗号」「未知からのコンタクト」他多数。
■【正論】筑波大学名誉教授・村上和雄 新型ウイルスは人間のエゴへの警告
蔓延する生命軽視の風潮を憂う
≪迫りくる危機への対処法≫鳥インフルエンザの恐怖が世界中に広がっている。現在、鳥インフルエンザのウイルス(H5N1)に感染して死亡した人は、世界中で百人近いと伝えられている。
このウイルスが鳥から人だけでなく、人間同士でも感染する新型ウイルスに変異する可能性がある。そのときは感染が爆発的に広がり、極めて多くの死者が出ることも懸念されている。
どうして、このような新型ウイルスが発生するのであろうか。
鳥インフルエンザウイルスが、豚や人の細胞内で既存のヒトのインフルエンザウイルスと混ざり合って、遺伝子の再編が起こる場合がある。
そうすると、それが新たなヒト・インフルエンザウイルスに変異する。これが新型ウイルスである。この新型に対して、人間は抗体を持たないから感染が瞬く間に広がる。
このような危機が迫りくる現状に対して、われわれはどうしたらよいのであろうか。
ウイルスは手を介して鼻やのどに付着するので、手洗いやうがいの励行、マスクの着用をすることが大切である。
次いで、バランスのとれた栄養価の高い食事、十分な休養、適当な運動により、免疫力を高めておくことが重要である。そして、できれば現在あるインフルエンザワクチンを接種することである。新型には効果はないが、既存のインフルエンザとの重複感染は防ぐことができる。
≪自然の摂理無視した飼育≫
新型インフルエンザの発生が迫っているとき、鶏に対する人間の身勝手な振る舞いについて反省すべき点があるのではないか。
養鶏場でブロイラーとして育てられた鶏は、加工業者に運ばれ、そこでベルトコンベヤーに乗せられ、次から次へと首をはねられていく。生き物というよりは、命のない物同然の扱いである。それが食肉売り場に並べられる。これを買う消費者も、鶏の命への不当な扱いに思いを致す人はほとんどいない。
現代人は、自分の命が他の命ある物の犠牲の上に成り立っているという謙虚な気持ちを忘れているのである。
さらに、日本のような先進工業国では、鶏は過密状態で狭い鶏舎に閉じ込められ、できるだけ早く生育するように成長ホルモン、濃厚飼料、抗生物質が投与されている。
また、休みなく多くの卵を産ませるために行われているのが強制換羽という方法である。雌鶏は一年間卵を産んだあと、産卵を自然に止め、その間に羽を生まれ変わらせる。そのとき、餌と光を与えないというショックを加えると換羽が早まり、それだけ産卵も早まる。しかし、これは鶏に多大なストレスを与え、致死率を高める。鶏の立場からすれば、残酷な飼育方法である。
鶏だけではない。BSE(牛海綿状脳症)は、草食動物の牛に、牛の肉骨粉を食べさせるという、自然界の摂理を無視した飼育方法によって生じた病気である。
現段階でも、あまりにも残酷な飼育方法は改めるべきではないか。これは単に動物飼育業者の責任だけではない。われわれ現代人が、人間が一番尊いという人間至上主義に陥り、動物の命を軽視しているのではないか。
人類が肉食の割合を減らせば、食糧のコストが減少し、脂肪の過剰摂取による弊害も防げる。
≪「いただきます」という心≫
日本人の肉の消費量は、所得水準の向上に比例して増えてきた。しかし、大豆と米を同時に摂取すると、そのタンパク質栄養価は肉のタンパク質栄養価にほぼ匹敵する。
それなのに、なぜ肉を食べるのか。それは肉がおいしいからである。将来、植物性タンパク質に肉の旨味を加えることが可能になるであろう。
私たち日本人は、食事の前に「いただきます」といって食事を始める習慣がある。
「いただく」という意味の中には、私たちのために命を捧げてくれた動植物に対する感謝の気持ちも込められていると私は思っている。
動植物の命は人間だけでは育たない。今、科学・技術の粋を集めても人間の力では細胞一つゼロから創れない。
動植物の命を創りだし、それを育てているのは大自然の偉大な力(サムシング・グレート)のお陰である。人間は動植物を育てる手伝いをしているに過ぎない。
食事をするときには、動植物やそれを生み出したサムシング・グレートに感謝して、いただきたいものである。
新型ウイルスの登場は、人間の生命軽視の風潮に対するサムシング・グレートからの警告かもしれない。(むらかみ かずお)










