何回めかの再開です。
taikoはもうすぐ2歳です。おとーちゃん~て呼んでくれます。かわいいです。
私は相変わらずマイペースです。今年のテーマはずばり「誠実」。これで行きます。よろしくお願いします!
AD

お久しぶりです。


奥さんのお腹の子供が男の子だということが分かり、少しは父親になる実感がわいてきた今日この頃、不意に何か世の中のためになることをしたいと思い立ち、人生3度目の献血を行うことにしました。(エライ!)


ちなみに今までの戦跡は、


1回目・・・途中で気持ち悪くなって中止。

2回目・・・前回の中止をリベンジすべく、強行。(ただし200ml)成功。


そして、今回一人前のオトコになるべく、400mlの献血にチャレンジしました。


結果は・・・撃沈


いやね、途中までは順調だったんですよ。おそらく半分くらいまでは。

だけど、余裕かまして天井を見ていたら、看護婦さんが急に僕に言うんです。


「顔色悪くない?」


その時は自分ではなんともなかったのですが、そんなことを不意に言われ、動揺(笑)。すると本当に血の気がうせてきて、どんどん目の前が真っ白に。・・・あわてて管を抜かれるヘタレの僕。


それからは、吐き気はするし、冷や汗は出るし、周りの看護婦さんに迷惑かけまくり。20分ほど休んで、オレンジジュースを3本ももらってしまいました。あと、洗剤も(笑)。


途中でやめてしまったのに、本当に申し訳ないと思いつつ、それでもまあ200mlくらいはとれただろうから、少しは世の中の役にたてて良かったかなあ、と思っていました。そして、何気なく、それを看護婦さんに言ったら驚きの返事が。


「あ、400mlと言っていて400ml採れなかったら、全部使えないんですよ。残念!」


がーん。


あいごー。


じゃあ、返してー。


無駄な血を流してしまった・・・

世の中のためになるどころか、世の中から施しを受けてしまった、僕。


~僕が今回世の中から受けた施し~


・オレンジジュース3本・・・だいたい300円。

・洗剤・・・だいたい100円。


支払いは、マスターカードでいいですか?


僕のやるせなさ=Priceless







AD

ロッテ強いですね・・・


というか、阪神が弱い。


頼みの綱の下柳も打たれて、これで3連敗。4番金本も10打数0安打。


まあ、頼みの綱が37歳の下柳や金本っていう時点でダメなんですけどね。


ロッテの選手みんな若いもの・・・


こうなれば、この記事 みたく、 誰かに「阪神は楽天よりも弱い」って言ってもらうしかありませんね。


今回出番のない黒木あたり、どうですか?(笑)


AD

トラックバックステーションのお題「ユニークな少子化対策」についての記事です。


少子高齢化が日本にどういう影響を与えるかはすでに語り尽くされた感があります。大きく分ければ、


①年金・健康保険を維持できなくなる。

②国の活力が無くなる。


というところでしょう。それについては異論はないのですが、ボクはひねくれ者なので違った切り口でこの件について記事にしてみようと思います。(皆さんの記事を読むと、もうこれ以上“ユニーク”な少子化対策は思い浮かびそうにないし・・・)


さて、そもそもどうして国民一人一人が必死になって「少子化対策」なんて考えているのでしょうか?それを考える義務があるのは政府であって、皆さんではないはずです。年金・健康保険を維持しなければならないのは政府なのです。年金や健康保険に国家からのプレミアムを望むのなら、国民は言われたとおりお金を払うことしかできません。どっちにしても。


つまり、皆さんはだまされているのです。誰にかと言うと政府にです。


そもそも年金や健康保険がいきづまっているのは、少子化のせいではありません。簡単に言えば厚生労働省の役人のせいです。ビジネスに適性のない人たちが巨額の資金を運用したり、天下り先確保のためにグリーンピアなどの無駄な施設を作ったりしているのが現時点での主な理由です。


だって、今の時点では少子化って言ったって、団塊の世代も挽回の世代 (ボクの造語です。俗に言う団塊ジュニアです。)はまだ払うだけで貰ってないし、子供はまだどっちもしてないじゃないですか。なのに今の時点でもう破綻寸前って言われているんですよ。つまり昨今、少子化、少子化って役人たちが言い出したのは自分たちの失敗の責任を国民に押しつけようとしているからです。おまえらが産まないからだ、と責任転嫁してるんです。


だから、いくら手当が増額されようと、いくら保育園ができようとごまかされてはいけません。本来、子供を産む・産まないや何人持つかってのは、個人の問題です。政府の甘言によって左右される類のものではないはずです。


国からお金が貰えるから子供を持つなんて、そんな浅はかな考えはニートを増やすだけです。ニートがいくら増えたって、税収は上がらないし、国家の活力も蘇りません。そればかりか余計な税金が投入されることになります。こういうやつ が増えるだけです。税金が投入されるということは、役人の天下り先が増えると言うことです。風が吹けば桶屋が儲かりますが、ニートが増えれば役人が儲かるのです。


昔なら周囲のプレッシャーや農業などの労働集約的な家業のために個人の意志に反して作っていたかも知れない子供を今は夫婦の自由な意志だけで作ったり作らなかったりできるのです。その結果、多数の選択として少子化になっているだけです。素晴らしい世の中じゃないですか。


少子化は、素晴らしい。少子化万歳!

今朝、起きたらあまりに寒くて、ついに今期初めてストーブをつけてしましました。

我慢すればできないこともないのですが、この先もっと寒くなったときのために試運転も兼ねてみました。


聞けば、本州では昨日真夏日だったそうで・・・


日本は広い。

来週、奥さんの親戚が我が家に遊びに来るので、週末は奥さんと一緒に部屋を大掃除しています。


我が家では年末にもするのですが、それ以外でもお客さんが来る時にちょこちょこと掃除をします。こう書くとすごく綺麗好きのように見えますが、逆に普段は何もしません(笑)。クイックルワイパーで見えるホコリを取る位です。


昨日は朝から僕は風呂とトイレ、奥さんは台所周りを整理しながら掃除しました。いらないものはすべてゴミ箱に捨てたら、すっきりと使いやすくなりました。

今日は朝からお客さん用の布団のシーツを洗い、乾燥機をかけてました。これであらかたOKでしょう。午後は、奥さんと歩いて花でも買いに行くかな。


何気ない一日が幸せな今日この頃です。

関西のある都市で青年期を過ごした僕は、何を隠そう阪神ファンです。


85年の優勝は地元で迎え、03年の優勝は北海道で迎えました。

そして、今回生涯3度目の優勝・・・


地元関西では、阪神の優勝に関して古来より次のような言い伝えがあります。それは、


「人は生涯3度だけ阪神の優勝を見ることができる」


85年の優勝は21年ぶりで、03年の優勝は18年ぶりでした。

平均インターバルがだいたい20年ですから、人生70年とすると、だいたい当てはまることが分かります。


しかし、今回は何と前回優勝から2年(しか)たっていません・・・

うれしいですが、ちょっとありがたみが薄れます。どこぞの球界の盟主は3年くらい優勝しないとすぐに大騒ぎですからねえ。


それにしてもちょっとペース早すぎますね。それとも次の優勝が40年くらいないのかな?(笑)


連休は、体調のよくなった奥さんと一緒に青森まで2泊3日の小旅行をしました。


レンタカーとフェリーを駆使して、津軽半島と下北半島をゆっくりドライブしました。

天気も素晴らしく良く、いろんな話をしながら気分良く過ごすことができました。


大間でマグロを食べたり、金木町(現五所川原市)で太宰修記念館(斜陽館)に行ったり、十三湖でシジミ釜飯を食べたり。僕たちのお気に入りの料理屋のある三沢というところにも行き、おいしい青森の食材を堪能しました。(食べ過ぎた!)


来年子供ができたらなかなかこういうこともしばらくできなくなるかも知れませんが、それはそれでまた他の楽しみも増えるので、今は今の楽しみを満喫したいと思います。


来月は3回目の結婚記念日があります。その日は札幌で過ごす予定です。楽しみです。

驚きました・・・


奥さんが会社のHPを登録するために苦労していたのを知っていたので、

こんな片手間でやっているようなブログが登録されるなんて夢にも思いませんでした。


以前藤田さんに質問に答えていただいたとき 以来の感激です・・・


それにしても少し更新が滞っていたのに加えて、最後の更新が「僕が独裁者になったら」(笑)

せっかくの機会ですから、これからよりいっそうマメに更新して以降と思います。


とりあえず、報告まで。



久しぶりにトラックバックステーションへの投稿です。


最初に結論を書きますと、

「あなたの思うとおりにやってくれていいですよ。ただし、思うようにならなくても殴らないでね。」

そのことを守ってくれるような先生がいいです。つまり、ほとんどの先生はおっけいかな。


皆さんもご存じの通り、そもそも先生というのはかなり特殊な人たちです。何せ、ほとんどの先生は社会経験がなく(先生社会以外の)、学生からテストを経ていきなり「先生」なんて呼ばれる立場になります。

そんな人が、子供の人格形成に一番必要な時期にえらそうに「社会の常識」などをほざきます。一番常識がないと思われる人たちに。ほとんどの子供たちは社会に出てはじめてその違いに気づきます。そして、耐えられた人は遅いスタートを切り、耐えられなかった人はニートになります。


もちろん、最近は学校制度もかなり変わってきて、社会経験を積んだ後に学校の先生になったり、学校を経営するというケースもあるようです。有名な例としては、元リクルートの藤原さんやワタミの渡邉さんなどがあげられます。探せばそんな先生方もいるのでしょう。出会えた子供は幸運ですね。


僕は、こう考えます。先生や学校生活というものは、子供を取り巻く環境の一つに過ぎません。不必要だとは思いません。経験としては必要です。世の中にはそういう特殊な環境もあります。学校を知らないと、もしくははまり過ぎると、ある種の宗教や組織活動にはまる危険性もあります。


しかし、それは全てではありません。決して全面的に「先生に我が子を託し」てはいけないと思います。学校に行かせるのも必要ですが、同時に親は学校以外でもいろんな価値観に触れさせたり、経験を積ませることをしなければいけないと思います。「先生」や「学校」は、世の中にある価値観の一つに過ぎないのです。


その意味では、「お受験」なんてもってのほかです。なぜ、あの親たちは好んで一つの価値観のみをあの時期の子供に植え付けるのでしょう。親の生きてきた時代と子供の生きる時代は違うのです。この先学歴なんて関係ない世の中が来るかも知れないじゃないですか。(来ないかも知れませんが)しかし、確実に言えることは将来は分からないということ。そうなれば親にできることは、なるべく多くの価値観を見せておくことだと思うのですが、どうでしょうか。まあ、これについては今回の主題ではないのでまたの機会に。


いろいろ否定的なことばかり書きましたが、最後に「先生」というもののメリットを一つだけ言うと、子供にとって先生という人たちとつきあうことは、「公務員(もしくはそれっぽい人)とのつきあい方」を学ばせる絶好の機会となります。言い換えれば、「明らかに能力のなさそうなのに権力がある人に頭を下げる」という日本社会においてすごく重要な大人のエッセンスを学べるということです。日本で生活していくには大事なことです。


ゆえに、先生は尊敬すべきですし、同時に問題のない範囲で反抗すべきなのです。