先日、体調が悪いにも関わらず遅くまで仕事をしようとする奥さんを叱りました。夕方頃電話をかけてきて(僕は単身赴任中です)、こう言うのです。


「気持ち悪いから1時間ごとに車で横になりながら仕事をしている。早く帰りたいけど明日が締め切りの仕事があるのでやらざるを得ない。今日も遅くなりそう。」


僕も勤め人ですから、お客さんにはこっちの事情は関係ないことくらいは分かっているのですが、聞けば話をすればどうにかなりそうな相手でしたので、すぐに客先に電話をして締め切りを延ばして貰った上、残った仕事は従業員に振り、速攻帰宅して休むように言いました。

それでも、奥さんは納得いかないようでしたので、少々きつい言葉で叱りました。すると、ようやく納得してくれてその通りにしてくれました。


おそらく風邪とかなら、本人ができると言っていればこれほどは言わなかったでしょう。しかし、彼女は妊婦です。もしものことがあれば、一番悲しんで後悔するのは彼女自身なのです。僕ではなく。そこで、心を鬼にして叱りました。


仕事と家庭生活の両立については、僕たちはうまくやっている方だと思うのですが、仕事と妊婦の両立はなかなか難しいです。何せ初めての体験で、どのくらい無理ができるのかとかいう加減が全く分からない。ましてや彼女は従業員10人を抱える会社の社長です。僕の方もこういうときどこまで言っていいのか正直とまどうことが多いです。


じゃあ、何もさせないで休ませればいいのかと言っても、それはそれでストレスが溜まりそうです。おそらく無理でしょう。奥さんは僕とは違い(笑)、仕事大好き人間なのです。


答えはきっとありません。その都度、ぶつかりながら悩みながら、僕らなりにやっていくしかないのでしょうね。だけど、正直なところその悩みがちょっと誇らしくもあります。


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関西のある都市で青年期を過ごした僕は、何を隠そう阪神ファンです。


85年の優勝は地元で迎え、03年の優勝は北海道で迎えました。

そして、今回生涯3度目の優勝・・・


地元関西では、阪神の優勝に関して古来より次のような言い伝えがあります。それは、


「人は生涯3度だけ阪神の優勝を見ることができる」


85年の優勝は21年ぶりで、03年の優勝は18年ぶりでした。

平均インターバルがだいたい20年ですから、人生70年とすると、だいたい当てはまることが分かります。


しかし、今回は何と前回優勝から2年(しか)たっていません・・・

うれしいですが、ちょっとありがたみが薄れます。どこぞの球界の盟主は3年くらい優勝しないとすぐに大騒ぎですからねえ。


それにしてもちょっとペース早すぎますね。それとも次の優勝が40年くらいないのかな?(笑)


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先日奥さんが診察に行った際、子供のエコーの画像(動画)をダビングして持って帰ってきてくれました。


ほんの3分あまりの映像でしたが、指が一本一本見えたり、指しゃぶりをしているように見えたり、存分に「生物感」を楽しむことができました。頭と目がえらくでかく、心臓の鼓動ばかりがすごく目立ち、おまけに透明感があり、僕の子供はまるでミジンコのようでした。


最近、胎動を感じられるかも知れないと思ってたまに奥さんのおなかに耳や手を当ててみるのですが、全然その気配はなく、聞こえるのは奥さんの胃が何かを消化している音ばかり。にもかかわらず、映像では結構激しく動いているのが見えて不思議なカンジでした。まあ、まだ数cmですからね・・・


しかし、あれはどうひいき目に見ても人間ではありません(笑)。宇宙人です。自分の子であること差し引いても今の段階では神秘的ではあるにしろ、人としてはあまり可愛くないですね。ははは。

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連休は、体調のよくなった奥さんと一緒に青森まで2泊3日の小旅行をしました。


レンタカーとフェリーを駆使して、津軽半島と下北半島をゆっくりドライブしました。

天気も素晴らしく良く、いろんな話をしながら気分良く過ごすことができました。


大間でマグロを食べたり、金木町(現五所川原市)で太宰修記念館(斜陽館)に行ったり、十三湖でシジミ釜飯を食べたり。僕たちのお気に入りの料理屋のある三沢というところにも行き、おいしい青森の食材を堪能しました。(食べ過ぎた!)


来年子供ができたらなかなかこういうこともしばらくできなくなるかも知れませんが、それはそれでまた他の楽しみも増えるので、今は今の楽しみを満喫したいと思います。


来月は3回目の結婚記念日があります。その日は札幌で過ごす予定です。楽しみです。

僕の会社では、だいたい今の時期に来年度の人事が始まります。

それで、直属の上司が「何かあるなら言っておいてね」と言ってくる時期です。


昨年はフライングで「来年度育児休業します♪」なんて言ってしまって(子供もできてなかったのに(笑))、ちょっと恥ずかしかった経験があります。(だって、つくろうと思ったら簡単にできると思っていたんだもの・・・)

今年は、晴れて妊娠5ヶ月、堂々と宣言できます。(「堂々と」はしませんが)


僕の会社では、比較的そういう制度が整っていて人事的な配慮もちゃんとあるらしく、取得に関しては心配をしていません。しかし、そんな恵まれた環境にも関わらず、相変わらず男性の取得実績はゼロです。

今年先に取ってくれる人がいたら目立たなくていいなあ、と密かに思っていたのですが、やっぱりいませんでした。


まあいいや。僕が先達をつけてあげましょう。ここ でも書きましたが、僕は長男気質なので、何事も勝ち取るのが好きなのです。僕の後に道はできる。


さてさて・・・

トラックバックステーションのお題 子供ができたら仕事は続ける? 辞める? に対する記事です。


本来的にはまさに個人による、としか言いようのない問題です。パートナーが稼ぎが良いか、それなりでも生活費のコントロールができていて、十分ストレス無くやっていける環境にあるなら、仕事を辞めるのも一つでしょうね。

また、うちの奥さんみたいに経済的に必要と言うよりも、生き甲斐としてやっている場合はできうる限り辞めないと言うのも一つの選択だと思います。まさに、人生いろいろ、家族もいろいろですね。


私個人として言えば、そもそも「仕事と育児」というのは対立するものではないと思っています。どっちも大切でかけがえのないものではないでしょうか。なんで対立させるのか。


たとえば、一度仕事を辞めてしまうとなかなか元のキャリアに戻ることができにくいという問題があります。特に女性の方はそうでしょう。経済的にもそうですが、仕事をすることにアイデンティティを求める人にとっては、大変苦しいところです。


また、子供が幼いときに共通の時間を過ごすということもとても大事なことです。3歳くらいまでの愛らしい時代はもう二度とありません。その時期にどう接するかで、後に訪れる思春期の危機を乗り越えられるかどうかが決まる、という人もいます。


この構造って何かに似てますね。よく昔のドラマなんかである「私と仕事どっちをとるの?」ってやつです。そのはざまで主人公が悩むっていうのは、バブルの頃のドラマのありがちなパターンです。だいたいは恋愛を取っちゃうんですけど。


結論を言うと、「どっちもとる」っていうのが僕の選択です。そのためには、どこに勤めるか、誰と結婚するか(どのくらい協力的なパートナーか)、いくら稼げて、いくら貯金があるか、いくらの生活費で生きていけるか、という一朝一夕ではできない準備が必要なんですけどね。僕にはその用意があります。


いろいろ悩んでいる方、なんだかんだ言っても今あなたがおかれている状況によって、実はほとんど選択肢はないのでは?


※参考までに過去記事です。

いつか主夫になる日。

共働きをやめない。

街を歩いているとおなかの大きな女性に出くわすことがあります。

おなかの大きな女性には2種類あって、一方はただのデブ。もう一方は妊婦さんです。


デブと妊娠中の女性の区別はだいたいにおいて簡単です。全体的にデブなのがデブで(ややこしいな)、下腹部あたりだけ不自然にデブなのが妊娠中の女性です。わざわざ言うほどのことではありませんが。


もちろん、たまに区別の付かないこともあり、先日ただのデブだと思っていた知人がいきなり子供を産んだのには少々びっくりしました。その間、何度も会っていたのにも関わらず、僕は一度も彼女のおなかのことを話題にしませんでした・・・ごめん。


しかし、昨日本屋で見た女性は、他の部分は普通でおなかだけが出っ張っている100%完全な妊婦さんでした。旦那さんらしき人と幸せそうな様子でマタニティ関係のコーナーで熱心に雑誌を見ていました。


こんな時、皆さんどうしますか?


僕は、怪しくない程度にじっくり見てしまします。おなかのあたりから体のラインをなぞるように。十分怪しいですね(笑)。でもいやらしい気持ちは全くなく、あえて言えば不思議な生き物を見る感覚かもしれません。あの中に子供が入っているんだ・・・という神秘的な気持ちなのです。あくまで。


ちなみにうちの奥さんは先日妊娠5ヶ月になりましたが、おなかのラインはほとんど変わりません。楽しみのような、怖いような。

風呂掃除、洗濯、皿洗いなど世の男たちと比べて家事をする方だと自負している僕ですが、ほとんどやらない家事もあります。それは、料理です。


料理が一番大変な家事であることは重々分かっていて、それができないくせに「育児オトコ」だなんて虫が良すぎるのですが、なぜか料理だけは気が進みませんでした。


その理由の一つは、あまりできないという単純なもの。僕は学生時代から結婚するまでずっと一人暮らしだったのですが、なぜか料理だけはほとんどせず、ご飯を炊くくらいでオカズはほとんどスーパーの惣菜か冷凍食品でした。


もう一つは、結婚した奥さんが料理がとても得意だったという理由です。

料理好きのお母さんに鍛えられた彼女の料理はとても美味しく、どんなリクエストにでも答えてくれます。それゆえに、わざわざ僕がまずい料理を作る必要は全くないのでした。


しかし、このたびの妊娠。


奥さんは比較的つわりが軽く、仕事も相変らずバリバリやっていたのですが、ここに来て調子が悪くなり、医者から絶対安静を言い渡され、僕が料理等を作らなければいけない状態になってしまったのです。


ご存知の通り、僕は奥さんと二人暮しでそれぞれの実家は遠く離れています。親戚も近くにはいません。こういう日がいつかは来るのは分かっていましたが、ぎりぎりにならないとやらないのが僕の悪い癖です。


しかし、そうは言って入られません。一念発起して、僕が料理を作ることにしました。そこで、昨夜奥さんに


「何が食べたい?」


って聞くと、


「鍋」


と即答されました。そうです。別に食欲がないわけではないです。いきなり大きく出られましたが、考えてみれば鍋は材料を切ってただ煮るだけです。調子が悪くても、奥さんはあくまで優しいのでした。まあ、下手なもの作られて、まずいものを食べる羽目だけにはなりたくなかったのでしょうけど(笑)。


ちなみに今日は「豚キムチ」を作りました。辛いものが食べたいとのことでしたので。これは、僕が学生時代にやっていたお好み焼き屋のバイトで教えてもらったまかない食で、僕が作れる数少ない料理の一つだったのです。


しかし、僕が知っていたのは単純に豚肉とキムチを塩コショウで炒めるというものでしたが、奥さんの要求は厳しく、ニンニクと白菜とねぎを入れて、料理酒で味付けをしなければならないのでした・・・さらに食後には梨をむかなければならなく・・・


掃除や皿洗いや洗濯だけでは、家事をやっているとは全く言えないなあ、とあらためて思った連休でした。これからもがんばる。生まれ来る子のためにも。





驚きました・・・


奥さんが会社のHPを登録するために苦労していたのを知っていたので、

こんな片手間でやっているようなブログが登録されるなんて夢にも思いませんでした。


以前藤田さんに質問に答えていただいたとき 以来の感激です・・・


それにしても少し更新が滞っていたのに加えて、最後の更新が「僕が独裁者になったら」(笑)

せっかくの機会ですから、これからよりいっそうマメに更新して以降と思います。


とりあえず、報告まで。



久しぶりにトラックバックステーションへの投稿です。


最初に結論を書きますと、

「あなたの思うとおりにやってくれていいですよ。ただし、思うようにならなくても殴らないでね。」

そのことを守ってくれるような先生がいいです。つまり、ほとんどの先生はおっけいかな。


皆さんもご存じの通り、そもそも先生というのはかなり特殊な人たちです。何せ、ほとんどの先生は社会経験がなく(先生社会以外の)、学生からテストを経ていきなり「先生」なんて呼ばれる立場になります。

そんな人が、子供の人格形成に一番必要な時期にえらそうに「社会の常識」などをほざきます。一番常識がないと思われる人たちに。ほとんどの子供たちは社会に出てはじめてその違いに気づきます。そして、耐えられた人は遅いスタートを切り、耐えられなかった人はニートになります。


もちろん、最近は学校制度もかなり変わってきて、社会経験を積んだ後に学校の先生になったり、学校を経営するというケースもあるようです。有名な例としては、元リクルートの藤原さんやワタミの渡邉さんなどがあげられます。探せばそんな先生方もいるのでしょう。出会えた子供は幸運ですね。


僕は、こう考えます。先生や学校生活というものは、子供を取り巻く環境の一つに過ぎません。不必要だとは思いません。経験としては必要です。世の中にはそういう特殊な環境もあります。学校を知らないと、もしくははまり過ぎると、ある種の宗教や組織活動にはまる危険性もあります。


しかし、それは全てではありません。決して全面的に「先生に我が子を託し」てはいけないと思います。学校に行かせるのも必要ですが、同時に親は学校以外でもいろんな価値観に触れさせたり、経験を積ませることをしなければいけないと思います。「先生」や「学校」は、世の中にある価値観の一つに過ぎないのです。


その意味では、「お受験」なんてもってのほかです。なぜ、あの親たちは好んで一つの価値観のみをあの時期の子供に植え付けるのでしょう。親の生きてきた時代と子供の生きる時代は違うのです。この先学歴なんて関係ない世の中が来るかも知れないじゃないですか。(来ないかも知れませんが)しかし、確実に言えることは将来は分からないということ。そうなれば親にできることは、なるべく多くの価値観を見せておくことだと思うのですが、どうでしょうか。まあ、これについては今回の主題ではないのでまたの機会に。


いろいろ否定的なことばかり書きましたが、最後に「先生」というもののメリットを一つだけ言うと、子供にとって先生という人たちとつきあうことは、「公務員(もしくはそれっぽい人)とのつきあい方」を学ばせる絶好の機会となります。言い換えれば、「明らかに能力のなさそうなのに権力がある人に頭を下げる」という日本社会においてすごく重要な大人のエッセンスを学べるということです。日本で生活していくには大事なことです。


ゆえに、先生は尊敬すべきですし、同時に問題のない範囲で反抗すべきなのです。