たまに誤解もあるようですが、僕は現在もフルタイムで
働いています。

しかし、「育児オトコ」なるものを目指していると
宣言している以上、このテーマは書かないわけには
いかないでしょう。
トラックバックステーション「アットホーム・ダディ」
への記事です。

僕は極度の怖がりなので「専業」主婦という形態も
「専業」主夫という形態も取ろうとは思えません。
経済的なリスク、お互いへの理解に関するリスクなど
考えると、怖くてとても無理です。

でも世の中には、それを楽しんでいる方がいっぱい
いらっしゃることも知っています。それはそれで
うらやましくもあり、危なっかしさを
感じることもあります。

僕は「専業」主婦を囲えるような甲斐性も持てないし、
「専業」主夫となるほど家事に魅力を感じないし、
第一そんな過大なプレッシャーを
奥さんに与えることを望みません。
(お父さんたちはえらかった!)

ただ、人生のある時期において「一時的に」そうなるのは
理解できます。
そういう意味で、僕が育児休暇を取っている間は僕は
「主夫」になるのでしょうね。ふむふむ。

いつか夫婦そろって「専業」家族になるのが僕の夢です。
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先々週、人事に「来年育児休暇をとるかも」願いを提出した後、
毎日毎日、直属の上司の顔を見るたびにびくびくしていたのですが、
いまだに(おそらく)伝わっていないらしく、何も動きはありません。

とりあえず落ち着かないので、情報収集をはじめることにしました。
まずは、ネットで。

いくつか見比べたらこちらが一番詳しく情報や経験談が載っているようです。

At-home Dad

会社との関係のくだりなんかちょっと怖い・・・

うちはどうでしょうか?
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「悲しみの連鎖」






どうして、こうも立て続けに起こるのでしょう。

両親と姉殺害、28歳男逮捕 茨城・土浦 「仲悪かった」と供述

鉄アレイで両親殺害、容疑の19歳逮捕 小言に「不満」

現時点では詳しいことは分からないですが、きっとどちらも
「親の育て方が悪い」みたいな話になるのであろうという
ことは想像できます。

親がしっかりしていない子供にしっかりしろ、と言って何が悪いのでしょう。
老後を楽しみに一生懸命働いてきたのに少なくともなぜ殺されなければ
ならないのでしょう。

不条理です。

こういう事件が起きると、大衆はどうにかしてその親の「異常性」「特異性」を
探そうとやっきになります。そうでないと安心できないからです。

しかし、前にも書きましたがおそらくこの殺された親たちはごくごく
普通の親のはずです。
ひょっとしたら、あなたよりもっとしっかり子供ことを愛情で包んでいたかも
しれません。

うーん。

「育児オトコ」への道が険しくなっていく今日この頃です。
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「マナー違反にドロップキック」







そろそろ北海道も雪が積もりそうなので、タイヤを
スタッドレスに変えておこうと思って、物置から
タイヤをとりだすことにしました。

車を物置の前につけて、奥さんにも手伝ってもらって
タイヤを運んでいると、どこからからなつかしい匂いが。

難だろうと思って、奥さんの足元を見ると、そこには
なんと犬のう○こが。ばっちり踏んでいました。

声にならない声をあげて、すぐさま靴を水で洗いましたが、
どうしても匂いだけはとれません。そのうち少し気分が
悪くなってきて、奥さんの不注意をついせめてしまいました。

しかし、さんざん奥さんに愚痴を言ったあと、まだ付近に匂いが
漂うのでおかしいなと思って、何気なく自分の靴を見てみると、
なんと僕も踏んでいました。(笑)そのあと、必死に奥さんに
謝ったのは言うまでもありません。

犬のう○こなんて踏むのは20年ぶりくらいかもしれません。
昔は犬を飼っている人のマナーが今と比べて数段悪かったので、
よく踏んだものですが、最近はさすがにそんなことはなかったので
(あったら困る)、その匂いもなんだかなつかしく思えてきて、
笑えてきました。

せっかくなので、その後二人で年末ジャンボ宝くじを
買いに行きました。「運」がついたわけですから。

昔の人はえらいですね。こんな精神的ショックを和らげる
術を今に残してくれたのですから。

「お家に帰ろう」






恋人時代と結婚してからを比較して変わったことを
あげてみればそれはいろいろありますが、その中で
特に「シアワセだなあ」と思うことがひとつあります。

それは「遊びに行った後、一緒に家に帰られること」です。

恋人同士の時は、出かけるときは一緒でもいつかはそれぞれの家に
帰らなければいけません。それが気楽でいいと思うときもありましたが、
やはり一人で歩く帰り道は淋しいものです。

結婚したら当たり前ですが、一緒に同じ家に帰ります。
一緒に歩いて。一緒に車に乗って。
何かの動物が、巣穴に戻るように。
まあ、それは結婚しなくても可能なんでしょうけど。

僕は特に大勢で集まっているようなところにわざわざ奥さんと行って、
楽しく過ごし、途中で「じゃあ」なんて言って奥さんと二人で帰るのが好きです。

「僕の心の闇」

過去記事はこちら↓

子供嫌いだった。~その1
子供嫌いだった。~その2
子供嫌いだった。~その3
子供嫌いだった。~その4

僕には夢があります。

奥さんの会社が軌道に乗ったら、会社を辞めて奥さんの会社を
手伝うという夢。

二人で車に乗って日本一周するという夢。

50歳までに引退して、タイあたりでまた会社を二人で
起業するという夢。

これらは単に夢見ているだけではなくて、実際に計画してすでに
動いている夢です。
そういう意味では「プロジェクト」と言った方がいいかも知れません。

こういうことは、結婚する前からおぼろげながらも考えていました。
そして、経済的な面からも能力的な面からも自分は絶対に実現できると
いう自信がありました。

その流れで当然のように「結婚しても子供は持たない」という
考えが生まれてきました。今まで書いてきたように生来僕は、
生理的に子供が嫌いだっただけでなく、自分の人生にどういう
影響を与えてくるか分からない他人の存在は、邪魔だと思っていた
からです。

もちろん、結婚相手も独立した別の人格ですから同じことが言えます。
しかし、その場合結婚相手とは「離婚する」という選択肢も選べます。
相手のせいで、もしくは相手といるところの自分のせいで、
人生がうまくいかないことが分かれば、勝手だろうが何だろうが、
別れれば済むことですから。人生は一回なので我慢するのも程度が
あります。

子供はそうはいきません。子供が自分の人生に悪影響を与えることが
分かっても、どこまでいっても親は親です。万引きしたり、
引きこもりになったり、人を殺したりすれば、当然自分の人生に
少なからぬ影響を与えます。関係ない人から「育て方が悪い」
なんて言われ、自分が悪い訳ではないのに遺族の方に頭を下げ、
多額の賠償金を払い、場合によっては首をつって文字通り自分の
人生が終わってしまうかも知れません。

また、正直言えば、万が一自分の子供が何らかの障害を持って生まれて
きたら僕の夢どころか人生自体おしまいだ、と思っていました。
本当にお恥ずかしいことですが。

それなら、そんな不確定要素が多い子供は持たない、とするのが合理的な
選択ではないでしょうか。
世の中には、他人のために人生を費やすのが好きな人もいるでしょうが、
僕はそうではなかったからです。

ただでさえ不確定要素の多い人生です。何も好きに不確定要素を
増やさなくてもいいのでは?・・・これは子供を持つことを決めた
今でさえ、時々僕を襲う僕の心の闇です。


「都会で山買うだ。」







普段、ど田舎でスーツすら着ないで仕事をしている僕ですが、
今日は朝からスーツ着て都会に出張に行きます。

泊まって来てもいいのですが、頑張って日帰りします。
往復6時間の道のり。滞在も同じくらいです。

普段は、体中リラックスしっぱなしですが、今日ばかりは
少し緊張して仕事してこようと思います。たまにはね。

外は雪。北海道にも少し遅めの冬がやってきました。



「迷子にならないように?」







以前、奥さんと近所の公園に散歩に行って初めて目にしたときは、
びっくりして何かの冗談だろうと思っていましたが、
最近それが結構流行っていることを知り、2度びっくりしました。

何が?って、それは「迷子ひも」です。

子を持つ方々にとって、その存在は常識なのかも知れませんが、
あれを初めてみたときは本当にびっくりしました。
まるで犬をつれて歩くみたいに、子供の背中にひもをつけているのですから。

確かに子供は急に何をするか分からないので、道路とか歩くときは
親としては安心なのでしょうが、何というか子供の「ペット感」は否めません。
人間もいっちゃうところまでいっちゃった気もします。

こんなこと言ってる僕は甘いですか?確かに子供をねらった犯罪は後を
絶たないですが、もはやこの世の中は子供を自由に遊ばせられない
ほど危険なのでしょうか?そもそも子供が怪我したらだめなんでしょうか?

少し調べてみると、「迷子ひも」は思ったより古い商品で約20年前から
販売しているそうです。幸い僕はそのころすでに中学生だったのでつけられた
記憶はありません。よかった。もしそんなものをつけられていたら何かの
トラウマになっていたに違いありません。
道ばたでかたつむりを見つけて遊んでいて、不意に後ろから「ほら、行くよ」
なんて言われてひもを引っ張られたいたら、きっと繊細な僕の心を深く
傷つけたでしょう。(笑)

本当に、あれは子供の安全のためなんでしょうか?
僕には少し疑問があります。
ひょっとしたら、親が楽しようとしているのではないでしょうか。
話しても通じない子供を物理的に力づくでコントロールしようとしているのでは
ないのでしょうか?

外国ではどうなのでしょう。よく知りませんが、もしセントラルパークあたりで
子供にひもをつけて歩いたら、幼児虐待で通報されそうな気もします。

子供をお持ちの先輩方、ご意見お待ちしております。
また、ご使用経験のある方、僕の至らぬ点をご指摘いただければ幸いです。

「おまえの頭はどこにある?」







先週初雪が降った北海道もここ何日かは暖かく、
雪ではなくて雨が降ります。
あたかも、もう春が来たかのような雨の匂いがします。
このまま今年は冬が来なければいいのですが、
そういう訳にもいかないのでしょうね。

僕はいつも6時半くらいに起きます。そして、携帯用のPC
を開き、メールチェックをします。
そして、前の日の夜に下書きしてあったアメブロへの記事を
見直して、付け加えたり一部を削除したりして、問題なければ
アップします。気に入らなくて、その日一日かけて推敲して、
アップが夜になることも多いのですが、だいたいはそんなパターンです。
主に夜に書くので内容が暗いのです。ごめんなさい。

朝、外を散歩していると道路に小さいかたつむりがいるのを
見つけました。小指の先ほどの子供のかたつむりです。
雨上がりだったので、出てきたのでしょう。

散歩から帰って、朝食を食べていると急にそのかたつむりが
気になってきました。あそこは人通りが多い。
誰かに踏みつぶされたらどうしよう・・・

普段はそんなことは全然気にならないですが、なぜか今朝は
気になって仕方がなかったので、朝食を食べ終えると再び
外に出て、まだ道路の中央付近を歩いていたかたつむりを
捕まえ、脇の葉っぱの上に逃がしてやりました。
人に見られたらかなり恥ずかしいセンチメンタルな行動でしたが、
きっと将来僕が地獄に堕ちたときに、そのかたつむりが助けに
来てくれるでしょう。ちょっとぬめぬめしてて嫌ですが。

一日一善。今日は金曜日。あとは悪事のし放題。(笑)

「モノより思い出。」





前編はこちら。



どうしても自転車が欲しかった僕は、ある日思い切って言ってみました。

「僕も自転車が欲しい。みんな持ってる。」

しかし 両親の反応は、そっけないものでした。

「まだ早い。それに道路で自転車を乗るのは危険だ。」

僕の家は交通量の多い国道に面したところにあったので、親にとっては
まだまだ状況判断のつかない子供が自転車に乗ることが怖かったのでしょう。
今ではその気持ちがよく分かります。
また、経済的にもそんなに余裕がなかったのかも知れません。
その時は自宅を建てたばかりでしたし、自転車も今ほどは安くなかったのです。

僕はそれでもあきらめず、自転車がいかに素晴らしいものであるか、
自分が友人の中でいかにみじめな思いをしているかを訴え続けました。
自転車があれば、遠くの友達のところにも行ける。
自転車でお使いに行くこともできる。
自転車があれば・・・
と、子供ながら精いっぱい考えて親に訴え続けていました。
しかし、なかなか親は首を縦には振ってくれませんでした。

そんなある日、いつものように友達と広場で遊んでいると、父と母が
車に乗ってやってきました。もう夕方だったので迎えに来たとのことで、
僕は友達にさよならを言って車に乗り込みました。

そろそろ冬の足跡が聞こえてくる頃で外は暗くなり始めていました。
僕は父と母に車に乗っている間中ずっと
「自転車があれば、遅くなる前にすぐ帰られるのにな」
と憎まれ口をたたいていました。

父と母はだまってそれを聞いていました。
今思えば何か喜びを押し殺しているような表情で。

そして、車が家に着くと突然父が口を開いたのです。

「裏の車庫を見てきてごらん。」

僕は訳も分からず家の裏にあった車庫を見にいきました。
すると、そこには真新しい緑の自転車が!

父と母はその日朝から二人で車で街に出て、僕のために自転車を
買ってきてくれていたのです。家で僕を驚かせるつもりだった
らしいですが、僕の帰りがあまり遅いので、待ちきれなくなって
二人して迎えに来たのでしょう。

その日は感激のあまりよく眠れませんでした。
何度も車庫にある緑の自転車を見に行って、サドルに腰掛けたり、
ベルを鳴らしたりしたのを覚えています。

子供の願望に対してどう接していけばいいか。これは難しい問題です。
自分の忙しさとそこからくる罪悪感に任せて、三田佳子のように
言われるままに欲しがるモノを買い与えると、子供は自分の希望は
全てかなうのだという変な万能性を身につけてしまいます。
その結果、挫折にぶつかった時、それに対して精神を守る術を持ち得ません。

また、頭ごなしに厳しくするのも問題を生みます。子供は自分の願望を口に
できない人間に成長してしまいます。
僕は僕で親と戦っていたつもりですが、僕の両親もまた、僕にとって
何がいいのかということを子供の安全という恐怖と戦いながら考えて
くれていました。

子供は欲張りな上、飽きっぽいので次々に物を欲しがります。
その上、テレビCMやアニメは子供に魅力的な商品を次々と見せてきます。
子供の数が少なくなった昨今、友人たちが次々に物を買ってもらうのを
見ることもあるでしょう。

そんなとき、僕は子供の言い分をじっくり聞いてあげようと思います。
どうしてそれが欲しいのか。それがあればどうなるのか。
きっと、子供は不十分ながらもいろいろ答えようとするでしょう。
それが理にかなっているかどうかは関係ありません。
自分の願望について考え、話させることが子供の成長を促すことだ
と思うからです。きっと僕の両親もそう思っていたのでしょう。

この季節になるとあの日のことを思い出します。
僕もいつかは「緑の自転車」を子供にも贈りたいです。