1973年、アカデミー賞主演男優賞にある俳優がノミネートされた。

「ゴッドファーザー」のドン・コルレオーネの役は今でも映画史に残っている。「20世紀最高の俳優」マーロン・ブランドの主演男優賞受賞を、

誰もが予想していた。




しかし、授賞式で司会のリヴ・ウルマンとロジャー・ムーアが

彼の名を発表した時、ブランドは現れなかった。彼の代わりに会場に

現れたのは、ネイティブ・アメリカンの活動家サチーン・リトルフェザーだった。


彼女は壇上に立つと、ブランドが受賞を拒否すること、

その理由がハリウッドでの非白人の登場人物が不正確で

不公平に描かれていることへの抗議であることを短く雄弁に説明したのだ。



彼女のコメントに対して、

会場からは拍手に交じってブーイングも巻き起こった。

授賞式の後、リトルフェザーはマスコミにブランドの手記を公表した。


その中でブランドは、ネイティブ・アメリカンを誤って描写することは

「我々が決して知ることができないやり方」

で子供たちの自己像を傷つけている、

そしてそういった我々の行いを「歴史が判断するだろう」と述べた。




「私は映画業界がアメリカン・インディアン、

いや、全ての民族、全ての人種的マイノリティ、全ての非白人に対して

行なってきたことに、人々が気づいているとは思えない。

みんな単純に気がついていないのだ。

人々は、映しだされるもの、ただ垂れ流されるありきたりの表現を、

そのまま当たり前のものとして受け入れるだけだ。



でも、誰かがその様なことについて抗議し、

「中国人をそんな風に描かないで」と言えば、その指摘で、

差別的な演技が馬鹿馬鹿しく見えてくる。薄ら笑いのフィリピン人使用人、

陰険な日本人、風変わりで差別的に描かれたアジア人。

間抜けな黒人や頭の弱いインディアン、といった。


単に惰性でずるずると続いて、その演じられている人を見ることで、

その人種の人たちがどれほど

深く傷ついているか見ている人たちはわかってない。


大人たちはまだそういった差別に慣れてしまっているから良いかもしれない。特に問題なのは、子供たちなのだ。未開人、不快、汚い、不道徳、不誠実、酔っぱらいとして描かれるインディアンを見たインディアンの子供たちは、

自分自身に負のイメージだけを持って成長してしまう。

そしてそれは一生続く」

http://www.huffingtonpost.jp/2016/02/05/marlon-brando-1973-oscars-hollywood-boycott_n_9172570.html?utm_hp_ref=japan




マーロン・ブランドが演じたゴッドファーザーは、不朽の名作です。

白人であり、ハリウッドのスーパースターであるマーロン・ブランドが、

人種差別に反対してきたことは、とても素晴らしいと思います。




第二次世界大戦までの近代史は、

先進国である白人国家が、発展途上の有色人種を侵略し、

支配した歴史でもあります。


黒人や黄色人種を人としてみなさない時代もありました。

自分より劣っている民族を見下す、自分より劣っている者を見下す、

このような考えが、人種差別を生み出していったのです。


日本は、その人種差別を撤廃すべく、国連でも戦争でも戦いました。

しかし、現在でも、人種差別や人より劣る部分がある人に対して、

差別や偏見があります。


そのような野蛮な精神がなくなった時、世界は真に美しいものとなります。

築いていくのは、私達です。




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