今や日本は世界屈指の長寿大国だ。

100歳以上の高齢者は年々増加していて、2016年には6万5692人を数えている。

100歳を超えて元気に過ごしている100人に、普段どんな生活をしているのか

アンケートを実施。食生活や睡眠、健康法など、様々な共通点が見つかった。



朝食べる主食は、パンが23人、ご飯が77人と、ご飯を食べる人が圧倒的に多かった。
白澤抗加齢医学研究所の白澤卓二所長によると、

パンよりもご飯の方が咀嚼(そしゃく)回数が多い。食パンを1枚食べるのに噛む回数が

350回なのに対し、ご飯は茶碗一杯で600回噛んでいる。

咀嚼回数が多いと、唾液が多く分泌される。唾液の中に含まれる

「ペルオキシダーゼ」という成分は、活性酸素を減らしがんを抑制する。
さらに、噛む力と下半身の力は比例していて、噛む力が強い人は転倒しにくい。

多く咀嚼することで、丈夫な足腰を保てるのだ。

1日に食べる卵の数は、1個が60人、2個以上が40人だったが、

白澤氏は「40%が1日2個以上卵を食べている」結果に注目した。

卵は1日2個以上食べるとコレステロール値が上がると言われていたが、

2015年の厚生労働省の発表では、

食べているコレステロールと血液中のコレステロールは関係ないと報告された。

全く卵を食べない人と、1日5~10個の卵を5日間連続で食べた人の血液中の

コレステロールを比べると、ほぼ変わらなかったという実験結果もある。

http://news.livedoor.com/article/detail/13480228/

 

 
 
お米と卵、日本的食文化が、長寿に関係しているのでしょうか。
 

 

 

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米東部バージニア州シャーロッツビルで白人至上主義を掲げる団体と反対派が

衝突した事件を巡り、英国のメイ首相は16日、

「ファシズムの支持者たちと、れに反対する人たちを同一視はできない」と語った。

 

 

「両者に非がある」などと白人至上主義団体をかばっているようにもとれる発言をした

トランプ米大統領を批判したものだ。

英BBCなどの取材に答えた。メイ氏は「責任ある立場にいる人々は、

極右思想を聞いたならば非難することが重要だと思う」とも語った。

シャーロッツビルで12日、集会を開いた白人至上主義グループに対抗デモを行った

反対派に車が突っ込み、1人が死亡、多数のけが人が出た。 

http://www.asahi.com/articles/ASK8K2W78K8KULFA002.html

 

 
近年、差別的思想の者が増加した背景には、インターネットの存在があると感じます。
ネットのデマを信じ、差別的思想を持ってしまう人がいます。
 
新聞や本といった紙ではなく、現在は、パソコンやスマートフォンなどから、
情報を仕入れる人が増えました。
新聞や発行される本は、誰が書いたか明白になっていますが、
インターネットの匿名サイトなどは、誰が書いたか、その場では分からず、
無責任な書き込みやデマを書く者もいます。
 
これらを正していくため、インターネットの規制や法整備が求められます。
 

 

 

映画「ちづる」

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映画「ちづる」は、立教大映像身体学科の学生だった赤崎正和監督が、
卒業制作として2歳年下の千鶴さんと母親を1年間追った
みずみずしく優しい家族の物語です。



全国各地で上映されています。
上映につきましては、公式サイトにて、ご確認下さい。
社会福祉に関心がある方にお勧めの素晴らしい映画です。







忠犬ハチ公

テーマ:

ハチは、現在の大館市大子内の斉藤義一宅で誕生しました。

その後、

東京帝国大学農学部で教授を務めていた上野氏に飼われました。


 


ハチを飼い始めて1年余りが経った大正14年5月21日、

上野氏は農学部教授会会議中に脳溢血で倒れ、急死してしましました。

上野氏が帰らない状況の中、ハチは3日間何も食べなかったそうです。


 

渋谷駅前に現れるようになったハチは、通行人や商売人から

しばしば虐待を受けたり、悪戯の対象となっていたといいます。


 

上野氏を迎えに渋谷駅に通うハチを知っていた日本犬保存会初代会長、

斎藤弘吉氏昭和7年、

渋谷駅周辺で邪険に扱われているハチを哀れみ、

ハチの話を新聞に寄稿しました。


 

その記事は、東京朝日新聞に、「いとしや老犬物語」として掲載され、

人々の同情を呼び、昭和8年にも新聞報道され、

ハチのことが世間に広く知られるようになり、

人気となったハチは「ハチ公」と呼ばれ可愛がられたそうです。

ハチの物語からも分かりますが、犬は、飼い主を信頼し、

ある時は飼い主を支えてくれる大切なパートナーです。




犬養毅、頭山満をはじめ、明治維新以来、

アジア各地の革命や独立運動の為に、

自らの命や財産を賭けた日本人は数え切れないほど多い。

 

鈴木敬司氏

 

フィリピンではスペイン、

アメリカの植民地支配に対する独立戦争が起きていた。

台湾総督府の台湾軍事司令部参謀の原大尉が率いる義勇隊が、

フィリピン独立運動を支援し、独立軍とともに合衆国の軍隊と戦った。



1943年インドネシアのジャカルタにおいて行われた、

大東亜共栄圏の誕生を祝う興亜祭

 

ビルマの反英独立運動は20世紀初頭から始まっていた。

日本と深い関係をもっていた仏教青年会のオッタム僧正と、

仏教徒団体総評議会のウ・ソーテンの二人の指導者によって

進められていたのである。ビルマ独立の援助をするにあたって、

「援蒋・ビルマルート」を切断する為に、

鈴木敬司大佐を機関長とする「南機関」が設立された。

 

犬養毅氏

 

インドネシアの独立運動は、

日露戦争後からイスラム同盟のかたちで進められており、

1920年には東インド共産党が結集され、

反オランダ、反華僑の運動が展開されていた。

この時の有力な指導者にはスカルノ、ハッタ、

マンスール、デワントロらがいる。

 

大東亜戦争とインドネシアの独立に関して、

ジョージ・カナヘレは「日本軍政とインドネシア」の中でこう言っている。
 

「日本はインドネシア語の公用語化を徹底して推進し、

インドネシア国民としての連帯感を人々に植え付け、

広域の大衆をインドネシアという国家の国民として組織した。

特に若者に民族意識を植え付け、

革命の戦闘的情緒と雰囲気を盛り上げた。

またPETAの革命における意義は大きく、

これなくしてインドネシア革命はあり得なかった」

 

 

黄文雄氏著 「捏造された昭和史」より