思い出1

テーマ:
私の初舞台は、4歳ぐらいでした。
東京の新派という劇団で、父、金田龍之介の関係で、新橋演舞場に子役で出てましたが、
出とちりが続き、解雇されました。
よく、父に怒られて、泣いてました。
それから、大学を出て、文学座という劇団の養成所で、1年だけ勉強させていただきました。
私が、お芝居で、初めて、出演料をいただいたのは、
昭和58年の9月で、東京の新宿コマ劇場の「都はるみ公演」でした。
都はるみさんは、とてもとても優しかったことを覚えております。
コマの千秋楽の夜は、東京に台風が来て、
私は、両手にかばんを持って、ずぶ濡れで、コマ劇場の近くを歩いておりましたら、
はるみさんが、ちょっと、傘をさしかけてくださいました。
今でも、鮮明に覚えております。
 
私は、はるみさんの公演では、
大村昆先生の、とても愉快な女形の踊りに合わせて、舞台の上手の袖で、柝を打ってましたが、
千秋楽は、昆先生が、私を追いかけまわして、コマ全体が大爆笑の渦になりました。
 
写真は、平成22年8月の東京の三越劇場の、笠原章さん主宰の劇団、劇団若獅子公演で、
「知覧」というタイトルの、終戦間近の特攻隊のお話の芝居での私です。
中里という、ちょっと抜けた、人の良い、兵士役でした。
私は、50歳ぐらいでしたが、中里の18歳から、78歳ぐらいまでを、やらせていただきました。
私の役者生活、約30年の中では、本当に最高の役でした。
私にビールをついでくださっているのは、
劇団若獅子の総理大臣の南條瑞江先生です。


AD