大光寺ブログ

こんにちは。私は、この素晴らしい地球の星、東京新宿歌舞伎町の大きな光、           「大光寺 住職 正印 彗惺」です。私達の未来が、元気で生き生き明るくなるように、        このブログを通してメッセージを送ります。


テーマ:

第三部 法門篇



1.佛誕節 法門



①王の中の王 聖人の中の聖



法師が法相に上がって次のようにお経を唱えて説法します。



(刹塵心念可叡知)

(大海中水可飲盡)

(虚空可量風可繁)

(無能盡説佛功徳)



世界すべて塵の数を十分に数えてわかり、

大きな海の水をすべて飲んで

空海の風をつかまえて、閉じ込める才能を持っていた

としても、

お釈迦様の功徳は十分につくすことができません。



稚岳山(チアクサン)のトンホン僧侶は蛇にかまれて死に

そうな雉のひな、数匹を助けたら、自分自身が、死にそうに

なったのに、雉たちの報恩で生命を救援してくれるので、

雉岳山の名前がそのようにしてできた理由なのです。




本当に苦しくて辛い生命を救済する時には、願う心があって

はいけません。願う心があれば、小さな功徳になり、それ

だけで、その果報を受けることになってしまうのです。



昔、新羅の時代、ミョウジョンという名の僧侶がいました。

顔が醜かったので、仏様に何度お祈りをしても、なかなか

効果がでませんでした。ちょうど黄龍寺で、大きな法要会が

あり、茶碗を洗う仕事を請けてすることになったので、器を

洗った流しに捨ててあったご飯を持ち、池に行って、何度も

あげたら、一匹のスッポンが来て、それを受けて食べ

ました。


法要会が終わる頃、ミョウジョンがスッポンに話しかけ

ました。「私はお前にこのように、食べるものをお供えした

のに、お前は、私に何をくれるのか?」この話を聞いていた

スッポンは、突然、中に入って、玉一つを持って来て

くれました。その時から、ミョウジョンは、不思議と人々が

親しみをこめて、近づいてきて、大切に敬い、顔も素敵な

顔になりました。ちょうどその時、中国から使節が来て、

帰って連れて行くことを願うので、了承したのです。


中国に行っても、あらゆる人々の尊敬を受けて、大きい

お客さんの役割を果たしていたのです。ある日、どんな

僧侶が来て見て、「彼には、特別な福がついてないのに、

おかしい。体を調べなさい」と言うので、その時、体を調べ

たら、玉一つが出てきました。それは、三年前、王様が

忘れてしまった霊珠なのでした。


詳細の前後の話を一生懸命してみても、それを奪って、

追い出されたので、やはり過去のミョウジョンに、

戻ってしまいました。因果は、毛一つでも、だます

ことができないのです。苦しい生命を救済するため、

正しい法を求める者は、福があるので、福を願う者は、

生命を愛し、大切に敬うのが良いのです。必ず、喜びが

私たちの自信の糧になるのです。




今日は48日、私たちのお釈迦様が誕生した日なの

です。限りない智慧と終わりがない慈悲で、一切の

衆生を済度するため、天上の歓楽を捨てて、娑婆世界に

来られたのです。本人以外、仏者みなさんと一緒に

お釈迦様の恩恵に感謝をして、みなさんにお釈迦様が

与えるお釈迦様の祝福を慶賀してはばからないのです。




お釈迦様は、昔、インドの太陽の子孫(日種)なの

です。遠い昔、甘庶王という善良な王様がいたのに、

福徳が円満で智慧も兼ね備え、数万の民の賛同を得て

いたのです。王様は、インドの下衣下流

(ハイハリュウイン)ボタナカ島の都で、王道を定めて

天下を統一したのです。また、その王様には、全部で

五人の王子がいたのに、炬面、金色、象聚、別成の

四人の王子は、国の仕事を長男に任せて、新しい国を

設立するため、パンギルラハを渡って水路の交通の便が

よく、気軽に物産が豊富で、ヒマラヤ山の麓に宿泊した

のです。



その兄弟たちは、仁者、慈しみ深い徳風を思慕して、四つの

方角で大きな百姓達が大勢で押し寄せたので、しばらくの

間に大きな城を建立することができたのです。その後、

炬面、金色、象聚が順番で亡くなって、別成がその国を

支配することになり、その子孫で、師子頬という王様がいた

のだが、その方がお釈迦様の祖父で、浄飯王の父親なの

です。上には、天国を通して、下には大地を見下ろして、
見えるヒマラヤの大雪山の麓に位置したカピラ国の浄飯王は

智慧と勇気を兼ね備え、徳と行も兼ね備え、最高の名将

なので、国民は心から精一杯、敬い、王様も同じく心から

精一杯、国民を愛しているので、国は、この上なく平和

だったのです。



皇后摩耶夫人は、心が蓮の花のように明るく、顔はゆりの花

のようにきれいで、この夫婦はまるで天国の福と大地の力を

合わせて作ったような姿で、万民と平和の生活を送っていた

のです。お釈迦様は過去500の遂行を成就して、護明菩薩

として兜率天、内院宮におられて、自らの大使命を遂行する

時期が来たのを感じて、梵天、帝釈天と評議した後インドの

カピラ国、大釈迦族の主人、浄飯王の宮殿に生まれることを

決心しました。



神秘的で不思議な六つの歯を持った白い象に乗って、

兜率天宮から降りて、内宮で横になり、ぐっすりと

眠っていた摩耶夫人の体内に入ったので、このような夢を

見たあと、夫人の五身体の体は、自然に霊泉(霊験

あらたかな泉。また、不思議な効能がある温泉。霊湯。)

のようで心は限りなく、爽快だったのです。胎内で五位に

正常妊娠で、生育は順調に進行されるのに様々な瑞相は

絶えず、カピラ宮殿のすべての災難はなくなってしまい

ました。



あるいは、天国の音楽が鳴り響き、あるいは、様々な

豪華絢爛な旗が宮殿の上で翻り、また貧窮の百姓たちが

富裕になり、病気で苦しい人々は病気が治り、幸せが

国民みんなの所にやってきたので、家々や村々に幸福の

微笑みの花が一斉に咲きました。摩耶夫人は臨月が

近づいてきたので、在来インドの習慣によって夫人は、

王の許諾を受けて、生家の拘利城に近い、藍毘尼

(ルンビニ)丘、離宮に安住することになりました。



この時、春は濃厚で風はさわやかで、鳥は歌い、花は

にこにこと微笑んでいて、天上歓喜園の春を連想できる

内宮で、重い身体を休養していました。摩耶夫人は、
ある日、内宮を出て、楽しい散歩で、足を池に浸すと

太陽の光が、黄金の光のように眩しく輝き、池に写った

影は、霊珠のように美しかったのです。花と水は、互いに

照らし、鳥たちは、三三五五で対になって、飛びながら、

現れました。



いつのまにか夫人は、その仮住まいの中で、一人になり、
自然の素晴らしい(青鉛)香りを吸いながら、周囲を歩く

時、ちょうどあふれるように満開の無憂樹(ムユウジュ・・・

お釈迦様がその木の下で生まれたとされる)の花の枝を

捉えると、この時、大光明が世界すべてを照らして、自然の

(鼓楽)は、ひそかに六台に神秘的に入っていきました。

この時、玉のような太子が母親の右の脇腹から螺旋を描き

ながら、穏やかに誕生しました。




この時、西暦紀元前五六六年四月八日正午なのでした。

帝釈天王は、白い布でくるみ、九龍は、冷たい水と

暖かい水を空から降らして、太子の体を洗いました。太子は

突然、席から立ち上がって、四方向に七歩走ったあと、

一つの手は空を一つの手は大地を指して大きい声で叫び

ました。




天上天下 唯我独尊

三界皆苦 我富安之




天の上でも天の下でも私一人尊いので

すべての生命たちの苦しみを、

私がすべて安楽にしてあげるんだ

とおっしゃいました。



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