ようこそ、大渓水です。
私が住む福岡県大野城市白木原。
この町内のちょっとだけ有名な、
名物おじいちゃんをご紹介させて頂きます。
その方の名前は前崎南嶂先生。
地元で教員~教頭~校長先生を経験し、
白木原地禄神社の総代を長く務められました。
書道の先生でもありましたから、
商店街の店先には先生の自筆の書がズラリ。
ちなみに南嶂先生が野菜や果物を買うときは、
必ず白木原商店街の「どんぶり勘定」という店でして、
その不思議な理由は八百屋の店主に尋ねてみて下さい^^
お堅いイメージの南嶂先生ですが、
夕方になると決まって神社の掃除へやって来るので、
ホウキを持ったお爺ちゃんとして有名だったと思います。
ほぼ毎日のように冬場17時、夏場18時、
子供たちに帰宅を促すための時間設定でした。
昨年の夏ごろに1~2週間ほど入院された際、
近所のママさんたちから尋ねられたことが、
「しばらくオジイチャン見ませんが大丈夫ですか?」
ってね、何人もの方が心配して下さいました。
たぶん南嶂先生のことを詳しく知らなくても、
白木原のおじいちゃんとして誰もが知る存在。
卒寿(九十歳)の記念に寄贈された門柱。
2013年には立派な手水舎も納められ、
白木原地禄神社にはなくてはならない方でした。
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昨秋のとある夕暮れ頃、
土足で本殿を汚す学生に指示し、
雑巾掛けをさせたことがありまして、
ちょうどそこへ先生がやって来たときの一言。
「長いこと神社を掃除してきたけど、
初めてお手伝いしてもろうたけん嬉しか~。」
って半ばビックリされてましたけどね^^
でも、その時に先生のホウキを、
「貸してください」って学生が取ろうとしたら、
「これはワシの仕事やけん、そりゃイカン!」
って語気を強めながら諭すの見て、
何歳になっても男の意地は大切だと感じましたよ。
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そして2月3日の18時頃、
二人で境内を掃除していると、
「あ~神様がえらい喜んどうしゃ~。」
と目を細め優しく微笑みかけて下さいました。
それが私が聞いた最期の言葉。
翌2月4日に帰らぬ人となり、
今宵はお通夜、明日に葬式が執り行われます。
葬儀場で奥様から、
「跡継ぎができて良かった~。」
と喜ばれてあったことお聞ききして、
ちょっとだけ御恩に報うことができたのかな?
南嶂先生に初めて会った時、
氏名・年齢・職業を申し上げたところ、
「ワシはアンタのこと信用しとらん!」
って一喝されたのが5年くらい前。
けれど昨年の直会時には、
「アンタと酒を呑めるのが楽しい!」
って仰っていただけるようになりました。
その後ろ姿で生き様を語られる南嶂先生。
もし貴方の存在がなければ、
私は少しも成長できませんでした。
先生のように立派なことは出来ませんが、
後は若い者たちで神社を守らせていただきます。
先生の魂が健やかに旅立たれますようお祈り申し上げます。
前崎南嶂先生ありがとうございました。
合掌。