待望の出雲ライブに参歌してきました。
ライブの年齢層は私世代、いやもう少し高かったかなぁ。参歌者は、青春時代=オフコースという方々が大半だったのではないかと思いますが、中には20代、高校生という方もたくさん見受けられ、世代を越えた小田和正人気を伺うことが出来ました。
小田さんの澄んだ歌声が、私の心に肥やしを与えてくれました。素敵な曲の数々、懐かしい曲が多くて心に沁みました。帰路に着くまでは、ライブでもらったこのペットボトルを飲みながら、小田さんの曲で余韻に浸りました。
小田さんは69歳になるそうですが、ライブ会場を走りまわる様子を見ていると年齢を感じさせません。私も負けてられないなぁという思いになれました。小田和正の曲で、青春時代を思い出し、今の自分の心を覗いてみたり、時には涙も出てきました。パワー溢れる素敵なライブでした。私が小田さんの年齢になっても、小田さんのように元気で生きていたいと思いました。
参歌した出雲ドームは空調がないので暑かったですが、夕日が沈む様子を眺めながらのライブ参歌は初めてでしたし、気持ちも熱くなっていたせいか、ドーム内の気温は気になりませんでした。
今年は広島グリーンアリーナでも小田さんライブはあるのですが、あえて出雲ドームを選んだ理由は、出雲ドームは狭いので、小田さんとの距離が近いため一体感が増すのではないかと思ったからです。予想どおり、出雲ドームならではの魅力がライブで存分に活かされていました。ほんと小田さんとの距離が近かったです。今回の小田さんライブに参歌して、あのパワーが、かなり自分の活力になりました。幸せなひと時でした。小田さん、ありがとう!いつまでも元気で素敵な歌を歌い続けてください。







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ジャイアンツファンで、

コブクロ、絢香が好きで、

小田和正も好きだ!って人がいたら、めちゃ気があうたろうなぁ?と思っていたら、私が今までに接した人の中で、たったひとりだけいるんです!年配の方かと思いきや20台の若い方です。小田和正を知っているってところに驚きました。


さてさて、6/12テレ朝の「関ジャム完全燃SHOW」はコブクロ特集でした。コブクロファンは必見だったのでは?!コブクロファンの絢香、Jリーガーの中村俊輔、女優の志田未来も登場しました。

コブクロ名曲ベスト10

いろいろ自分なりのベスト10を考えてみましたが、ほぼほぼ予想した曲が並んでいました。

私のベスト5は

1.轍(初めてカラオケで歌った曲) 2.蕾(大切な人が他界した時の思い出の曲) 3.桜(東京を離れた時の別れの曲) 4.YELL(自分への応援歌) 5.ここにしか咲かない花(思い出の場所を思い出す曲)


私の人生には、スポーツと音楽が欠かせぬものになっています。これからもスポーツと音楽を通じて、人との一期一会を大切にしていきたいと思っています。


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人生初の体験記((+_+))

テーマ:

3/10長女の大学卒業式に出席

卒業式会場ホールの来客席へ登る階段を思いっきり踏み外してしまい、運悪く右手人差し指1本で全体重を支えてしまい着地してしまいました。その人差し指に激痛が(>_<)その階段がこれです。

病院で診てもらうと、「右手人差指BCP側副靭帯の断絶」と判明

結局手術して靭帯を修復することになりました。

靭帯断絶、手術、全身麻酔、入院・・・すべて人生初体験

結果的には1泊2日で予定通り退院できましたが、その苦痛の時間は一生忘れることができません。

手術当日、全身麻酔の状態で手術をするために、血液検査、心電図、レントゲンを事前に検査する必要がありました。たかが指1本の手術で全身麻酔をする?入院する?という疑問はありましたが、医師を信じて手術に臨みました。

オペ担当のナースが、なななんと安田美沙子にそっくり!いろいろ手術の心構えなんかの説明を受けましたが、入院中最も幸せな時間でした(^_^;)そんな安田美沙子似のナースの前で全裸になって手術に臨まないといけないことが最も戸惑ったことでした。手術前に写真を1枚撮られてもらおうと思いましたが、これから手術というときにこんなことをお願いする患者はいないですよね。

手術前に、麻酔担当の医師に麻酔液を体内注入された途端に意識がなくなり、意識が戻った時には手術も終わり病室に戻っていました。全身麻酔は、自分で呼吸ができなくなるので、管を口に通すというリスクを伴う手術なのでとても心配でした。午後1時から手術が始まり、1時間余りで手術は終わったとのことでした。意識が戻ったのは夕方4時くらいだったと思います。意識が戻る直前に、ナースの声がして「今日は患者さんの家族はこないの?」みたいなことを言われた記憶があります。その時、俺はこのまま死ぬのか?と一瞬そう思いました。

それでもなんとか意識も戻りましたが、全身に機材がくっついたまま3時間ほど、身動きが取れない状態でした。その日は病院に入院し、翌日いろいろ検査して退院。タイミング悪く、家族は長女の千葉への引っ越しで来京していたので看病人な~し(>_<)

私の入院生活はあっという間でしたが、人生初三昧の体験は二度と味わいたくないものでした。入院しているときも、亡きお袋が闘病中にどんな思いで入院していたんだろう?などと考えたりもしました。

HCUというナース室の隣にある個室だったので、もしかしたら重症だったのかもしれません。

記念に1枚撮ったのがこれ。

入院してしばらくこんなギブス&包帯に覆われる右手はほとんど使えず不自由な日が2週間続きました。食事もパソコンもすべて左手でやるって、かなりストレスがたまるものです。でも自分に我慢・我慢と言い聞かせ毎日を過ごしました。

右指のギブス、包帯が取れたのは、退院して2週間後、負傷して26日後でした。

やっと右指が自由になりましたが、まだ人差し指を曲げたりしたら痛くて曲がりません。暫くリハビリが必要です。軟式テニスボールで握る練習をすると良いようです。酒も完全解禁です\(^o^)/
ジョギングもできるようになります。
やっと心に桜が咲いた感じです。
あ~、大変な1ヶ月でした。これからは幸せな日々が送れますように!(^^)!

このケガの原因は?

やはり、昨年末に夢のホノルルマラソンを走ることができたという満足感で、年が明けてしばらく気が緩んでいたのが原因だったのではと思えてきました。繁忙期の3月にこんなケガをしてしまったことも、神から与えられた試練だと思い、必死に耐えました。この不運は、家族や仲間の分を一手に背負ったものだと思うようにしました。これだけのことで済んでよかったと思うようにもしました。

これからもう少し指のリハビリは必要ですが、このケガで、健康の有難さを改めて実感できました。

入院中に、「今を楽しみなさい」と言ってくれた方の意味が今になってよくわかります。貴重な体験、健康な時は考えたこともない健康であることの意味、しかと受け止めました。

やはりこの体験で一番頭から離れないのは、安田美沙子似のナースによくしてもらったことです!

もう入院、手術は二度としたくないけど、もう一度安田美沙子似のナースには会いたいと思えた今日この頃です。締めがよろしいようで(^_^;)

日本語に「ありがとう、感謝」という言葉があるように、ハワイにも「MAHALO~マハロ~」という大切な言葉があります。私はホノルルマラソンを走りながら、どれだけこの言葉を口にしたことでしょう。
そんなホノルルマラソンの番組が先日TV放送されました。番組のナビゲートしてくれた女優の相武紗季さん、ランナーとして出場されたのが、赤井秀和親子、小島瑠璃子さんでした。皆さん、素敵でした。輝いていました(*^^*)
そして、ホノルルを走ったコースが紹介されると、鮮明にあの時のことを思い出します。私が走っている様子は残念ながら放送されませんでしたが、紗季さん、瑠璃子、綺麗でした(#^_^#)瑠璃子さんは去年の屈辱を果たすためのリベンジだったんですね。素晴らしい笑顔のランでした。
あ~~~、ホノルル、ダイヤモンドヘッド、ワイキキ、サンセット、なんだかもう恋しくなってきました。
このホノルルマラソンを走れたことで、どんな辛いことが私の身に降りかかろうとも、ホノルルの思いがきっとカバーしてくれると思えるようになりました。ホノルルの神様、ありがとう。...
マハロ~(^^ゞ


思い出の風景、エピソードを並べてみました。


ホノルルマラソン2015の参加者は30783人

参加者の半数が日本人という日本人の人気マラソン

早朝5時スタート

まだ辺りは真っ暗の中でのスタート

今年の番組ナビゲーターは相武紗季さん♡

スタート地点から出場者にエールを送ってくれました

出場者にはタレントのコジルリこと小島瑠璃子さん♡

ホノルルマラソンは2年連続2回目の出場という瑠璃子さん

テーマソングはBEGINの「BlessingRain」

芸能界からの出場者は、

小島瑠璃子

赤井和秀親子

青木愛(北京五輪シンクロ日本代表)

スタートは、アラモアナ公園。1時間半前に到着して、JTB主催の元マラソン日本代表の市橋有里さんによるストレッチ・準備体操と、ジャザサイズでスタート前のアップです

夜明け前のアラモアナの街にはイルミネーションが!とても綺麗でランナーを楽しませてくれました

8km地点から右手にワイキキビーチを眺めながらダイヤモンドヘッドを目指します

ビーチ沿いではたくさんの応援がありエールを送ってくれました

11km地点ダイヤモンドヘッドからの上り坂は、最初の試練です

15km地点カハラ地区に入ると正面から朝日を望むことができます

走りながらご来光を望むことができるなんて感動的でした

こんなところに住んでみたいなぁと思いながら、カラニアナ地区を通過

ハイウェイロードに入り、ハワイカイ地区で折り返し

このあたりで急激にペースダウン((+_+))

カラニアナオレ・ハイウェイロード片道10km往復の区間が一番の試練でした

照りつける日差し、路面からの照り返しはかなり体力を消耗

体も悲鳴をあげ始め、足がつりました

カハラ地区では、ダイヤモンドヘッドを右手に、海を左手に見ながらと絶好の景観ですが、疲労はピークに達していました

ダイヤモンドヘッドまで戻ってきたら残り3km

この3kmには最後の上り坂が待ち構えていました

ここからは気力でゴールまでたどり着くのみです

カピオラニ公園に入ったら、ラストスパート。ゴールが見えてきたら、いよいよ感動のゴールです

ゴールの瞬間、自然とこみ上げる涙が。夢のホノルルマラソン、完結の瞬間でした


ここからはレースの様子です

ホノルルマラソン、初回から43回ずっと出場し続けているというゲーリー・ディルさん、凄い方です!

大会には多くのボランティアの方が参加してくれていました


日本では真冬なのに、ホノルルは常夏

この日も30度を超える気温になりました

赤井さん、膝を故障したみたい。ガンバレ!

え、ここでリタイヤか?それでも親子で走るという思いは強かったようです

えー、でっかいホルンを演奏しながらマラソン!?凄い方がいました

ホノルルマラソンの屈辱はホノルルマラソンで!

小島瑠璃子さん、2年連続の出場

今年は終始笑顔のランでした。素敵でした(#^.^#)

去年はゴールで悔し涙

今年は、高橋尚子さんのトレーニング指導を受けて、かなりの自信になったようです



ゴールまでもう少しだ!

カピオラニ公園に入ったら残り1km!


出場者が続々とゴールへ

ゴールの瞬間です!

小島瑠璃子、ゴール!

感動の涙が!リベンジできました。素晴らしい!




息子と走りたいという思いの赤井和秀さんに心打たれました

親子の絆、素晴らしい!

青木愛さんも無事完走!

相武紗季さん、綺麗でした

最高の笑顔の応援は、ランナーにかなりの元気を与えてくれました

赤井さんの奥さんも沿道から応援


ゴール地点、来た!赤井親子、見事な感想!これがホノルルマラソンなんですね

涙出るよね。赤井さん。俺もゴールしたとき泣けた(T_T)/~~~


'16 第92回箱根駅伝復路

テーマ:

第92回東京箱根間往復大学駅伝競走
青山学院大学が完全優勝!や~、強かった!
1区から1度も首位を譲ることのない完全優勝は、39年ぶりだそうです。
今年の青山学院大は、ケガを克服した山の神・神野の復活は大きかったと思いますが、それ以上に各選手の実力が他大学を圧倒していたようです。


掲載した写真は、往路同様に藤沢に住む友人・今村が9区沿道に駆けつけて、駒大・二岡他全選手の写真を送ってくれました。2日間ありがとう。




復路は、知り合いの息子さん・二岡康平(鳥取総合育英高)が駒大9区を走ることを知り、しかも昨年山登りで低体温症のため大ブレーキになってしまった馬場翔大からの襷渡しとなったので、この2選手(4年生)を特に注目して応援しました。2選手とも自分の力を出し切る力走ぶりを見てホッとしました。ほんとよく走りました。4年間お疲れさま。


ここからは、駒大・二岡くん他の事を長々と書きますので、興味のある方がいたら引き続き読んでください。この話は、二岡くんのお父さんから聞いた話です。
箱根駅伝は、全国の高校生の憧れの駅伝であり、箱根を走るために関東の大学に進学する方も少なくないようです。
二岡くんもその一人でした。しかも二岡くんは、箱根を駒大で出たいという思いで駒澤大学に進学しました。強い大学で自分の力を試したい!そんな思いがあったそうです。駒大ではなく下位チームの大学に進学すれば1年から出場できたのでしょうが、あえて駒大とは。。。とお父さんは話してくれました。

誰にでも夢や憧れはあるものです。これを叶えるために関東の大学進学を選択するって、かなり勇気のいる決断だと思います。今大会のTV放送で知った話ですが、憧れの箱根を走るため、順天堂大に進学したかった選手が経済的な理由で進学を断念し、いったん社会人でお金を貯めて、その後順大に入学し箱根をめざした選手がいました。夢を諦めないために、そこまで頑張る選手がいたということに感動しました。”箱根駅伝”って、高校野球の甲子園と同様に高校生にとっては、目標でもあり夢の場なんですね。
箱根駅伝を観戦していると、そんな選手の思いになったり、親の立場になったりと、箱根を走っているような気持ちになります。そんな箱根駅伝で、毎年元気をもらいます。正月から走らなくてもという方はいると思いますが、そんな思いを正月から味わえるというのもいいものだと思います。
箱根駅伝が終わると、正月も終わり新年が本格的に始まるという気持ちになります。今年はどんな一年になるのか、いやどんな一年にするか、この歳になると健康で元気に過ごせたらそれでいいという思いがあるのですが、みなさんに刺激を受けて、前を向いて邁進していこうと思っています。

今回も長く語ってしまいました。最後まで読んでいただきありがとうございまいた<(_ _)>



'16 第92回箱根駅伝往路

テーマ:

1月2日(土)箱根駅伝
早朝7時起床でTV前で場所取りです(^^;)
毎年楽しみにしている箱根駅伝、今日明日だけはTV占領させてもらっています。
今年の注目は、駒沢大学9区にエントリーさせた、会社の方の息子さん・二岡くん(ふたおか・鳥取中央育英)です。エントリーされて感激です!この歳になると、箱根駅伝観戦も、選手の親になったような心境で駅伝を応援するようにもなってきました。
さて、今年の楽しみは、3強と言われている青山学院大、東洋大、駒沢大学を他大学がどう絡んでくるかでしょう!今年は混戦が予想されているので、5区山登りと山下り後の7区に注目したいと思います。...
やぁー、今年も楽しみです。まもなくスタートです!各大学ガンバレ~、頑張れ駒大・二岡(^.^)/~~~


掲載した写真は、私が箱根駅伝ファンであることを知っている藤沢に住む大学時代の友達が、今年も沿道からの写真を送ってくれました。今村、ありがとう\(^o^)/

3区湘南新道を通過する箱根路に挑む選手たち
青学大強し!追え東洋大、駒大、山梨学大!

といった状態で通過したものです。











ホノルルマラソンを終え、一夜あけて徐々に人間的な体に戻ってきました。ハワイカイを巡る壮大なシーサイド・コースは最高の景観でもあり、過酷なコースでもありました。余韻が覚めないうちに、ホノルルマラソンを走った思いを綴ってみました。めちゃくちゃ長文になると思うので、興味がある方はお付き合いください。

今は、憧れのホノルルマラソンを走れた喜びと達成感で胸が一杯です。ホノルルマラソンが夢に終わらなくてほんとに良かった。やはり、何事も一歩踏み出さないと始まらないことがよく分かりました。私の場合は、snsで一年間、出るぞ!やるぞ!ってくどいくらい書き続けたことが行動に移せたんだと思います。記事を読んで、またホノルルのことかと思われた方も多いのではないでしょうか。

学生の頃からの憧れだったホノルルマラソンに出ることを諦めかけていた自分がいたのは間違いありませんが、 この一年、出会いや、周りの方の刺激、応援してくれた言葉がかなりの励みになりました。ほんとに有り難かったです。

ホノルルマラソン完走!楽しかった!って、キレイにまとめたいところですが、やー、過酷なマラソンでした。 というのも、 自分の体調が最悪でした。ホノルルに向かう飛行機で寝れず、前夜も仮眠程度と、2夜ほぼ寝ていない状態で望んだ未知の世界のマラソンでした。おそらくこのことが影響して、かなり自分の体にダメージがあったように思います。

ついに来たホノルルマラソンの12/13(日)早朝5時、ホノルルに打ち上がる盛大な花火を眺めながら、3万3千人の出場者(約2分の1が日本人)がスタート。テンション最高潮の状態でスタートが切れました。10km過ぎからのダイヤモンドヘッドの上りも予定通りのペースで乗り切ることができました。15km地点では妻を見つけることが出来るほどの余裕はありました。問題は20km手前から果てしなく続くハイウェイロードの直線道路の往復でした。照りつける暑さに陰もなく路面からの照りつけはかなりの体力を消耗しました。ランナー皆、条件は同じなんだと自分に言い聞かせながら走りましたが、25kmあたりから足が何箇所かつってきて、足の爪がめちゃくちゃ痛み始めたんです。こんな状態で走っているうちに、脱水症状のような状態になって、ほんとヤバかったです。箱根駅伝で脱水症状になる選手の心境が良く分かりました。走らなければという気持ちは強いのに、体がついてこないんです。
自分なりにかなり焦っていました。それでも沿道で水をかけてくれる方や、手作りのクッキーをくれる方もいて、かなりの励みになりました。なんとか走りきらなきゃと思うのですが、走るスピードも普通に速足で歩く人の方が速いくらい落ちていました。今思えば情けない状態でした。ホノルルだぞ!ここまで来たんだぞ!って自分に言い聞かせながら、35kmから1km以上続く上り坂、ゴール手前の上り坂を登りきって、残り5km付近で、相武紗季さんが沿道から、グータッチしてくれた途端に元気が出て、力を振り絞ってゴールまで走りきることが出来ました。

ゴールの瞬間、いろんなことが頭をよぎって自然と涙が出てきました。

今までよくやったという自分への思いと、憧れはそんなにたやすいものではないだろう!50年の人生そのものだっただろうが!とホノルルマラソンの神が教えてくれたようにも思えます。これからも過酷なことが待ちかまえているかもしれませんが、ホノルルを走った気持ちが、きっとカバーしてくれると思います。
ホノルルマラソンでは、日頃感じることができない喜び・感動・自然・景観・人・足の痛みなんかを体の五感で同時に味わうことができ、貴重な経験になりました。走っていて苦しくなった時に、”さぁ陽気に行こう!苦しいことは分かっているのさ!陽気に行こう!”って雰囲気にさせてくれたのがホノルルマラソンであり、これからの私の人生の原点の考え方なんだと感じました。

最後に、皆さんも自分の夢というものを諦めずに、自分がやりたいように納得いく人生を送ってください。

これで、私の50歳の挑戦が終わりました。もう走りません。とは言いませんが、これからもいろんな挑戦を見つけて生きていこうと思います。

長々と書いてしまいました。最後まで読んでいただき、ありがとうございます。マハロー<(_ _)>

ホノルルへは関西国際空港から12/12(土)21時25分発ハワイアン航空で向かいました。


ホノルルに着いてすぐに、ハワイコンベンションセンターへ直行


ここでJTBからホノルルマラソン、ツアーの説明を受けて、当日のゼッケンを受け取りました。

会場は、日本人が多かったです。


ゼッケンをランニングウェアに付け、準備万端!


ホノルルマラソン当日、2時に起床し、現地(アラ・オマナ・ビーチ・パーク)へは3時半に到着

JTB主催の決起集会に出席し、準備運動はJAZZ

市橋(元マラソンランナー)さんのストレッチでスタンバイOK


スタート時間間近になってくると、出場者が続々集まってきて長い列に



9時スタートの号砲と共に、盛大に花火が打ちあがりました。


このいたスターターが相武紗季さんだったのかなぁ?

夢にまでみたホノルルマラソンのスタート



アラモアナ・ビーチパークをスタートし西へ

アロハタワーを折り返してダイヤモンドヘッドを目指す

カピオラニ通り、カラカウア通りを抜けて、ダイヤモンドヘッド、ハワイカイで折り返すコース

アップダウン、暑さ対策が課題

ワイキキを通過することはまだ夜が明けていませんでしたが、日中は夢のような夏模様です。






完走した証の完走メダルと記念Tシャツ



芸能人からの出場者は、

小島瑠璃子さん(タレント)

赤井英和さん(俳優)

青木 愛(元シンクロナイズドスイミング日本代表)

古谷 有美(TBSアナウンサー)


TV関係者は

高橋尚子さん

相武紗季さん



当日は、宿泊先のシェラトン・プリンセス・カイウラニでツアーの打ち上げ、

翌日は、西オアフ島にあるディズニー・アウラニリゾートホテルにて打ち上げ

楽しいひと時を過ごしました。









4泊6日の夢のホノルル遠征

無事完走できました

夢の実現

ワイキキからのサンセット

一生の思い出になりました

昨日行われたひろしま国際平和マラソンに出場しました。

これまでのマラソンへの思いを長々と書きますので、興味のある方は読んでください<(_ _)>


毎年マラソンは、年1回1月に山口周防大島で行われるサザン・セト大島ロードレースに出ていますが、この大会はいつもスルーしていました。今年は自分が50になる年なので、”マラソンをガンバレ!”って自分の心が言うんです!そうしたら周りの方が応援してくれるようになって、50の歳に記憶に残ることはこれだと思ったんです。マラソンが、自分にとってどんな答えを出してくれるのかよくわかりません。ただ、大人になった、わりと辛抱強い自分が、いったいどこまでいけるか知りたいんです。(まるでコブクロの42.195kmの歌詞のようです)

来月13日(日)は、学生の頃から走ってみたいと思っていた夢のホノルルマラソンに出ます。そこでひとつの答えが出そうな気がします。今までよくわからなかった自分の生き方を見つけてこようと思います。


ひろしま国際平和マラソンに出ようと思ったのも、その思いを感じてのことです。

平和マラソン出場は、独身の頃に出場して以来だから、記憶にないくらい昔のことになります。

あの頃はこんな1万人を超える参加者はいなかったように思います。マラソン人気って相変わらずすごいですね~。特に広島は太田川河川敷をたくさんの人が走っているのを見かけるので、全国でもかなり人気の高い県だと思います。ジョギングできる自分の体に感謝しつつ、週末、いろんなコース・景観を楽しくジョギングできる喜びを感じながら、平和マラソンを走りました。


毎週末、10km程度のジョギングをしているので、10kmのチェレンジコースは楽に走れるだろう!と思って臨みましたが、晴天で暑かったせいか予想以上にきつかったです。

出場した10kmは、学生の頃にバレーの練習を兼ねて走っていて、40分を楽に切れていたのですが、社会人になり太ってしまったので、1時間近くかかるようになりました。それでも今年1月のサザン・セト大島ロードレースで社会人になってからの自己記録48分33秒が出せたので満足していました。今回もその記録を塗り替えようと思って臨みましたが、残念ながら記録更新とまではいきませんでした。

それでも、久々の平和マラソンのコースを元気に楽しく走ることができました。そんな思いを出場した参加者と共感できたことが最大の収穫でした。


さぁ、次は最大の目標であり楽しみでもあるホノルルマラソンが12月13日にハワイであります。毎年、仕事があるからなぁ、資金ないしなぁ、練習できてないしなぁ、という理由で諦めかけていた夢を今年実行することができそうです。どうぞみなさん、だいちゃんが無事ホノルルを元気に走れるように応援ください。「夢を叶えたい!」そんな思いって誰もが持っていると思いますが、1歩踏み出さないと始まらないんだということを頭では分かっていても実行できなかった自分の殻を破って見せます!頑張ります\(^o^)/



久々に参上しました\(^o^)/

コカコーラウェスト広島スタジアム



おやじーず、頑張ります!

悪女時代さんも走られるようです!センター頂きました(*^^)v

すごい多くの参加者にびっくりです

同級生が撮ってくれました

自己新ならず、でも楽しく走ることができました。

秋ですね~

テーマ:
スポーツの秋、文化の秋、食欲の秋、哀愁漂う秋、誕生月の秋・・・、いろんな秋がありますが、私はこの季節が好きです。今年は歳が大台に達するもあって、記念になることを沢山しようと思い望んだ一年ですが、あっという間に月日が経ってしまいました。
以前、書道家のK作さんに書いてもらった「だいちゃん」という言葉・デザインの意味が今になって心に染みてきます。
“まだまだ”“これから”“やったれだいちゃん!”みたいな思いが伝わってきます。
私は無趣味な人間なので、これといった目指すところもありません。でも、やってみたいことは沢山あるので、それを趣味と捉えて生きていこうと思っています。
なんだか今朝は生真面目なだいちゃんが顔をのぞかせています(^^;)

というとこで、今週は先週に引き続き大阪でのラストスパートになりますが、この重い体を気持ちでカバーしながら頑張ります。

“頑張る”と言えば、ジャイアンツ!喝!正念場です。頼むよ原巨人!もうすでに日本シリーズのチケットはフライングしてゲットしてしまったので、何が何でもCSを勝ち取ってもらわないといけません!

秋イベントといえば、週末は広島ではフードフェスタが開催されます。たくさんの楽しい企画があるので楽しみです!今年は初めて広島城外堀で遊覧船に乗る予定なので楽しみです。長々と書いてしまいましたが、皆さんも素敵な秋を満喫してください\(^o^)/