トラトラトラ

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富士サファリパークのバス。
渋谷の交差点で。
この金網の中のベンチに座って、
渋谷観光したいと思いました。
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夏目漱石生誕の地

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夏目坂にある夏目漱石生誕の地らしいです。
後ろに見えるのは吉野家です。
並んでました。
夏目坂っていうのは、
夏目漱石のお父さんが名づけたらしいです。
『坊っちゃん』の最後に、
清の墓は小日向の養源寺にある、と書いてありますが、
小日向には養源寺はありません。
千駄木にあるらしいです。
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猫塚

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なんか、住宅街の中の目立たないところに、
漱石公園という公園があります。
夏目漱石が死ぬまで住んでいた家の跡らしいです。
この猫塚は漱石がなくなった後、
家で飼っていた猫などの動物を供養するために家族が立てたものを、
復元したらしいです。
『吾輩は猫である』の猫ではないそうです。

また太る?

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今日は、夜の10時ごろ夜ご飯を食べるつもりだったので、

夕方の4時ごろ遅い朝ご飯を食べて出かけた。

しかし、結局夜ご飯を食べたのは夜中の1時半。。。

しかも、ひき肉とナスのスパゲッティ大盛り。

こりゃ太るかなあ。

たいして忙しかったわけでもないのに。

ご飯を食べる時間はちゃんと決めて、

それを実行できるようにがんばるのがいいんだろうけど。

しかも結局こんな時間まで起きてるし。

明日は9時起きなのに~。

早く寝よ。


あ、そうそう、太るといえば、

「あるある」の納豆、ネタ捏造って、

どこまでほんとでどこまで嘘だったのか、

はっきりしてほしいですね。

捏造した部分は外国人のコメントの一部の日本語訳だったり、

体験者のデータだったりなので、

日本人の先生が言っていたことはほんとなんじゃないか、と。

ただ、裏が取れてないだけで、

ほんとにやせるんじゃないか、と。

そんなふうに思うわけですね。

ガセネタだったということがマスコミで発表され、

にわか批判者が雨後の筍のようにぼこぼことあらわれ、

やれ「納豆でやせるわけなんかないと最初から思ってた」だの、

やれ「マスコミに踊らされる日本人が情けない」だの、

いろいろと批判しておりますが、

そういう人たちの方こそ、

マスコミのガセネタ報道に踊らされてるんじゃないかと、

そんなことを思ったりするわけですよ。

批判するばっかりじゃなく、

ちゃんと検証してほしいところです。

いいこと言う。

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巷では、「ちゅらさん4」が放映されているけど、

ぼくは全然観てなかったから、

今更のように、朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」を観てます。

面白いです。

出てくる人みんな好きです。

今、5,6週目で、

エリーが、大学受験を失敗するところと、

家出して東京に行くところです。

沖縄にいたときも面白かったけど、

東京に出てきてからがかなり面白いですね。

菅野美穂、余貴美子、村田雄浩、丹阿彌谷津子、藤木勇人、

(敬称略)みんな面白いです。

エリーが東京を楽しんでるのがいいなあ、って。

ぼくも東京楽しいですよ。

菅野美穂すごいいいです。

「ゆがふ」みたいな、

一人でもご飯食べれてお酒飲めるお店ないかな~。

で、元DAPUMPの宮良忍の「まこと」が、

夢破れて、仕事もうまくいかなくて、

「東京の人も空気も海も空も嫌いだ」と愚痴を言ってたときに、

菅野美穂が言うんです。

「とっとと帰りなさいよ。沖縄でもどこでも。

 そんな風にねぇ、いやいや居つかれたら東京だって迷惑よ。

 帰れ。

 簡単なことよ。

 いやなら来るな。いやなら居るな。

 いやなら帰れ。

 自分のマイナス東京のせいにするんじゃないわよ。

 卑怯だよそんなの。

 あたしはね、東京生まれの東京育ちなの。

 あたしも思うよ。東京ってやなとこあるな、って。

 でもね。

 東京をやな街にしたのは、あんたみたいな人たちよ。

 東京に暮らしていながら、東京を好きになろうとしない。

 愛そうとしない。

 どうせいつかは出て行くんだ、それまで我慢しているだけだ。

 そんな人たちばっかりの街がねえ。

 いい街になんてなるわけがない。

 あたしはそういう人たちに東京に居てほしくない。

 東京に対して失礼よ、それは。

 そんなに沖縄がいいなら帰ればいい。

 帰って東京の悪口言ってればいいじゃない。

 あそこは人の住む街じゃない、とかなんとか、

 言ってりゃいいじゃない。

 でも、あたしはそうは思わない。

 ここは、人が暮らしてる街だよ。

 沖縄とおんなじようにね。

 違う?」

いいこというねえ、菅野美穂。

じゃなくて、岡田恵和さんか。

恵文(けいぶん、父)、恵尚(けいしょう、兄)、恵理、恵達(けいたつ、弟)。

沖縄の家では、男の子の名前に同じ字をつけるのが、

習慣なんだとか。

で、ちゅらさんの家族のみんなにも、

脚本家の岡田恵和(よしかず)さんの恵の字が。

岡田さんは沖縄の人だと思ってたら、

東京は三鷹の出身らしいです。

ぼくは、やっぱり、

東京の人のしゃべり方はあんまり好きになれないんだけど、

標準語じゃなくて、東京弁なんだろうなぁ、

けど、東京に暮らすのは、

大阪に暮らすのも、名古屋に暮らすのも、神戸に暮らすのも、

変わらないな、と思います。

ただ、大きな出版社やテレビ局やレコード会社や

いろいろあって、

ぼくが見たり、読んだり、聞いたりしていたものは、

こんなところで作られてたんだ、

と、

東京ってすげーって思います。

地震

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昨夜、実家からFAXがきて、
そういえば、あさっては阪神大震災の日だなあ、
と思ってたら、
地震が来た。
震度3だったらしいけど、
結構ゆれて怖かった。

実家からのFAXは、
ぼくの大学時代の後輩の記事だった。
FAXではそのうち読めなくなっちゃうと思うので、
ここに書いときます。

「震度7からの伝言② 院生の無念救助ロボに」
 若者の遺影に、ドラえもんのぬいぐるみが寄り添っている。彼の死が、新しい研究、救助ロボットを生んだ。
 神戸大の大学院生、競基弘(きそいもとひろ)は95年1月、阪神大震災で全壊した下宿の下敷きになった。23歳の命が散った。
 名古屋の高校から神戸大へ。宇宙で働くロボットを手がけていた助教授の松野文俊(まつのふみとし・49)の研究室に入った。ドラえもんみたいなロボットを作りたい、が口癖だった。酔うたび、松野に語った。
 「人を癒すでしょう。そこがいいんです」
 下宿を取り壊す日、松野は教え子の遺品を掘り出した。自転車、手紙、本、そしてドラえもんのぬいぐるみ。泣いた。がれきに埋もれた大勢の犠牲者の無念を思った。生き残った者として、やるべきことは何だろう。救助ロボットを作ろう。宇宙ロボの道を、捨てた。

 松野の同僚で助教授だった田所諭(たどころさとし・46)も無力感に襲われていた。学生から激震地のありさまを聞き、身の毛がよだった。
 壊れた住宅の中から声が聞こえる。畳をはがし、床板をけり破ると、男性が埋もれていた。がれきをかき分け、ヘソから上まで掘り出した。だが、足が何かにひっかかって、引き出せない。火の手が迫る。「足を切り落としてくれ!」。叫ぶ男性を残し、避難せざるを得なかった。
 人力頼りの救助と、自分たちが研究している先端技術。「このギャップは、いったい何なのか」
 その年の秋、田所たちは研究会を作った。消防や自衛隊の隊員らから聞き取りをし、ロボットで何ができるのか、議論した。
 関西以外の研究者は冷たかった。学会発表で会場にいるのは座長と発表者のふたりきりということも、一度ではなかった。

 01年に転機が来る。9・11米同時多発テロである。崩壊ビルの中を無人探査車が走り、遺体を見つける光景が放映され、関心は一気に高まった。「例えは悪いですが黒船でした」と松野はいう。翌年にNPO「国際レスキューシステム研究機構」を結成、会長に田所、副会長に松野が就いた。
 04年、中越地震が新潟を襲う。田所は、がれき探索ロボットを持って被災地に向かった。消防隊員は言った。「こりゃ何だ」。初めて目にするロボットが、おもちゃのように見えたのだ。
 がれきは少しバランスが変わると崩れる。「とても繊細でした」。そのロボットは重かった。ぎりぎりの現場を知らずに作っていた。出る幕はなかった。
 レスキュー隊員に協力を呼びかけ、実地訓練で使い勝手をみることにした。改良し、また評価する。繰り返した。
 昨年11月末、研究成果を示すシンポジウムを神戸で開いた。
 空から情報を集めるロボット飛行船、がれきの中から生存者の位置を発信するシステム、狭いすき間を縫うように動くファイバースコープ、ジャッキやワイヤカッターを持つ小型移動ロボット。東北大教授になった田所は「あの時、こんなのがあれば」と思う。
 救助ロボで優れた業績をあげた若者研究者に贈る賞も生まれた。「競基弘賞」。いま電気通信大教授の松野はいう。競が目指した癒やしとは、つきつめれば命を守ること。「彼の名を借りた賞で若い研究者を励ます。あの日、神戸で起きたことを忘れない誓いです」
 昨年、第1回の賞を受けたのは東工大助教授の塚越秀行(つかごしひでゆき・37)と茨城大助教授の城間直司(しろまなおじ・35)。競が生きていれば同じ年頃だ。
 塚越も震災に衝撃を受け、救助ロボット研究に身を投じた。自転車を利用して楽々ふくらむエアジャッキや、がれきの上を跳びはねで進む探査機などを開発した。
 実は、救助ロボット研究に一区切りつけようかと考えていた。そんな折の受賞。「おい、やめるなよって競君に背中を押されたようでね。」アイデアがふつふつとわいている。 (中村通子)=文中敬称略

ぼくの後輩はもちろん松野先生ではなく競くんです。
松野先生にもお世話になりました。