D. Zeff

liar in my head - Gotch

結局のところ、敢えて表現する事を意識しなくても、
何をしても、あるいは、しなくても、それが全て表現の一種。
そんな事を考えながらブログなどやってみるのも良いかな、と。
不定期かつ気ままに更新されるブログです。


G.S.G.ってウェブサイトもやっています.
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D. Zeff

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ナマケモノ - lazy boy

2009-11-23 04:57:35 Theme: Photo
liar in my head - 絵+写真+文章-break time

ナマケモノです.
良い味だしてくれてます.
いかにもナマケモノです.

トイレだって周1ペースなんだとか.
人間だったら病気です.

そんなペースで足りるなんて,どんな食事してんのかと思えば,1日8g程度植物を食べるのだとか.
8gというと,だいたいイチゴ1個ぐらいの重さです.どんなアイドルですか.
人間だったら完全に病気です.

しまいには体にが生えてきたりする事もあるんだそうですが,
それはそれで擬態になるからok
とかなり前向きな彼らです.
人間だったら死体です.

流石,『ナマケモノ』なんて名付けられるだけあって,なかなかのナマケモノっぷりですな.
殆ど動かないので写真は撮りやすかったけど.
でも彼らは伊達に怠けてるわけではなくて,これが彼らのサバイバル術なんですよね.

うーむ...まぁ,取りあえず私も明日は怠けてみよう.
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海辺 - sea-side

2009-11-21 23:56:53 Theme: Photo
$liar in my head - 絵+写真+文章-europpie

東京ディズニーシーです.

写真にしてみると,いかにもヨーロッパっぽいなぁとか思ってたら,モデルがヨーロッパ,イタリアのチンクエ・テッレやポルトフィーノなんですってね.
うーん,異国情緒ですな.


ところで,俺は小さい頃とにかく絶叫マシンが苦手だったんですが,
何故か最近になって乗れるようになった.

乗れるようになると楽しいものです.

とは言え,『乗れるようになった』はまだディズニーレベルので試しただけなんで,
本気の絶叫マシンでドドンパされたら,ドドンパしちゃいますね,きっと.

胎児 - a fetus

2009-11-20 10:00:00 Theme: Photo
liar in my head - 絵+写真+文章-fetus

大阪海遊館のクラゲ.

構図的になかなか好きな写真.クラゲが良いポーズとってくれました.
なんだか胎児を連想します. ...俺だけかな?
携帯で撮ったので解像度が低いのがちょっと残念.



前にクラゲの話を書いた時,ベニクラゲっていう不老不死の生物がいる事について書きました.
http://ameblo.jp/d-zeff/entry-10273517391.html
ベニクラゲの不老不死というのは,厳密には不老ではないと私は思っています.
何故なら,ベニクラゲは十分に成長した状態から,全て(なのかな?)の細胞の状態を生まれたてまで戻している.
つまり,プロセスに成長=老化が入っていると思うわけです.




もしこれが人間だったら?
若返った赤ん坊は,その前段階として存在したお爺さんと同一の『個』だと言えるのでしょうか?



例えば,理想的なクローン人間を考えます.
物理的に全く同じ組成で,しかも生まれたばかりだとします.
全く同じ組成という事は,身体的特徴だけに限らず,例えば脳内構造も全く同じという事です.
すなわち,同じ外見,同じ能力,同じ思考法を持つ.
しかも生まれたばかりならば,経験的な差もまだ出ていない.

物理的には全く同じ物体で,客観的に見れば,同じ人間として観察されるでしょう.
同じ名前で,同じ人間として扱われる事でしょう.

しかし,彼ら自身は,意識を共有しているわけなどはなく,互いを別の個体として認識するに違いありません.
主観的には,当然,独立した別の個体なのです.

当たり前にも聞こえますが,ここではっきりさせておきたいのは,
物理的に全く同じですらあっても,同一の意識ではあり得ないという事です.


そもそも意識とはどの段階で生まれる?

着床した時か,それ以前から意識の元はあるのかもしれないし,
脳のある部位が形成された時かもしれない.
あるいは,生まれた後に,後天的に生まれる物であるのかもしれない.

普通の人は赤ん坊だった頃の事なんて覚えていません.
意識の存在というのは,主観的にしか評価できないし,
その時に自分が意識を持っていたかなんて分かるはずがありません.

極端な事を言えば,本当は,昨日の私にだって意識は存在してなく,今私の脳に蓄積されている記憶によって,あたかも既に意識が存在していたかの如く錯覚しているだけなのかもしれない.


主観的な意識をある生命の個体の定義だとするならば,
そしてもし,それが後天的に形成されうる物ならば,
それが形成される以前まで細胞が逆行したベニクラゲは,
もはや前のベニクラゲとは別の個体でしょう.

もし,同じように不老不死の人間が居たならば,
全ての経験的蓄積,記憶や体に残った痕跡を抹消して,
それでも同じ人間だなんて,もはや言えないのではないでしょうか?
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