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2015-01-12 12:02:00

生命の継承・男女の和合

テーマ:ニギハヤヒ朝ヒノモト

ひふみ神示 第十巻「水の巻」
(二八四)

「今の臣民に判る様に申すならば御三体の大神様とは、

天之御中主神様(あめのみなかぬしのかみさま)、
高皇産霊神様(たかみむすびのかみさま)、
神皇産霊神様(かみむすびのかみさま)、

伊邪那岐神様(いざなぎのかみさま)、
伊邪那美神様(いざなみのかみさま)、
つきさかきむかつひめの神様

で御座るぞ。」



あめのみなかぬし

御三体の大神様を二度繰り返すのは何故だろう?


はじめ、霊的には、天御中主大神様から

高皇産霊神様(たかみむすびのかみさま)と神皇産霊神様(かみむすびのかみさま)という、

例えば陰陽の、相互補完的な大神様が、分かれてお産まれになられた。


けれども、肉体なり霊体なりをお持ちの人格神・神々としては、

男性と女性の和合から御子神様がお生まれになられる。


つきさかきむかつひめ

二度繰り返す御三体の大神様だけれども、

実は合わせて御六体ではなく、

神界における親が、肉体界においては御子になられているとしたら?


大本で言う、火という物質の中に水の精霊があり、

水という物質の中に火の精霊がある、というような話だとか、
十種神宝(とくさのかむたから)
いざなぎの大神様が一神で「鼻」から産まれたとされているスサノヲの大神様が、ひふみ神示では、実は「額の目」であると示唆されているのと合わせて考えると、どうであろう?

霊界物語では、日(太陽)と月(太陰)の大神様が地の大神様(国常立大神様)から産まれた事も示されている。



霊界物語 第一巻「体主霊従」

子の巻 第20章 日地月の発生

http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0120

黄金の神龍(大国常立命)→地上の神界を御主宰

金の竜体から発生せられた大きな剣膚の厳しい角の多い一種の竜神→撞の大神様(天上の主宰神)

伊邪那岐命(太陽の主宰神?)
白銀の神龍(坤の金神)

白色の竜体から発生された一番力ある竜神→素盞嗚大神=?須佐之男大神(地上物質界の主宰)

素盞嗚大神の御身体から真っ白な光→月夜見尊(月界の主宰神)



ひふみ神示 第十四巻 「カゼの巻」
第十二帖 (三六三)
「改心出来ねば気の毒にするより方法ないなれど、
待てるだけ待ってゐるぞ、
月の大神様が水の御守護、
日の大神様が火の御守護、
お土つくり固めたのは、大国常立の大神様。
この御三体の大神様、
三日この世構ひなさらねば、此の世、くにゃくにゃぞ。
実地を世界一度に見せて、世界の人民一度に改心さすぞ。
五十になっても六十になっても、
いろは、一二三(ひふみ)から手習ひさすぞ。
出来ねばお出直しぞ。
慢心、早合点 大怪我のもと、
今の人民、血が走り過ぎてゐるぞ、気付けおくぞ。」



男が女で女が男、子が親で親が子だとしたら?

神界における天御中主大神様が、霊界・肉体界では「つきさかきむかつひめの神様」という事も考えうる。

御年神様

あるいは、スサノヲの大神様の方が霊的には親で、

イザナギ・イザナミの大神様の方が霊的には子、

という表現もありうるだろうか。

天御中主大神様=国常立大神様

とか。


おりしも箱根駅伝で、「神の大地」などという名の人物が「新・山の神」などと呼ばれるような事が起こったのも面白い。(ちなみに165㎝は現在の成人男性の平均身長と比べると小さいが、戦中の平均くらいである。川上哲治氏は174㎝で投手だった。)

(これもちなみに。駅伝はタスキのリレーだが、出雲大社の宝物殿にある願開船と呼ばれるミニチュア舟は、吉野川上流から稲佐の浜まで、人々の善意のリレーでたどり着いたらしい。

http://www.izumooyashiro.or.jp/keidai/homotsu/

いかにも日本的で、非経団連的・非弱肉強食的でよろしい。外来のカルト思想にかぶれた朝鮮人がのさばらなければ、こういう事が日常になる。

ホリエモンや「キチガイ医」には全くない発想。彼らは、「全ての人間が自分と同じように利己的な成功を目的としているくせに努力はしない」と思い込んでますからね。日本人には、犯罪者になって儲けようという発想がそもそもありません。だから、ブラック企業で昼夜問わず働く事はあっても、おまえら差別主義の朝鮮人どものように他人を働かせるだけで威張りくさったりする事はない。「自分たちにも利益を分けろ」などと思っているわけではなく、「犯罪をやめろ」と言っているだけなのに、彼らには違った風に聞こえるらしい。自己中心主義者はどうしようもない我田引水野郎ばかりですからね。)
出雲では、十月に神様が集われるという事で、十と月を合わせて「有」の字を入れた二重亀甲の神紋を用いるという。
十は結びの御子を表しているようにも思われるし、月の字の中には日の字も含んでいるのかも知れない。
日と月と結びの御子の御三体の大神様。

六芒星(青緑黄)


生命の起原に関する仮説の一つでは、

「ニワトリが先か、卵が先か」のような謎について、

「生命の発生の段階での順序と、その後の順序は逆」というものもある。

http://ikehara-gadv.sono-sys.net/research/orign-of-life/

[GADV]-タンパク質ワールド仮説

(下の方に、「生命システムの形成方向」と「遺伝情報の流れ」が逆になっている図があります。)



この世の秩序は、神界とは逆様だとしたらどうであろう?

遮二無二、神界のあり方をうつそうとするのではなく、

柔軟に、この世ではこの世の法に従うと

実は神界とは逆様に見えるような形こそが

神界の映しなのではないか?

そういう発想・疑問もあった方がよいだろう。



日本の王族は、母系継承で、しかも、末子継承だったらしい。

「つきさかきむかつひめのかみさま」即ち、御稲大神・瀬織津姫様が結びの御子である。

その配偶神となる事によって、半神半人の神武・応神天皇(八幡大菩薩)が

人皇初代となったようである。

「八幡宮」の多くは、本来の主祀神は水神・瀬織津姫大神様であり、

応神天皇は配偶神に過ぎなかったはずである。

有名な八幡宮はたいてい、水辺にある。宇佐、岩清水、郡上、近江などなど。

また、大歳大神・ニギハヤヒ様にしても、白山菊理媛様との婚姻によって、

大王となられたようである。
ニギハヤヒ朝と崇神朝の系図

しかるに、藤原氏が代々の天皇の母親になるというのであれば、

「つきさかきむかつひめのかみさま」までの母系継承の王家とは断絶した

百済系の藤原氏による王権簒奪があった事になる。

http://ameblo.jp/cyrus2/entry-11758580131.html



一応、名目上は、神武天皇から男系継承が続いている事になっているし、

基本的には長子が継承する事になっているかのように見せてはいるが、

本来の日本の王位継承のあり様とは違ってしまっている。


本来の日本のあり方が少し残っているのは沖縄であり、それを弾圧し、日本的な文化を抹殺しようと企んでいるのが、鬼畜の集まり自民党・公明党・維新の党などの「保守」政党である。

また、一度失われた日本的な文化がルネサンスのように一時蘇ったのが、大本の母系継承である。

いや一時的なもので終わるかどうかは、まだこれからの話で未定だけれど。



不明な事も多いけれども、これくらいのスタンスで見ておくのがよいのではないか。

https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=81827

北朝鮮式の狂信は朝鮮人だけ自分たちの国に戻ってやっていればよろしかろう。

リンク先の記事に前面賛同しているわけでもありませんが。

日本は日本らしく中道で。



ちなみに・・・

類人猿の世界では、

平和的な暮らしをおくっているボノボは女性が男性と対等な社会を築いているのに対し、

チンパンジーは男性優位で、メスを奪い合い、牙をむき出し、わめき声を上げて威嚇する社会。


ボノボの棲む地域の方が果実などに恵まれていて、雌雄そろって採集に出るのに対し、

チンパンジーの場合は雄だけで採集に出るのだそうだ。


チンパンジーは男尊女卑的・右翼的・軍事独裁的メンタリティーを持っているのだ。

ボノボの社会のように、男女公正であった方がよいのではないか。


チンパンジーは、繁殖期にならないと交尾しないので、メスを奪い合う競争も激しいのだそうだ。

ところが、ボノボの場合、繁殖期でなくてもオスに交尾を許す。

(繁殖期でないと交尾しても子はできないが。)

メスが交尾の主導権を握っている事で、男女の格差のない社会になったのだと考えられている。


人の世界でも、チンパンジーのように牙をむき喚き散らして男どもが争う軍事独裁体制よりも、

ボノボのように、男女の和合は女の喜びを優先した方が平和になるのではないか。


ちまたでは、他人の恋人を奪ったりするのを「肉食系」と呼んでみたり、自分から告白する人を「肉食系」と呼んでみたり、全く違うものを同じ「肉食系」という呼び方でごちゃ混ぜにして、意味や価値観をすり替えているが、もともと「草食男子」という言葉を作った人は、ポジティヴな意味を持たせていた。

森岡正博は、「草食系男子とは、心が優しく、男らしさに縛られておらず、恋愛にガツガツせず、傷ついたり傷つけたりすることが苦手な男子のこと」と定義した。チンパンジー的な男尊女卑の世界観を持たない、ボノボ的な平和主義の男性であり、悪い意味はない。

そういう世界観に対して、言葉の意味をすり替えて、全く違う世界観をかぶせてくるのが電通やテレビ番組制作会社の朝鮮人のやり方である。彼らには、「弱肉強食」しか理解できないらしい。


女の方から男の気を引くのは、私は普通だと思う。中学1年生の女の子が、3年生の先輩にキャーキャー言うのは、よくある事だ。「男の方から強引に言い寄るのが普通で、女からは一切行動を起こしてはならない」かのような馬鹿げた風潮があると、おかしな事になる。

女は、嫌いな男を受け入れないのが普通だ。それに対して強引に言い寄れというのであれば、「ストーカー」の定義を変えなければならない。女に気がある場合は断っても強引に言い寄ってほしい、女に気がない場合は即ストーカー扱いでは、告白はとんでもない賭けになる。バカバカしい。

だったら好きな方から気を引く方がうまくいくのはわかりきっている。


そもそもストーカーとやらに問題があるのは、ドメスティック・ヴァイオレンスに発展する場合である。女がDVの恐怖を感じたら即被害者扱いでは、どんな冤罪も捏造できる。それに、汚職政治家は記者の取材を拒否する口実のためにストーカーなるものを定義したのであり、DVを防ごうという気はもともとなさそうだ。冤罪を捏造する事には興味はあるようだが。


例え女の方から気を引いているように見えても、男から言い寄るのにリスクがあるようでは、

上司が立場を濫用したり、キャバクラで客の立場だったりする方が得であり、若く給料の安い一般社員は不利な立場になる。学生同士であっても、スーパーフリーの連中のような、チンパンジー的な性格のオスが有利で、心優しいボノボ的な日本人は不利になるかも知れない。それが朝鮮人の狙いだ。そうでなければ、バカバカしい風潮の合理的な説明ができない。


だから、恋する乙女の方から男に好意を伝える方が自然だし、それを「肉食女子」などと呼ぶのは、本来の日本人の感覚ではないと思う。

自分の方が好きになっても男から言い寄るように仕向けるだの、一度は断ってみせるだの、実にバカバカしい「駆け引き」とやらを高等な文明であるかのように思っている馬鹿貴族じみた虚飾を弄する不自然な「文化」は好きではない。純真で天真爛漫で無垢な娘が喜べるような社会であった方がよかろう。

鬼畜藤原氏のつくったような朝鮮式文化は一掃されなければなるまい。

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