2014-02-11 15:36:59

紀元節

テーマ:ニギハヤヒ朝ヒノモト

2002年2月11日 「天界の宴」にて

「建国の うけいのいとを しらしめす
日本(ヤマト)はつくに 八重雲に立ちて」(崇神天皇)

「つくしつつ やまとみくにの いしづえを
あもりさせたし ひとくにはしらを」(崇神天皇)

「八重雲の 八重垣開き 宇宙人(くにびと)を
大海原に 浮かべ招かん」(風速スサノヲの大神様)


「たまちはう 神の恵みの風受けて
もえいでにけり 野辺の若草(みすず竹)」(天聖大老子)

http://matsumotomisuzuzaikunokai.naganoblog.jp/e1384985.html

「梅の花 さきそめにし
つぼみなる 乙女心
花開く たおや心
いつくしの みこと心
誓いなす やまと心」

(中国南部からの「百日紅の女神」様)

2002年の2月11日に「天界の宴」にて島津維新軍の人々がいらして
(父の前世は九条家だし島津家にかなり入れ込んでいるので)
往年の和歌について話題になった。

「いにしへの 道を聞きても 唱えへても 
わが行いに せずばかひなし」(島津日新斎・忠良公)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E6%B4%A5%E5%BF%A0%E8%89%AF

「天地(あめつち)の ひらけぬ先きの 我れなれば
生くるにもなし 死するにもなし」(島津義弘公)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B3%B6%E6%B4%A5%E7%BE%A9%E5%BC%98



「日本人の多くはアメリカ様が二つあることに気付いていない」

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=286360

などとおっしゃる方々もいらっしゃいますが、

では、日本も2つあるという事に気づいている方はいないのでしょうか?


醜い偽日本は在日朝鮮国である。

これを理解し原点回帰する事が、ひふみ神示の要諦です。

「大日本帝国」は、朝鮮人の犯罪結社である。

http://ameblo.jp/cyrus2/entry-11450477643.html


原点回帰は、即ち昇華なり。



<原始仏典>

なまぐさ(句・スッタニパータ2章2)
http://www4.tokai.or.jp/kyuguan/mutoku/18_11shaka.na.html
「生き物を殺すこと、打ち、切断し、縛ること、盗む事、詐欺、だますこと、邪曲を学習する事、他人の妻に接近する事・・・これがなまぐさである。肉食する事がなまぐさいのではない。

 この世において欲望を制する事もなく、美味をむさぼり、不浄の生活を交え、虚無論を抱き、不正の行いをなし、頑迷な人々・・・これがなまぐさである。肉食する事がなまぐさいのではない。

 粗暴、残酷であって、陰口をいい、友を裏切り、無慈悲で、きわめて傲慢であり、物惜しみをする性で、何人にも与えない人々・・・これがなまぐさである。肉食する事がなまぐさいのではない。

 怒り、驕り、強情、反抗心、偽り、嫉妬、ほらを吹く事、極端な高慢、不良の徒と交わる事・・・これがなまぐさである。肉食する事がなまぐさいのではない。

 この世で性質が悪く、借金を踏み倒し、密告をし、法廷で偽証し、正義を装い、邪悪を犯す最も劣等な人々・・・これがなまぐさである。肉食する事がなまぐさいのではない。

 この世でほしいままに生き物を殺し、他人のものを奪って、かえって彼らを害しようと務め、たちが悪く、残酷で、粗暴で無礼な人々・・・これがなまぐさである。肉食する事がなまぐさいのではない。

 生けるものに対してむさぼり求め、敵対して殺し、常に害をなす事につとめる人々は死んでからは暗黒に入り、頭をさかさまにして地獄に落ちる・・・これがなまぐさである。肉食する事がなまぐさいのではない。

 魚肉、獣肉も食わないことも、断食も、裸体も、剃髪も、結髪も、塵垢にまみれる事も、粗い鹿の皮を着ることも、火神への献供につとめる事も、あるいはまた不死を得るための苦行も、ヴェーダの呪文も、供犠も、祭祀も、季節の荒行も、それらは疑念を越えていかなければ、その人を清める事ができない。

 通路(六つの機官)を守り、機官に打ち勝って行動せよ。理法のうちに安立し、まっすぐで柔和な事を楽しみ、執着を去り、あらゆる苦しみを捨てた賢者は、見聞した事に汚されない」。



何が何でも完全菜食でなければ憎み責めるという人間がいますが、ひふみ神示に鳥居は釘付けであるから鳥居は無くすべしと書かれていても、誰も実践できていません。与える政治も誰にでもはできないでしょう。正直、共産党や社民党ならできる可能性はありますが、「保守」の政治家には絶対にできないでしょう。けれども、ひふみ神示の読者・信者の多くは「保守」のままで転向していないでしょう。

ひふみ神示は無理ない道の勧めです。ワタミやヒトラーではありません。

自分で毒を盛っておいて安い食べ物では駄目だなどとは、

http://satehate.exblog.jp/21647500/

マリー・アントワネットでも言わないという説もあります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%82%92%E9%A3%9F%E3%81%B9%E3%82%8C%E3%81%B0%E3%81%84%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%83%E3%81%AA%E3%81%84
できる事からやってみる事、やれなくてもその内やれるようになりたいと祈願する事、できる社会に変えていく決意をすること、目覚めていない人々を目覚めさせようと努力すること、そうした事を日々積み重ねる思念言動をたゆまず続けていきましょう。

ひふみ神示で最も大切なのは、「保守」こそが悪魔だという肝心要の事を理解する事です。枝葉末節を理解できたつもりでもたいした事はありません。


キリスト教以前のイエス

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/491562367X/mixi02-22/


<原始キリスト教>
イエスはこう言われました。
 「ふたりの人が、祈るために宮(神殿)に上った。そのひとりはパリサイ人(ユダヤ教パリサイ派の信者)であり、もうひとりは取税人(税金徴収人)であった。
 パリサイ人は立って、ひとりでこう祈った。
 『神よ、私はほかの人たちのような貪欲な者、不正な者、姦淫をする者ではなく、またこの取税人のような人間でもないことを、感謝します。私は1週に2度断食しており、全収入の10分の1をささげています』。 
 ところが取税人は、遠く離れて立ち、目を天に向けようともしないで、胸を打ちながら言った。
 『神様、罪人の私を、おゆるしください』
 と。あなたがたに言っておく。神に義とされて自分の家に帰ったのは、この取税人であって、あのパリサイ人ではなかった。
 おおよそ自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は、高くされるであろう」(ルカ18:9-14)。 
http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/031iesunogo.htm

 イエスがなされたこの話の中で、ふたりの人が出てきます。「パリサイ人」と「取税人」です。
 「パリサイ人」と呼ばれるユダヤ教パリサイ派信者は、当時、多くの場合自分を「義人」だと自任して、他人を見下げていました。
 この話の中のパリサイ人も、いかに自分が道徳的に正しい人間であるかを、神の前に感謝しています。
 一方そのかたわらで取税人が、目を天に向けようともせずに祈りました。「取税人」は当時ユダヤの支配者であったローマ帝国の手先となって、人々からしばしば規定以上の税金をまきあげ、私腹をこやしていた人々でした。
 神殿のかたすみで祈った取税人の心は、先のパリサイ人と比べて、なんと貧しかったことでしょう。彼は胸を打ちながら、祈りました。
 「神様、罪人の私をおゆるしください」。
 取税人の心は、罪責感で一杯でした。彼は自分がひどく汚れた人間であることを自覚し、神の前に自分を無にしたのです。
 彼は自分を低くし、ただ神の憐れみにすがりました。こうした貧しい謙虚な心こそ、神の良しとされるものなのです。


God help the outcasts

http://www.youtube.com/watch?v=MEEpavnk7Uw

「保守」の高慢ちきどもの言うところの「自虐的」でありなさい。


「自尊的」な輩は、虚飾に騙されず内面を見る純粋で感性の鋭い人から見れば、ひたすらに醜い限りである。


「万人が悪に汚され完全なる善良な人間は一人もいない現代、神の加護を受けるにふさわしい人間は、どこにいるでしょうか?もしアヴァターが、悪人を根こそぎすることを決意したとすれば、一体誰が生き残ることが出来るでしょうか?」

http://www.youtube.com/watch?v=C5_JMJhujOc


歎異抄 後序

「弥陀の五劫思惟の願をよくよく集ずればひとえに親鸞一人がためなりけり」

http://www.gem.hi-ho.ne.jp/sogenji/tanni/tanni-19.htm

http://www.shinrankai.or.jp/b/gendai/20101215gokoushiyui.htm

歎異抄

「善人なおもって往生を遂ぐ。いわんや悪人をや。しかるを世の人つねに日く、悪人なお往生す、いかにいわんや善人をやと。この条一旦そのいわれあるに似たれども本願他力の意趣に背けり。」

http://www.ryukoku.ac.jp/shukyo/know/tariki.html

「本願」というのは、仏の「根本の願い」というのであって、人間の願いをいうものではありません。聖人がいわれる「本願」とは、阿弥陀仏の本願であります。

真実に生きることの自覚は、人間の力では不可能であり、ただ弥陀の本願の力によるのみであるということを、人間の力すなわち自力に対して、本願の他力と教えられたのです。


みなし児のバラード

(「タイガーマスク」エンディング主題歌)

http://www.youtube.com/watch?v=N13qzkWERCo
あたたかい 人の情も

胸を打つ あつい涙も

知らないで 育った僕は みなし児さ
強ければ それでいいんだ
力さえ あればいいんだ
ひねくれて 星をにらんだ 僕なのさ
ああ だけど そんな僕でも
あの子らは 慕ってくれる

それだから みんなの幸せ 祈るのさ


風から生まれた

http://www.youtube.com/watch?v=I8waT7VoLVs


ひふみ神示 第十五巻「一八(岩)の巻」

第一帖 (三六六)

「釈迦もキリストも立派な神で御座るなれど、今の仏教やキリスト教は偽の仏教やキリスト教ざぞ。同じ神二つあると申してあらうがな。 ・ なくなってゐるのざぞ、 ・ ない @ざぞ」

@は絵文字で渦ですが、反対の巻き方で、「の」と同じ方向です。


五十黙示録 第七巻「五葉の巻」

第十帖 (一二四)

「七重の花が八重に、八重が九重、十重にひらくのであるぞ、七重はキリストぢゃ、八重は仏教ぢゃ、今の神道ぢゃ、今までの教はつぶれると申してあろうがな。兎や角申さず掴(つか)める所から神をつかんでついて御座れよ、水は流れる所へ流れてゐるであろうがな、あの姿。」


ひふみ神示 第七巻「日の出の巻」
第二十帖 (二三三)
「何処の教会も元はよいのであるが、取次役員がワヤにしてゐるのぞ、今の様(さま)は何事ぞ。」


ひふみ神示 第八巻「一八十(イハト)の巻」
第十三帖 (二四九)
「上の臣民この儘で何とか彼んとかいける様に思ふてゐるが、其の心われよしざぞ。(・・・中略・・・)神は一時は菩薩とも現はれてゐたのざが、もう菩薩では治まらんから、愈々生神の性来現はしてバタバタにらちつけるのざぞ、今の学ある者 大き取り違ひいたしてゐるぞ。」


ひふみ神示 第十三巻「アメの巻」
第十四帖 (三四八)
「今までのことすっかり用ひられんのに
未だ今迄の事云ふて今迄の様な事考えてゐるが、
それが盲聾(めくらつんぼ)ざぞ、
今迄の事自慢すると鼻ポキンぞ、皆 鼻ポキン許りぢゃなあ。 」


福音書や原始仏典(アーガマ)をありのままに読めば、「保守」どもの言い訳の数々は、昔から全く変わってないのだな、という事がよくよく分かると思います。むしろ、パリサイ人などと比べるとかなり劣化しているくらいでしかない。


ひふみ神示 第二十四巻 「黄金(コガネ)の巻」
第七帖 (五一八)
「取り次ぎ、信者より曇りひどい。」


第二十四帖 (五三五)
「役員 取違ひしてゐるぞ。われよし信仰だからぞ。
あまり大き過ぎるから判らんのも道理ながら、
判らんでは済まん時来てゐるぞ。」


第八十四帖(五九五)
「上に立つ者 余計に働かねばならん時来てゐるぞ。
いくら古くから信心してゐると申しても
肝腎が判りて居らんと何もならん。よい御用出来ん。」


ひふみ神示 第十三巻「アメの巻」

第九帖 (三四三)

「何もせんでゐて、よき事許り持ちてゐると物事後戻りになるぞ、神の道には後戻りないと申してあろがな、心得なされよ、一(ハジメ)の火 消へてゐるでないか」

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/499806990X/mixi02-22/


五十黙示録 第一巻 「扶桑之巻」

第十五帖
「人民の中では宗教人が一等おくれてゐるぞ、
神人(カミヒト)とならねば生きては行かれんのぢや、
天地がアメツチとなってきてゐるからぞ、
天も近うなるぞ、地も近うなるぞと気つけてありたのに目さめた人民少ないぞ、
今に昇り降りで急しくなり、衝突するものも出てくるぞ、
他人におんぶされたり、車に乗せられてゐた人民たちよ、
もうその時は過ぎてゐるのであるから、自分の足で歩まねばならんぞ、
大地をふみしめよ、大地の気が身内に甦るぞ。」

リーダーとボスの違い
口先だけで「神人(かみひと)」などと自称する輩もいるが、

「中華思想」「選民思想」エリート意識は悪魔主義者に特有のものである。


創価学会だけでなく大手宗教団体は真光など皆、統一教会に寄生されている!

http://www.youtube.com/watch?v=VJY5sRC6n5Q

この動画の3分辺りから。紅卍会と右翼の関係。

出口王仁三郎聖師や植芝先生、五井先生だけでなく、

朝鮮人の笹川(文尭)などが絡んでいたのがおかしくなっている原因か。

右翼はいい加減に、「王仁入蒙」が何の雛形だったのか理解しなければならない。


蒙古の魔軍

http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm0130


確かに、凶暴な朝鮮くさい右翼ばかり見かけますね。MIXIなどで。

「自尊的」で自己批判できない者は簡単に騙されます。


ひふみ神示 第二十巻「ん目(ウメ)の巻」
第四帖 (四三一)
「この神示 食物(くいもの)に仕様とて出て来る者 段々にあるなれど、皆あて外れて了ふぞ、アテ外れて神の目的成るぞ、役員殿ブチョウホウない様に気つけて呉れよ、まつり結構。」


「ヒトラーの予言」などと称するものも、エリート妄想と差別思想の宣伝でしかありませんね。

それより、チャップリンの「独裁者」演説を見ていた方がずっとよい。

http://www.youtube.com/watch?v=RzTmkoR6mMQ


ひふみ神示 第十五巻「一八(イハ)の巻」
第八帖 (三七三)
「神の国の元のミタマと外国のミタマとスッカリ取換へられてゐるのにまだ眼覚めんのか。
神の国は真中の国、土台の国、神の元の鎮まった国と申してあらうがな。
神の国であるぞ、我さへよけら、よその国、よその人民どうなってもよいといふ程に世界の臣民、皆なりてゐるが、表面(うわべ)ばかりよい事に見せてゐるが、中は極悪ぢゃ。」


あらゆる正教は「革新」であり、決して「保守」にあらず。

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