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目指す音楽が違うから!

この場をお借りして、日ごろのうっぷんを晴らしたら また返します。

 

銭湯ってみなさん実際あまり見かけないと思います。

 

昔に比べて軒数が圧倒的に減った というのが一番の理由ですが、

庶民的な地元密着の商売ゆえ住宅街などの裏路地でひっそりと

経営してるところが多いため

そもそも目立たない存在なのだと思われます。

 

そういう理由で銭湯は目印になる建物が近くに無く、

煙突だけを頼りに見つけるので毎回苦労します。

 

自分の場合

住所を調べ、携帯のGPSを頼りに目的地の銭湯を

探すのですが。

 

実際に現地に行ってみると

銭湯はすでに潰れて取り壊されていたり、

そこに新しい建物が建ってるなんてことはよくあるのです。

 

残念ですなぁ。

 

 

 

 

 

 

七湯目 『 梅の湯 』

 

北千住にある 梅の湯。

 

「梅の湯」という松竹梅にちなんだ銭湯名は銭湯界では

けっこう多く見かけられます。

昔流行ったんだろうなぁ。

 

正面の宮型は新しめの

千鳥破風&唐破風の二重構造かっこいいなー。

 

北千住駅から徒歩一分という立地の良さもあり

開店時には地元じいちゃんばあちゃんのちょっとした

行列ができていた。

 

毎回思うのだが「中人」と「小人」はなんて読むのだろうか。

 

地下水使用。 お湯は熱め。 駐車場有。

 

 

関係ないが、ふらっと入った近くの定食屋で食べた

さんま定食がうまかった。

 

 

 

 

 

八湯目 『 末広湯 』

 

葛飾 お花茶屋駅近くの 末広湯。

 

下駄箱の松竹錠の番号ですが、自分は何故か六という番号が

好きなので(理由はわからない)

六絡まりの数字を選んでしまうことが多いw

 

浴室ペンキ絵の富士山は早川利光氏作。

早川氏は既に亡くなっているので早川富士は

貴重になりつつあります。

 

(画像はネットから)

 

お湯はぬるめで

「熱い風呂、百害あって一理なし」 の張り紙が。

確かにそう思う。

よく江戸っ子は熱い風呂が粋みたいにいうが

湯の熱さに耐えられないからカラスの行水なんじゃないのかな。

 

昔の家によくあった、この

廊下とトイレ内を一つの電球で同時に照らす構造って

すごいな。

 

 

関係ないが

帰り道、近くにあった民家がなんとも昭和の趣があってよかった。

ドリフの全員集合の舞台セットってこんなんだったな。

 

 

 

 

 

 

九湯目 『 大和湯 』

 

北千住にある 大和湯。

 

フロント式。シャンプー&ボディシャンプー有。

 

開業は古いが

リニューアルしてるために内装は清潔で奇麗!

都内でも五本の指に入る綺麗さ。(自分調べ)

 

しかも日替わりで薬草などのハーブ湯をやっていて

かなりの商売努力が伺えます。

 

(浴室の写真は撮影できないのでネットから拾い)

露天風呂有。

まあ、露天風呂といっても隙間から空の明かりが

多少入るくらいですがw

 

うちの家族を連れてったこともありますが、

銭湯よりも温泉派のうちの嫁ちゃんもここは

気に入ったはずです。知らんけど。

 

 

関係ないが、すぐ近くにある魚屋さんの昭和感が

たまらなく好き。

 

つーか、自分 昭和感どんだけ好きなのww

 

まあ 昭和感好きから銭湯好きになったわけだし

しゃーないわな (笑

 

 

 

 

 

 

 

あけまして

おめでとうございまーす。

 

 

そんなことより、

 

栃木県のですね。

 

大谷(おおや)町っていう町はですね、大谷石っていう

石が有名なんですよ。

 

 

まあ 有名つっても全国的に有名ってほどでもなく

建築材料として主に関東地方と全国にもちらほら出荷されてる

程度の石なのですが。

 

その大谷町に、大谷石の歴史が分かる

大谷資料館 というものがありまして

特に石には興味が無いけど博物館好きのうちの家族は

行くしかないわけですよ。

 

 

 

見て!なんか、ほら雰囲気からして

石!!って感じでしょ?

 

 

すごーい。 石の壁、すごーい!

 

着いてそうそう喉が渇いたので

販売機でジュース買おうとしたら

 

こわーい。 ジュース買いに行くの、こわーい!

 

 

 

資料館自体は

大きな建物ではなく、コンビニくらいかな?

むしろショボい感じなのです。

 

 

館内はというと、

石を採掘するのに使われた道具などが展示されて

おります。

 

まあ、ありがちですね。

 

 

しかし、

問題は ここからなのです。

 

「坑内入口」 と小さく書かれた入口を入っていくと。

 

 

地下へと続く階段が。

 

 

更にどんどん奥へと階段を下って行くと・・・

 

 

( ;゚Д゚) !!!

 

 

おぉwwwwww!

大変だっ!! かっこいいっ!!

 

なんとそこには巨大な遺跡のような地下空間があるのです。

 

RPGのダンジョンや!

スゴいっ スゴいっ スゴいっ!!

 

でも、

寒いっ 寒いっ 寒いっ!!

 

 

ここは一年通して平均8度とかしかないらしく、

この日は確か3度とかだったと思う。

 

ん?

うちの子なんでこんなにダボダボのコート着てるんだろ?

かわいく見せてモテる作戦かなぁ・・。

 

 

そして、

広いっ 広いっ 広いっ!!

 

写真を撮ってると家族がボクをおいてどんどん先に行っちゃうじゃ

ないですかぁ、

こんなん一人迷子になったら絶対泣くわー。

 

 

 

ここって日本じゃないみたいだから

色々なアーティストがミュージックビデオの撮影したり、

コンサート会場としても使ったりするそうです。

 

うわぁ、ここでライブやってみたいなぁ~

でも寒さで指がかじかんでギター弾けんわなw

 

 

なんかね、ギャラリーになってたり

ワインセラーみたいになってたり。

 

ってか空間が広すぎて持て余してる感があったり。

 

 

 

 

というわけで、大谷資料館の紹介でしたが

 

行かないでほしい!

 

これ見て、わ~行きたいな~!

って思った方もいるかもしれないけど

 

こんなかっこいいとこ独り占めしたいから

行かないでほしい。

 

 

 

今年もよろしくお願いしますw

 

 

 

 

 

日本で県境が100%はっきりしている県って

 

栃木県 福井県 奈良県

島根県 山口県 徳島県

愛媛県 高知県 長崎県

 

のたった9県のみで、残りの殆どの県は県境が

はっきりと決まってないって

 

知ってましたか?

 

いや、ぜったい知らないですよね。

 

 

というわけで今回は県境レポです。

 

 

 

先日ですね、

 

長野県の軽井沢を自転車でサイクリングしてたんですよ。

 

まるでお洒落マダムのようですね。

 

 

けっこう走って、

小腹がすいたので何か軽く食べようと思い

 

お洒落マダムだから

パンプキンパイか何か食べようかと思ったのですが

今の日本の法律では

パンプキンパイは男が食べると死刑らしいので

 

 

仕方なくお蕎麦屋さんに寄ったのです。

 

 

そしたら そのお蕎麦屋さん、丁度

長野県と群馬県の県境にあるらしくこんな看板が

立っていたのですね。

 

 

そう言われてみると確かに店の駐車場には左右を

スッパリと分けた赤い線がありました。

 

お洒落マダム的にはこの線で

一瞬アカデミー賞のレッドカーペットごっこをしようかと

考えたのは当然です。

 

 

 

その赤い線を逆方向にたどってみると

 

 

 

神社がありました。

 

ちょうど県境にまたがる神社が軽井沢に

あるという噂はお洒落マダム仲間から聞いていたので

 

「 ここか 」 と思い行ってみることに。

 

 

熊野神社。

 

 

おー

 

参道の右と左でちゃんと県が分かれている!

 

 

境界線を引くとこんな感じか。

 

よく見ると神社名も

長野県側が 熊野皇大神社

群馬県側が 碓氷・熊野神社

 

となっていて、まるで

うちはあっちのヘボい神社とは違うのですよ!

というアっピールをお互いに主張し合ってるかの

ようでした。

 

 

だかしかし、

そんなお互いの事情によりお賽銭箱も二つ。

 

どっちのお賽銭箱にお賽銭を入れればいいのか

わからず、

お金をそれこそ半分に分けようと思ったのですが

 

今の日本の法律では

お金の破壊行為は死刑ですので

 

仕方なく我がホームの群馬県側に浄財

いたしました。

 

 

 

そうなると、群馬県民としては

ホームかアウェイかで見てしまうのですが。

 

 

 

長野県。

 

 

群馬県。

 

よく見ると本殿や社務所も別々。

 

マニアックな言い方をすれば本殿の造りが

長野県は千鳥破風、

群馬県は唐破風。

 

宗教法人も別々で、宮司もそれぞれ別々にいるそうです。

 

 

聞いてはないけど

多分宮司の女性の好みも別々。

 

長野の宮司はステーキを食べる時

けっこうしっかりと網目が強く付くくらい火を通してから

ソースは付けずにに軽く一つまみの塩を付けて

食べるのが好みなのに対し、

 

群馬の宮司はそもそも肉食えないと思います。

 

 

長野県宮司は旅行の前の日は必ずてるてる坊主を

吊るすけど、

 

群馬県宮司はそういう迷信とか一切信じない。

 

 

長野宮司は 「君の名は」 をもう5回も観に行ってるのに

群馬宮司は 「シン・ゴジラ」 を2回。

 

 

 

もっと群馬の宮司には頑張ってほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

あぶないとこだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自宅のですね。

 

駐車場部分がですね、前々から思ってたんですけど

 

すごく地味なのですよ。

 

 

それは建物の土台の部分が

コンクリートむき出しで、まるで刑務所のような感じだったからなのです。

 

もっと明るいオシャレな色にすればきっと冷え切った我が家も

少しは明るくなるんじゃないかと思い・・

 

 

正確な色の名前は忘れましたが

ブルーグレーみいな色を塗ることにしました。

 

 

何故ブルーグレー色にしたいかというと

カントリーっぽい色にしたかったからなのです。

 

っていうより

単にうちの店の壁の色がブルーグレーなので

それに合わせたかったからなのですが。

 

 

この色ですね!

 

そうそう。

 

 

実はボクは男のくせに

カントリーな感じが好きなのです。

 

バンドでロックなギターを弾いてるのに

格闘技がすごく好きなのに

スカジャンばかり着てるのに

神社とか彫り物とか和的なものが大好きなのに

・・・・。

 

なんでカントリー・・・?

 

 

もしかしたら知らない間にUFOに拉致られて

宇宙人に

脳に「赤毛のアン全集」かなんかインプット

されてんな!?

 

 

 

そんなわけで

アンネ・フランク脳の私はこの色が好きなわけです。

 

 

ぺたぺたぺたぺた

ぺたぺたぺたぺたぺた

 

 

 

 

完成です!

 

ちゃんと細部も塗りましたよ!

 

 

うんうん。

 

なかなか、いいじゃないですか。

 

 

でも、ほらこれ

 

なんかこれって・・

 

銭湯だよっ!!

 

 

 

銭湯の浴槽の壁の色ってね、

ほとんどが水色なんですよ。

 

それだ!!

 

わーい わーい (≧∇≦)/

 

 

 

 

 

すぐに塗り替えろっ!!

 

一刻も早くだっ!

 

 

ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた

ぺたぺたぺた

 

危ねぇ 危ねぇ

センスを疑われるわぁー

 

やっぱ、こーゆーのは

無難にホワイト系に限るんですよー。

 

 

 

ボクが水色にぺたぺた塗っている時に

通りがかった近所のおばちゃんが

 

「 あら、面白い色ね~ 」

っていた時に気づいてればよかったなこんちくしょう。

 

 

ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた

 

 

っていうわけで

 

 

一瞬だけ壁の色が銭湯色になったことは

誰にも秘密にしておこう。

 

 

 

 

 

 

近所に強者がいたっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウソでしょー!

 

前回のブログから三ヶ月くらい経ってるじゃないですか!?

(;゚Д゚) !!

 

先日ですね、

缶コーヒーを電車に乗る前に買ってしまい

ペットボトルならいいんですけど飲みかけの缶コーヒーを

持ったまま電車に乗るのってなんか

恥ずかしいじゃないですか?

 

仕方ないのでそっとポケットに入れて電車に乗ってたら

ポケットの中で缶が倒れて

コーヒー溢れてズボンがびちゃびちゃになっちゃいました・・・。

 

 

安倍政権めっ!!!

 

 

 

 

そんなことより

 

きっとあなたも好きでしょう?

 

気球。

 

気球ですよ、気球。

 

人間 誰もが心の奥底では

絶対好きなはずなんですよ、気球!

 

だから気球のイベントに行ってきました。

 

 

ちなみにボクはべつに気球は特別好きでも嫌いでも

ない貴重な人です。

 

 

このイベントは長野県の佐久市で毎年行われていて、

すごい数の気球が見られるのです。

 

初めて行ったけど。

 

 

気球のイベントが始まる時間までは

 

モトクロスのバイクが客席に

突っ込むか、突っ込まないかのギリギリを見る

ショーをやったり。

 

 

B級グルメの店で色々食べたり食べなかったり

しました。

 

 

そうそう!

なんとあのみんな大好きハイぶりっこちゃん

もいました!

 

ちなみにボクは

ハイぶりっこちゃんがべつに好きでも嫌いでもない

貴重な人なのです。

 

でも

カメラを向けられてない時の

気を抜いたハイぶりっこちゃんは好き!

 

 

会場では

 

まず気球がどれくらいの大きさなのか

実際にみんなで膨らませてみよう体験をやっていたので

参加。

 

 

この人が乗るカゴの部分の大きさなんですけど、

意外と狭くて

 

うーん、、

東京ドームでいうと何千分の一くらいだろう・・

 

あ、トイレくらい!

よくあるトイレくらいの広さですね。

 

 

 

 

なんだぁ、

みんなで口で気球を膨らませるのかと思ったら

送風機使うのかぁー。

 

 

 

 

この光景なんか見たことあるなと思ったら

あのお子ちゃま大好きふわふわドームですね、

まんま。

 

 

ど───────ん!!

 

でかいっ!

実際に見る気球はちょうどボクが想像してたくらいの

大きさでした!

 

 

 

さて、

そうこうしてるうちに競技会場の方では

何やら競技が始まりました。

 

 

 

スタートと共に各チーム一斉に

気球を膨らませ始めます。

 

なんだぁ、

各チーム口で気球を膨らませるのかと思ったら

やはり送風機を使うのかぁ。

 

 

 

 

 

やっぱ生気球は迫力ありますよ。

 

実はこの日は風が安定しなくて、

色々な競技を予定してたらしいのですが

全て中止。

 

けっきょくただ上げただけ

みたいになってしまいました。

 

安倍政権めっ!!

 

 

 

 

 

この写真いいんですよ。

カップルで。家族で。友達と。

 

 

 

 

 

 

気球って風まかせの乗り物だから

着地する場所が大雑把にしか選べないのが

すごいですね。

 

気球面白かったです。

 

 

 

うちの子は

気球イベントにはそんなに感動してなかったけど

 

その日の夜、

標高の高い高原のペンションに泊まった時の

ポテチの膨れ具合に興奮してました。

 

 

 

 

 

 


なぜ


前回のお話で一応完結したのに終わりにしなかったかと

いうとですね、



実はその後


もうすっかり牛乳瓶のことはどうでもよくなり



どうやったらコシのある蕎麦と、

単に硬い蕎麦を見分ければいいんだよっ!!



とかやってる頃に、思いがけず




100%完全に昭和の200cc牛乳瓶を手に入れて

しまったからなのです!!





しかも全国一流ブランドである明治乳業!


んなお宝を

いったいどうやって手に入れたかと言いますと、




ちょっと話は長くなりますが・・・




うちの祖父は生前、火薬工場に勤めていたのです。



岩鼻火薬製造所と呼ばれたその火薬工場では

当時 爆薬を作っており


そこで製造された爆薬が爆弾となり戦争へと使用されました。



この火薬工場ですが、日本で最初にダイナマイトが

製造された工場でもあり



今でも工場のあった 群馬の森 という公園の敷地内には

「 我が国 ダイナマイト発症の地 」 という碑が建てられているのです。





終戦とともに閉鎖されてしまったその火薬工場ですが、



群馬の森公園の園内には

当時の火薬工場の建屋跡や、爆発事故に備え



爆風避けのための土手のような土盛があちらこちらに言わば

戦跡として現在も遺っているのです。








ちなみにここで造られた爆薬は当時


工場から直接、

近くの現JR倉賀野駅まで岩鼻軽便鉄道という列車で運ばれており






今でも群馬の森のすぐ近くまで途中でぶった切られた当時の廃線跡が

形を変え遺っているのです。



そして昭和の牛乳瓶は明治乳業に勤めてる

知り合いに 「 工場の片隅に転がってたからあげるわ~ 」

ともらったものなのです。











とういわけで、最終的にはあっさりと手に入れた

昭和200cc牛乳瓶!



せっかくなので自分の物にしようと思ったけど

先日、

面倒だったけど学校給食歴史館に再び寄贈に行ってまいりました。








もう ボクはすっかりここの常連客だよ!


ちょっと実家感すら出てきたよっ。



館長さんは外出中らしく不在だったので、職員の方に


「 ほらよ、こっちの牛乳瓶が本物だぜ、

いつまでも偽物の( 昭和じゃない )牛乳瓶なんか展示してんじゃねえよ 」


とお渡しさせていただきました。



ついでに前回寄贈した偽物 ( 昭和じゃない ) 牛乳瓶は

実際に展示されてるのかな?


と思い見学してみると











本当に展示してあるwww


しかも寄贈者名まで入ってるwww


なんか恥ずかしいからキュピさんの瓶は一刻も早く本物の瓶に

取り替えてwww!






アルマイト食器も展示してあるwww


いや、こっちはまあそうだろう。







というわけで


今回で本当に昭和の牛乳瓶のお話は終わりです。



ボクが寄贈した牛乳瓶が見たい!


という方は面倒なのでリンクとか貼らないけど

ほら、ネットとかで 学校給食歴史館 と検索して


場所調べてぜひ行ってみてくださいね!








おしまい。

























なんでしったっけ?



高校の時、回転寿司でバイトしてた時に


お客さんが店にいない暇な時にワサビたっぷりの超激辛寿司を

遊びで先輩と回してドキドキしてた話でしたっけ?


がう!



ギューニュー瓶だ!



たいした内容のブログじゃ無いのにこんなに話を

引っ張ってしまってすいませんすいません。





前回のブログ








異臭看護に ← 何この変換ミスww


一週間後に、

埼玉県にある学校給食歴史館に

昭和の牛乳瓶を持っていく約束をしてしまったボクは


それこそ今まで以上に必死で瓶を探しました!



そりゃあもう、すんごく探しました!!


人並みに。



夜とかは普通にグッスリ寝ました。





そしたらですね・・



なんと あったのですよ。 普通に!



あったのです 牛乳瓶。



正確に言いますと、

昭和当時の牛乳瓶では無いのですが、


あの200cc規格の学校給食で使用してた瓶と

全く同じものをなんと今現在でも使用している牛乳製造会社が


あったのです!



しかも県内に! しかも嫁の実家のある町に!



わたくしは今まで牛乳の全国ブランドである

明治や名糖、森永や雪印

いわゆる一流メーカーばかりを念頭に探していたのですが


地方牛乳 というのは見落としていたんですね。




有名ブランド乳業メーカーが運送コストの面から次々に牛乳瓶を

今現在の180cc軽量タイプ瓶やプラボトルに移行する中、


地方牛乳は運送範囲も狭いので昔のままの重たい200cc瓶を

今でも使用してたのですね。



すぐさま群馬県の沼田市に向かいました。










ここは

貝瀬ミルクプラント さんといいまして、


群馬県の沼田市周辺だけに卸している小さな乳業メーカーなのです。


対応してくれたこの会社のおばあちゃんに一応確認を

とったところ


開業当時から何十年も瓶を変えてないので

ボクの探してる瓶には間違いないそうです。





そして、これが昭和の学校給食で使用されていたモノと

同じ牛乳瓶。


 ↓



なんか かわええ!


つーか、

ちょっとキューピーっぽい版権とか多少心配ではある。



実はね、以前から嫁の実家周辺のスーパーに行くと貝瀬牛乳売っていたので

1リットルパック牛乳のことは知ってはいたのですよ。


飲むと濃厚でうまいのです。


ただ話によると牛乳瓶タイプはスーパーとかには卸してないらしく

存在自体をボクは知らなかったのです。



存在を知らなかったついでに、

この貝瀬牛乳さんちの娘さんが元おニャン子クラブの会員番号

41番ということも知りませんでした。


牛乳瓶なんかのことよりも娘さんに当時ファンだった

河合その子のことを聞きたかった!!





んで、更に地方牛乳に目を向けてみると・・








やっぱ普通にあるわ!


あのレモン牛乳で有名な栃木乳業でも200cc牛乳瓶が

存在することを知り、わざわざ栃木県まで買いに。



つーか、

普通に200cc瓶あるじゃないか!


埼玉県のリサーチ不足www








なんとか揃った!!


ついでに、

昔の学校とかで使われていたアルマイト製のカップ

( ほら、よく水道の蛇口とかに吊るしてあったやつ )


を持っていたのでそれも一緒に寄贈することに。


むしろこっちのアルマイトカップの方が貴重だと思うがw






更におまけとして

アンティークショップで買った戦後くらいの時代の 「 市乳 」 と刻印された

牛乳瓶も。

( たかがこんな瓶が3000円くらいしやがった )







さあ行こう。 学校給食歴史館に持っていこう!









再びの埼玉県学校給食会。







もちろんすごく喜んでいただき、


「 早速展示させていただきます 」 と言ってくれました。


でもボクは、


同じ昭和200cc瓶ではあるが、現行品であることと

全国ブランドではない地方ブランド牛乳であること


そして版権の心配なキュピさんや、

ましてや埼玉県の施設にもろに tochigi と印刷されている後ろめたさから


「 展示するしないの判断はそちらにお任せしますので 」


とだけ伝えておきました。





寄贈のお礼にと

地場産の商品もたくさんいただいてしまいましたよ。





ん? これ今気づいたが

海無し県埼玉の三陸産わかめはかなりレアだと思う!







そんなわけで



無事ミッションを終えたので

今回で牛乳瓶の話は終わりかと思いつつ・・・







次回、最終回!













またまたお久しぶりです。



えーと、


なんでしたっけ?



高校生の時、マックのバイトを3日で辞めた話でしたっけ?




違うっ ぎゅうにゅう瓶だ!



前回のブログ






さて、


ひょんなことから 昭和~平成初期に流通していた


200cc の牛乳瓶を探すことになったわけですけど


ひょんってなに?





周りの人に 「 牛乳瓶を探してる 」 と言うとかなりの確率で

返ってくる言葉が


「 銭湯にい行けばあるでしょ? 」 とか 「 牛乳販売店に行けばあるでしょ? 」

と言われます。



素人めwww それはただのイメージです!


( 実はボク自身最初はそう思ったからです )




無いよ、無い無い無い無い無い無いっ!!!



そりゃあもうね


まずはもちろんネットで探したり、乳業メーカーに問い合わせてみたり


温泉施設はもちろん、銭湯なんて得意分野だ。








リサイクルショップを探す。


リサイクルショップだけで何軒回ったことか・・。




古道具屋。




古美術商。

( 古美術商で仏像の説明を受ける仏像にまったく興味の無い息子 )






アンティークショップ。


大昔の瓶は売ってるけど、ボクが探してる中途半端な年代の牛乳瓶は

アンティークとしての価値がないので仕入れないそうな。





瓶のリサイクル工場。


瓶の卸問屋や製造メーカにも問い合わせてみたりもした。





もうね、本当に何処を探しても無いものは 無いっ!



この他にも


実家や知り合いの家の物置や納屋、

( 昔 庭とかに牛乳瓶で花壇とか作ってる家あったのになぁ )



更に探し場所がどんどんマニアックになり


山中、

( 山の中には不法投棄で昔の空き缶や瓶が捨ててあるかもしれない )


田舎のお墓、

( 花瓶代わりに牛乳瓶に花がさしてあったら所有者に譲ってもらえるかも )



などなど

あらゆる可能性のありそうなところを探して見ました。


しかし



無いwwwwwwwっ!!!





森永牛乳販売店にデビュー当時のSMAPの

ポスターはあった!!





・・ そもそもね、考えてみたら


県立の博物館が行政の権力を利用して探しても入手できないものが

一素人に見つけられるワケがないんですよ・・。



あまかった・・・




それにしたって、たかが あの


昔はその辺にゴロゴロあった普通の牛乳瓶ごときが

なんでこうも見つからないんだよ・・・。







牛乳瓶を探し始めてから半年ぐらいが経過したころのことです。




もうすっかり牛乳瓶のことなんかどうでもよくなり




うまいラーメンが食べたいんじゃない!

ボクは感動するラーメンを食べたいんだよっ!!!



なんてやってるボクのところに


牛乳瓶を探してると伝えておいたあるアンティークショップの

店長さんから一本の電話があり


「 倉庫から昭和の牛乳瓶が出てきましたよ!探してるものに間違いないです 」


との電話が。



はぁ? 牛乳瓶がなんだって・・・?



はっ!!


昭和の牛乳瓶がとうとう、出・て・き・た・だ・とっ!?




とうとう見つかった!!



ボクは嬉しくて嬉しくて、興奮して


まだその現物を見てはいないのに嬉しすぎて

学校給食歴史館の館長さんについ電話をしてしまいました。


「 館長さんですか?ありましたよ!昭和の200cc牛乳瓶

ありましたよ!」


ボクはアンティークショップで買うとは言わない方が気を使わせなくて

よいと思いました。


館長さんはすごく喜んでくれて


「 よく見つかりましたね!」 「 本当に寄贈していただけるのでしょうか?」

「 こちらにはいつお見えになられますか?」


と、やはりボクと同じく早急に欲しい感じだったので


「 では来週にでも持っていきます! 」 と約束をし、電話を切りました。






さあ 牛乳瓶を見に行こう!


やっとこの目で探しに探したあの牛乳瓶が崇めるんだぁ~!


ヽ(*´∀`)ノ











(╬゚◥益◤゚) !! はっ


違うwwwwww


これじゃあ、この牛乳瓶では古すぎるwwwww!!


用意されてた牛乳瓶は確かに昭和の牛乳瓶なのですが


ボクが探してるものよりずっと古く


昭和初期~戦後くらいの、学校給食で使用されていたあの牛乳瓶とは

形も大きさも違うものばかりでした。




やばいな、 これは やばいぞ・・


歴史館の館長に来週持っていくって言っちゃったよ・・・


館長すごく喜んでくれてたよ・・・



実に半年間探して無いものが、来週までのこの一週間で見つかる

ワケないだろオレのばかwww









しかし奇跡がおきますた。









つづく。











お久しぶりでございます。



長らくブログを書かなかった理由が、面倒くさい!面倒くさいよっ!!


意外に思いつかないのですが


他の理由を言えば仕事が年度替わりで忙しかったくらいでしょうか。





さて、



マニアックな 「○○館」 が好きなボクですが


以前こんなところに行ったのです。







埼玉県学校給食会 という施設の一角にある


学校給食歴史館 という


サブカル好きのボクには打って付けのマニアック博物館です。






ここは全国で唯一学校給食の歴史が学べるという、興味の無い人には

どうでもいいタイプの博物館なのですよ!いいですね!


しかも平日の昼間のみ開館という

ひじょうにターゲット層の狭い施設ですねw



しかし、

このなにげな~く行った博物館と、以後ソコソコな付き合いが生まれるとは

この時は考えてもいませんでした。


( ちなみにこの時考えていたのは、

世界中の深刻な大気汚染問題って大量のファブリーズでなんとかならないのかなぁ?

ということだけだったと思います )





館内に入ると


ずはよくある学校給食の歴史を年表で学べるコーナーが

ありまして


ようは学校給食というのは

1889年に山形県のある小学校が無料で子供たちに食事を配ったのが

起源ということみたいです。


年表読んだけど忘れちゃったので、今wikiで調べました!







館内には

ズラリと年代ごとの給食サンプル模型が並んでいます。


これらは全て食品サンプル業者さんに特注で作ってもらった

そうです。


ところで先程も書いた一番最初に

出された記念すべき第一回目の給食のメニューというのがですね


・・・・・・ あれ? なんだっけな?


宅配ピザ・・?


ではさすがになかったと思うけど・・。


多分おむすびと何かウィーダーインゼリー的なものだったかな。


ちょっと忘れちゃったので 自分で調べてね!




ああ、あった あった!


ちゃんと初めての給食の写真撮っといたんだった、


やはりおむすびとシャケ的な何かでしたね~。




その後

時代によって給食メニューも変わって行き、


今では当たり前の牛乳ではなく 脱脂粉乳という時代もありました。


脱脂粉乳ってなに? という方はお母さんか尾木ママに聞いてね!








牛乳のテトラパックとか懐かしいわー。


今あったら即買いだわー。

テトラパックってなに?

という方は街の牛乳屋さんからどんな手段を使ってでも聞き出してね



そうそう、

学校給食の牛乳ってご飯に合わないとか、アレルギーの関係で飲めない

子供もいるので

廃止になるような方向にあるとの新聞記事を読んだので


説明員の方にそれを質問したら


「 いいですか?!もし学校で牛乳が出なくなったら子供たちは

どうやってカルシウムをとるんですか?

学校で牛乳を出すようになってから小学生の平均身長がすごく

伸びたのですよ!

牛乳を飲まなくなってまた身長がちっちゃくなってもいいんですか!?」


と力説してくだいました。



(´-`).。oO( 乾燥わかめかよ!

        なんで牛乳飲まなかったらまた背が小ちゃくなるんだよ・・ )



ボクの考えでは戦後GHQの指導問題や牛乳販連との関係が強いな・・


と感じています。



あ、でもミルメークが飲めなくなるのでやはり牛乳は

あったほうがいいかもですね!





この袋に入った麺シリーズなっつかしいわ~。


いっぺんに汁の中に入れると多いので、お盆をナイフ代わりに使って

袋の上から麺カットしませんでした?






世界の給食コーナー?


当たり前かもしれないけど、給食って日本だけじゃないんだぁ。


海外の給食ってカフェテリアっつーか日本でいうとこの学食の

イメージなんですよねぇ。







食器類コーナー。


自分の学校はアルマイト製品の食器類だったので

給食当番には重くて不評でしたねー。


先割れスプーンとか今思うと

なんでこれが採用されたの?って感じですよね。







その他にも


説明員さんから給食の歴史についての授業を受けられるコーナーや

資料コーナーなどもありました。




館内をひと回りした後のことです。




ボクが説明員さんに

「 ここは本当にすごい資料の数ですねぇ 」 と話したら


「 そうなんです、ただ一つだけどうしても手に入らない物が

ありまして・・・」


というので聞いてみたら



なんでも昭和40年代~平成初期くらいまで出回っていた200ccの

牛乳瓶がいくら探しても手に入らないというのです。



確かに展示してある牛乳瓶を見たら

本物の瓶ではなく作り物の模型の牛乳瓶でした。


乳業メーカーなどに問い合せても今現在は

プラスチック製や一回り小さいサイズの軽量180cc瓶が主流になっていて


あのボクが子供の頃に普通に飲んでいた、

重くて分厚いガラスの牛乳瓶はどこを探しても今は無いというのです。





このタイプの牛乳瓶ですね。




それを聞いたボクは


「 ええーっ、牛乳瓶くらいどっかにあるんじゃないですか?」

と言ったのですが


それでも 「 いやいや、無いです!」 というので


ちょっと意地になったボクは


いや、絶対ありますよ!

じゃあボクがその牛乳瓶を見つけて今度この学校給食歴史館に寄贈

しますよ!


と約束してしまったのです。



説明員さんは笑いながら、

「 ははは、ではその時はぜひお願いします 」 と言っていました。




こんなん見つかるでしょ?? だって普通の牛乳瓶じゃないですかww






しかし



その日からボクの地獄のような昭和牛乳瓶探しが

始まったのでした・・・。






続く







東京銭湯巡り の二回目です。




相変わらず、都内の銭湯にはちょこちょこ

行っております。



さて、


銭湯といえば


銭湯好きの間では常識なのですが

豆知識的なものとしてこういうのがあります。








これは銭湯の入口に掲げられている木札で、


営業をしてるかしてないかを示すものなのです。



『 わ 』 湯がいた (営業中)


『 ぬ 』 湯をいた (準備中)



となるわけですね。


粋ですよね、こーゆーの。









四湯目 『 めぐみ湯 』



綾瀬にある 『 めぐみ湯 』


経営者のおばあちゃんの名前が、めぐみ なんだかは

知らないけど めぐみ湯。




右 : 下駄箱


左 : 傘箱


昔は今と違ってお安いビニール傘など無い時代だったので

傘が貴重なものだったのですね。


なので鍵付きの傘箱とういうわけですね、

傘一本分の奥行があるので非常にデカイですこれw







この日は、ある家族が家族4人全員?で風呂に来てて

楽しそうだった。


「お母さんお風呂遅いねー」 みたいに話してた。


当然家にもお風呂はあるだろうにこういった文化を

子供に伝えるのは良いことですね。











五湯目 『 燕湯 』



御徒町にある 『 燕(つばめ)湯 』


殆どの銭湯は午後から営業するとこが多いのですが

ここは都内でも珍しく早朝6時からの営業。






うちの子は

小学生でこれほど銭湯に行ってる子はまずいないんじゃ・・

というほど銭湯慣れしてるので


なんの抵抗もなくスタスタ入って行き、

番台のおばあちゃんにも 「こんにちわー」 なんて言います。

温泉にもよく連れて行くので

まあ銭湯も温泉も区別がついて無いのだと思います。


多分、

「 ここのお風呂は脱衣場(番台)に人が座ってるバージョンだ 」

くらいの認識なんじゃないのかとw







ここの銭湯は都内でもベスト3に入るお湯の熱さでも有名です。

その温度 45~46°


秋葉原に近いということで客層が銭湯には珍しく若者や外人さんが

多いのですが、

お湯が熱すぎるため湯に入ることができない人が多いのです。


ボクは頑張ってなんとか浸かりましたが、うちの息子は結局

入れませんでしたw







脱衣場にある 龍の絵。


聞いてはないが多分、作風から銭湯ペンキ絵師中島氏の

作品だろうか。






真を撮っていると、

ちょうど銭湯の前を着物を着た女性が通ったので

その写真をモノクロ加工したら

すごく良い感じの古い写真みたいになった。


ちなみにこの銭湯は国の登録有形文化財に指定

されていまして、

三階には御徒町という土地柄もありジュエリーの工房ショップ

が入っています。


びっくり。







六湯目 『 稲荷湯 』






板橋にある 『 稲荷湯 』


正面、二重の千鳥破風がかっこいい。





ボクはここの銭湯が好きで、

都内の銭湯では一番回数も行ってると思います。


家族で行ったこともあります。







脱衣場はリニューアルさいれているため奇麗なのですが、

ロッカーが木製でないのがちょっと残念っちゃ残念ですね。






ここの銭湯、夏場なんかは

風呂上がりにミニ日本庭園を眺めながらコーヒー牛乳を飲みつつ

涼んだりできるのです。







だから、うちの息子と甥っ子を連れてった時に

絶対コーヒー牛乳飲め!と勧めたら


ジョア飲みやがった。


任天堂3DSLL世代めっ!







銭湯ではたまに見かける古いタイプの体重計。






あ、そうそう!


ここの稲荷湯は映画テルマエロマエのロケでも使われたんですね。