サイクルトレーラー・ライフ

リヤカーデザイナー兼ネットショップ店長兼フリーライター(怪しい?)をしている40代男子が、おもにタメにならないことを書いたり書かなかったりします。お酒・本・釣りの話題が中心でしょうか?
ロードバイク+サイクルトレーラーの生活も(販促がてら)紹介します。


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腹ごしらえを終えたリヤカー屋は、雄勝役場跡に向かいました。


Beko倶楽部種田さんが参加するイベントを見るためです。


着いてまず最初にしたのは・・・。


これを食べることでした。



北海道産です。ええ、ウマイに決まってます。ああっ、ビールがほしいんだぜーーーーー!(←魂の絶叫)


そして次にしたのは・・・。


これを食べることでした。



ホクビーの(だよね?)ジンギスカン(←種田さんより訂正アリ。リヤカー屋は詰めが甘い。とても甘い)です。


ええ、ウマイに決まってます。ビールがあーーーーー!(←魂)


そして次にしたのは・・・。


これを食べることでした。



地元産のめかぶ入りそば。もちろんウマイに決まってます。500円安う!日本酒をーーー!!!(←誰か)


会場にオープンしていた仮設店舗のおすし屋さんでいただきました。




そうそう、横浜からなんとなくリヤカー+自転車を持ってきてたんですが、意外や大人気。


ファミリーも大喜び!



わんこも大喜び!



会場はにぎわっています。北海道チームが持ってきたうまいもののいい香りがぽわーー。


そして、さまざまな盛り上げ役たちが大活躍!


ご当地ゆるキャラもがんばる!



そして、北海道からやってきた「石狩朱華弁天(いしかりはねずべんてん)」が躍動!



躍動!



躍動!



人を楽しませるには、自分たちも全力で楽しまなきゃいけないんだぜ、とばかりに・・・。


会場を跳ね回り、駆け回り、声を出し、そして汗を流していました。


そしてついに、種田さんも躍動!華麗なステップを披露だ!



その種田さんが、わ、わ、わたしのジャケットに自らこれをーーーーー!



愛だな



でもってついに真打、石狩が誇るご当地ヒーロー「サーモンファイター・ルイベ」が海を渡って登場だ!!!



立ち回りもポージングも決まりまくりんぐ!影の鍛錬が垣間見えるぜ!


時に寸劇的な展開もまじえつつ



やや過剰なくらいまじえつつ



最後は自ら歌まで披露して!



会場を笑顔と歓声に包んだのでした。




そこで見たのは、まぎれもなく本物の善意の発露です。


なにかをして「あげよう」なんて気はさらさらない。


いっしょに楽しみ、同じ場所、時間を共有し、いっしょに元気になる。


計画をし、準備をし、長い距離を移動し、さまざまな壁をひとつひとつ突破してここに来たはずです。


けれど、そんな肩に力が入った様子はどこにもなく、説教くささも恩着せがましさもひとつもなく、そこにいた。


ちくしょう、かっこいいじゃねえか。


リヤカー屋までおすそわけで元気にしてもらっちゃったのでした。泣ける。


会場には、こいのぼりたちが気持ちよさそうに泳いでいました。



元気が良すぎて1匹脱走しちゃったけど(笑)。


そして、石巻、女川、南三陸と、あきらかにたくさんのこいのぼりが泳いでいました。


これは祈りであり、復興への意志に他ならない、勝手にそう解釈しました。


みなさん!


被災地は、まだまだ困難な状況です。復興への道のりはあまりに果てしない。


でも、みんながんばってます。すごいです。


なんでもいい、ちょっとずつでもできることをしていきましょうよ!


わたしは、ネットショップを運営する、ネットワーカーの端くれです。


このブログもある。フェイスブックもツイッターもアカウントを持っている。


だから、風化に少しでもブレーキをかけるべく、実際にこの目で見てきた現実を拡散します。


東北へは、定期的に行くことにしました。その都度、みなさんにこうしてお知らせします。




あの日、月が地球に最接近し、それはそれは明るく地上を照らしていました。


誰の頭上も、等しくです。





さて、リヤカー屋が見てきた被災地と、素敵な人々のレポートはこれにておしまい!

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南三陸町の現状をフレームに収めたリヤカー屋。


できれば陸前高田まで、と思っていましたが、明るいうちに着くのは無理と判断して来た道を引き返しました。


陽は傾き、景色は薄闇に沈みつつあります。


北上川沿いの、補修の跡も生々しい道を戻ります。昨日までの雨で川は茶色く濁り、生き物の気配も感じません。


まばらな対向車。もうヘッドライトを点灯しています。明るかった往路とは別人のようによそよそしくなった景色。


雲が多くなり、オレンジ色の夕闇を飛び越えてただ暗くなっていく空。


山道を抜けて雄勝付近、雄勝小学校跡の信号を右折すべきところを直進します。


人の姿を見たくなっていたのでした。


旧役場前に戻ると、まだ人が残って撤収作業をしていました。駐車場に車を回します。


青いウィンドブレーカーの一団を見つけました。その中に、バンダナを巻いた後姿。


車の助手席側の窓を開け、声をかけました。「種田さん!」


わたしの顔を認識するまで一瞬ぽかんとかわいらしい表情を浮かべたあと、種田さんは笑顔で「ああ!」と言いました。


「南三陸町まで行ってみたよ。酷かった」


ひとことふたこと言葉を交わし「じゃあ明日!」とおたがい手を振って別れました。気分は回復していました。


単純?いいじゃないの。




さて、宿まではかなり距離を残しています。どうも予約時に指定しておいたチェックイン時間には間に合いそうもない。


車を停めて「マイルーム野々浜」に電話をします。「場所がわかりにくいので」と念を押されました。


地図を見た感じでも、これまで見てまわった感じからも、宿の周囲に食事ができるところなどありそうもない。


宿で夕食を予約しておかなかったわたしは、どこかで食事を調達するしかない。


女川を過ぎて少し石巻方面に戻り、コンビニで買い物をし、宿に引き返します。


・・・これが本当にわかりづらい(笑)。


女川漁港付近から、真っ暗なくねくね道をさらに10km以上南下。


看板が出ている、と聞いていたのですが見逃しました。なぜかって?


看板に書いてある名前が違ってたからさ!そら見逃すわい!


やっとこさたどり着いた宿の駐車場には、お出迎えがいました。


野生の鹿が3頭(笑)。


チェックインすると「よくたどり着けましたね」っておい。びっくりしないでよね。




この宿は道路から坂を上がった高台にあります。


営業もしてることだし「津波は大丈夫だったんですか」と聞くと「いや、来ました」。


20m以上の津波が1階部分を完全に水没させ、天井をぶち抜いて2階途中まで到達したとのこと。


「みーんな流されちゃってさあ、目印なんにもなくなっちゃったんだよね、わはは」だって。


もちろんここまで来るにはいろんな想いがあったんだと思うんですが、たくましいなあ、まいっちゃうなあ、です。


津波の跡。



3階に上がる階段途中にありました。


さて、1泊3675円のお部屋がこちら。



思っていたよりずっときれいで、不満はありません。さっそくお風呂へ。入浴シーンはありませんよ?


お風呂はですね、熱かったです。設定温度45度ってあなた。


がんばって入りましたが、出た後もしばらく足がじんじんしていました(笑)。


すぐ横になれるように、先に布団を敷き、さあやっと晩飯だーーー。その前にフェイスブックだーーー。


種田さんのウォールにこれが。(華麗なる無断転載)



「雄勝のうまいもの。いただきまーす!きゃいきゃい」


・・・リヤカー屋の胸に、一抹の物悲しさが去来しました。




なんだよ?


ぱっぱと食べて飲んでフテ寝したといいます。ふん。




翌朝。スカッと晴れました!!



紙の箱に鍵を入れておくという、あまりにも素朴なチェックアウトを済ませ、出発。


昨夜は良く見えなかった女川東岸の風景は、やはり被災地そのものでした。


海辺の家屋はすべて消失し、漁港も破壊されています。執拗な津波の魔手。ため息が出ます。


幹線道路に出て、今日種田さんと合流する雄勝とは反対方向へ。給油です。


震災後新しくしたと見えるピカピカのガソリンスタンドで満タンに。700km走行で50L。ナイスエコラン!


さらに石巻方向に足を伸ばして、来たのがここ。



イオンスーパーセンター石巻東店。でかい!



ワンフロアでこんなにでかいスーパー、見たことないです。


レジのおねえさんにそう言ったら、誇らしげでした。


とにかくでかい。もうね、川崎競馬場のトラックくらいある。




・・・すいません嘘でした。


そうそう、リヤカー屋は昨夜のリベンジのためにここに訪れたのでした。



小さすぎるリベンジだって?


リヤカー屋は小さい男なのですよ。ふん!




さて、はらごしらえも済ませたことだし、種田さん、そして種田さん率いる(←イメージよイメージ)「石狩思いやりの心届け隊」のみなさんと合流すべく、雄勝の役場跡に向かいます。


そしてもちろん








つづく


はっはっは

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「さかなのみうら」さんをあとにしたリヤカー屋は、車を南三陸町中心部に走らせました。


今回の旅で、いちばんすさまじい光景がそこにありました。


沈下したとおぼしき道路は広範囲に冠水しています。


車の停められそうな場所を探し、川沿いにスペースを見つけました。そこからの光景。




下の写真の右側に見えているのは、そう、あの建物です。


迫り来る津波を前に、最後まで防災放送を続けた南三陸町職員遠藤未希さんがいた場所です。



たくさんの花が手向けられていました。そこを撮影することは・・・どうしてもできませんでした。


歩いて周囲を撮影して回りました。





小さな集落ではなかったはずです。


しかし、鉄筋の頑強な建物を残して、ほかはすべて消滅しています。そして、あとに残る瓦礫。



小さな赤い丸の中に、さらに小さく人の姿が見えます。巨大さが伝わるかな?


異常なスケール感。近寄ってみます。




こんなのが、いたるところにある。そこらじゅうにです。




この旅の間じゅう、ずっと考えていたことがあります。


「復興ってなんだ?」


いったいどうなったら復興したと言えるのか。


ひとつ間違いないのは「数字じゃない」ってことです。


震災前に比べて経済の水準が何%どうなったとか、人口が増えたとか、そんなもので測っちゃだめだ。


復興というのは、あくまで、住んでいる人たちの気持ちの問題なのだ、と思うのです。




瓦礫を受け入れるのを拒否している人々の論調の中に「瓦礫は復興の妨げになっていない」というのがありました。


賭けてもいいですが、それを書いた人は現地を見てない。見てたら言えない。


「東北には空き地がいっぱいあって、人の住んでないそういう場所に瓦礫を集めてるから大丈夫」とも。


冗談じゃないです。


宮城・岩手沿岸部の主要幹線道路の多くは海沿いを走ります。


道路というのは、人のいるところを結ぶのですから、当然です。


海辺からいきなり山が始まるリアス式地形では、集落は海岸近くのわずかな平地に集中します。自然と道路も水際を走る。


わたしが走ってきた398号線がそれに当たります。復旧しつつあるこの道は、当然生活道路として使われている。


その道路わきに、延々と家々が消滅した悪夢のような景色が続く。瓦礫の巨大な山もいたるところにある。


人間には「忘却」という大切な機能が備わっていて、苦しくつらい記憶も、時とともに薄れていく。


幸せに、楽に生きていく上で欠かせない脳の働きです。


だけど!


ここに住んでいるということは、毎日のようにこのすさまじい光景を目の当たりにし続けるのです。


震災当日の、生々しい記憶と切り離せない光景をです。


忘れることさえ許してもらえないんですよ。


「復興の邪魔にはならない」?無神経すぎるとしか言いようがありません。


まるで逆だと思います。


復興なった、と言えるための条件、様々あるでしょう。しかし、そのなかのもっとも重要な一つは・・・。


「この悪夢のような光景を消し去ること」


これは絶対に譲れない条件だと思います。


瓦礫の受け入れをめぐる紛糾を見て、海外のメディアが言った「絆は地に落ちた」。反論できません。悲しい。




「よその県で起きたこと」じゃない。


「自分の国で、自分の同朋に起きたこと」ですよね?


そして、地震国日本、「いつ自分の身に起きてもおかしくないこと」でもあります。




あの原発からの電力は、東京に行っていました。


その電力でつくられた、東京発の文化、製品、情報、すべて日本中の人々が享受していました。


「わたしには関係ない」という態度には断固NOと言わせていただきます。


とにかく、みんなで分担して、とっとと片付けちまおうぜ、瓦礫をよ!




「さかなのみうら」さん、もとあったのはここでした。



この状態から、自力で立ち上がってこようとしている人たち。


その人たちの目を、ちゃんと見て話が出来る自分でいたいよね。
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