精神障害者の日常を描いたドキュメンタリー
監督曰く「観察映画」
特有のケダルさを伴う雰囲気は伝わってきた。
嗚呼、非日常なる日常。
ただ監督はこの映画を通して何を伝えたかったのか。
それがあまり理解できなかった。
監督曰く「精神障害者と健常者との間の見えないカーテンをとりはらいたかった」
所々に挿入される「健常者」のシーンとの対比がそれを示しているのかな。
でも「カーテン」なんて具体的なものがどこに存在するのだろう?
二つの境界はもっと曖昧で混沌としたものなのに・・・
曖昧で不安定なものが不安だから世界を限定化する。
それがいつの間にか差別へと成長し、隔絶が生まれる。
それをカーテンと呼んでいるのだろうか?
それならば「カーテンを取り払いたい」という監督の視点自体が
また別のカーテンを生む。
それならいっそのこと、監督の主観を思いっきり入れてくれた方が
よっぽどスッキリした。
患者さんの日常生活紹介で終わってしまっているような気がする・・・
それはそれで知らない人には新鮮なのかもしれないが・・・
カーテンを取り払った後、その世界に共有されるものは何なのか?
そこを見たい。
本質は同じだ。
でも本質は目には見えない。
もっと踏み込んでほしかった。
アツイ人も、冷めている人も、文句を言う人も、オカシな人も、
本質は同じはずなのだ。
というかそうでなければ救われない。
僕は人間の精神の在り処を知らない。
そして僕はその在り処を知りたい。
ちなみに2時間以上は長い。
※ラストシーンに何であの場面を入れるのかさっぱり理解できない?
確かにあのような人もいるけど、なんだわざわざ最後に入れるの?
良い悪いではなく、その意図が分からん・・・
※生き甲斐は「行き甲斐」と「居き甲斐」という山本先生の言葉が響いた。
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