「入江く・・・ん」
琴子が呼んだような気がしてオレは目を覚ました。
ぼんやりと焦点の合ってきた目に最初に見えたのは、白いレースとサテンのフリル・・・
―琴子の部屋だ・・・
一瞬ドキッとして、横を向くと目の前に琴子の寝顔があった。
「入・・江くん・・・」
―寝言か・・・
どうやらオレは、昨夜琴子を抱きしめたまま眠ってしまったらしい。
ビデオを撮りに浸入してきたオフクロとオヤジの微かな声を遠くに聞きながら、体の向きを
変えたのは薄っすら覚えている。
―まだ6時前だ・・・
なんだか久しぶりにぐっすりと眠れた気がした。
琴子が腕の中にいることに、何の違和感も感じない自分が不思議だった。
左腕の軽いしびれすら、心地よく感じる自分がおかしかった。
少し体の向きを変えて琴子の寝顔を見つめる。
昨日の出来事が、ビデオを早送りするように脳裏を駆け抜けた。
金之助が琴子にプロポーズしたと知った時から、この瞬間までの出来事が・・・
今、こんなにも琴子を愛しいと思うのに、昨日までのオレはどうしてそれに気づかなかった
んだろう。
琴子を失う代わりに手に入れたものなんて、何の意味も持たないということさえ、昨日まで
のオレにはわからなかったんだ。
でも今、琴子はこうしてはオレの腕の中で眠っている・・・今なら、人を好きになるって気持ち
もよくわかる・・・間に合って良かった。
しかし、この部屋の外でオレを待っている現実が、幸せだと感じるココロに暗い影を落とす・・・
沙穂子さんを傷つけたオレに、大泉会長は容赦ない制裁を用意しているだろう。
だからと言って、会社を潰すわけには行かない・・・守るべきものはこの腕の中にある。
もう決して間違えたりはしない。
琴子の額にかかった一筋の髪の毛を指で除けてやる。
指先で頬を撫で、瞼にそっとくちづける・・・
起きるにはまだ早い時刻・・・
カーテン越しの朝日が、やわらかな光でオレ達を包み込む。
今、このひと時だけは、現実もオレ達に遠慮しているみたいだよ・・・
―だから琴子、まだ目を覚まさないで・・・
お前を置いてこの部屋を出て行くその時まで、その幸せそうな寝顔を見つめていたいから・・・
もう少しだけ、こうしてお前を抱いていたいから・・・
END
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