Shionの日々詩音

表現者、Shionのブログ
日々心に描く事
時に散文を…そして時に物語を綴る

the Crime of Roses…



人は皆、生まれながらに罪を背負っている

心に天使と悪魔を共存させながら

醜くも美しい世界で彷徨い続ける



ex-Clef Doll Shion


自らの生まれて来た意味を求め

ありとあらゆる表現の軌跡をここに綴ろう…



生きている限り、君の傍で




≪物語創作音楽集団 Clef Dollへ愛を込めて≫
閉じられた物語たちをもう一度。ここに綴る。

短篇小説
1, たった一つの記憶

2, 月の抱擁【ヴァンパイア・ストーリー】

3, 月下の太陽に接吻て【ヴァンパイア・ストーリー】

長篇小説 『片翼の羽根』
第一部プロローグ

第1部第一章①

第1部第一章②

第1部第一章③

第1部第一章④

第1部第一章⑤

第1部第一章⑥

第1部第一章-interlude01-

第1部第二章①NEW

第1部第二章②NEW


テーマ:

その夜、第三の塔の最上階にある部屋の中にラメクとノエル二人の姿があった。窓から見える地上の闇にまばらに散らばる灯りのお陰で、そこはまるで星空と星空の間に位置する異空間のようだ。


「申し訳ありませんでした、総統閣下」


ノエルはこの部屋に入ってからというもの、頭を決して上げようとしなかった。ラメクの目を真っ直ぐに見ることも出来ず、その視線は始終大理石の床に向けられている。


「一体どうしたと言うのだノエル。私は、何もしてはいない。お前は何にそんなに謝り続けているんだ」


穏やかなラメクの声に、ノエルは声を詰まらせながら答える。


「総統閣下がいなければ、私は、あの場でウィルヘルム・エップレ宣伝局長に対し何をしていたかわかりません。そんなことになれば、あの政権での私の失脚は免れない。国家を、閣下を守るどころか、またも、私は、救われてしまいました」


冷静さを欠いていたとは言え、あの場での行動があまりにも短絡的かつ幼稚な行動であったことは、ノエル自身にもわかっていた。反乱が迫っているということ、そして自分の管理下から武器が奪われたことで焦っていたのは間違いない。

そして、その焦りをこそ、政敵であるヴィルヘルムはついてきたのだ。冷静に考えれば、そんなことはすぐにわかることだった。ヴィルヘルムは明らかにノエルを挑発し、ノエルが何か行動を起こすのを待っていた。あの場でヴィルヘルムを殴りでもしていたならば、今度こそ政権内にノエルの味方をする者はいなくなっていただろう。無論、今とて仲間がいるとは言えない状況であることは間違いなかったが、今ある立場を失ってしまえば敵味方どころの話ではなくなる。

軍部での地位すら奪われてしまえば、ノエルはただの何もない一国民へと逆戻りだ。そうなれば、ラメクを守ることも、国を守ることもできない。あの、自分の利権だけにしか興味がない政治家たちにより国がどんな方向へ導かれるか、考えただけでも恐ろしかった。


「お前が我らが祖国のために、その身を犠牲にして動いてくれていることは、私には充分にわかっている、ノエル。焦らなくて良い。この国を守り、私の理想の世界を遵守してくれているのは誰でもないお前だ。それは私が、誰よりもよく知っている」


ラメクの言葉に、ノエルは全身に力が漲り、霞みがかっていた頭の中が晴れ渡っていくのを感じた。自身を囲っていた澱んでいた空気が澄み渡り、胸いっぱいに息を吸い込んでやりたくなる。


「お前の行いがどんなに行き過ぎと言われようと、それはお前がこの国のことを真に思い、本当の平和を願っているが故のことだと私にはわかっている。お前は自分の正しさを信じていれば良い。今回の反乱も、お前の働きなしではきっと止められない」


ノエルは、改めて頭を下げたまま、跪くようにラメクの前に歩み寄る。


「お任せください。閣下に任命されたこの職務のすべてを、私は命の限り執行致します。我が命は閣下とこの国のために。全身全霊を込めて、反逆者の首を取ってみせる」


反逆者の正体は未だわかってはいない。しかし、目星はついている、とラメクは言い、政府内でもほぼ統一した見解は出ている。武器も奪われている以上、これ以上捨て置いてはおけない。

罪状はいくらでも『作り上げる』ことができるのだ。未熟な子供たちの浅知恵で一国家に歯向かおうなどと、そんなことが現実にできるはずもない。武器を使われる前に、反乱の種は根絶やしにしてしまえば良い。それで、この国の平和は安泰だ。邪魔者はいなくなり、永劫の平和が約束される。誰も傷つかず、誰も何も奪われない。

選ばれし者の、選ばれし楽園。ラメクを頂点とした、真の楽園がもうすぐ築かれるのだ。


「すぐに動きます。もう黙っていることもない。反逆者を捕らえ、刑を執行しましょう」


証拠など、後からいくらでも出てくるだろう。子供だからと手を抜く必要もない。武装した集団は、国家にとってただただ危険なテロリストであり、愛すべき仔等ではありえないのだ。ノエルはようやく頭を上げ、ラメクの目を真っ直ぐに見据えた。


「ノエル、そのことだが」


部屋を出ようとするノエルの肩にそっと触れ、ラメクはその目を覗き込みながら言った。


「まだ、何もしなくていい」

「-は?」


思わず口を開けて呆けた表情を見せてしまったことを恥じながらも、ノエルはその言葉の意味がわからずに困惑した。


「一体どういうことですか閣下。お言葉ですが、政権樹立のパレードは2ヶ月後ですし、今のうちに不安要素は潰しておくのが得策かと。パレードの最中が、最も狙われる可能性が高い。護衛は勿論いますが、あの場で仕掛けられ、もしものことがないとは…」

「わかっている」


ラメクはノエルの言葉を遮るように言う。ノエルも慌てて反論した。


「では、なぜ…」


ラメクはノエルの言葉を手で制す。そして穏やかな微笑みのまま言った。


「良き国の、良き日が、始まる。産声を上げたばかりのこの国の歴史に、新たなる一頁が書き加えられる。これから起こるのは、そういう催しなのだよ」

「い、一体何を…」


ラメクには時に、何を考えているのかわからない、超然とした空気を纏う時があった。勿論、ノエルとて自分などがラメクのすべてを理解できると自惚れているわけではないが、それでも本当に、その瞳に映るものが理解できずに立ち尽くすことがある。そして、今のラメクの瞳は、そんな時の色をしていた。


「私が信じられないか?ノエル」


その言葉は、ノエルにとって何物にも変えがたい意味を持っている。その言葉一つで、ノエルの意思は決まってしまう。

そう、ノエル如きがどんなにそこに疑問を持とうと、この国は常に、ラメクの思う通りに動いてきたのだ。少なくともこれまでの三年間、ラメクの判断が間違ったことは一度もなかった。それは、この国の中で唯一ノエルだけが知っていた。


「すぐにわかる。これから、より平和で美しい世界が始まる。そのために今は、待つのだ。この反乱を確実に止めるために、待つのだよ」


眼下に広がる美しい世界を背に、ラメクは出会ったあの日と同じように。

あまりにも神々しく、あまりにも毒々しく、笑っていた。



to be continued...
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テーマ:
ノエルの想定に違わず、緊急で集められたその会議の場は荒れた。普段ノエルの顔色を伺い、自ら発言することがない者まで、ノエルの失態について追求の手を緩めることがない。
政治の場において、政敵に弱みを見せることは厳禁だ。その者に政権内での力があればあるほど、僅かな綻びを他の者は徹底して突いてくる。今のノエルは、まさに針の筵だった。

「まったく、反乱分子を見つけるどころの話ではないですな、ノエル軍事総司令」

会議場の空気を完全に自分の手中に収めながら、ヴィルヘルムは薄笑いを隠しもせずにノエルにそう言い放った。元々ノエルと対立関係にあったヴィルヘルムがこの好機を逃すはずもない。銀縁眼鏡の痩せた男は、今やこの会議場にいる高官たちの半数以上を味方につけていた。

「確かに軍部にこそ大きな責任はあろうが、防犯システムを作り上げたのはお前たち宣伝省の人間のはずだ。それをまるで棚上げにされても困るな、ヴィルヘルムよ」

苦し紛れに責任転嫁してはみるものの、それがより自分を追い詰めることになるのも理解していた。ノエルは口に出してから自分の愚かさを呪う。

-この場に関しては、何を言ったところで墓穴を掘るだけか。

ヴィルヘルムは鼻白んだように薄く笑った。

「前回の会議でのお言葉をそっくりそのままお返しいたしたいですな、ノエル軍事総司令。我々宣伝省も必ずしも人員が充分とは言えなくてね。反乱分子も見つけねばならんし、今度は奪われた武器も見つけなければならない」

ヴィルヘルムは言いながらわざとらしく哄笑し、周囲の者もそれに合わせた。ひどく不愉快で耳障りな笑い声に、ノエルは思わず長テーブルを蹴り上げそうになる。

「君は軍部も人手不足とは言うが、国家予算の大半は君らの訓練費と兵器に消えているのだよ。そう、消えてしまった、いや奪われてしまった、兵器にね。まったくもって、予算をドブに捨てたようなものではないかね」

奪われてしまった、とわざとらしく手振りを交えながら言うヴィルヘルムを中心とした笑い声は、尚もその音量を上げて室内に響き渡る。何も言わなければ良いものを、ノエルはそれを遮るように口を開いてしまう。

「国を守るために、軍事費を割くのは当然だ。今の我が国は決して安定しているとは言えないのだ」

冷静さを装うが、ノエルの声はやや上擦り、他者を威圧するいつもの調子がまったく抜け落ちてしまっていた。ヴィルヘルムの眼鏡の奥の目が鈍く光る。ノエルの言葉など、まったく聞き入れる気はないようだった。

「この時代にもはや他国への警戒など無意味だろう。そして国内の処刑に至っては、多量の金を注ぎ込んだ武器はほとんど使っていないようだがねぇ、ノエル軍事総司令は。まるで中世の騎士の如く、剣で首を切っておられる。ふふふ、映画スターにでもなりたかったのですかな?それなら、今からでも遅くはないのではないか、ノエルぅ」

皮肉たっぷりのヴィルヘルムの言葉にも、ノエルには今や何も反論の手立てはなかった。失態を犯したことは事実だ。そして、この政権内において、ノエルには味方がほぼいないこともまた事実だった。いや、それはノエルに限った話ではない。仮に他の誰かが同じように失態を犯したとしたら、それ以外の者はそれを理由に必ずその誰かを奈落の底へ引きずり込んでいくだろう。
ラメクという絶対的な支配者がいなければ、この国の政治の世界は決して一枚岩にはなり得ないのだ。誰もが自分の利権を守り、そして他の者より少しでも秀でて自分の立ち位置を上げようとする。支配者の近くにいればいるほど安全にはなるが敵は増えていく。そして、僅かな失態一つが、足を大きく引っ張る結果となるのだ。

「しかし、この問題は根が深いですな」

会議が始まってからというもの、前回の饒舌さが嘘のように沈黙を守っていたアルフレートが口を開く。まだ何事かノエルに向けて言いたげだったヴィルヘルムも、黙ってその言葉に耳を傾けた。

「我々政府の管理下にある武器庫から武器が奪われた。外部からの侵入者にせよ、内部に手引きした者がいるにせよ、どちらにせよこの国が内部から崩れていることの何よりの証拠ではありませんかな?我々にとって重要なのは、この国を安全平和に管理し、総統閣下をお守りすることだ。そのそもそもの牙城が穴だらけ、ということになる」

アルフレートは懐から取り出した黄緑色のハンカチでいつものように口元を拭う。その隙に、ヴィルヘルムが口を挟んできた。

「ふん、そうは言いますが、武器庫に一番近いのは軍部の人間だ。君の部下たちが手引きしたのではないかね?それよりも、当の軍部そのものが反乱軍と化している可能性すらあるんじゃないのか。まずはその点を憂慮すべきだ。君の部下の教育の程度が伺えるというものだな、ノエルよ」

何かにつけてノエルの揚げ足を取ろうとするヴィルヘルムへの苛立ちを抑え込み、ノエルはアルフレートの方へと向き直る。

「まさにその通りだ、カナリス。奪われた武器の量からしても、今回の反乱は単なるデモの域をはるかに超えている。我々は戦争を仕掛けられていると考えるべきだ。相手の規模はまだわからんが…、総統閣下の言うような、ただの子供たちでは、ないかも知れん」

先ほどまでノエルへの攻撃に躍起になっていた会議室が、水を打ったように静まり返る。そう、これは戦争なのだ。この国が始まって以来の、大掛かりな戦争。混乱は避けられない。あの災害の時にも似た混乱が、また引き起こされる可能性もあるのだ。

「他国からの親善大使を全世界ネットで公開処刑したノエル軍事総司令にしては弱気なお言葉だな。それともやはり、ご自分の育てた部下が相手になるというのは死神といえどやりづらいものなのかね?」
「貴様、ヴィルヘルム」

尚も皮肉を繰り返すヴィルヘルムに、ノエルは思わず席を立って詰め寄ってしまう。
政治の場では相手の冷静さを損ねるのが一番効果的な戦略であることは、この二年で充分に理解してきたつもりだったが、それでも抑えられないこともあった。

-クソ、俺にはやはり政治は向いていないな。

「兵士たちが手引きしたと決まったわけではないし、調査もこちらで行なっている。前回、仲間割れをしている場合ではないと同意したばかりではなかったかな、ヴィルヘルム局長。今は軍部も情報局も協力して反乱を防ぐべき時だ、もっと建設的な意見を出せ」

言葉を発しながら徐々に語気を抑え、もう少しで掴みかかろうとする手を握りこむが、ヴィルヘルムは尚も挑発を続けてくる。

「建設的な意見とは言うがね、ノエル軍事総司令。国内、しかも政府内に反乱分子がいる可能性が出てきた今、このような会議に何の意味があると言うのだね?ここでの話がすべて反乱分子どもに筒抜けになってしまう可能性すらあるのだよ。それならば、危険分子はあらかじめ外しておいた方が、国家と、そして総統閣下のためになると思わないかね?」

そうして一呼吸置くと、ヴィルヘルムはノエルにとって到底信じられない言葉を言い放つ。

「そもそも、君が裏切り者でないという保証も、どこにもないのだよ、ノエル」

言葉が終わるか終わらないかのうちに、ヴィルヘルムの首にはノエルの手が伸びていた。憤怒に満ちた両目を大きく見開き、両手でヴィルヘルムの首を絞め上げながら壁際へと引きずって行く。

「貴様、貴様今何を言った、何を言ったヴィルヘルム」

首を締め上げられても尚余裕の表情を崩さぬヴィルヘルムへ、ノエルは怒声を浴びせ続ける。

「お、俺が総統閣下を裏切るだと?言うに事欠いて貴様。この俺が、総統閣下を?お、俺を貴様ら欲にまみれた豚どもと一緒にするな。俺だけだ、俺だけが総統閣下の御意志を理解している。この国を作り上げたのは俺と総統閣下だ。俺とお前らは違う。お前らなんかと一緒にするな」

-焦りすぎですね、これだからお子様は嫌になる。

喚き散らすノエルを横目で眺めながら、アルフレートは誰にもわからぬよう小さく溜息をついた。ヴィルヘルムとノエル。政治に関してはまったくの素人のこの二人が、この真新しい政権においては二大勢力のような扱われ方をしている。アルフレートとしては今回の反乱と、それに伴うトラブルに関連して、どちらか片方の力だけでもうまく削がれてくれればとは思っていた。

-しかしまぁこんな子供みたいな喧嘩の仲裁役をやらされるのは話が変わってきますよ。

何か大きな反乱が進行しつつあることはもう間違いがないようだった。現状ではまだまだ考えにくいことではあったが、何かしらの間違いがあってラメク政権が崩壊に導かれないとも限らない。

-まずは身の安全だけでも確保したいんですがねえ。

相手が大量の武器を持っている以上、小競り合いをする前にそれに対する対策を考えねばならない。ノエルのような軍部と違い前線に立つことなどアルフレートには考えられもしないが、政府そのものが反乱軍に攻め込まれる可能性もあるのだ。
まずはこの場を収めなければならない。軍部に怪しい者がいるなら宣伝省情報局に徹底して調べさせ、不安要素は排除せねばならない。場合によっては政府高官それぞれに護衛もつけたいところだが、その護衛は結局軍部の人間を使わねばならないのだ。

-これはここいらで、動いておきませんとね。

アルフレートが立ち上がってノエルとヴィルヘルムを制そうとした時、会議室の扉が音もなくゆっくりと押し開けられた。


今、この国の政府高官の数は決して多くはない。この会議に参加できる者の数は限られていて、その人数は既に室内に揃っていた。会議中のこの部屋には、本来であればもう誰も入ってこられないはずなのだ。今ここに入る者がいるとすれば、何か余程の緊急事態でそれを伝えにきた護衛か、或いはそんな事態とはまったく無関係にここを出入りできる者だけだ。
そう、それはつまるところ-

「ノエル、ヴィルヘルム、落ち着け。そうだ、席に戻れ」

この国の最高権力者しか、あり得ない。

会議室は先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まり返っていた。あれほど怒声を浴びせ合っていたヴィルヘルムも、ノエルも、時を止められたかのように微動だにしない。アルフレートや他の者にしても、まるで息を吸うことすら忘れてしまったかのようだ。
決して威圧感を与えるような容貌はしていない。むしろ、体躯は決して大きくはなかったし、男性としては美しすぎるその容姿は、こういった政治の席に必ずしも向いているとは思えない。しかし、その男がここに現れ、ただ一言言葉を発しただけで、その場の全員を黙らせてしまった。ただ黙らせるだけでは済まない。文字通り、時間を完全に止めてしまったのだ。

「ノエル、ヴィルヘルム、聞こえなかったか?私は、座れ、と言ったぞ?」

掴みあっていた二人の議員は、その瞬間弾かれたように姿勢を正し、襟元を正しながら敬礼の動作を取る。そして、それを合図にしたかのように他の議員たちも時間を取り戻した。息をつく音が部屋のあちらこちらから漏れる。

「そ、総統閣下、何故こちらに…」

アルフレートは、額をハンカチで押さえながら恐る恐ると言った風に声を掛けた。ラメクがこの会議室に姿を現わすことは滅多にない。ラメクは実際の政治に関わることはほとんどなく、国民にとって象徴のようなもの。少なくともアルフレートにとっては、そういう認識だった。故に、この場に現れることなどほぼあるはずもなく、これまでは政府高官であっても、その姿を見ることがあるのはパレードや演説の時に限られていた。実際のところ、アルフレート自身もラメク本人に直接会って言葉を交わしたのはこれまでの三年間でも両手の指で数えられる程度しかない。そもそもその数回ですら、一方的に見たという方が近い、その程度の接触でしかなかったのだ。報告のやり取りは電子メッセージで済ませていたし、直接的な言葉のやり取りは皆無と言って良かった。その男が今、手を伸ばせば触れられる位置にいた。そして、そこからはおよそアルフレートのこれまでの長い人生でも感じたことのない、圧倒的な気配が漂っている。

-これが、ラメク総統閣下。こちらが恥ずかしくなるほど…

「どうした?私がここに来てはまずかったか?カナリス経済大臣」

ただ振り向かれただけで心臓を射抜かれたように縮みあがりながら、アルフレートは慌ててハンカチで汗を拭う。冷たい汗が流れていく。背中に、額に、冷たい汗がとめどなく伝っていく。

-何がカリスマだけの象徴ですか、あまりにも、圧倒的にすぎる。

「ノエル、ヴィルヘルム、そして我が愛する選ばれし仔等よ」

ラメクは、一呼吸置いた後に穏やかな物腰で話し始めた。その声は会議室全体に異常なほどによく響く。僅かな吐息さえも、部屋の端から端まで届きそうなほどに。

「我々の描く平和が今乱されんとしている。美しき国家と、親しき仔等が犯されようとしているのだ。諸君等は国家の代表であり、選ばれし民の中から更に選ばれた存在だ。私が選んだ、大切な、貴重な存在だ。諸君等こそがこの国であり、諸君等あっての平和だと私は思っている。仲間割れはよして欲しい。こんな時こそ、手を取り合い、すべての仔等のことを考えて欲しいのだ」

ノエルもヴィルヘルムも、そしてその部屋にいるラメク以外のすべての政府高官たちが、硬直したまま動かなかった。

「国は今、あの日の災害のような混乱に見舞われようとしている。三年の間に作り上げたこの国が、今度は人の悪意によって崩壊へ導かれてしまうかも知れない」

ラメクは室内をゆっくりと移動しながら、一人一人に囁き掛けるように言葉を紡いだ。

「しかし、今回はあの時とは違う。この国には諸君等の存在がある。何かが起こる前に、諸君等がこの国を守るために動いてくれる」

ラメクはノエルとヴィルヘルムへと近づき、その間に割って入るように立った。

「ここに、裏切り者などはいない。いるはずがない。皆選ばれし、愛すべき仔だ。平和を犯そうする者たちに、心を乱されてはいけない」

部屋にいる誰もが、ラメクの言葉をただ無心で聞いていた。普段は互いの利権だけを考え、自己保身と自己顕示欲だけで腹の探り合いをしているような政治家たちが、皆ラメクの言葉に黙って耳を傾けていた。

「我々は愚かなる反逆者の手から、この国を守らねばならない。諸君等のやるべきことは見えているだろう。敵の目星もついている。あとは私に任せて欲しい。私の言う通りにやれば、すべてがうまくいく。諸君等も、愛すべき仔等も、私が必ず守ってみせる」

支配者は、わずか数分でその場の空気を完全に飲み込んでしまった。今やこの会議室はラメクの独壇場であり、ノエルやヴィルヘルムの諍いも、アルフレートの策略もここでは通じなかった。やがて誰ともなく鳴らされた拍手と共に会は閉会し、ラメクはその場を後にした。


to be continued...
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災害直後のこの国からは、政府も兵士も跡形もなく失われていた。国を飲み込んだ波はこの国の首都と中央政府を更地にし、兵士たちの多くも水に流されていってしまった。

誰も大きな声では言うことはなかったが、どうやらラメクは旧時代の軍部の生き残りである、という噂はまことしやかに囁かれてはいた。事実、ラメクが初めて国民たちの前に姿を現した時、彼が身につけていたのはやや古い型ながらも旧国家の軍服であったし、ラメクが率いた少数の男たちもまた、同じ軍服に身を包んでいた。その男たちが、後に親衛隊と呼ばれるラメク直属の兵士たちであり、今はノエルが率いているこの国の軍隊の前身である。


今では志願者も増え、かなりの人数となったその兵たちの訓練所にノエルが足を踏み入れると、若い兵士たちの間には途端に冷たい緊張が走る。

彼らのほとんどはかつてのノエルと同じように、この国で身寄りを失くした若き少年兵や青年たちだ。国中から集められ、徹底した教育の後にここに集まってきた。その半数近くは、ノエル率いる親衛隊によってその家族を奪われた者たちであったはずだが、ここではそんな素振りはまったく見せることがない。皆、ノエルやヴィルヘルムのように、深くこの国の現在の在り方とラメクに心酔していた。

何も知らない者から見れば、異常とも思える彼らの存在こそが、この国の洗脳教育の根深さを物語っているとも言える。


「ノエル総司令官」


兵士の一人が、訓練兵から離れ足早にノエルに駆け寄ってきて敬礼する。親衛隊の中ではかなりの古株であり、最初期のメンバーの一人でもある。

元々はノエルの上官であったが、今ではノエルの片腕として、ノエル不在時には兵士たちの養成を任されていた。


「新兵たちの様子はどうだ」


ノエルの姿に、緊張した面持ちで訓練を続ける兵士たちを横目に、ノエルはさして興味もない風に尋ねる。


「集められたばかりの候補生たちはまだ銃の持ち方も知らず、パレードの護衛に参加させるのは危険かと思われますが、3期生までの者たちは射撃の弾道も安定し、本番までには充分な戦力になるだろうと思われます。新兵たちも、成績優良な者は中央の警備程度は任せられるかと」


「パレードには、人数はどれほど配備できる?」


瞬き一つせずに答える兵士に、ノエルは再び尋ねる。


「パレード本隊に67名、各地のビルや危険地帯に5名ずつ配備する予定です」


一国の最高権力者を守るのに、決して多いとは言えない人数ではあった。現実問題、この国において兵士の数は政治を執り行う者の数以上に不足している。

ノエル一人に例えどんなに強力な力があったとしても、ラメクを守るためにその命すら惜しまず捧げられるとしても、兵をまとめることができなければ国全体の秩序は守ることができない。

もしも大きな反乱が起きたとしたならば、国内を鎮圧する人数としては今の親衛隊では不足があり過ぎる。国の首都だけを守れば良いというわけでもなく、ある程度の尺度を持つこの国全体となると、ノエルの目もすべてに行き届くはずもない。


ノエルや初期の兵士たちを1期生、復興直後に集められた志願兵を第2期生とすると、第3期生からが洗脳教育を受けた子供たちだった。今はまだ、その第3期生と銃の持ち方もわからない第4期の新兵しかいない。


「新兵も、もっと増やさねばならんか…」


独り言のように呟いたノエルの言葉を遮るように、別の若い兵士が駆け寄ってきた。


「の、ノエル総司令官」


息急き切って現れたその新兵は、青い顔をし、肩で息を切らしながらへばった様子で敬礼の姿勢を作る。


「なんだお前は、騒々しいな。総司令に無礼だろう」


先ほどまで話していた兵士がその新兵を咎めるが、新兵の方はそれを聞いているのかいないのか、ただ荒い呼吸を落ち付かせようと膝に手を当てて息を吐き出していた。そうして呼吸が落ち着き、言葉をまともに発せられるようになるとノエルに向き直り、指で訓練所の先を示した。


「お、お見せしたいものが…確認を取ってください。おかしいんです」


息を落ち着けても尚支離滅裂な物言いの新兵に顔をしかめつつも、ノエルはその新兵のただならぬ様子に若干の焦りを覚えていた。嫌な予感がしていた。こういうノエルの予感は、これまでも大抵の場合何かが起こる予兆を嗅ぎ取ってきた。


「どうした、何か問題でも起こったのか?」


自然と、ノエルのその手は腰に下げられた剣のグリップに回されていた。返答次第では、この場で新兵が一人減ることになる。軍部の責任者として、ノエルにはこの国の利にならぬ者を始末する義務があった。


「ま、まずは、まずは武器庫までご足労願えますか?総司令」


睨むように大きく見開かれた目で訴えかける新兵の言葉は、ノエルの予測した範疇にはない言葉であった。

そしてそれは同時に、ノエルの予感以上に重大な出来事が起こっていることを想像させるに充分でもあった。



武器庫の中はいつも通り整然としており、何も変わった様子はない。この国は兵士の数は少ないとは言え、一国の軍事力としてはそこそこの備えはある。重火器から、自走砲や装甲車に至るまで、ありとあらゆるものがそこには用意されていた。

勿論、他国からの軍事的攻撃がほぼなくなった現代社会においては、国内を守るためだけならここまでの装備が使われることもない。ノエル自身、ここにある装甲車に自分が乗り込むことはほぼなく、処刑にも剣を使っていたため、ここの武器の世話になることは少なかった。


「で、一体何が起こった、変わったことは何もないようだが」


先ほどまで息を切らしていた新兵と、武器庫の管理をさせている兵士が、同時にノエルに歩み寄ってくる。二人は、恐る恐る、といった風に一枚の紙片をノエルに手渡した。


「日々の整備と、納品された武器をまとめたものなんですが…」


目を泳がせながら、歯切れ悪く話す二人の兵士の姿に、ノエルはわざと聞こえるように舌打ちを鳴らす。


「だからどうしたと言うのだ。良いからさっさと結論を話せ。俺はこんなことに時間を使っている余裕はないんだ、わかるな?」


ノエルの声色に肩を大きく震わせると、武器庫の管理人はやがて、小さく口を開いた。


「足りないんです…」


肩を落とし、ノエルと一度も目を合わせずにそう言った兵士の言葉が、ノエルはすぐには理解できなかった。


「足りない、足りないとは?何が足りない」


「武器の…数がまったく合わないんです。整備に出していたものも、ここにあるべきものも、数が、明らかに足りません」


その言葉に、ノエルは弾かれたように動き出し、二人の兵士の胸倉を同時に掴む。


「何がない、何が足りないんだ、答えろ」


恐怖に目を見開きながら、若い兵士は呻くように答える。


「じゅ、銃が、大小合わせて130丁、銃弾も6万発以上不足しています…、あ、後それに、バズーカが、二台、も…」


ノエルの中で、今問題に上がっている反乱と、その武器とがみるみるうちに結びついていく。


「130丁の銃に、ば、バズーカだと…」


両手の兵士から手を放し、ノエルはよろよろと後ずさった。大量の銃、そしてバズーカ…反乱。これがもしも根本に同一の意志が介入しているとするならば。


「反乱なんてものじゃない…、これは、戦争だ。戦争を仕掛けられているのか。我々は、総統閣下は」


武器庫管理を任されている兵士は、慌てたように言葉を発する。


「管理は厳重にやっておりました、見張りの兵士は他にも常に何名も入れ替わり配備されておりますし、ここへ至る扉は何重にもロックされています。外部の人間は、絶対に入ることはできません、そ、総司令もご存知の通りです」


「っ、わかりきったことを…ベラベラと、喋るな」


ノエルの怒声が武器庫に響き渡り、場は一瞬にして沈黙に包まれた。

そう、当然のことだった。今でも決して安定しているわけではないこの国のこと、武器庫へは軍部でも限られた者しか立ち入ることを許していなかったし、その警備も厳重に過ぎるほど厳重にしていた。武器の整備を依頼している業者にも国の目は行き届いていたはずであったし、武器の購入にも最新の注意が払われていたはずだった。

そう、そのはずだったのだ。その武器が、失くなった。いや、これは紛失した、というような話でないことは、ノエルにはハッキリとわかっていた。この武器は、おそらく奪われたのだ。反乱分子により、一個小隊に相当する量の武器が奪われた。それは、今回の反乱の可能性が、可能性で済まなくなったこと、そして、それがかつてないほどに大きなものになるであろうことを示している。


-嫌な予感どころじゃない、これは、大きすぎる『事件』だ。


そして同時に、この事態は軍部による、ひいてはノエルによる最大の失態であるとも言える。正確に言えばノエルの失態とは言えなかったし、武器庫の扉のロックが解かれたとなるなら国全体の防衛システムにも穴があったということになる。

しかし、体裁としては軍部の管理下にある武器庫から武器が奪われ、それが反乱に使われる可能性があるということだ。完全なる失態である。今でも政府内で敵の多いノエルにとって、これは致命傷にもなりかねない。


「総司令、い、如何致しましょう。全兵士に通達し、持ち出した者がいないか確認は取らせますが…」


それがどれほど無駄なことかもわかっていた。兵士がこの量の銃を持ち出して何になると言うのだ。もしも自主的に銃の訓練をするにしろ、こんな量は必要ない。


「俺の方から、全軍に通達は出す」


歯軋りの隙間からやっとのことで言葉を出し、ノエルは顔を手で覆った。

反乱の可能性のある者がこの武器を奪ったとして、ここにどうやって入り込んだと言うのか。軍部の中に手引きした者がいたのか。第3期、4期の人間であればあり得ない話ではなかった。どんなに完璧な洗脳を施したところで、彼らが国への憎しみを残していないとも言い難かった。


-まさか、兵士たちが、俺の部下たちこそが反乱分子という可能性もあるのか。


部下を信用しているわけではない。しかし、もし仮にそんなことがあり得るとすれば、危険というだけでは済まない。

二ヶ月後に控えたパレードそのものがラメクの命を奪おうとする死の行者になる可能性すらあった。

しかしかと言って、自分以外の兵士を単純に皆殺しにすれば済むという話でもない。国は広い。今でさえ兵力は足りていないのだ。


「く、こんな、ことは…こんなことはあり得ない…」


反乱分子を見つけ出すどころの話ではない。政府内に裏切り者がいる可能性まで出てきてしまった。鉄壁の牙城が崩れてしまえば、そこから先は何が起こるかわかったものではない。


-見つけ出さねばならん、反乱分子を、何としても。


そしてこのこと自体も隠してはおけないだろう。隠せば隠すほど自分の立場はまずくなる。

とにかく、裏を返せばこの事件は、反乱分子が間違いなく存在し、そしてそれが大きな混乱を招こうとしていることの証明でもある。


「やはり、閣下の憂慮は、正しかったのだ…」


そうと決まれば、もう躊躇も容赦も必要なかった。この国には、いてはならない存在が確かにいる。平和を乱そうとする魔の使いが、どこかに必ず存在する。


「我らが誇り高き国家のため、国をあげて必ず潰してやる」


口内に血の味が広がり、ノエルにあの災害の日を思い起こさせる。吐き出した血と一緒に、欠けた歯の一部が武器庫の冷たい床を転げていった。



to be continued...

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