AFOノベル『少年と少女』

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少年は走っていた。今日は父親の願いで薬草を近くの森まで取りに行っていたのだが、何が災いしてか野犬に襲われてしまったのである。いつもは森の奥には入らないようにしていたのに、清々しい空気に誘われるかのようにふらりふらりと足を運んでいたのだ。自慢の金髪は泥まみれになり、額には汗が滲む。年端もいかない彼の足腰はとっくの昔に臨界突破。後ろからは腹を空かした野犬がこれからの宴を楽しむように追いかけてくる。

「こ、こないでよぅ!」

とうとう少年は力尽き、地面に膝まついて、第一声を吐き出した。地面には汗の涙が染み込み、それを嘲笑うかのように野犬は生臭い息を吐きながら、ダラダラと涎を地面にとめどなく流す。

「い、嫌だぁ・・・!!」

野犬は威嚇するように尻餅をついた少年を迂回する・・そして・・

少年は目を閉じた、母親、父親、友人、親愛する人々に別れを告げるように

しかし、次に見た光景は野犬の真っ赤な口蓋でも真っ白な世界でもない

青白い何かに吹き飛ばされている野犬の姿だったのだ。しばらく野犬は悶えていたが

気絶したのか死んだのか、しんと動かなくなった。

「悪いわね、性分なの」

透き通った女性の声、少年は恐る恐る顔を上げる。その顔を見て女性は大丈夫?と声をかけてきた必死に頷くと彼女は大きな息を吐き出す。

「ま、無事ならそれでいいわ・・助けたお詫びっていうわけじゃないんだけど、この近く村かなんかないかしら?そろそろ宿見つけないと野宿なのよねぇ」

さっきまでの凛とした態度は別に、少しおどけた表情を覗かせた。落ち着いて周りを見ると確かにもう太陽が月と交代しようとしている。

「結構魔法ってのも疲れるのよ・・まだ覚えたてでさっきのしか使えないけど」

ここまでくると頭が事実を理解し始めた。この女性は魔法を使って野犬を撃退したのだと父親が火を操る魔術師だったので、そのあたりは良く知っている。魔法にも色々あることは知っていたが今回は青白い光、恐らく神聖魔法だ

「あの・・・」

「なあに?」

女性は同じ金色の髪を揺らして振り向く、少年が色々考えている最中に地図確認を行っていたらしい。

「ぼ、ぼくの住んでる村なら・・ここから遠くないよ・・・」

いくら幼い思考でも、恩人にお礼をすることくらいは分かっている。彼女は泊まる所がなくて困ってるのだ。この上ない恩返しである。女性はん~と唸っていたが10秒もいないうちに答えは帰ってきた。

「じゃ、お言葉に甘えましょうかね♪」

出会い、そして別れ

少年の親達はもちろん、村に人々は女性を快く迎えた。その夜、女性は少年の家に泊まることになった。母親は少年にそっくりで、形の良い顔立ち、それでていて良い幼さが残る可愛らしい女性だった。父親は優しそうな瞳をしている、いくつだろうか立派な髭をたずさえていた。金色の髪をもつ女性は夕食のスープを軽く飲み干し、少年に視線を送る。

「なに?お姉ちゃん」

「貴方、あれだけ恐いことがあったのに、良く食事がとれるわね・・普通だったら寝込んだりするわよ?」

少年はぼく、強い子だもんと答えた。父親はその様子を見て微笑んだ。母親もいつもより食欲旺盛な息子を見て、終始笑顔を絶やさなかった。

「そう、貴方は強い子ね・・きっとお父さんみたいな魔術師になれるわよ」

自然に笑みがもれ、少年は照れくさそうに蒸かし芋が入っている食器で顔を隠してしまう。その仕草を見て今度は声を出して笑ってしまった。

「おお、そういえば息子を救ってくれた騎士様の名前を聞いていませんでした・・」

父親が思い出したように言った。息子が助かった安心感のほうが強かったのか、重要なことを忘れてしまったのだろう。女性はエールを飲み込み、こほんと咳き込む。

「私の名前はニルナ・ヒュッケバイン・・神聖騎士をやってるわ、今は冒険者ってところね」

冒険者とはギルドから依頼を受けて報酬を受け取る者達のことで、悪く言えばお金さえ貰えばなんでもする、傭兵的な要素も含んでいる。

「しんせいきしってなにー?」

ニルナは少年の頭を撫でて、答えた。

「神に仕える騎士のことよ、さっき見たように神聖魔法を使えるのよ・・・」

あまりさっきのことを掘り返したくはないが、幼い子供にも分るように要約して説明する。少年は気にする事もなく、笑顔でうんうんと頷く。また父親が質問を返した。

「これからどこに向かうおつもりで・・・?」

「そうねぇ・・・とりあえず南かな、別に目的地があるわけでもないし」

骨の付いた肉をもごもごさせながら興味なさそうに答えた、ぺっと骨を吐くと彼女は付け加えてこう言った。

「私は父のように強くなりたい、母のように優しくなりたい。そのために旅に出たの。ふふ・・・もちろん人助けも嫌いじゃないわよ?」

少年の瞳にはとても大きく見えた、強く凛々しい、そして優しいまっすぐな彼女が。

「ぼく、ぼく・・・絶対お父さんみたいな凄い魔術師になる!そしたら・・・」

ニルナはその少年の言葉に少し驚いたが、優しく微笑むと。また頭を撫でた。

「そうね、貴方はきっといい男になるわ・・・でも、約束はできない。私にだって選ぶ権利はあるんだから♪」

少年はうんと元気な返事をした。彼女は何かに気付いたように少年の顔を覗き込む。

「そういえば、まだ貴方の名前聞いてなかったわ・・・教えてくれるかしら?」

「ぼくの名前は・・・」

数日後ニルナ・ヒュッケバインは少年の父親から馬を一頭譲り受け、その名前を『ヴァサーゴ』と名付けた。村の住人からはニルナに用心棒をして欲しいと願い出たが、訳を話してなんとかその場を離れる準備が整った。少年の親子は彼女の出迎えに出ていた。

「何かとお世話になったわね、いつまでもここにいると離れられなくなっちゃうし・・・」

ニルナはようやく帰れるわといった感じだったが、やはり寂しいのか表情までは隠せなかった。

「ニルナおねーちゃん・・もう行っちゃうの?もっとぼくに色々教えてよ・・・」

「ごめんね、私はここで立ち止まれないの、でもきっといつかまた会える日がくるわ」

少年は彼女の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。ニルナは優しくその頭を撫でる。

「馬鹿、男の子だろ?大きくなって私をお嫁さんにするのに、それじゃその夢は遠いわね」

うん、うんと頷く少年によし、それで良いと言って彼女は立ち上がった。少年はちょっと離れると涙を拭い、太陽のような笑顔を見せる。その表情に安心したのか、ニルナは馬にまたがった。

「ロイシャ君、あなたはきっといい男になるわ・・・私が保証する」

そう言い残し、馬は地面を蹴った。遠くなる彼女の背中をロイシャは大きく手を振って見送る。近い将来、また会える日を願って。

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