世間よりも少し早く、店は夏休みにし、宮古島に行ってきた。ギラギラとやる気むき出しの太陽と、笑ってしまうぐらいの青い海に迎えられた。東京でしか暮らしたことのない貧弱なわが身には、クラクラするような南国的光景がそこにあった。


25年来の友人で、この島に移住して7年というアイザワが4日間の行程を同行案内してくれた。7年住みついていると島をくまなく知り尽くしているようだった。彼のおかげで、初めて行く島なのに、海水浴も宿も食事も、少しツウな楽しみ方をさせてもらった。


帰ってきてからは、旅行の話を自慢げに聞かせたがるバカ店主になってしまっている。常連からは「そのうちカウンターにシーサーなんか並べたりして」とからかわれている。お客たちのあきれ顔が浮かぶので、宮古島でなにをしてきたのかはここでは書かない。


そういえばヒコーキに乗ったのはひさしぶりだった。サラリーマン時代の出張以来である。これでも30代までは、全国を飛び回るモーレツ会社員だったので、ヒコーキにもよく乗っていた。ひさびさだったので、搭乗前にペットボトルの中身を確認されたり、持ち込み制限品の対象が広がっていたりと、以前とは異なる手続きに時の流れを感じたなあ。


宮古島直行便なので、行きも帰りも、乗客のほぼ100%が観光客で、ぼくたちのような家族連れがその半分ほどを占めているみたいだった。行きのヒコーキでは、出発日の明け方まで店を営業していたので、即座に眠りに突入した。息子たちとの連日の海遊びでクタクタだったので帰りのヒコーキでも2時間ほど眠る方針を固めていた。


帰路、指定された通路側の席に座ると、空席をひとつ置いた形で、長袖のシャツを着た1人の男が窓の外を見ていた。機内にたちこめる観光ムードとは異なる空気が男の周りにはあった。30代後半の年恰好。長袖シャツからはみだすようにして手首から入れ墨がのぞいているが見えた。


ヒコーキが動き始めると、男がこちらを向いて「トイレの時……頼みます」とていねいな声音で言った。ん? はじめは何のことなのか分からなかったが、男がぼくのひざのあたりに視線を移したので、ああ、そういうことかと納得した。「ええ、分かりました」。男は口だけで笑って軽くうなずいた。


ベルト着用の指示がなくなれば、すぐにトイレに行くのだろうと予想していたが、男はいっこうに座ったままだった。ぼくが寝てしまっては、足がじゃまだろうと思ったので、男がトイレに行くまで起きていることにした。


でも、男はなかなかトイレに行こうとしない。それどころか、1時間ほどすると、ヘッドフォンをしたまま寝ているようだった。なんだよ、行かないのかよ、まぎらわしい。少しムッとしてこちらも寝る態勢に入った。


目をつむると、長袖からのぞく男の入れ墨が頭にちらついた。全身に広がっているかもしれない入れ墨を想像した。それとは不釣り合いなさっきのていねいな物言いを思い起こした。コワい人だったりして――目を開けたぼくは「やっぱり起きていよう。うん、そうしよう。全然眠くないもんね」と心の中でつぶやき、あっさり方針転換した。


結局、男は一度もトイレに行かず、ぼくは眠ることなく羽田に着いてしまった。到着してから乗客が降り始めるまでの例の待ち時間(分かりますね)、男のほうをちらりと見ると、なにかぼそぼそとケータイで話していた。


――とまあ、これだけの話なのだが、考えてみると、男は旅行帰りの観光客ではなく、島の人だったんじゃないかと思った。東京観光というより、なにか大事な用事があっての上京だったのではないか。でもって、ぼくは少し勘違いしていたのではないか……。


男がかけた言葉は、「あとでトイレに行くから、その足をどかせよな」ということじゃなくて、「あとでトイレに行くかもしれない。その時は足をどかしてね。道中よろしく」という隣席へのあいさつだったのではないか。


だとしたら、機内マナーを備えた人間だと思う。急に足をグイっと割り込ませてトイレに行くオッサンがたまにいたものなあ。見かけで判断してはいけなかった。子連れだったのでいろいろと警戒的になっていたのである。


そういえば宮古島に滞在中、アイザワがこんなことを言っていた。「島の人の言葉は、内地の人にはぶっきらぼうに聞こえるんだよ」。うーむ、いまになって思い出した。




BGM: A NIGHT ON THE TOWN/Rod Stewart









AD

空きビンの記憶

テーマ:

生ビールではなく、ビンビール党という人がいる。ビンなら家でも飲めるだろうに、と思うのだが、かたくなにビンビールで注文を貫く常連がウチの店にも数人いる。


彼らが同じ夜にきてしまうと、冷蔵庫はたちまちからっぽになり、空きビンがどんどんたまっていく。酒屋が回収しやすいように、いつも空きビンはドア付近に置いておくのだが、並んだビンを見ると、よく思い出す子どもの頃の記憶がある。


空きビンはぼくらの宝だった。ビールは5円、ジュースは10円で店が引き取ってくれるからだ。うまく集めて持っていくと1日で100円ぐらいの収入になった。


自転車で走りながら、ゴミ置き場に空きビンはないか、ぼくらはよく目を凝らした。コーラの大ビンはキャップ付きだと引き取り額がたしか当時30円で、この“大物”をみつけると、顔がにやけてしまうほどうれしかった。


ある日、いつものように公園にたまっていると、ヨシナガくんがどきりとする提案をした。ヨシナガくんはぼくより2歳上の6年生だった。公園近くのアパートに住んでいて、その年の夏休みから急速に仲よくなっていた。


「うちのアパートの2階にビンがすげえたまった家があるんだ」とヨシナガくんは言った。ヨシナガくんが何をしたいのかはすぐに分かった。どれぐらいあるのか聞くと、それには答えず「よし、見に行こう」と言った。


アパートは2階建てで、ヨシナガくんは1階に住んでいた。静かに階段を上がり、少し歩き進むと、通路のつきあたりに無造作に置かれた空きビンが見えた。おお、あれなら200円ぐらいだな、と思っていると、ヨシナガくんがぼくのTシャツのうしろのほうを引っ張った。いったん下に降るぞという合図だった。


まだなにかしたわけでもないのに、ドロボーのようにそーっと階段をおりて、ヨシナガくんの家にそーっと入った。


ヨシナガくんはお母さんと2人で暮らしていて、昼間は自分1人しかいないから、いつでも来いよと言っていた。最初にそれを聞いた時、じゃあお父さんはどこにいるんだろうと不思議に思ったけど、自分にはどうでもいいことなのでそのことは聞かなかった。


「な、いっぱいあっただろ」――ぼくはうなずいた。


ヨシナガくんは冷蔵庫から出した麦茶をごくりと飲むと、「ずっとあのままだから持っていっても、ぜってえバレねえよ」と自信めいた顔で言った。それにしても、あの家の人はビンをなんでほったらかしにしているのか聞くと、「アルチューなんだよ」とヨシナガくんはなぜか怒ったように言った。アルチューの意味はぼくにもなんとなく分かった。


手分けしてビンを運ぶ途中、その家のドアが急に開くのではないかとハラハラしたけど、あっけなくぜんぶ運んでしまった。2人の自転車のカゴが空きビンで満杯になった。載せきれなかったぶんは、ヨシナガくんが家から持ってきたスーパーの袋につめた。ビンがガシャガシャとうるさくて少し困ったけど、1回でうまく酒屋まで運ぶことができた。


よく行く酒屋のおじさんは、なにも聞かなかったのでありがたかった。「はいよ、ごくろうさん」と言って140円をくれた。予想よりも金額が低かったのは、10円のビンよりも5円のビールビンが多かったためだな、と帰り道に2人で納得し合った。


その金でジュースを買って2人で飲んだ。どうせすぐにたまるから、またやろうぜ、とヨシナガくんは言った。


結局、「またやろうぜ」という誘いは一度もなく、ヨシナガくんは小学校を卒業し、中学生になった。ぼくは5年生になっていた。たまに見かける制服姿のヨシナガくんは大人っぽく見えた。小学生のぼくが気軽に話しかけないほうがいいだろうなと自分なりに判断し、見かけてもだまって通り過ぎた。


ぼくも同じ中学校に入った。校内を歩いていると、2軒先に住んでいるたけちゃんが軽く手を上げた。たけちゃんはヨシナガくんと同級生で、彼も小学生のころはたまに「空きびん回収作戦」に参加していたメンバーだった。


昔からの間柄とはいえ、3年生と気軽に話すことはできなかったが、あるとき帰り道にたけちゃんといっしょになった。学校でヨシナガくんを見かけないので、「ヨシナガさんはいま何組なんですか」と聞いてみた。中学生らしく「さん」をつけて、敬語もうまく使えた。


たけちゃんによると、ヨシナガくんは2年生の頃に転校していて、いまはフクチヤマというところに住んでいるという話だった。フクチヤマが、漢字では福知山と書き、それが京都にある市名だということをぼくが知ったのは、このずっと後だ。


「ヨシナガの家のアパートだってもうとっくないぜ」とたけちゃんは言った。あのアパートの形や、散らかったヨシナガくんの家の中を思い出すと、2人で空きビンを持ち出したときのことも思い出してしまった。


ということは、2階のアルチューもどこかへ行ったのか、とふと思った。


でも、本当はアルチューなんかじゃなく、家で晩酌するのが好きな、おおらかで掃除がヘタなおじさんがきっと1人で住んでいたんだろうな、と中学生のぼくにはもう分かっていた。




◆お知らせ◆
7月26日(火)~29日(金)は夏休みといたします。

AD

風がおどってるんだ

テーマ:

小さな子どもと話していると、ときおりハッとすることがある。こんなチビすけのくせに、なかなかいいことを言うじゃないか、と驚いた経験が親なら何度かあるだろう。


最近ハッとしたのは、保育園から帰ってきたばかりの次男(5歳)とのこんな会話だった。


「オトーサンは、風が舞うってどういうことか分かるか?」


「うーん、なんだろなぁ」と考えていると、彼はまじめな顔でこう続けた。


「あのね、風が舞うというのはね、風がおどってるんだ!」


「へえ、そうか。よく知っているな。すごいじゃないか」と本当に驚いていると、「オトーサン、知らなかったのか?」と次男は得意気に言った。


風がおどっている――と頭のなかで反芻してみると、実にいいじゃないかと思った。自分の子どもが言ったことに感じ入るのも相当な親バカだな、と思うけれど、本当に感心してしまったのだからしようがない。


いまじゃ「ディスる」なんて言葉も知っている長男(12歳)だが、やつも小さなころはふとおもしろい言葉を口にすることがあった。


台風の強い風で窓がガタガタしていると「きょうは風がおこっているねえ」、暑い日に出かけた公園の草いきれをかいで「うわぁ、夏がくさい」――などだ。


たぶん、これらの言い方は、絵本や保育園の先生の言葉などから自然に体の中に入ってきたのだろう。語彙が少ないぶん、子どもらしい素直で正直な表現になる。へんてこなビジネス用語、テレビタレントの話し言葉、ネットスラングなどに耳が慣れてしまったぼくたち大人にはとても新鮮に聞こえる。


外から帰ってきた子どもが、その日に見た光景を「あのね、あのね」と息せききって伝えるのはたいてい母親であって、夜まで働いている父ちゃんたちはあまりそういう子どものユニークな表現に触れる機会は少ない。


わが家では、妻が当店のカフェタイムを営業しているため、昼間は家で仕事をすることの多いぼくがこの「あのね、あのね」のあとに続く話を最初に聞くことになる。


たどたどしいけれど、熱心に伝えようとする子どもの話はいつもいきいきしている。感心するものがあると、店にいる妻にメールで教えてやっている。冒頭の話も「風が舞う、とは風がおどっているということ。きちんと覚えておくように」と送信しておいた。


小さな子どもがいれば、どこの家でもこうした「言葉」がふわりと出てくる瞬間があるはずだ。でも、気にとめておかないと、すぐに忘れてしまって、「こないだ、この子がおもしろいことを言ってたけど、あれなんだっけ?」と夫婦で首をかしげることになる。長男の話を二つ書いたが、もっとたくさんあったはずなのに、ぼくもうまく思い出せなかった。


これを書きながら、子どもが話したフレーズやユニークな表現を世界中の親から募ってみたらどうかと思った。出色のものをまとめた本を読んでみたい。小さな子どものいる親だけでなく、編集者、広告マン、ライターたちもきっと喜ぶと思うのだが、どうだろう。




BGM: BGM/YMO



AD

ずるずる初夏の風

テーマ:

前に、ざるそばといっしょに大根おろしをたっぷり食べた話を書いた。


これを読んだ知人のK氏から「次回はとろろで、たのむ」と書かれたメールをもらった。


「たのむ」。この言い方がよかった。読点をはさんでいるあたり、K氏の切望が透けて見えた。そういえば、前職のサラリーマンのころ、いっしょに飲みに行けば「まぐろの山かけ」をよく食べていたっけ。


コンサルタント会社に勤め、毎日多忙を極めているK氏からすれば、平日の昼にこんなバカなことをやっているヤツは周りでぼくぐらいのものなのだろう。おーし、やってやろうじゃないか。これから書く話は、勤務中のK氏にささぐ。


とろろは「長いも」で作ることにした。スーパーで買ってきた半分ぐらいに切られたものを全てすった。おろし器はちょうど満タン。


やまいもだと、粘り気が強くて途中でつらくなるだろうな、と思ったので長いもにしたのだが、こちらも十分な粘り気であった。山かけのようにしょう油とわさびで食べる方針を変え、だし汁を加えることに――と思ったけど、手間だったので、水で少し薄めためんつゆでいくことにした。


粘り気がゆるんだ大量のとろろに、きざんだオクラと納豆と生玉子を投入。はしでまぜると、ねばねば、どろどろ、たぷたぷ。うす茶色の物体がどんぶりいっぱいになった。


なぜ、とろろだけにしないのかって? これにはワケがあるんですよ、Kさん。


以前、テレビのドキュメンタリー番組のなかで辰吉丈一郎がボクサーになった息子に大量のねばねば食を作っていたことがあった。たしか、納豆、とろろ、生玉子を混ぜたものだった。トレーニングを終えて、これをずるずる食べる息子の横で、「おれもいっしょやった」と目をほそめる父・辰吉。


これを観て、「あ、うまそうだな」と即座に思った。いつかやってみたいと思っていたのだ。


さて、わが家のテーブルには「どんぶりとろろ」が鎮座している。かたわらには、茶碗半分の白米が湯気をたてている。


どんぶりに口をつけてずるずる食べた。ずるずる、ずるずる。おいしい。ごはんにかけて、またずるずる。もっとおいしい。ずるずる。ずるずる。ずるずる。ずるずる……。


おいしいんだけど、このずるずる音がさっきからうるさいな、と言っても自分が発している音なのである。ずるずる。1人で食べているから誰にも迷惑をかけてないけれど、耳触りである。だからテレビをつけた。


ずるずる。午後2時半。テレビでは、舛添知事が神妙な顔で定例会見を行っている。「しょうがないねえ、この人は」と心の中でつぶやく。ずるずる。強い風が吹いて部屋のカーテンがばさりと揺れた。


どんぶりに残った最後のとろろをごはんにかけた。ずるずる。テレビの中の知事が水を口にふくんだ。つられてぼくもお茶をひと口。


カーテンがまた揺れて風が抜けていく。最後のひと口をずるりと食べたあと、ブログのタイトルは「ずるずる初夏の風」でいこうと思った。



BGM:Helplessness Blues/Fleet Foxes



どんぶりおろしの午後

テーマ:

大根おろしを思いっきり食べたいと思った。


居酒屋や定食屋で「しらすおろし」を食べるたびにつねづね思っていたことだった。こんなちっちゃな小鉢じゃなく、肉じゃがとか大根とイカの煮物が入る茶碗のような小鉢になみなみ入った大根おろしが食べてみたい、と。


大根おろしには特別な愛情があった。子どもの頃から好きだった。夕飯に焼き魚が出ると、大根おろしだけもっとくれ、と母親にせがんだ。「変わった子だよ」と母親は言っていた。


大人になって結婚する際、相手には「へそくりしたっていい、買ってきた総菜をパックのまま出してもいい。願いはただひとつ、大根おろしはしぼらないでほしい。汁を捨てては絶対にならぬ」と要望した。


水分を含んだ真っ白なからだにしょう油をすーっと。茶色が浸透していく様がうれしい。


なぜうれしいのかは分からない。ぼくの心の奥底にひそむ本能的な何かがうれしがっているのだろう。目玉焼きや温泉玉子の半熟になった黄身がごはんにとろりと流れ出す瞬間がありますね。あれ、みんなうれしいでしょう。そこにしょう油をたらしたりすると、もっとうれしいでしょう。それと一緒なのです。


決行の時がきた。初夏を思わせる5月中旬の午後1時半。家には誰もいない。「あんなに大根をすっちゃって。バカかしら」とあきれる人は誰もいない。カーテンは一応閉めておく。


大根のあたまのほうを10センチほど切って、すっていった。よくあるタテ長箱型のおろし器がたちまち満杯になった。それを用意したどんぶりに移した。


小ぶりのどんぶりに3分の2ほど満たされた大根おろしが完成した。おろしはしぼらず汁気たっぷりのまま。そこにめんつゆを原液のまま流し込んだ。色はうすい茶色。


同時にそばをゆでていた。すばやく冷水でしめてざるにあけた。上からはきざみのり、当然たっぷり。


名付けて「ざるそば(どんぶりおろし)」。


ずしりと重いどんぶりを手にすると、調子づいてこんなにおろしちゃって、おれ大丈夫だろうか、平日の昼間っからいい大人が何をしているのだろうか、と不安や後悔が頭をかすめたけど、全部食べてしまった。


大根がところどころでツーンとするので、わさびも七味もいらなかった。大根の汁だけでめんつゆを薄めるという挑戦的な試みだったが、それだとやっぱり濃かったので途中で水を足した。残さずに飲んでしまったけど。


大根おろしの辛みは、ジアスターゼと呼ばれる成分によるものだという。消化不良を解消する働きがあるそうだ。その日は二日酔いでもなんでもなかったけれど、胃腸にいいみたいでなんだかうれしい。「きょうのおれは体中がジアスターゼに満ちているんだな。いい日だな」と閉めていたカーテンを全開にして空を見たりした。


午後は自分の店の伝票整理や買い出しなどをして過ごしたのだが、のどが渇いてしかたがなかった。めんつゆと水の分量調整は改善の必要がある。それと、この日はゲップがよく出たのだが、あれは一体何だったのだろう。




BGM:SAME-Motown/David Ruffin