なんてことのない居酒屋

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 居酒屋語りがかまびすしい。

 

 例えば、テレビの食べ歩き番組や雑誌の特集である。どこが名店だとか、どこのもつやきが絶品だとか、ここがチューハイ発祥の店だとか。これらの情報に触れるたび、ああ、ごく普通の居酒屋に行きたいものだと思う。

 

 いたって普通、ケレンミなし、なんてことはない居酒屋。簡単に言ったけど、これが最近なかなか見当たらないのである。

 

 おっ、なかなかよさそうだなと思って入ってみると、たいていが「居酒屋語り」の連中に知れ渡っているらしく、満席だったり、せまっくるしい席に通され、落ち着かず早々に退散するはめになる。

 

 そういうのじゃなくて、予約なんかしなくても、テーブルの1つぐらいだったらいつでも空いている店。名店、老舗、渋みの雰囲気なし。だけど、店主に聞いてみると、そういえば今年で30年が経ちますなぁ、へへへ――なんていうさりげなく息の長い店。

 

 凝ったつまみはないけれど、出てくるものはきちんとアツアツ、飲み物は冷え冷え。こちらにいちいちなにが食べたいといったプランはないものだから、黒板に書かれた料理を上のほうからテキトーに2品3品頼むだけ。刺身、焼き鳥はあるけれど、別にそれらを店が推している空気はなし。値段、特に安くもなければ高くもなし。

 

 15年ぐらい前はどこの駅にもチェーン店と共存する形でこういう店がたくさんあった気がするのだが、どうだろう。会社帰りに同僚に「ほんじゃ、行きますか」などと言って、結局は3日連続でのれんをくぐっているというやつだ。

 

 元の職場である東京・茅場町にもあった。とくに個性のない、まさしく「なんてことのない居酒屋」であった。なんてことのないつまみと酒を前に、なんてことのない話をした。別に仕事に燃えているわけではないけど、いまの会社を辞めたいわけでもない、ふわふわしたおれたちのような中小企業のサラリーマンにはこころ休まる店だった。

 

 その店がなくなって10年ほどが経つ。その跡地にいつのまにか天ぷらを「売り」にした小料理屋風の店ができていた。

 

 そのほか会社近くにいくつかあった「なんてことのない居酒屋」もここ数年ですべてなくなったようで、「博多屋台居酒屋」とか「80円もつやき屋」といった当世風のコンセプト型居酒屋が立ち並んでいる。昔からある店でも、構えや料理にそれ相応の「格」みたいなものがないと続けるのが難しくなっているのかもしれないな、と歩きながら考えた。

 

 茅場町の前は、秋葉原・神田界隈でも働いていた。事務所は電気街の反対側で、ここにも気楽な居酒屋がたくさんあった。

 

 先日、用事のついでに近くを歩いてみたら、こちらもよく行っていた「なんてことのない居酒屋」はどこもかしこも様変わりしていた。初めて勤めた会社の近く、仕事帰りに初めて1人で飲んだ居酒屋は建物全体がマンションになっていた。

 

 妙な喪失感を抱えながら、秋葉原駅近くの知らないチェーン風居酒屋で1時間ぐらい酒を飲んだ。

 

 

2017年6月20日 
バータイム店主

 

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30代男の客2人が結婚間近だ。いずれも前に出過ぎず、飲んでいても悪口や噂話のない「いいやつ」なので、数年前から年の離れた友人のような付き合いになっている。

 

恋人の親へのあいさつを済ませ、あとは婚姻届や引っ越しの時期、挙式や披露宴はどうするか、といった話をしている段階のようだ。

 

「親へのあいさつ」とさらり書いちゃったけど、これはいつの時代も変わらぬ結婚を決めた男の勝負どきなのである。これまでの人生の中で、最も気合いと緊張が強いられた場面は何だったか、と問われれば、男の多くがこの「親へのあいさつ」を挙げるんじゃないか。

 

先方の男親、つまりこの先に義父となる年上の男との冷や汗ものの初対面。自分にもあったあった。26歳だった。

 

勤め先の仕事を終えた土曜日の夕方に、先方の家に向かったのだった。途中、髙島屋で「坂角のえびせんべい」を購入。電車の中で、受け答えやふるまいをシミュレーションしているとすぐに目的の駅に着いてしまった。

 

呼び鈴を鳴らすと、ドアを開けたのが親父だったので驚いてしまった。行きの電車での想定だと、出迎えるのは娘(婚約者)で、その後ろあたりにいる母親がにこやかに「さ、あがってあがって」なんて言うはずだった。

 

で、居間に通されると、父親が新聞を広げて座っている。緊張した面持ちの若者(おれのことだけど)は「はじめまして。今日はお招きいただきありがとうございます」と言ってきちんとお辞儀する――はずだった。

 

そういった段階を踏まずに、いきなりの対面だったので、すっかりアセってしまい、「あ、あの、どうも」などと間抜けなあいさつになってしまった。

 

どんな話をしたかはもう忘れてしまったけど、思いがけず手厚くもてなしてくれたので、うれしかったことは覚えている。

 

聞いていたとおり、父親は酒が好きそうだった。いっしょに飲んでいると、「きみもけっこうヤルほうなんだな」と言って笑った。長く調理仕事に就いているという母親の料理も残さずに食べた。手作りのやさしい味がした。

 

約3時間、よく食べ、よく飲んだ。それが酒好きの父親と料理好きの母親に対する礼儀だと思ったからだ。そうすれば、好印象を持ってもらえるだろうというこざかしい魂胆もあった。

 

でも、その日はやっぱり食べ過ぎだったようで、帰りの電車で猛烈な便意におそわれてしまった。埼玉県富士見市から池袋駅に向かう急行に乗ってしまったので、通過駅を見送りながら緊迫した数分を過ごした。「親へのあいさつ」でかかなかった冷や汗がこんなところで噴き出たのである。

 

ようやく止まった駅で途中下車した。もう余裕はなかった。待ったなし。走ることはできないけど、しかしぎりぎりのスピード歩きで数十メートル先の駅のトイレに向かったのだが、はたして――。

 

結婚の許しをもらった時の思い出話を書くつもりが、どういうわけか電車内猛烈便意のピンチ話になってしまい、ごめんごめんと詫びつつ、冒頭の2人とそれぞれのパートナーに祝意を表します。パチパチパチ。

 

 

2017年5月30日

 

 

 

 

 

 

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コーヒー牛乳を飲みながら

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開店準備を終えて、最初のお客が扉を開けるのを待つ。そんな時間がどこの飲み屋にあると思う。看板の電気をつけたとたんに、お客がやってくることはめったにないわが店では、この待ち時間が毎日たっぷりある。

 

お客を待ちながら、甘いコーヒー牛乳を一杯飲むのが少し前からの習慣となっている。

 

コーヒー牛乳は自分で作る。店で出しているアイスコーヒーに牛乳をたっぷり(ほぼ1対1)。そこへガムシロップを「こんなに入れちゃって大丈夫かよ」と思うほど投入する。

 

濃い目のコーヒーで作っているので、市販されているコーヒー牛乳よりも断然うまいと思っている。飲むと最初はとても甘いので、子ども向けの味のようだけど、奥のほうできちんとコーヒーの味が残る。甘くて苦い。これがいい。

 

昼間の営業時に出しているアイスコーヒーが毎日一杯分ずつ減っていくことになる。口にはしないが、準備しているカフェタイムの店主(妻)は迷惑しているはずだが、まあ許せ。

 

世の中の酒好きと同じく、大人になってから甘いものには目もくれずに生きてきた。年1回か2回、炭酸ジュースが飲みたくなるくらいだったので、甘いコーヒー牛乳を毎日、「お客を待つ儀式」のように飲んでいるのは自分でも意外な気がしている。

 

もうすぐ50歳になるという、自分より年上の常連客が「マスターさ、味覚は変わるもんなんだよ」と言っていたのを思い出す。酒好きの常連もこれまで甘い物はまったく口にしなかったというが、ここ数年で変わってきたというのだ。

 

「酒飲んで帰るでしょ。そんでね、シメに甘い物をちょっとだけ食べるんだ。チョコとかアイスとかあんこをね。ほんのすこーしでいいの。これがうまいんだよぉ」常連はいかにも幸せそうだった。

 

へぇ、そんなもんかね、と思って聞いていたのだけれど、コーヒー牛乳が好きになったのは、彼の言う「味覚の変化」のはじまりなのではないか、とうなずけるようになった。このまま、夜中のチョコやアイスに幸せを感じる中年人生に突入するのも案外いいかもしれないな、と思っている。

 

コーヒー牛乳を飲みながら、その夜の最初のBGMを選ぶ。張り上げた歌声や強いリズムのものはかけない。かといって、けだるい歌やムードばかりを強調した曲も選ばない。最近よくかけるのは、70年代の歌い手がていねいに作ったようなアルバムである=写真下。素朴で浮ついたところがない。そんな曲と歌声が妙に甘いコーヒー牛乳と合うのである。

 

最近とんと来なくなったお客のことをぼんやり思い出したりしていると、扉がカランと鳴って最初の客がやってくる。コーヒー牛乳を飲み終えたグラスを流しに置く。いつもの夜がこうして始まるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

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楽しみな新聞広告

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広告を見るのが楽しみな朝、というのが自分にはある。数週間前からその広告が掲載されるのを待っている。継続的な掲載ではなく、一年に一度きりの新聞広告。毎年、掲載する日が近づいてくると、「そろそろだな」と心の中で指を折り始めている。

 

サントリーの企業広告が今年も入社式の日に全国紙に掲載された。サントリーは同じ形の広告を成人の日にも出稿していて、その歴史はたいへん古い。伝統的なものだから、長年のファンも多いはずだ。

 

新社会人に向けたメッセージを、作家が毎年書き下ろしている。ここで内容には触れないが、いつもそれを読むたびに、自分が初めて就職した時に感じていた不安や緊張が呼び起される。読みながら当時のことを思い出してしまい、いつのまにか背筋が伸びたりする。

 

文章もさることながら、なにより掲載先を新聞にしているところがいい。ざらざらした灰色の新聞紙と、作家の筆致がぴったり合っている。ツアー旅行や通信販売など「目にうるさい」広告が幅を利かせている中にあって、静かな存在感とメッセージがきわ立つ。なにかそこにはかつて存在したのだろうホンモノの大人の教えがあるような気がするのだ。

 

その朝、配達された朝日新聞(東京版・4月3日付)を机の真ん中に置いて、とりあえずあついお茶を飲んだりする。この日の新聞は記事については後回し。「どれどれ」とか「さてさて」などとつぶやいて紙面の下にある広告を見ながらページをめくっていく。スポーツ面(第16面)の下に今年はあった。

 

じっくり読むこと3回。読んだあとはすぐさま広告の部分を切り抜いてしまい、二つ折りにしてファイルに収める。「成人の日」の広告と合わせ、切り抜きはずいぶんと増えてきた。もう茶色くなってしまった数年前のものを見返してみると、ずっと変わってないと思っていた文章の書体や挿し絵のタッチが変化していることに気づく。

 

わが子が成人式や入社式を迎える日まで、この広告の切り抜きを続けていこうと思っている。成人になるまであとおよそ7年。取っておいた切り抜きをあいつはどんな顔で受け取るだろうか。「そんなのいらねえよ」なんて言うかもしれないけど、まあそれでもいいんだ。

 

 

 

 

最初の客

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もし、自分が飲食店を担当分野とする雑誌記者などをしていたら、特集企画や連載の読み物として手がけてみたいのが「最初の客」というテーマだ。

当然ながら、どんな店にも初めて扉を開けたお客の存在がある。店が「大きな一歩」を踏み出した時である。新規開店と同時に、どっとお客が押し寄せる有名店などは例外として、個人がじっくりとスタートさせた飲食店なら、店主はその時の様子、気持ち、生活が何年たっても思い出せるはずだ。そこにはささやかだけど、しみじみとしたストーリーがきっとあると思うのである。

わが店に最初の客がきたのはオープン2日目だった。初日は、身内や友人が「よっ、来てやったぞ」などと言って遊びにきただけだった。こうしたひやかしではなく、れっきとしたお客の第一号がやってきた時のことはよく覚えている。

20代にも見える若い夫婦だった。カップルではなく、夫婦と分かったのは、女性のお腹が大きかったからだ。オーダーは生ビールとアイスカフェオレだった。いずれも慎重に丁寧に作ったつもりだ。会話のじゃまにならないように静かなBGMを流していた。

代金はちょうど1000円。夫婦を見送ったあと、受け取った千円札をレジにしまった。グラスを片付けながら、この千円札は自分にとって初めての売り上げなんだなと思った。会社の看板や名刺を使って得たものではない、自分だけの手で売り上げた金。経営者からもらう月給や賃金ではなく、客から直接もらった金。そんなことを考えると、1枚の千円札がじわじわと重みをもってくるように感じた。

この頃、ぼくはサラリーマンで、毎日背広で出勤し、帰ると店のカウンターに立つという生活を始めていた。店のことを知っている人は会社には誰もいなかった。

会社は、専門誌や書籍などを発行する小さな出版社で、入社から15年ほどがたっていた。ぼくは少し前に新しく立ち上げた媒体の編集人として毎日アグレッシブに過ごしていた。

スタートダッシュというのだろうか、その媒体は当初の勢いはよかった。だけど、1年ほどで減速、販売・広告ともに売り上げは下降していった。

経営陣は「どうなっているのか」「早くなんとかせい」とぼくを責め立てた。創刊者であり、現場責任者であるから当然なのだが、これが毎日続くと、結構つらいものがあった。

経営陣がまくしたてる「売り上げ」「計画」「損益」といった会社言葉にすっかり辟易してしまい、いつしか自分の席にいることの少ないユーレイ社員になっていた。

その頃から、ひそかに店の開店準備を始めていた。会社帰りの夜遅く、まだ工事中の店によく立ち寄った。塗料のにおいが心地よかった。しんとした空気の中で買ってきた酒を飲んだ。着々と完成に近づく店の中で、会社とは異なる「新しい世界」を見るようになっていた。

経過は書かないが、それから1年半ほどして会社を辞めた。店の売り上げが徐々に上向いてきた一方で、フリーランスの立場で編集仕事のクチにありつくことができたからだ。その二重仕事の生活はいまも続いている。

ありがたいことに、最初の客から千円札を受け取ってから6年以上、店を続けることができた。ぜいたくはできないけれど、子どもにはひもじい思いをさせずにすんでいる。最初の客のオーダーを記した売り上げ伝票はいまも捨てずにしまってある。あの頃を忘れない「お守り」なのである。

 

 

真新しいオープン3日前の店内

 

 

BGM:Southern Night/Allen Toussaint