コーヒー牛乳を飲みながら

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開店準備を終えて、最初のお客が扉を開けるのを待つ。そんな時間がどこの飲み屋にあると思う。看板の電気をつけたとたんに、お客がやってくることはめったにないわが店では、この待ち時間が毎日たっぷりある。

 

お客を待ちながら、甘いコーヒー牛乳を一杯飲むのが少し前からの習慣となっている。

 

コーヒー牛乳は自分で作る。店で出しているアイスコーヒーに牛乳をたっぷり(ほぼ1対1)。そこへガムシロップを「こんなに入れちゃって大丈夫かよ」と思うほど投入する。

 

濃い目のコーヒーで作っているので、市販されているコーヒー牛乳よりも断然うまいと思っている。飲むと最初はとても甘いので、子ども向けの味のようだけど、奥のほうできちんとコーヒーの味が残る。甘くて苦い。これがいい。

 

昼間の営業時に出しているアイスコーヒーが毎日一杯分ずつ減っていくことになる。口にはしないが、準備しているカフェタイムの店主(妻)は迷惑しているはずだが、まあ許せ。

 

世の中の酒好きと同じく、大人になってから甘いものには目もくれずに生きてきた。年1回か2回、炭酸ジュースが飲みたくなるくらいだったので、甘いコーヒー牛乳を毎日、「お客を待つ儀式」のように飲んでいるのは自分でも意外な気がしている。

 

もうすぐ50歳になるという、自分より年上の常連客が「マスターさ、味覚は変わるもんなんだよ」と言っていたのを思い出す。酒好きの常連もこれまで甘い物はまったく口にしなかったというが、ここ数年で変わってきたというのだ。

 

「酒飲んで帰るでしょ。そんでね、シメに甘い物をちょっとだけ食べるんだ。チョコとかアイスとかあんこをね。ほんのすこーしでいいの。これがうまいんだよぉ」常連はいかにも幸せそうだった。

 

へぇ、そんなもんかね、と思って聞いていたのだけれど、コーヒー牛乳が好きになったのは、彼の言う「味覚の変化」のはじまりなのではないか、とうなずけるようになった。このまま、夜中のチョコやアイスに幸せを感じる中年人生に突入するのも案外いいかもしれないな、と思っている。

 

コーヒー牛乳を飲みながら、その夜の最初のBGMを選ぶ。張り上げた歌声や強いリズムのものはかけない。かといって、けだるい歌やムードばかりを強調した曲も選ばない。最近よくかけるのは、70年代の歌い手がていねいに作ったようなアルバムである=写真下。素朴で浮ついたところがない。そんな曲と歌声が妙に甘いコーヒー牛乳と合うのである。

 

最近とんと来なくなったお客のことをぼんやり思い出したりしていると、扉がカランと鳴って最初の客がやってくる。コーヒー牛乳を飲み終えたグラスを流しに置く。いつもの夜がこうして始まるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

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楽しみな新聞広告

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広告を見るのが楽しみな朝、というのが自分にはある。数週間前からその広告が掲載されるのを待っている。継続的な掲載ではなく、一年に一度きりの新聞広告。毎年、掲載する日が近づいてくると、「そろそろだな」と心の中で指を折り始めている。

 

サントリーの企業広告が今年も入社式の日に全国紙に掲載された。サントリーは同じ形の広告を成人の日にも出稿していて、その歴史はたいへん古い。伝統的なものだから、長年のファンも多いはずだ。

 

新社会人に向けたメッセージを、作家が毎年書き下ろしている。ここで内容には触れないが、いつもそれを読むたびに、自分が初めて就職した時に感じていた不安や緊張が呼び起される。読みながら当時のことを思い出してしまい、いつのまにか背筋が伸びたりする。

 

文章もさることながら、なにより掲載先を新聞にしているところがいい。ざらざらした灰色の新聞紙と、作家の筆致がぴったり合っている。ツアー旅行や通信販売など「目にうるさい」広告が幅を利かせている中にあって、静かな存在感とメッセージがきわ立つ。なにかそこにはかつて存在したのだろうホンモノの大人の教えがあるような気がするのだ。

 

その朝、配達された朝日新聞(東京版・4月3日付)を机の真ん中に置いて、とりあえずあついお茶を飲んだりする。この日の新聞は記事については後回し。「どれどれ」とか「さてさて」などとつぶやいて紙面の下にある広告を見ながらページをめくっていく。スポーツ面(第16面)の下に今年はあった。

 

じっくり読むこと3回。読んだあとはすぐさま広告の部分を切り抜いてしまい、二つ折りにしてファイルに収める。「成人の日」の広告と合わせ、切り抜きはずいぶんと増えてきた。もう茶色くなってしまった数年前のものを見返してみると、ずっと変わってないと思っていた文章の書体や挿し絵のタッチが変化していることに気づく。

 

わが子が成人式や入社式を迎える日まで、この広告の切り抜きを続けていこうと思っている。成人になるまであとおよそ7年。取っておいた切り抜きをあいつはどんな顔で受け取るだろうか。「そんなのいらねえよ」なんて言うかもしれないけど、まあそれでもいいんだ。

 

 

 

 

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最初の客

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もし、自分が飲食店を担当分野とする雑誌記者などをしていたら、特集企画や連載の読み物として手がけてみたいのが「最初の客」というテーマだ。

当然ながら、どんな店にも初めて扉を開けたお客の存在がある。店が「大きな一歩」を踏み出した時である。新規開店と同時に、どっとお客が押し寄せる有名店などは例外として、個人がじっくりとスタートさせた飲食店なら、店主はその時の様子、気持ち、生活が何年たっても思い出せるはずだ。そこにはささやかだけど、しみじみとしたストーリーがきっとあると思うのである。

わが店に最初の客がきたのはオープン2日目だった。初日は、身内や友人が「よっ、来てやったぞ」などと言って遊びにきただけだった。こうしたひやかしではなく、れっきとしたお客の第一号がやってきた時のことはよく覚えている。

20代にも見える若い夫婦だった。カップルではなく、夫婦と分かったのは、女性のお腹が大きかったからだ。オーダーは生ビールとアイスカフェオレだった。いずれも慎重に丁寧に作ったつもりだ。会話のじゃまにならないように静かなBGMを流していた。

代金はちょうど1000円。夫婦を見送ったあと、受け取った千円札をレジにしまった。グラスを片付けながら、この千円札は自分にとって初めての売り上げなんだなと思った。会社の看板や名刺を使って得たものではない、自分だけの手で売り上げた金。経営者からもらう月給や賃金ではなく、客から直接もらった金。そんなことを考えると、1枚の千円札がじわじわと重みをもってくるように感じた。

この頃、ぼくはサラリーマンで、毎日背広で出勤し、帰ると店のカウンターに立つという生活を始めていた。店のことを知っている人は会社には誰もいなかった。

会社は、専門誌や書籍などを発行する小さな出版社で、入社から15年ほどがたっていた。ぼくは少し前に新しく立ち上げた媒体の編集人として毎日アグレッシブに過ごしていた。

スタートダッシュというのだろうか、その媒体は当初の勢いはよかった。だけど、1年ほどで減速、販売・広告ともに売り上げは下降していった。

経営陣は「どうなっているのか」「早くなんとかせい」とぼくを責め立てた。創刊者であり、現場責任者であるから当然なのだが、これが毎日続くと、結構つらいものがあった。

経営陣がまくしたてる「売り上げ」「計画」「損益」といった会社言葉にすっかり辟易してしまい、いつしか自分の席にいることの少ないユーレイ社員になっていた。

その頃から、ひそかに店の開店準備を始めていた。会社帰りの夜遅く、まだ工事中の店によく立ち寄った。塗料のにおいが心地よかった。しんとした空気の中で買ってきた酒を飲んだ。着々と完成に近づく店の中で、会社とは異なる「新しい世界」を見るようになっていた。

経過は書かないが、それから1年半ほどして会社を辞めた。店の売り上げが徐々に上向いてきた一方で、フリーランスの立場で編集仕事のクチにありつくことができたからだ。その二重仕事の生活はいまも続いている。

ありがたいことに、最初の客から千円札を受け取ってから6年以上、店を続けることができた。ぜいたくはできないけれど、子どもにはひもじい思いをさせずにすんでいる。最初の客のオーダーを記した売り上げ伝票はいまも捨てずにしまってある。あの頃を忘れない「お守り」なのである。

 

 

真新しいオープン3日前の店内

 

 

BGM:Southern Night/Allen Toussaint







 

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数字でみるわが店の2016年

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少し気が早いけど、この1年、わが店で印象に残ったことを数字で振り返ってみたい。

 

◇160杯
5月にあった貸切パーティで提供した酒の数である。10席しかないわが店に40人が集まった。酒の杯数でも、来店人数でも、今年一番どころか過去最多となった。当日は屋上を開放し、バーベキューを行った。店内で飲み物を買う仕組みとしたので、ぼくは1人でずっと酒を作りつづけた。暑い日だった。ビールは用意していた30リットルがカラになり、ハイボールやチューハイなどもよく出た。すると、この人数だとわが店の製氷機では氷が追いつかないことが分かった。心やさしい参加者が近所のスーパーで氷を買ってきてくれたので乗り切ることができたけど、氷については今後の課題としたい。1日あたりの売り上げも過去最高だった。

 

◇2人
40人が来てくれた日があれば、こんなさびしい夜もある。ひと晩あたりの今年最低の客数。オープン初年度によくあったボウズ(ゼロ人)の夜を思い起こせば、これぐらいなんのなんの。たしか3連休の最終日だった。台風が近づいてうっとうしい雨が降り続いていた。その夜、飲みにきてくれた常連Sとは「連休終わりの雨降りの法則」について話した。連休の最終日の夜から翌朝にかけて雨が降るケースが多すぎるのである。仕事がまた始まるという憂鬱な気持ちの表れではないかとぼくが言うと、「みんなが発する負の気、念のようなものが台風を引き寄せているのです」とSは真顔で言った。なるほど、同感。

 

◇1回
男はどうも飲み過ぎていた。初めて見る顔だった。最初から話しぶりに険があった。イヤなことでもあったのだろうと思ったが、その逆で「臨時収入が入ったんだよ」と言って胸のポケットを叩いた。2杯目を飲んでいると、だんだん口調が変わってきた。呼び名が「マスター」から「あんた」になり、そして「おまえ」となった。カウンターの隣りの客にもちょっかいを出すようになった。一線を超えたと判断し、酒の提供を断った。ムッとした男は席を立った。見送る形で、店をいっしょに出た。次回からの来店を断りますと話すと、剣呑な目つきをこちらに向けたまま階段を降りていった。今年唯一の来店お断り。

 

◇約3人
常連だった人がパタリと来なくなることが毎年ある。理由は分からない。今年も3人ぐらいの常連客が去っていった。うち2人はぼくと年齢の近い男で、気の合う友人のような存在だった。ぼくの態度や話す内容に気に食わない点でもあったのだろうか、と自分を振り返ってみる。いずれにしても「飽きられた」のだろうなと思う。そういえば来なくなった常連はともにこのブログを読んでくれていた。1人はぼくの書く駄文にも「共感がある」と言ってくれた。これはいまでも一番のほめ言葉だと思っている。店に来なくなってもこれを読んでいるのだろうか。立ち読みばかりされている本屋の気持ちが少ししてくる。

 

◇17本
今回を加えると、今年は17本の駄文を投稿した。数年前までは週1回の投稿を自分に課していたけど、だんだんと隔週になり、いまでは月1回がせいぜいである。書けない理由はいろいろあるが、そのひとつはインターネットに自分の考えを示すことに抵抗を感じるようになったからだ。想像もしなかった人が読んでいたり、ぼくの考えに違和感を持つ人が予想以上にいることは体験的に分かっている。実名は出さないとはいえ、家族のことなどにも触れてきた。身内がなにかの批判を受けるのではないかと考えると、筆は止まり、内容も委縮してしまう。来年からはこの欄を○月○日で始める店日記の形式とし、これまでのような雑感は特定の人にしか教えないペンネームでどこかに書こうかと検討している。

 

◇3日
今年はこれまでに定休日以外に2日の休みをとった。ひとつはこのブログでも触れた宮古島旅行。もうひとつはなぜ休んだのか思い出せない。で、今年最後の臨時休みを12月12日(月)にとることにした。だから、年末年始と夏休みを除く今年の臨時休みは3日間。風邪で休んだ日は一日もなかった。我ながらよくやってきたな。パチパチ。12月12日は堀込泰行の東京公演を観るために休むのである。キリンジを抜けたあとの本格的なソロ第1弾がすこぶる良かった。たまにはこんな休みがあってもいいのだ。今年は9月にエルビス・コステロの東京公演にも行った。今年の音楽ライブはこの2本である。年末休みには近所にある下高井戸シネマでビートルズの映画を観る気マンマンでいる。

 

BGM:One/Yasuyuki Horigome

 

そば屋で夫婦会議

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この10月末でわが店は満6歳となる。昼間の営業を妻が行い、夜になると自分が店に出ていくというバトンタッチの生活を6年も続けてきたことになる。

 

かなり本格的なすれ違い夫婦であり、この生活をお客に心配されることがある。「さびしがっているんじゃないか」「家族をほったらかしにして」「家庭は大丈夫なのか」といった声である。

 

これらの意見はだいたいが女性客によるもので、いずれもなぜか怒りがにじんでいる。家族をほっぽらかしにして遊び歩いているわけじゃないのだが、一家のあるじが毎夜毎夜、家を空けていることに、女性たちはそこはかとなく危機感を抱くのだろう。

 

気づけば、妻とは店に関する業務連絡メールばかりで、なにかを話し合ったり、相談したりすることがずいぶんなかった。店の経営状況、子育て、家計、互いの親のことなどをめぐり、さまざまな悩みがわが家にもある。

 

どれかの悩みが深刻化する前に、考え方や心持ちをすり合わせておく必要があるかもれないな、と思いたち、半年ぐらい前から、店の定休日に週一回だけ昼ごはんをともに食べるようにしている。ランチミーティングだ。

 

場所はそば屋に決めている。最寄り駅から1つか2つ離れた駅のほうにある店を適当にみつけて歩いている。そうすると、歩く時間と店に入ってからの時間が合計で約1時間半。ミーティングにはちょうどいい時間となる。

 

早めに決断しなくてはならないことや互いの愚痴を聞くのにいい機会になっているように思う。ここ最近では、わが店の更新について意思確認した。更新は3年ごとで、この10月上旬に契約期限が迫っていた。こちら側としては大家や設備・管理などに対する不満も多く、実は「契約の話し合いがこじれたらこれで閉めよう」というところまできていたのだ(3日前に更新は行った)。

 

どこの街にもありそうなそば屋ののんびりした昼下がり――という場が、話がギスギスしたり、投げやりな結論に行くのを回避してくれているように思う。

 

午後2時すぎのそば屋。のれんをくぐり戸を開けると、近所のおばあちゃんが1人でそばを食べている。奥のほうからそばつゆのにおい。客たちのひかえめなススリ音。時間はゆっくりと流れている。平和な店内の空気のなか、やがて、私たちの話はゆるやかに円満な方向へ進んでいくのである。

 

そういえば、やんちゃなわが家の息子たちの困った話を相談されていた時、近くのテーブルで、坊主頭の兄弟が熱心にラーメンのようなものを食べていたことがあった。

 

中学生と小学2年生ぐらいと見られ、2人ともよく日に焼けていた。弟はまさしく夏休みの少年ですという姿だった。

 

7歳ちがいの息子2人とちょうど同じぐらいの年の差であることに気がついた妻が、「うちの子たちもああいう風になるかな」とこそっと言った。

 

弟は、頭のほうまではしを持ち上げるような格好で湯気の立った麺を引っ張り出している。それを茶椀にうつして上手に食べていた。兄ちゃんのほうはマンガ本を読みながら、冷たいうどんのようなものを食べていた。弟は兄ちゃんの顔をちらちらと見ていた。

 

坊主頭の兄弟を見ていると、今より少し大きくなったうちの子が、どこかの店で向かい合ってラーメンでも食べている姿がだぶった。

 

――いろいろ心配はあるけど、元気に育っていれば、まあそれだけで十分じゃないか

 

妻も同じようなことを思ったのだろう。子育てに関する話はそれ以降なかった。

 

 

 

BGM:SOUL LIMBO/Booker T.&THE M.G.’S