公設事務所弁護士に喧嘩を売る本
テーマ:書評(法律)先週の金曜日、法律事務所 ホームロイヤーズ から、
- サルでもできる弁護士業/法律事務所ホームロイヤーズ 所長弁護士 西田 研志
- ¥1,500
- Amazon.co.jp
という書籍を含む計3冊の本が、頼みもしないのに一方的に送られてきました。
この本の内容は、仮説が突飛かつ論述が非常に雑で、唖然とするものでした。
事実に対する検証をロクに行わずに首を傾げたくなる仮説を立てたり、また問題の本質をすり替えた議論をしているところが数多く見られる、突っ込みどころ満載の本です。
①「日弁連は、おためごかし(注:表面はいかにも相手のためであるかのように偽って、実際は自分の利益をはかること)に公設事務所を設置して若手弁護士を派遣しているが、ペーパードライバーの彼らにどれだけの事件をこなせるというのか。」(134頁)「迷惑なのは地方の人たちである。」(66頁)
まず、最初の仮説には大きな誤りが3点ある。
ひとつめ。公設事務所の設置は、日弁連の利益のためにやっているものではない。そもそも、公設事務所を設置したからと言って日弁連に利益は生じていない。むしろ、逆である。公設事務所制度の運営のためにかなりの経済的出費をしているし、かなりのマンパワーも必要となっている。仮に著者のいう日弁連の利益が社会的評価ということであれば、社会的評価の高い日弁連の事業はすべて「おためごかし」となってしまう。
ふたつめ。「ペーパードライバー」とは運転免許はあるが実際には自動車を運転しない人を意味する。弁護士に即していえば、弁護士登録はしているが実際には弁護士活動をしていない人、ということになるが、公設事務所に派遣されている弁護士は実際に弁護士活動をしてきている者であるから、「ペーパードライバー」との比喩は言葉の使い方として大きく間違っている。敢えていうなら、「若葉マークドライバー」であろう。
著者は、「おためごかし」「ペーパードライバー」の言葉の意味を正しく理解しているのであろうか?辞書を引いて言葉の意味を確認してから本を書け、と言いたい。
みっつめ。「ペーパードライバーの彼らは、大して事件をこなせない」との仮説であるが、これは大きな論理の飛躍である。
弁護士の事件処理能力は、
法的知識、経験則、人事力、事務処理能力(段取り力)、熱意、気力体力、バランス感覚
の総合力で決まる。
この本は若手弁護士は経験に乏しいから大して事件をこなせない、と言いたいのであろうが、この仮説は容易に崩れる。
すなわち、若手弁護士でも、法的知識に詳しく、ITを駆使して迅速に業務をこなし、若人特有の充実した気力体力で、熱意をもって仕事をしている若手弁護士は実際にたくさんいる。
他方、度重なる法改正や最新判例についていけず、ろくにIT機器も使えない時代の流れに取り残された、熱意も気力体力も衰えた中堅以降の弁護士もたくさんいる。経験が邪魔して、新しいことに取り組めない人たちである。実際にも、懲戒処分を受ける弁護士は、圧倒的に中堅以降の弁護士に多いはずである。
弁護士過疎地の仕事は細かい仕事を数多くこなさなければいけないので、30代の気力体力がなければ、こなすのは厳しい。
ところで、法律事務所 ホームロイヤーズに所属する著者以外の弁護士は、すべて弁護士登録1年そこそこの「若手弁護士」ばかりである。著者の言葉を借りれば、「ペーパードライバー」ばかりである。
次に、2つめの仮説。これも間違い。赴任してきた若手弁護士に対して「わけのわからない若造がやってきたよ」(66頁)と市民が本当に考えているのであれば、その若手弁護士のところに相談に行かなければいいだけのことである。これまでどおり都会など遠方の法律事務所まで出ていけばよい。状況は変わらないだけのことである。暴力団の事務所じゃあるまいし、法律事務所が新規にできたからといって、地域に迷惑をかけることはない。
なお、著者からは「この本を手に取り読んでくださった皆さま方が、司法の世界へ問題意識を持っていただき、私の主義・主張に、少しでも共鳴・賛同いただけることを切に願っております。」との手紙が本とともに同封されていたのですが、
公設事務所弁護士を「ペーパードライバー」「わけのわからない若造」扱いした本を、頼みもしないのに一方的に送りつけてくる人の主義・主張に、どうして共鳴・賛同できようか!
怒り心頭です。
②「弁護士の倫理研修というものがあるのだが、そのあまりの内容の稚拙さとくだらなさに、あえて確信犯で参加しなかった。途端に、弁護士会から懲戒処分である。…弁護士会の会内秩序を乱したというのがその理由だが、たかだかひとりの弁護士が研修に参加しないだけで乱れるような秩序だとしたら、なんとも脆弱な秩序だと言わざるを得ない。」(49頁)
後半の記述は噴飯ものである。弁護士会の会則に違反して参加義務のある倫理研修に確信犯的に参加しなかったことが秩序を乱す行為であることは明白である。著者の不参加により具体的な支障が生じなかったからと言って、秩序が乱れなかったということにはならない。こういう確信犯的な行為をひとつ見逃しているうちに、徐々に組織の秩序というのは乱れていくのである。規律を重んじる組織であれば、社内処分が下される行為である。世間の常識から外れた記述である。
そもそも、倫理研修の内容がくだらなかったのであれば、そのようなくだらない内容の研修を行った研修委員会に苦情を言うなどして組織の運営を改善していくのが筋である。
上記記述は、問題の所在を巧妙にすり替えるものである。騙されてはいけない。
③「弁護士会は、…業務の独占を主張するのをやめるべきである。なぜなら、それは国民のニーズに合っていないからだ。多重債務問題にしろ、消費者被害にしろ、国民は一刻も早い法律的なサポートを望んでいるのだ。」(59頁)
まず、いわゆる「国民」がそのようなニーズを実際に訴えているのかに疑問あり。データはあるのか?と言いたい。
次に、そのような声を上げている「国民」が実際にいるとして、その国民の属性も問題である。サポートを受ける方ではなく、サポートする側に回りたい者の声であれば、そのような声は聞く必要はない。
最後に、人の弱みに携わる仕事は、やはり規制が必要である。
産科医が足りなくなっているからと言って、国家試験に合格していない医学部卒の学生に医師免許を与えて、産科医療の現場に従事させよ、との声はあるのであろうか?また、法律の場合、制限なき開放は、暴力団などの反社会勢力の跋扈を許し、かえって市民の権利が侵害される恐れがある。
多重債務問題や消費者被害といった断片的な事象から、弁護士業務の開放が許容されるほど、司法制度は単純なものではない。司法権は国家権力の一つである。ある意味、一番恐ろしい権力である。その権力に関与して生計を立てるのが弁護士である。安易な開放は許されないのである。
この仮説も論理の飛躍である。
④「弁護士会は、どうも弁護士を本当に育てるという意識が希薄なようだ。」(65頁)
弁護士会は、個々の弁護士を育てることを目的とした教育組織ではない。
弁護士業は、弁護士会の従業員的地位に立って働き報酬を得る形態ではなく、あくまで自分の責任で仕事を行って報酬を得て生計を立てていく形態であるから、弁護士の育成は、個々の弁護士の自助努力によってなされるものであって、弁護士会に頼るものではない。
などなど、ほかにもたくさんあります。
この本を読む場合には、弁護士業界の現状を知ることではなく、論証の問題点を発見するという「頭の体操」をすることを目的とする方がよいでしょう。
はっきり言って、金を出してまで買う価値のない本です。
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皆様の清き一票、誠にありがとうございます。
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1 ■テンション高いですね
熱い論述ですね。
コジーンさんのような方にひまわり公設に行って頂けて弁護士会というか他の数多の弁護士がいかに助かっているか、をひしひしと感じました。
その本は私のもとには届きませんでしたし買う気もないので読んではいませんが、一言で言えば態度が中途半端ですよね。ええかっこしいなのか、アウトローなのか、まともに考えているのか、ふざけているのか、よく分からない感じです。安全圏にいながらにして、好き勝手を言っているところにぬるさを感じますね。勉強不足の上に立つ対案なき批判、とでも申しましょうか。
彼の論理に乗れば、「日弁連があまりに下らないから弁護士資格を返上して確信犯的に事件屋になって」いただければと思います。