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2012-01-27 13:12:01

人嫌い

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映画や演劇等でチケット入手が困難なほど、世間では注目を集めた興行として大成功という。
映画、演劇のみならず小説、美術、陶芸、フアッションなどを創作する者は基本的なスタンスは
人嫌いではないだろうか。
自己中心的に究極へ自身を追い込むことが出来る人でなければ創作など無理である。
他人を排斥し家族にも背を向け孤独と戦った末に完成する喜びは命をかけて頂上を制覇した登山家に
通じるものであろう。
人が好きで付き合いを大切にしていると自分に向き合う感度が緩んでくる故に人嫌いにならざるを得ない。
自分にむち打って孤独のレベルを鍛えて高めていくのである。
世間ではそういう人を変わり者という。そして物笑いの種にして俯瞰している。
大成功に向けて大衆に迎合し喝采を博した人々には国から賞が与えられる、同時にマスメデイアも彼らを
称える。それらが蔓延している我が国の今日、芥川賞の田中慎弥さんの皮肉な会見はニュースになった。
2012-01-15 14:39:20

放射能

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 新年を迎えお目出度い気持ちで前向きに寿ぎたいのですが、3.11以降解決出来ない福島原発の
余波に悩まされ霞みがかかったままの気分が続いている。
お正月、古本屋をぶらぶらしていて一冊の本に出会った。
「黒沢明・宮崎駿・北野武、日本の三人の演出家」1993年発行、渋谷陽一構成である。
放射能、核に関して黒沢氏が語っている二十年前の言葉を抜粋してみると、

黒沢:僕の作品で「生きものの記録・1955年製作」では損害を出してしまった、
   当時日本人が原爆について触れるのがイヤだったんだよね・・・・・・・・・・
   学問的に核っていうものを突き詰めてってああいうものができるっていうのはいいよ。
   だけども、これは作った場合にさ、人間では制御できない性質を持ってるわけでしょ?
   それを作るっていうのがそもそも僕は間違いだと思う。だって、原子力発電所を作っても
   絶対に廃棄物は出るわけでしょ?廃棄物を処理する方法は見つかってないんですよ。
   やってる限りは廃棄物は永遠に出るわけ。処理する方法が見つかっていないのにそれを
   作るっていうことはまず間違いじゃない?最初に作った人の中でそれに気づいて反対して
   いた人がたくさんいるけど、僕はその方が正しいと思うんですよ。電力にしても他の方法
   はあるわけだからね、核に頼らなくても。これからねえ、旧ソ連が核をどういう具合に
   処理してくかっていう問題は世界的に大問題になりますよ。核がいい加減に捨てられてる
   わけよ。北極海はほとんど核の墓場ですよね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   ・・・・・・日本は地震も起こるわけだしね、例えばスリーマイル島の事件くらいの規模
   でさえ日本に住んでいられないんだよ、だからそういうものを人間が取り扱っていいのか
   っていうことだよね。他に安全な方法が何もないってわけじゃないんだから。
   だからそこに注ぎ込んでる頭脳をそっちに向ければね、そんな危険を犯さないで済むわけ
   なんだしさ。そこいらが僕はすごい疑問なんだよね・・・・・・・・・・・・・・・・・
   やめる方向に向かったりやめてる国はたくさんあるしさ。何故日本だけがそんな危険な
   ことをしなきゃなんないのかねえ・・・だけどさ・・その辺わりと日本人っていうのは
   いい加減なんだよな。

日本のどこかでもう一度地震によって原発が壊れたら日本は壊滅でしょう?
政財界の無責任さに気分は塞がったまま今年が始まっています。
2012-01-04 15:21:03

新年

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2012年、龍年
十二支の中の唯一架空の動物の、龍年に敬意を表したい。
非現実に向き合って創作に励む日々、龍ほど美しく思う生き物は他にない。
深淵より雷雨に導かれて昇天し天地を自在に飛び回る天空の王者に平伏する。

闇、はれず
地中深きにすむ鯰
眠りつつ”けヨ
催眠の術    2012・元旦


2011-09-21 20:55:05

雨漏り

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9月21日、台風15号の横殴りの風雨に築30年の家は軋んだ。
ポタッ ポタッとリズミカルな音、子鹿が猛獣の気配にピンと耳を立てるように私の耳が立った。
嵐の凄まじい外の騒ぎが遠くに聞こえる暗闇の家の中、音のありかを見つけようと目を向ける。
音を目で探すがわからず、俯いて目を閉じて一心になるとポタッポタッが耳に届いた。
リビングのドアの外、玄関に通じる天井だった。
2年前やはり台風の横殴りの雨で雨漏りがはじまった。染みだけなら図柄として放っておいたのだが壁紙がはがれてぶら下がってきたので近くの大工さんに修理を頼んだ。さすが大工さんまわりも丁寧に直してくれた後「これで様子をみて」と15万円の請求、雨でもふれば点検できたのだが一向に気配なく支払ってしまった。数ヶ月して突風と大雨、どうしたことか以前よりもひどい雨漏り、近所の手前文句も言えず個人より会社だ!と建築業の大きい会社に改めて修理依頼、どうも原因がわからないようで毎日違う人が試しに来る始末。「これで様子をみてください」と言って終わった。郵送されてきた請求書9万円なり、職人さんより安い!で安心したのも束の間、吹雪が積もった後溶け始めた雪水が漏ってきた。入れ替わり立ち替わりでやっても直らなかった、まさかお金を返してとも言えず春になって風呂場のリフオームをした時ついでに頼んでみた。千葉から左官屋の親子が来て手際よく半日で修理して帰った。よくわからないから適当に終わらせたな、と期待はしなかった。雨漏りに疲れていた。ところが
驚いたのは4万円という安さだった、そして、以来2年間一滴も漏らず大雨の心配もしなくなった。

ポタッと音がした、確かに聞いた、ポタッポタッポタッ、しかし、雨漏りの形跡はなかった。
私の中では嵐と雨漏りの虚像が結びついているようだ。
2011-09-02 13:00:27

嫉妬

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<嫉妬>女偏で出来ている漢字でもあり、女性の専売特許のように言われているが、
どうして、どうして、男性の嫉妬心たるや淡白というか忘れっぽい女性の比ではない。
嫉妬心は一点の明かりに向かって暗闇で増長していくものである。
谷崎潤一郎作品の中の「お國と五平」の舞台を今夏の利賀フエステイバルで観た。
演出の鈴木忠志さんは谷崎の思考の論理性に興味をもって演出したと述べておられた。
話は単純明快であこがれのお國に嫉妬心で付きまとう今でいうストーカーの五平の言い訳の物語である。
暗闇に居る者の「この気持ちがわからんかい」という話なのだ。
暗闇の男、五平の心を切々と語る役者、竹森陽一さんの俳優力を100%以上越えて観客を満足させたのは
演出力にあった。
具体的にはまず、照明によって舞台が浮沈する様をギリギリまで追及したヒカリの大小と明暗は微妙に操られて谷崎の「陰翳礼賛」の心理を観客の我々に十分伝えきり、
「間」という時間軸をセリフ、動き、音(音楽)によって観客を舞台に誘導させる見えざる演出効果はさすがであった。
決して大袈裟ではなく、静かに、そして広々と、音が反響して我々の感性を揺すぶった。
今年の夏も絶品に出会えた利賀の観客は谷崎の「陰翳礼賛」を鈴木演出で心のヒダに納める事が出来た。

思えば「嫉妬」なるもの人間以外の生物にもあるのだろうか?
己の非力を棚に上げ相手を怨む心の現象は脳味噌ではなく心という掴み所のない場所で発生する
「恋」と似ているではないか。
煮ても焼いても食えないものなのだ。


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