新年を迎えお目出度い気持ちで前向きに寿ぎたいのですが、3.11以降解決出来ない福島原発の
余波に悩まされ霞みがかかったままの気分が続いている。
お正月、古本屋をぶらぶらしていて一冊の本に出会った。
「黒沢明・宮崎駿・北野武、日本の三人の演出家」1993年発行、渋谷陽一構成である。
放射能、核に関して黒沢氏が語っている二十年前の言葉を抜粋してみると、
黒沢:僕の作品で「生きものの記録・1955年製作」では損害を出してしまった、
当時日本人が原爆について触れるのがイヤだったんだよね・・・・・・・・・・
学問的に核っていうものを突き詰めてってああいうものができるっていうのはいいよ。
だけども、これは作った場合にさ、人間では制御できない性質を持ってるわけでしょ?
それを作るっていうのがそもそも僕は間違いだと思う。だって、原子力発電所を作っても
絶対に廃棄物は出るわけでしょ?廃棄物を処理する方法は見つかってないんですよ。
やってる限りは廃棄物は永遠に出るわけ。処理する方法が見つかっていないのにそれを
作るっていうことはまず間違いじゃない?最初に作った人の中でそれに気づいて反対して
いた人がたくさんいるけど、僕はその方が正しいと思うんですよ。電力にしても他の方法
はあるわけだからね、核に頼らなくても。これからねえ、旧ソ連が核をどういう具合に
処理してくかっていう問題は世界的に大問題になりますよ。核がいい加減に捨てられてる
わけよ。北極海はほとんど核の墓場ですよね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・日本は地震も起こるわけだしね、例えばスリーマイル島の事件くらいの規模
でさえ日本に住んでいられないんだよ、だからそういうものを人間が取り扱っていいのか
っていうことだよね。他に安全な方法が何もないってわけじゃないんだから。
だからそこに注ぎ込んでる頭脳をそっちに向ければね、そんな危険を犯さないで済むわけ
なんだしさ。そこいらが僕はすごい疑問なんだよね・・・・・・・・・・・・・・・・・
やめる方向に向かったりやめてる国はたくさんあるしさ。何故日本だけがそんな危険な
ことをしなきゃなんないのかねえ・・・だけどさ・・その辺わりと日本人っていうのは
いい加減なんだよな。
日本のどこかでもう一度地震によって原発が壊れたら日本は壊滅でしょう?
政財界の無責任さに気分は塞がったまま今年が始まっています。