高度成長期末期の1960年代から70年代はじめにかけ、日本の自動車事故死者数は年間1万人を超えていました。これをしばしば「第一次交通戦争」と言います。歩行者が犠牲になる率が多かったようです。

その後いったん減少して1万人を割り込みましたが、1980年代後半から再び増加に転じ、90年代前半まで1万人台を持続しました。これを「第二次交通戦争」と言います。自爆事故が多いのが特徴だそうです。

そこで死者数の推移を下に掲示してみました。

図1:交通事故死者数の年推移

なるほど山がふたつありますね。これで見ると「第一次」「第二次」交通戦争は実際に存在したように思えます。

では次に、日本国内の自動車総車両数をグラフにしてみます。
下がその推移です。

図2:国内総車両数の年推移

1946年に11万台だった車の数は70年後の2016年には8,000万台にもなっています。実に700倍以上!

ん? 700倍にもなった車の数の割には死者の数は増えていませんよね。
そこで車10万台あたりの事故死者数をグラフ化してみました。

ここでは対数グラフを使います。というのもあまりにケタが違いすぎて、通常の一次のグラフでは傾向がさっぱりつかめないからです。70年間で事故死率は1/830になっているのです。

図3:車10万台あたりの死者数

すごいですね、1946年。なんと1年間に25台に1台の割で死亡事故を起こしているのです。まさに走る棺桶

そして交通戦争時は…あれれ? 一次も二次も全然分からないじゃないですか。戦後少しの傾きの違いこそあれ、事故死率は下がり続けているのです。
そうです。交通事故死は本当は戦後一貫して減り続けているのです。「交通戦争」に見えたのは、死者の減少率を車の増加率が上回ったための錯覚にすぎません。

事故の減少には複合的な理由が考えられますが、マスコミに騒がれているように無謀運転とか飲酒運転が増えたためではありません。「交通三悪」? いえいえ、事故の増加は車の増加による必然です。「交通戦争」は数字上のトリックにすぎなかったのです。

「第一次」も「第二次」も、交通戦争なんてものは幻覚の産物だったと分かっていただければ幸いです。
(17.5.18コロりん記)

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休日の4月29日、非常に大気の状態が不安定でした。
名古屋では15時前から強い雷電があり、付近に落雷もして我が家は慌ててPCの電源を落としました。

その時の気象変化が以下のとおりです。

図1:2017年4月29日の名古屋の気象変化

 

気温は一気に10℃程度も低下、気圧が4hPaほど上昇。これはよくある現象で、雷雲から冷たい空気が吹きおろし、気温の低下と一緒に気圧が跳ね上がる現象です。

同時に風速が数メートル/秒ほどだったのが短時間で10メートル程度まで強まりました。また最大瞬間風速は24メートルほどになりました。

それでこの雷雲通過時に伊勢湾の海水も大きく揺れ動いたわけですね。
この時の潮位変化が下のようになります。この雷雲通貨の後、潮位変化の波があらわれています。これはしばしば内海で見られる現象で副振動といいます。

図2:名古屋港の潮位変化


ちょうど雷雲が通過した時点で少し潮位が下がり、その後は大き上下を繰り返します。その最大全振幅は40センチほどにもなります。周期は1.5時間ほどでしょうか。おそらくこれが伊勢湾の固有周期なのでしょう。

40センチというとたいしたことがないように思えますが、磯辺で遊んでいると、非常に大きな差であることが実感できます。

以上資料引用元は気象庁ホームページでした。
(17.5.14コロりん記)

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過去にRain Lilyのブログにエベレスト(中国名チョモランマ・ネパール名サガルマタ)の標高が時代によって変化していることを記事にあげました。
その時の記事が「ネパールの地震のプロットを見て思ったこととか」です。

ここでは現在ではエベレストの標高は8850メートルでほぼ統一されてきている旨を述べましたが、いまだに日本のメディアは8848メートルという、従来から言われている数字を採用しています。

このエベレストの高さの正確性はGPSによって測量されたことにあります。
GPSも若干の誤差はありますが、海面から水準点だけを目安に計っていた頃に比べるとずっと正確であることは疑う余地がありません。

では日本の富士山はどうでしょう?

富士山の標高はほとんどの人が知っているとおり3776メートルとされています。ですが、これも測量方法の変化によって変わってきているのです。

「世界文化遺産見て知って富士山に行こう」

こちらは富士山の紹介サイトですが、ここに富士山の標高の変化が記載されています。

まず1885年の公式記録では富士山の高さは3778メートルでした。それが1923年の関東地震のあとには3776メートルになってしまいました。富士山は海側のプレートに位置し、地震が起きれば地表の高さが下がるのは理屈通りです。

この調査が1926年。それ以降富士山の高さは3776メートルということになってしまったようです。
それが1962年に国土地理院の調査では3775メートル、1993年の大成建設のGPS調査では3774.9メートルと低くなっています。


これは現在の富士山の地図ですが3775.5メートルってのは微妙ですね。0.5がどんな数字で丸められているのかが気になります(国土地理院2.5万分の1地形図)。3774.9メートルも「両論併記」のように取り上げられています。

「富士山のように皆なろう」から3776という数字は好まれているようですが、科学の世界まで90年以上も前の不正確な数字を用いているのはいかがなものでしょう?

では懸念されている南海トラフの大地震が起きたら富士山はどうなるか?
南海トラフからも富士山は海側に位置します。ですから地震後は富士山の標高は下がる公算が大きい。さすがに次には富士山の標高の公式発表も変えられるとは思いますね。
(17.5.8コロりん記)

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もうひとつのブログ「Rain Lily」に「西之島再噴火の驚き」をアップしたので、それに沿う話題の数字を紹介。

今回の数字は「火山爆発指数(VEI)」です。
火山の爆発的噴火の規模を示す数値で、あくまでも「爆発的噴火によって飛散した規模」なのでお間違えなく。ハワイや伊豆大島が大噴火しても、大半は溶岩流ですので大きな値にはなりません。爆発によって遠くまで飛ばされた噴石・火山灰・火砕流などが対象です。

この数値、一応常用対数に対応しているのですが、VEI2以下では規則性がなく、数式で表すことができません。そのためか通常の使い方は小数点を用いず、整数値のみで表すようです。

火山爆発指数の基準はここなどを参照。


そこで日本で起きた噴火の主な規模を示します。出典はひとつではありません。研究者によって数字は変わってきます。

表:日本の火山の火山爆発指数


1888年の磐梯山の噴火は山体が崩壊する大規模なものでしたが、噴出物そのものは多くはなくVEI=2にとどまっています。
日本では1739年の樽前山噴火から、VEIが5以上の噴火は起きていません。これほどの火山がありながら、噴出量1立方キロメートルを超える噴火がないのは少し珍しいといえます。

阿蘇4火砕流は火砕流台地が本州でも確認されており、非常に巨大な噴火だと言えます。
早川(1993)によると、氏の提唱した噴火マグニチュードで8.4ですから、噴出量は2,000~3,000立方キロとなります。2~3兆立方メートル、5兆トンくらいにはなりますか。
おそらく九州はほぼ全域にわたり焦土と化し、灰に埋もれてしまったでしょう。

鬼界カルデラのアカホヤ噴火は縄文以降で日本最大規模で、大津波を伴ったことで知られています。火砕流は「幸屋火砕流」という名で南九州に分布しており、当時の日本に大打撃を与えました。

幸い、歴史時代の日本は915年の十和田のような、当時辺境の地だった火山を除けば破局噴火を避けていますが、それは単に運が良かったに過ぎません。
VEIが7とか8などという超巨大噴火が起きたらこの国の文化・文明はどうなってしまうのでしょうか?

なお西之島噴火の噴出量は1.6億立方メートルですのでVEI=4と思いきや、3なんです。というのも溶岩流による噴出が大半だからです。
(17.5.4コロりん記)

コロりんの住む名古屋では2000年の9月に「東海豪雨」がありました。
このときの名古屋の雨量記録は、1時間雨量97ミリ、日雨量428ミリ、24時間雨量534ミリで、どれも過去記録を大きく上回り、観測史上最大を記録しています。

ですがこうした突出した記録は、都市防災の長期計画には影響しますが、日常的に起きうる現象としては過大です。東海豪雨は国会答弁で「400年に1回の再現率」とされています。

同じような例を下に提示しました。これは彦根地方気象台の観測開始以来の日雨量記録です。

表1:彦根の日雨量記録1位~5位


なんと1位だけが2位以下を3倍も引き離して飛び抜けて大きな記録であることが分かります。
たまに運悪く大きな異常気象の中心が位置したり、例外的に強力な台風が襲来すると記録が突出することがあります。こうした記録はその地点のポテンシャルを表してはいますが、日常的に起きる現象ではありません。

そこでその地点で通常起こりうる記録として、観測史上5位の記録を持ってその地点の日常起こりうる数値としてみました。過去5回起きる程度の記録なら、すぐ今年にでも起きる可能性があるからです。

表2:各都市の観測史上5位の記録

 

各都市の数字は比較できません。
統計期間も違うし(当然長いほど大きな数字が出やすい)、また観測環境にも差が出るからです。広島の風速などは100メートル近い高空で計った数字であり、他都市と比較するのは意味がありません。

あまりにも突出した数字が排除できて、その都市の平均的な「現れやすさ」が表現できると思われます。
名古屋の24時間降水量は約230ミリ。これが観測開始以来126年間に5回(25年に1回)は起きる雨の記録なのです。言ってみれば比較的頻繁に現れる記録ということもできるでしょう。

個人レベルではこの程度の数字を目途にすればいいものと思われます。
(17.4.30コロりん記)