青山

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昨日紹介した椿展を報じる今朝の新聞

ついでに舞い込んだ案内状も

 

尼崎市とりわけ、塚口地区で「青山」と言えば、

喫茶店チェーンの青山のことであった。

 

「産経ウェスト」の2014年の記事

 

関西でおなじみの喫茶店「珈琲(コーヒー)の青山」が2月末で全11店舗を閉店し、喫茶店事業から撤退した。大手コーヒーチェーンの進出や安価なコンビニエンスストアの入れ立てコーヒーに押され、業績が悪化したのが大きな原因だ。価格やサービスが多様化し、「勝ち組」と「負け組」がくっきりと分かれ始めた喫茶店市場。昔ながらの喫茶店は苦境に立たされている。

 

待ち合わせに重宝

 

 「珈琲の青山」は、青山珈琲(兵庫県尼崎市)が兵庫、大阪、奈良、広島の各府県で計11店を運営していた。

 

 同社は昭和23年に創業。店は大阪・梅田や神戸・三宮の繁華街などに立地し、ガラス張りの外観や豪華なインテリアなど高級感のある落ち着いた雰囲気が特徴で、待ち合わせなどに重宝されてきた。コーヒーも売り物のブルーマウンテンが1杯550円と、1杯200~300円台で提供するチェーン店などより高めだった。

 

 

 帝国データバンク神戸支店によると、ピーク時は36店舗まで拡大し、平成10年には約41億円の売り上げがあったが、24年は約5億円に落ち込んでいた。

 

 同社は喫茶店事業からの撤退について「創業者である社長が高齢になり、自分が生きているうちに店を閉めたいとの意向があった。業績面で他店に押され低迷し、4月から消費税率が上がることもあり、このタイミングで撤退を決めた。今後は不動産業に絞る」と説明。大人向けの高級志向が、安価なコーヒー店が浸透した今の時代に合わなくなったとの見方もある。

以上は記事の丸写し。

 

塚口駅周辺にあった4つの店舗の跡地状況は、このブログで何度か紹介したことがある。

 

1号店はNTTドコモショップになった。駅の南側にあった店は、駅前ビルの1・2階部分を利用していたが、そこは2階店舗を持つコンビニになった。

 

同じビルの地階にあった店舗は未だに不動産屋預かり状態である。

 

4番目の店は、マンションの一部に取り込まれ、証券会社の店舗になった。

 

我が俳句の師匠は、塚口発祥3名物、喫茶青山、高級スーパーいかり、俳句結社「靑玄」

と言ってはばからなかった。

 

今や喫茶青山は廃業(不動産会社としては存続)、いかりは、支店を急速に増やし過ぎて

資金繰りに困り(多分)、ダイエー傘下に入り、そのダイエーもイオンに吸収された。

ただしスーパーいかりは今なお繁盛している。強敵の成城石井はまだ支店網を郊外に展開していない。

 

1920年生まれの俳句の師匠は健在なれど、「靑玄」は廃刊となって10年が経つ。靑玄は

一時は会員数500に近づき、関西では大結社扱い(とはいえ芦屋に大御所が住まうホトトギスの10分の一)であったが、今や元の会員は多くの結社に分散していった。

 

私も発起人に名を連ねた新俳誌「すずかぜ」などは、一時の靑玄の会員数のそのまた10分の一の群小誌である。

 

 

・・・

全国的には「青山」と言えば、洋服の青山商事であろう。

 

家から駅前方面へ歩いて数分のところに幹線道路が南北に走っている。

1970年、大阪万博に合わせて開通下した道路だが、片側2車線だが、

今や朝夕は大渋滞を起こしている。

既存の阪急電車神戸線の下をくぐるために、道幅部分は掘り下げられ、もともと平面交差していた道はなくなりこの部分では陸橋に、もう少し南にあった道は水平橋道路になった。

 

↑の陸橋の上から南を見ると

その水平橋(右側と左側の道と同じ高さの橋。普通にはこれも陸橋と呼ぶが、撮影地点の橋は立体橋)の向うに見えるのが阪急電車の高架である。もともとは下をくぐる道はなかった。

 

左手に見えるのは、ようやく(オープン後1年で)完売したように見える10階建てマンション。

 

同じ位置でズームをかけたら、電車が通過

南北にほぼ直線と思える道の真ん中に「洋服の青山」の看板が出っ張ッている。

↓30倍ズーム

ということはこの道は真直ぐではなく、看板が見える場所で左へ(東へ)湾曲していることになる。

かねがねその場所がどこか気になっていた。その後、その場所がどこか分った。

湾曲部分にあるため、撮影地点から2500mほど先にある

村山さんの像は見えないが

その像と幹線道路を挟んだ先に

青山の看板が見える。

これは南側から見ているが

上の陸橋上からズーム画像は北から見ている。

自宅の車のナビで「計測」、この看板がある店は青山尼崎総本店のよう。

自宅からは2.9キロと表示された。住所は尼崎市東難波町2丁目。

難波熊野神社などの近くである。

 

ならばズーム画像の左手に見えるのは総合医療センターの関連施設かも。

 

無機質で本人以外にはあまり面白くない画像ゆえ、

10階建てマンションの塀沿いの植え込み紹介。

いろいろ花が目立ち始めた。↑やまつつじ、ときわまんさく、馬酔木↓

早くも一戸、中古住宅として売り出されていた。41、000,000円、70㎡。

「青山」で検索

奥飛騨の水のひびきの青山椒 岩田千恵
 
記紀の山いづれもかすみ青山椒 鷲谷七菜子
 
蝸牛や青山半蔵幽居の間 西本一都
 
風薫る青山ここに定まりて 上田五千石
 
パン焼く香溢る青山薄暑かな 恩田秀子
 
青山椒摘めばこまかき実をこぼす 丹羽 玄子
 
青山や豆腐は婆の舌の上 末永有紀
 
菜を干してさらにつめたき青山河 廣瀬直人
 
口あけて言葉出て来ず青山椒 細川加賀 『生身魂』
 
妻子ゐて円き食卓青山椒 細川加賀 『傷痕』
 
三日月のさまよひいでし青山河 野澤節子 『駿河蘭』
 
青山を枯山にしてかいつぶり 齋藤玄 『雁道』
 
青山河胡桃芽立ちに溺れをり(平泉) 河野南畦 『広場』
 
羽の国に生きて乙字や青山河(出羽路二句) 河野南畦 『硝子の船』
 
のぼり来て高館に見し青山河 角川源義 『西行の日』
 
峠越えただに倶知安の青山河 角川源義 『神々の宴』
 
青山河夫の仕種に太刀帯(は)くか(甲冑堂、忠信、恵信が妻の像に) 角川源義 『神々の宴』
 
犢生る濡れ瞳濡れ髪青山中 加倉井秋を 『真名井』
 
寺町の夕ベよかりし青山椒 大木あまり 火球
 
袈裟がけに青山肌に一雪渓 福田蓼汀
 
妻子ゐて円き食卓青山椒 細川加賀
 
青山椒はなれ住む子に垣厚く 長谷川かな女
 
青山椒雨には少し酒ほしき 星野麦丘人
 
己が荷の車ひく日や青山椒 中村草田男
 
青山河ほのぼのくもり余り苗 能村登四郎
 
白桃や父のふるさと青山路 中西碧秋
 
なのりして摘むはたが子ぞ青山椒 大 江 丸
 
ゴンドラの宙に踏み出す青山河 徳田千鶴子
 
婚十年青山椒にむせびけり 井桁衣子
 
青山椒父の寝息のすこやかに 新保フジ子
 
青山椒擂りをり雨の上るらし 村沢夏風
 
妻子ゐて円き食卓青山椒 細川加賀
 
青山椒階段ふんで妻もたらす 沢木欣一
 
藪ふかく雨がふるなり青山椒 勝又一透
 
吸物は潮なりけり青山椒 塩原井月
 
袈裟がけに青山肌に一雪渓 福田蓼汀
 
専用の枕をもちて青山河 和田悟朗
 
青山中音一切のぬけし汽車 松原地蔵尊
 
陰に生る麦尊けれ青山河 佐藤鬼房
 
人形は振りかえらない青山河 下山光子
 
青山河蚊帳売人が倒れつつ 安井浩司
 
墓洗ふ水すいと退き青山河 横岡たかを
 
初袷青山窓につらなれり 田村木国
 
なきがらを排泄したり青山河 齋藤愼爾
 
青山を指して笞や競べ馬 西村和子 かりそめならず
 
青山椒泣く子にかひなありにけり 小澤實
 
産むというおそろしきこと青山河 寺井谷子
 
眼つむるや重なり合へる青山河 桂信子
 
覆しくつがへしゆく青山河 竹本健司
 
蜩や硯の奥の青山河 加藤楸邨
 
青山椒一粒吾が遠くなる 大橋敦子
 
陰に生る麦尊けれ青山河 佐藤鬼房
 
青山椒泣く子にかひなありにけり 小澤實
 
産むというおそろしきこと青山河 寺井谷子
 
蜩や硯の奥の青山河 加藤楸邨
 
秋風や頸出して見る海の青 山崎斌 竹青集
 
なのりして摘むはたが子ぞ青山椒 大江丸
 
青山中錫杖滝の音なせり 松山足羽
 
御羹なりて青山椒をつむや貴妃 尾崎紅葉
 
藪ふかく雨がふるなり青山椒 勝又一透
 
青山椒寺に畳のゆるぶ日の 岡井省二
 
青山椒ほつりと石に零しけり 武田桜桃
 
青山椒階段ふんで妻もたらす 沢木欣一
 
青山を指して笞や競べ馬 西村和子
 
虹をその上に朱鷺棲む青山脈 町田しげき

靑山椒の句がやたら多い。

 

白花のハーデンベルギア

ご近所の庭に一杯咲いている。わが裏庭にも。

この程度だと結構きれい。

ご近所(阪神間平野部)の春の7草

 

ハナニラ、ヒメオドリコソウ、イヌフグリ、ハコベラ、スズメノカタビラ、ホトケノザ、ヘラオオバコ

 

すみれもよくみかける。

↓は我が家門前の匂い菫

葉が花を隠すようになってきた。

きょうのハナミモザ

やつれてきた。

 

 

 

 

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