東京芸術劇場シアターウエストで上演された、カクシンハン『マクベス』を観てきました。

カクシンハンの作品を観るのは、『ジュリアスシーザー』『リチャード三世』に続いて3回目です。

常識を打ち破るような斬新な演出と、パワフルな演技が持ち味の劇団で、今回も、おもちゃ箱をひっくり返したような賑々しく熱気のある舞台が展開されました。


終演後、「おもしろかった!」という声があちこちから聞こえてきて、観客の興奮が伝わってきましたし、

客席には若い観客の姿も目立つのは、

「シェイクスピアって、なんか、堅苦しそう」とか、

「難しそう」

っていう敷居の高さを払拭する自由さと勢いがあるからかな、と思います。


マクベスを演じた河内大和さんは、台詞を自在に操り、緩急に富んだ演技と色気とユーモアとペーソスが相変わらず魅力的だったし、マクベス夫人を演じた真以美さんの、髪を全部剃った姿はどこか悲壮感もありながら美しく、少女の面影も残していて、背伸びをしない真摯な演技がとても良かったです。

が、私自身としては次々と繰り出される演出上のアイディアに気をとられてしまい、物語をじっくりと味わうことができなかった感じで、今回の作品は、今ひとつ乗りきることができませんでした。


この作品を創るために、俳優さん達やスタッフの方々が工夫を重ねたのは伝わってきましたし、観て楽しまれた方もたくさんいると思いますので、あくまでも個人的な感想として、ご了承ください。




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2017年1月28日(土)ソワレ

東京芸術劇場シアターウエスト

演出・木村龍之介

作・W.シェイクスピア

出演・河内大和 真以美 岩崎MARK雄大 阿久津紘平 白倉裕二 鈴木智久 葛たか喜代 東谷英人他




舞台には装置がほとんどなく、衣裳もマクベス夫妻以外は白いスポーツシャツとレギンスとスニーカーの出で立ちで、何かのスポーツもののよう。

パイプ椅子が剣にもなり、城の城壁にもなり、戦いのシーンもパイプ椅子を振り回す。

パイプ椅子をこんな風に振り回すのはおもしろいと思いましたが、全体的に運動量が多いせいで、前に観た2作品よりも、台詞がきちんと届いてこなかったのは残念でした。


実験的というか、エチュードのようというか、他にもいろいろなアイディアを盛り込んでいて、既成概念をくつがえす舞台ではあったけれど、私的には、

「それはやりすぎでしょ。」という気持ちになることがけっこうあって。

宴でマクベスがバンクォーの亡霊を見るシーンも、そこはコンビニで、みんながお菓子の袋を持って集まっていたり、バンクォーが女子高生の格好で出てきたりしたんですが、ここは私には悪ノリに思えてしまった。


アフタートークでは、演出家の木村龍之介さんが、シェイクスピアを現代の日本に引き寄せたい、とおっしゃっていて、その気持ちはわかるんですが、でも、そのために、コンビニとかのもろもろの現代の現象を「道具」に使うのは違うのではないかなあ、という気がします。そういう「道具」を使わなくても、観客の想像力がそれをなし得るのではないかしら。


多分、言いたいことや盛り込みたいことがたくさんあって、稽古の中から生まれたアイディアもたくさんあって、足し算の舞台になっていたのかな。


あと、アフタートークで印象的だったのは、もう完成間近だったのに、

「これでは普通のマクベスになってしまう。」と思って、本番間近にかなり改変したとのこと。

そうか、カクシンハンは「普通ではないこと」を目指しているんだなあ、と改めて思って、逆に私は「普通ではないこと」のみ、を望んでいるわけではないのだな、とも思いました。


カクシンハンは、

「今までにないものを」

「もっと、誰もがやらなかったものを」

という思いに突き動かされて進んでいくところに生まれるものが、とても刺激的だったり、斬新だったりするところが魅力なのだと思います。

が、今回は、その思いが先行して、奇をてらうことに走ってしまったように、私には思えました。

でも、いいな、と思うシーンも多くあったし、今回、マクベス夫妻を中心に描く、という軸は明確で楽しめました。反面、回りの役の印象が薄くなってしまった感はありますが。


パンフレットを読んだら、この物語は、地球最後の日に、二人だけ残った夫婦が見ている悪夢であり妄想、という裏設定があったそう。

最後、魔女達が二人を見下ろしていて、二人が何ともいえない表情で笑っていたのは、そういうこと・・・?舞台を観ている時はわかりませんでしたが。


カクシンハンは、これからも、実験や挑戦や冒険、そして創造と破壊をくり返していくのでしょう。その先に見えてくるものが何なのかは、やはり気になるところです。

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