まさかの憲法特集は続きます。


改憲にもさまざまな論点や手順の話がありますが、最重要なのは前文と第9条であろうと思います。





・まず現憲法の条文をおさらい(^-^)


第9条1項「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」


希求まではいいとして、その具体的手段としての「放棄」は極論だと改めて思いますね。即席とはいえ、すっ飛ばしすぎた。

1947年当時の気分の反映だとは思いますが、旧連合国はこの3年後に朝鮮戦争をしましたからね。

小学生の頃、学習漫画、読みながら「はやっ!」って思いましたもん。


「国権が、シビリアンコントロールを担保として発動し続ける場合は可能」と訂正したり、

「永久に放棄する」の箇所は「可能な限り国会での議決の上、または一年以内に国会で正否の承認議決を前提に総理大臣の判断でやむを得ず行使する」などでもいいと思います。
100点の改正にはならないけどイギリスぐらいにはなりそう。


「緊急時は」の表現はワイマール憲法下におけるヒトラーさんの前例があるので控えるべきかなあと。

関連する憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」は2点、問題があって、


1.「今の中国や北朝鮮を信頼できますか?」という、メディアでもよく言われる現実的か点と、

2.「ほんまにそこまで決意しました?」という点。

その決意の確認のために国民投票しましたか?と。
希望はともかく決意まで国民全体として意思表示したのかなと。「もう戦争はイヤだ」という思いを当時なりに強調されたとは思いますが。 

当時のアメリカは『戦後の日本が左に傾くか、アメリカ寄りになるか、再び自主的になるか?」を読みきれなかったような点も挙げられます。 だからとりあえず憲法で抑えるだけ抑えた。

アメリカにとって自由主義側にとって『親米政権が続く」と確信するまでは、日本を独立させるわけにはいかなかったでしょう。




・願いと実際

日本国憲法は「戦争反対、平和がいい」という素朴な想いと重なる部分もあります。
でもそこは普通に改憲派の大半というかほぼ全員が思っているはずなので、

「素朴な平和への願い」と、「民主主義国家として機能するためのより良い法体制、のねじれがあると思いますね。


会社で、「給料を上げてくれ!」という個人個人の希望と「今は資金を確保して借金返済や新規事業に充てたい、全体として発展させたい」という組織としての結論が異なるのに近いかな。


ちなみに、全ての国の憲法が日本国憲法の場合、つまり戦争放棄で、すべての国が条文通りに行動するならば日本国憲法の理想は成立します。(悪質な宇宙人でも来ない限り。〕



残念ながらそうはなりそうもないので。


護憲派の方で、日本国憲法の理想を元に、むしろ世界を日本国憲法のように変えていく、というお考えもありますが、その流れはこの70年では作れなかった、

少なくとも大国では作れなかった、成立するのは南太平洋の島国ぐらいでしょう。また本気でそう思う人たちは、積極的に海外でその活動をできたのか?

世界の国々に「武力と戦争放棄をせよ、それを表した憲法を作りましょう」と言えたか?そのための政治勢力を海外に作れたか?というところがありますので、


その文明実験はちょっと現段階の地球には合わなかったのかなあと思います。
初期の左翼思想は20世紀は労働者の地位を高めた功績はあると思いますし、気持ちは理解できる面もあるのですが、、、




・墨子との共通項

日本の社会民主主義の平等や反戦の思想は、墨子の兼愛や非攻の思想とかなり似ているんですよね。

墨家の方々の最期は反戦の精神を貫きながら相手に皆殺しにされたので、残念ながら素朴な思いで、すべての次元のことを行おうてすると、現代でも似たような結末になってしまうのではないかと推測できます。

元はシンプルなので、時々、姿を変えて現れ流行る思想なのかもしれません。


 


・不毛な段階を脱せ



なんにしても、

「中国という強盗が攻めてきた場合どうする?」
「いや日本政府が強盗になるんじゃないか?」

の不毛な争い。
この段階はそろそれ脱していただきたいなと。

実際はもっといろんな要素があり複雑で、その中間の場合も多い。
それになんにしてもリスクは背負うでしょう。
  



・世界平和への可能性はまだあると信じたい

ただ実は私は、改憲派ながらも「じゃあ戦争は仕方ないんだ、殺しあうのは運命なんだ、話し合いじゃ解決できない場合もあるんだ、フランス革命や南北戦争のように自由のために戦わなければならないこともあるんだ。それが現実なんだ」とは完全に割り切れません。

たとえこれまでの人類史を見ればそう見えても、現実ですが、私には完全に割り切れません。

競争でお互いを磨き合うのはいいけど、戦争はなくしたい。
この理想を諦めきること自体は私にはできません。


戦争は力ずくで止めさせることはできない、戦争反対や戦争放棄というシンプルな対抗思想だけでもきっとできない。


「戦争する大義もメリットもない、戦争をするという発想すらなくなるような世界をどう作るか?」が人類全体の課題になっていかなければと思います。



次回、このブログで応援していた幸福実現党についての見解

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