このたび「地球を救う光」という大川隆法総裁の講演会がテレビやラジオで一部地域で放送されることになりました。地域によって日取りや時間帯は異なります。

興味のある方はどうぞ(^o^)。ラジコというアプリでも聴けるはずです(^-^) 

障害者特集や対談などもあるそうです。



「地球を救う光」放送日程



2016年 大川隆法総裁大講演会 抜粋集



これだけで終わりたいのですが、
これで終わると回し者みたいになるので、僭越ながら私個人の価値判断に基づいた簡単なガイドと感想を添えたいと思います。


1.たぶん最初の15分くらいで十分

編集がどのようになるのかわからないので、なんとも言えないところはありますが、後半は政治経済の具体的な話だったので多分むずかしいと思います。

「あ、むずかしい」と思ったら部屋を片付けながらとかでもいいと思います。
でもアッラー再宣言のくだりはマスト、人類として必聴かなと。

聴いただけで奇跡が起こった方もおられるようなので。
なんとなく聞いても風邪ぐらいのら治るかもしれないです、笑。


まあある意味かなり失礼な態度ではあるのですが、、、



2.もう少しプラスアルファはあってもいいのかも

まだ番組を見ても聴いてもいないのに、言いますが、笑。
どうせやるなら、大川隆法総裁のこれまでの講演の名フレーズをダイジェストで流すとか、 一転語のマシンガンわ放つ(^-^)選ぶのたのしそー、笑

小川知子さんにあの世とこの世を貫く世界観や四正道やオウムと戦った歴史を紹介していただくとか、過去の財産を活用できないのかなあと思います。
 
あ、小川知子さんは現在も財産です、笑


まあ既に似たようなことをされていたらお恥ずかしい限りです(^-^)してなさそうなので!





3.「幸福の科学」プチ教団文化史

でも、ラジオを聴いたからといって幸福の科学の施設にいくのがいいとは必ずしも思わないんですよね。


私個人としては、いざ勇気を振り絞って支部精舎に行ってみたら、警戒されるパターンが多かったです。

二回目に行ったら「会員になりませんか?」。まああとから見れば、たぶんこれは挨拶みたいなものなのだと思います。でも、伺うのにネックになる一言ではあります。

私の無理解もあったとは思いますが、本と実際は必ずしも一致しないなと改めて思いました。



・これまで幸福の科学を支えてこられた方々の特徴

大阪と東京の支部精舎をいくつか見て回りましたが、いつも暑まっている感じの方の多くは、大川隆法総裁を中心としたひとつの家族みたいな感覚をお持ちですね。
一般的な信仰心やファン心理だけでは説明できない何かを感じます。


「支部は我々の別荘シェアハウス」みたいな一体感。

「信仰空間を保つ」という大義はあれど、熱心な方々の家族性や純粋性は排他性に繋がってしまう面も感じます。小規模では最善でも、大規模で、どこまで成立させるのか?変化していくのか?伝道スピードとの兼ね合いは?

言い換えれば「純粋性」と「器の大きさ」との兼ね合いは?という問題に直面していくでしょう。


たぶん初期からの会員さんや現在いつも集まるような方は、前世でも大川隆法(細かい説明カット)のご家族や親戚や友人、直臣、近衛兵や熱心なファン、またはあの世のイエスを一生恋人のように慕った中世の修道女みたいな方が多いのでしょう。 

ちなみに支部精舎で会話を聞くと、近衛兵と修道女が議論してるみたいだと思うことはあります。


世間のどちらかというと宗教に対する冷たい扱いが結束を固めさせた点もあるでしょう。

ハッキリと家族愛だとは申しませんが、それに近いもの。

信仰論、宗教論云々を超えたそういう信じ方を感じます。



・教団のシステムに素直

私もこの一年半、幸福の科学のさまざまな方々とお話しをさせていただき、勉強になったことも数多くあるのですが、「あれ?そうだったっけ?」みたいな文化も感じます。

たとえば、お布施をしてなにかしらの特別な称号やご本尊、レアなものをゲットするカルチャーが根強くあります。

それは、どこでも、昔ながらの宗教でもある程度そうですし、アイドルでもそういうところはあります。

金銭または消費行動への過度な執着を絶ち、神仏を支える者に献ずるという修行の面と来世の功徳を積むという面もあるのですが、

選挙でもなんでも祈願、なんでも仏像授与で奇跡を待って解決しようとする姿勢は他力。

教団のシステムに沿った努力に重点を置くのも、間違ってるとは言えないけど、なにか違うんじゃないかなあ?という気はします。


お金を出すという点は立派な自力ではありますけど、すごいなあと素直に思いますけどトータルで見て目標設定は他力に偏るのかなあという想いはあります。
そういう解決方法を学ぶためにこの世に生まれた面があるはずなので。

こういう疑問を何人かの方や職員さんにも投げかけてみたら「入ったらそのうち慣れますよ、染まりますよ」という回答が何度もきて、私は「信仰はあれど、これに染まってはならない、外部の視点を持ち続けた理解者の立場を全うしなければからない、たとえ入っても片足で止めねばならない」と心に誓ったのを覚えています。


私自身もそういう方々の支えがあっな結果として、さまざまな本を読むことができるので基本的には感謝の思いです。
これが「我」でないことを祈ります。




・天上界のプロデュース力、恐るべし

この感じをもう一段、広く見ると、天上界(ここでは天国のお偉方の意)の意志すら感じます。

教団初期には、そういう個性の方を重点的に生まれ変わらせて、
私みたいに余計なことばかり言わず、黙々と大川隆法総裁と僧団を精神的に金銭的に支えていただく方を配置し、つまり教団の基礎を固める係で固めていたのかなあと思います。

幹部さんや若手の魂は必ずしもそうでなくても、彼らのそのまっすぐな姿勢の影響は受けるはずです。これは、たとえば、のちの分裂のリスクも最小限に抑えられます、、、 

つまり短中期の伝道力より長期の基礎固めを第一に選択された。
そこまで考えられていたらさすがだなと。

そういう魂の傾向性の問題もあって信仰学習団体が救世団体にはなかなか変化しきれないのかなあと思います。

ただ全体として信じるものに対しては素直なのでトッ、幹部、リーダー格の揺るぎない覚悟とシステムの工夫によっては徐々に、時がきたら誰かのかけ声で一気に変わる気はします。

たぶんそれが最高の展開。しかしそうならなくても次善の策としては立派そうな次世代が控えているのかなあと期待する面もありますね。





4.よりよい救世のための公案

公案「大川隆法が入滅までに世界で理解されないまま終わるのがいいか、ある程度理解されて終わるのがいいか?」

ある程度、理解されている方でも「後者がいいけど、よくて前者だろう」という意見がたぶん多いと思います。

私は、もう選べると思うんですよね、、、

前者のメリット、「弟子の活躍の場が残る」、「長い時間で認められたほうが結束も強まり結果として強い絆になり、長い時間残りやすい」

後者のメリット、「宗祖時代でキリスト教における300年分くらいやっちゃったらおもしろい」「救世的にスピーディ」「むしろ海外で先に広く認められ日本に逆輸入して広まる展開は文明史的にもたぶん新しい」


後者が斬新さ、新鮮さで勝りますが、堅実なのは前者かなあと思いますね。後者は、ふわっとしています。

少なくとも、宗祖が法を説かれた聖地を世界中に100ぐらいはあったほうがいいと素直に思いますね。勝利の数字にひっかけて77でもいい。そこが現地にとっての精神的支柱になるでしょう。
 



一応、この公案への私なりの解答は「そんなことばかり考えないで、一燈を持って、やれることをやる」です、笑。

その姿勢が後世に一番いい影響として残ると信じますね。


あとタイで説法できないのかなあ?
親日国であり仏教国だし、地理的にも東アジアの真ん中にありますし。

上座部仏教では「ブッダは再誕しない、解脱したからこの世に戻ってこない」となっています。ある意味、それは真実でしょう。そういう段階もゴーダマさんには見られます、悟りに奢らない謙虚さでもあります。

でも誰かに勧められて悟った真理を伝える側に回るわけですね、遺言では再びこの世に戻り、伝えるとも仰った。伝える気満々(^o^)

あれほど庄語を重んじるゴーダマとその直弟子たちが遺言を創作するなんてありえない。他は脚色や創作や伝わりの不備があろうが、そこは守るでしょう。

なので私はタイの仏教界は大川隆法総裁に講演を依頼すべきだと思います。

タイでも日本でも言えますが、

再誕を公言して一定の信仰と成果を得た者を、きちんと土俵にあげないのはおかしい。絶対におかしい。


タイ語では書けませんっ(T ^ T)



キリスト教やイスラム教とのことも書きたいのですが、キリがないのでー、、、



て!素直に思うことを書いてたら、こうなるんだって!なんか自然に失礼な感じに!誰やねん!笑

 


とりあえず一番、言いたいのは、幸福の科学はあやしくないと思います。←



ただ、これを述べている私は匿名だし、あやしいかもしれないので、十分あやしいので、そのあたりはお気をつけてお読みください(^-^)←締めくくりに言うなw























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