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2006-09-13 19:41:11

鏡の色

テーマ:考察

透明じゃね?


銀とか白とかそんなちゃちなもんじゃねぇ。


この結論を得たとき、妙な感動を覚えた。




それだけ。

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2006-08-13 02:44:49

科学技術は人類を幸せにしたか?

テーマ:考察

まず友人の記事 を見てください。


こやつが「反論してみそ」的なこと言ってきたので、考えてみます。

まず、思い浮かぶことがいくつか。


科学技術の与えた影響

 1.武器による殺戮・安全

 2.医療による延命・絶命

 3.機械による賃金の上昇・低下


パッと思いつくのは、こんなもんかな。

まぁ、見ての通り、文末に相反する語があります。

ようは使い方でいくらでも変わるということなんですが、もう一つ示していることがあります。


誰かが幸せになるということは、誰かが不幸になっているということではないか?


全部が全部そういうことではないと思いますが、賃金に関してはほぼそうなると思います。

誰かが儲かれば誰かが損をする。

生物である以上、他の生物を食って生きていきますし。


何でそんなことを考えたのかというと、

幸せと不幸、その人数がそれぞれ単純な四則計算の関係にあるのかどうかが疑問だからです。


つまり、

1幸せな人と1不幸な人がいたら、互いに相殺されて0幸せとするのか

3幸せな人と1不幸な人がいたら、1幸せな人が二人とするのか

100幸せな人1人と1不幸な人が100人いたら、互いに相殺されて0幸せな人が101人とするのか

1幸せな人100人と100不幸な人1人がいたら、互いに相殺されて0幸せな人が101人とするのか

ということです。


幸せの総量」を考えるときに困ると考えたわけです。

同じように、単純に平均計算していいのかどうかも疑問です。



次に、彼も書いてるけど、「そもそも幸せとは何か」かな。

そういえば、前にこんな記事を書いてたな。 幸せについて

今読み返してみても、考えはとくに変わってないし、幸せが何かもわかってない。


今思うことは、上の記事の「幸せ」は精神的な幸せなのではないかと思う。

ようは、個人個人の価値観によって決定される幸せ。

「幸せかどうか」というより「幸せと思うかどうか」という実感的なものかな。


でも、給料は多いほうがいいことは確かだし、転ぶより転ばないほうがいいことは確か。

客観的とは違うと思うけど、ないよりあるほうがいいもの、あるよりないほうがいいもの、が存在するのも事実。

こういう物差しで幸せを計ることもできる。

実感的に対応させるなら、実質的となるのだろうか。


そして、「幸せ」を大きく左右するのは価値観だと思う。

つまり、実質的なものではなく、実感的なもののほうが影響が大きい。

人間なんて所詮脳みそで生きているんですからね。

いくら現実が不幸せでも、脳みそ(実感的)が幸せと思えば幸せなんです。


と、ここまで書いて浮かんだ疑問がひとつ。


「幸せにした」の範囲は?


ここでの範囲は「時間」です。


今現在なのか今までの合計なのか地球(人類)が滅ぶまでなのか、これがわからんということです。


まぁ、「幸せにし」なんですから、今現在か、今までの合計か、ですかね。



まとめて、何が言いたいかというと、「科学技術は人類を幸せにしたか?」という問い自体の意味がよくわからんということです。


深く考えなければわからないけど、深く考えると余計わからない。




まぁ、ただ1ついえることは、今突然科学技術が無くなったらほぼ全ての人が困るということです。


つまり、ほぼ完全に人類は科学技術に依存しているということです。


それを幸せと見るのか、中毒症状と見るのか。


科学技術は人類を幸せにもしたし不幸にもしたと思います。

また、科学技術がなければなかった幸せ、なければなかった不幸があると思います。


ようは、幸せの量も不幸の量も増えてるんじゃね?ってことです。


で、四則計算が成り立つのかどうかという疑問があったので、よくわからん、と。



これは、生きているほうが幸せか、死んでいるほうが幸せか、によく似ています。

つまり、幸せと不幸が、両方あるほうがいいのか、両方ないほうがいいのか、ということです。

未だに僕はわかりませんが。


彼の言っている「人口が増えている」は人間にとって大きな利益でしょう、生物的にですが。




最後に言いたいことは、人類を幸せや不幸にするのは科学技術ではなく、人類自信であるということです。

つまり、この問い正確には「科学技術を用いて(発展させて)人類は幸せになったか?」ではないかと。

結局良くわかんないんですけどね。

反論というか、ただ意見を述べただけだなこりゃ。

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2006-07-24 06:18:47

何故0で割ってはいけないのか

テーマ:考察

朝っぱらから何考えてんだって話ですけど、早起きしてしまったからしょうがない。


「無い物で割る」

う~ん、難しい。




と、思いきや、なんとなくすぐに結論が出ました。


0=0+0 は明らかですよね。


ということは

0*a=(0+0)*a  両辺にaを掛けた

ですね。


0*a=0*a+0*a  右辺を分配した


ここで 0*a=x とすると

x=x+x

x=2x

x=0


よって 0*a=0 ・・・①

まぁ、これは「0に何を掛けても0」を意味しているわけです。


ここで、0*b=1となるb、つまり「0の逆数」を考えます。


①から、0*b=1となるbは存在しない。

つまり、0の逆数は存在しない。

1/0は存在しないと。


逆数が存在しないということは、割ることもできないということです。


A÷0=A*(1/0)ですからね。

恒等式で、右辺に矛盾があるのに左辺だけ成り立つなんて新しいことないですよね?



一通りまとまったわけですけど、疑問が1つ。

x=a(aは定数)のグラフがあるとします。

y軸に平行なグラフですね。

このグラフ、xが0増える間にyが自由に増減します。

傾きはn/0(nは全ての実数)になるような。

もちろんその中には1/0も含まれてます。

ってことは、1/0はありなのかな?

あるいは、xの増加量が0だから傾きとは言わないとか?


確かに、両辺微分すると1=0になって矛盾するなぁ。

ってことは、x=aというグラフがありえない???

なわけないと思うけど、どうなんだろ。

y=になってないからかな・・・。


















今日テストなのに何してんだろ。

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2006-06-11 00:34:40

テーマ:考察

なぜ鏡に映る像は上下逆でなく左右逆なのか説明できますか?


友人が話題に持ち出したせいでかなり悩まされてます。


右手をあげると、鏡では左手が上がる。


ところが、頭を動かしても足が動くことはない。


う~ん、一体なんでだろう・・・。


考えていくうちにわかったことが1つ。


実は左右逆ではなく表裏を逆にしているということです。


むこうに進むはずの光が鏡に反射されてこっちに来るわけですから、

当然表裏が逆になりますよね。

そしてその結果左右が逆になるらしいということが予想されます。


とりあえず、左右逆以外の状況をまとめてみます。

これは鏡とか関係ないです。

いろいろな反転

右下の人の頭が黒くなっているのは、後頭部(裏)を表しています。


上の図から、左右逆にしても、上下逆にしても、表裏逆にしても、

全く同じ形のものが生成されることがわかります。


 ここで言う同じ形というのは、その名の通り形が同じ物を指すんですが、

 「重なる」と違い、向きは関係ないのです。北を向こうが上を向こうが関係ありません。

 逆に、重なるというのは、形はもちろん向きも同じものを指します。


つまり、鏡に映る像は

厳密には表裏逆だが、上下逆の像や表裏逆の像とも考えることもできる

ということです。

だって形は同じなんですから。

ここが大きなポイントだと思います。


たしかに、鏡に映っている像を、左右逆にしても上下逆にしても表裏逆にしても実物と同じ形になります。

しかし、このとき、実は大きな違いが生じています。


以下にその過程を示します。

重なる過程

重なるまでの過程を示しました。それぞれ2人ずつでセットになっています。

図の一番上にある絵を見てください。左が実物、右が鏡と写る像です。背後から見ている感じです。

これでイメージを掴んでください。

邪魔なので鏡のわくは一番上の絵にしかありませんが、他の絵も同様に左が実物、右が像です。


では大きな違いの説明をします。


まず、重ねる方法は3つあります。

鏡に写る像を、表裏を逆にする、左右を逆にする、上下を逆にする、この3つです。

これらは同じ形ですから、向きをそろえれば重なることはすでに述べました。

よってこの3パターンが考えられます。


では、それぞれ考えてみます。


1.表裏を逆にする場合

表裏逆にすると実物と重なります。簡単ですね。


2.左右を逆にする場合

まず、左右逆にします。

次に、図の赤矢印の方向(縦軸が軸)に回転させます。 ※回転であって反転ではない

これで実物と重なりました。


3.上下逆にする場合

まず、上下逆にします。

やはり図の赤矢印の方向(横軸が軸)に回転させます。

これで実物と重なりました。


大きな違いというのは、表裏を逆にしたときだけ一発で実物と重なるという点です。


また、左右逆にする場合と上下逆にする場合が酷似していることがわかると思います。

そこで僕はこう考えます。


鏡に写る像を左右逆であるとするなら、上下逆でもある


重なるまでの過程に大きな違いはないわけですから、当然同じ性質のものとみなせるでしょう。


よって、僕の「何故鏡に写る像は上下逆でなく左右逆なのか」の答えは


上下逆でないわけではない、上下逆とも左右逆とも解釈できる


です。



また、上記の結果から、以下の式が導かれます。


表裏逆 = 左右逆+縦軸回転 = 上下逆+横軸回転


こちらは数学っぽく解釈できそうなので、また考えてみたいと思っています。



一応結論は出ました。

しかし、迷路の外に迷路があることもあるんですね。 ※この意味がわかる人はごく一部でしょう・・・

「なぜ鏡に写る像は上下逆ではなく左右逆なのか」は解けました。 ※一応ですが


このことを踏まえたうえで、次の問いはどうでしょうか。


なぜ鏡に写る像は上下逆とも左右逆とも解釈できるのに、上下ではなく左右が逆に見えるのか


う~ん、これの回答は

「人が上下対称より左右対称に近いから~」とか?

上下逆ってイメージしにくいですからね。


「振り返る際に縦軸回転するのが普通だから~」とか?

鏡の像を振り返ったものとみなした場合ですね。


実はちょっと哲学っぽい側面が見え隠れしてます。


もしかしたら、この問いはここからが本番なのかも・・・。




多少想像力に頼っているとこもあるかもしれないですけど、こんな感じでどうでしょうか?

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2006-06-08 22:39:18

矛盾の矛

テーマ:考察

今日学校で矛盾について友人と少し話したんですが、

家帰って来てふと思いました。


あれ、矛だけで十分おかしくね?


矛盾というのは、何でも貫く矛と、何にも貫かれない盾があり、その二つの関係がおかしいという話です。

つまり、その矛で盾を突くとどうなるか。

矛が貫けば、何にも貫かれないはずの盾だからおかしい。

盾が貫かれなければ、何でも貫くはずの矛だからおかしい。

どう考えてもどちらかがウソになってしまうということです。

まぁ、こんなこといちいち説明しなくてもいいかもしれませんけど。


で、なんで矛だけでおかしいというと、次のような状況を思いついたからです。


矛同士を対峙させたらどうなるか?


    →←

まぁこんな状況ですね。

矛同士で互いに突きあったらどうなるか、ということです。


左の矛が貫くか、右の矛が貫くか。

これは、矛が貫くか、盾が守るか、とほぼ同じです。

この場合「貫かれたほうは貫くことができなくなる」という前提があるわけですけど。

それを無視するなら、両方貫くという可能性はあります。

また、何でも貫く矛が一本しかないのなら、このような事態に陥ることはないですね。


よく考えてみると、「何でも貫く」ではなくて「どんな盾でも貫く」、

「何でも貫けない」ではなくて「どんな矛でも貫けない」だったような気もしないでもないです・・・。


なんか最後のほうで崩れかけてますけど、そういう考え方もあるということです。

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