2006-05-29 01:35:49

ウラシマ効果

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ウラシマ効果

光速に近い速度で移動する物体は、物体における時間の流れが遅くなる。


言わずと知れた「相対性理論」で言われているものです。

ようは、むちゃ速く動くと時間が過ぎるのが遅くなって、止まってる人より若くいられるよってことです。


双子のパラドックス

双子がいるとして、そのうち一人(普通は兄)がロケットに乗って地球から離れるとき、ロケットに乗った方は高速で移動するので相対性理論が示すように時間が遅れる。よって、地球に帰ってきたとき、弟は兄より年をとっているはずである。

しかし地球に残った弟にとっては、地球がロケットから遠ざかる様に移動しているとも捉えることが出来るので、地球に残った弟のほうが時間が遅れると考えられて矛盾する。


これを解消する理屈として、

兄弟の運動が対称でない、加速度に違いがあるからこのような矛盾は発生しない

というものがあります。



そこでふと思ったことです。


もし光速に近い速度で移動する物体が二つあったらどうなるのか?


わかりやすく二つの宇宙船が正反対の方向に高速の40%で飛行するとします。

それぞれAとBとします。

     ←A B→    こんな状況を思い浮かべてください。


AはBに対して光速の80%(40%+40%)で移動しています。

AはBよりも時間がたつのが遅くなりますね。


BはAに対して光速の80%(40%+40%)で移動しています。

BはAよりも時間がたつのが遅くなりますね。



















あれ?


AはBより時間が経つのが遅いはずなのに、BはAより時間が経つのが遅い。

つまり、Aは「Aより時間が経つのが遅いB」より時間が経つのが遅い。


A>B? A<B? A>B>A? A>B>A>B>・・・? ・・・A>B>A>B>・・・?

AとBに双子が乗ってたらどっちのほうが歳を取るんだろう?


???


加速の方向にも関係するのか、AとBが複数存在するのか、そもそも間違いなのか、わかんね。

ん、加速度の大きさで決まるとしたら・・・。


今日の計算システム基礎の時間にでも良く考えてみようかな。

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2006-05-23 22:39:17

生きるために戦うことが前提にある世界

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タイトルの言葉は映画キャシャーンで出てくる言葉です。

数ヶ月前にテレビで見たのを思い出しました。


確かにその通りだなぁと思います。

生きることだけを求めたとしても、最低でもそれに必要な衣食住を確保しなければならない。


同じことですけど、僕は「苦しむことが前提にある世界」だと思います。

何をするにも肉体的精神的な苦しみはつき物で、多かれ少なかれ苦しみは付きまとっていると思います。

逆に喜びだけで満たされている瞬間はあるでしょうか?

苦しまずに喜びを得ることはできるでしょうか?


ただ駄々をこねているようにしか見えませんが、

僕自身、喜びを得ることより、苦しみを避けることのほうが重要になってしまっているような気がします。

「苦しんででも喜びを得たい」これが普通だと思っています。

しかし僕は「喜びを犠牲にしてでも苦しみを避けたい」ということです。

やっぱり駄々をこねているようにしか見えませんね。

でも最近はそういう価値観の人多いんじゃないのかなぁ?


そして、その価値観のもと「苦しむことが前提にある世界」を考えると・・・。

生きていることに矛盾を感じる、というわけです。




まぁ、そのほかに思ったことといえば、価値に関することです。

例えば、「何故生きるのか?」という問いがあります。

この問いは「生きる価値がある」という前提のもとに成り立っています。

しいて言えば、「(物事に)価値はある」という前提のもとにです。


前の記事で「迷惑をかけたくないから生きてる」的なことを書きましたが、

それは「迷惑をかけないことに価値がある」という前提があってこその話であって、

「迷惑をかけないこと」に価値がないとすれば、「何故生きるのか?」の答えにはなりません。


そして僕は「迷惑をかけないこと」にどのような価値があるのか、

あるいは「迷惑をかけること」にどのような非価値があるのか、

何故迷惑をかけたくないのか、それがよくわかりません。


ということは、結局なんとなく生きているということにほかなりません。


さらに「価値はある」という前提も疑うとどうでしょうか。

「何故」は意味(内容)を失います。

結果「何故生きるのか?」という問いも消滅します。

問いがなくなれば、答えに悩む必要もなくなります。

しかし、今度は逆に答えがないことに悩んでしまいますが。


ちなみに、僕は「価値はあるかないか?」と問われれば、「たぶんない」と答えます。

あるいは、「そもそも価値って何だ?」と言うかもしれません。


価値というものは「ある『と思う』」もの、つまり主観でしか決定できないような気がします。

お金が儲かることは利益ですが、その額にどの程度の価値を感じるかは、個人個人違うはずです。

100円で喜ぶ人がいれば、100億にも満足しない人もいる。(のかな?)

これは所得という単純な場合なんですけどね。

そして「ある」と「ある『と思う』」は別物なのではないかと思うわけです。


まぁ、後半無駄に長いしまとまってない文章ですが、

何が言いたいかというと、「僕は価値がほしかったんじゃね?」ってことです。

自分の行動や存在に価値がほしかった、

その1つの方法として他人に認められたかったのではないか?ということです。

しかし気づいてみると「価値はない」という立場を取っている。


手に入らないものを求める感情、無理だとねじ伏せようとする理性、

いつからか感情と理性が争うようになってたなぁ。

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2006-05-21 22:50:09

いや別に深い意味はないですけどね

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昨日ダヴィンチコードの宣伝っぽい番組を見ました。

もうなにからなにまでスゲーって感じでした。

あれが本当に仕組まれたことなのか、深読みしすぎただけなのかはわかりません。

しかし、後世で大きな話題になっているのは事実です。


そこでやはり、自分はどうなんだろって思うんですよね。

この先の人生まだまだいろいろな人とかかわることになると思います。

でも、その人たちも次第に死んでいく。

もちろん僕自身もいつかは死ぬ。

すぐではないにせよ、いつかは忘れられる。

僕のしてきたことも、消滅する。


いいものも、わるいものも、なにもかも。


だったら、なぜ今を一生懸命生きる意味があるんだろ。


そりゃあ僕自身ダヴィンチみたいな人生を送れるなんて思ってないし、

後世で話題になれるとも思いません。


それに、ダヴィンチですら、いつかは忘れられ、消滅するわけで。


目の前に待つのは明らかに虚無なのに、なぜ人は苦しんでまでそれに向かうんだろう。


1つだけわかること。

僕はきっと

家族、友達、恩師、そんな人らが無駄に頑張って生きてるから、

おそらく僕の死を悲しむから、死ねば迷惑になるから、だから生きてる。


いや、むしろ生かされてる。

死ねない状況に追い込まれてるのかもしれない。


もし周りに誰もいなかったら、僕は生きていけるのだろうか?

もし誰にも迷惑をかけることなく死ねる方法があったとしても、僕は生きていられるだろうか?



他人はどうなんだろ。

何のために生きてるのかな。

あるいは何も考えずになんとなく生きてるのかな。
それはそれでうらやましいけど・・・。



小学生の頃の僕から見れば、全くの別人だろうな、今の僕は。

どこで道を間違えたのか・・・。

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2006-05-15 23:19:25

三連休

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今日じいちゃんと車の修理をしました。

なんかエンジンを冷却する水が漏れてるらしい。

下からのぞいても問題の箇所は発見できませんでした。

ぶっちゃけ僕はこの時点で「こりゃ無理だね」と思ってました。


しかし、じいちゃんは涼しい顔をして



















(´ω` )座席はずすしかないか・・・



とか言ってるわけです。

車なんていじったことない人間からすれば

工エエェェ(;´Д` )ェェエエ工 大丈夫????????ってなるわけです。

もうね、諦めろよと、業者に頼めよと。


後でわかったんですけど、車にはめちゃ詳しくて、講義にとかも行ったりするそうです。

囲碁とかでもどっかの大会で優勝したりとか、たぶん市内でしょうけど。

じいちゃんすげぇよ、隔世遺伝してないかな・・・。


で、運転席はずして、絨毯チックなのもはずして、金属面が出てきました。

そしてわっくわくのカバー外し。

カバーを外すと・・・・


















(゚∀゚)あったよ、穴、これか~


なんとかかんとか(名前言われたけど忘れた)っていう金属製の蓋(直径3cmくらい)があって

それがが錆びて穴開いてました。


正直、「(ノ∀`)アチャーこりゃ部品交換だな、業者依頼だな」って思いましたよ。


まぁ、じいちゃんは


















(´ω` )とりあえず外すか・・・


え、外れんのこれ!?

で、ドライバー駆使して頑張ってました。

そこで腕時計が12時のアラームを発し、飯をかねて休憩することになりました。


飯食ってるときにも


















(´ω` )あとは部品があるかだなぁ・・・

    配達してくれればいいんだけど・・・


あくまで業者には頼まないわけですね。

今日の作業は終わったらしく、僕は自分の部屋に戻りました。


気づいたら寝てました。

さらになんと・・・



















(´ω` )あぁ、車ね、なおったよ


ちょ、今日は終わりじゃないのかよwwwwwww

なんか感動のシーン見逃したOT2

でもよかったよかった。


なんかエンジニア魂というか、やればできるんだなと実感しました。

ちょっといい勉強になったかな。



まぁ、そのほかにしたことといえば、


「そういえば、なんで物って同じ速さで落下するんだっけ?」


ってなこと考えてました。

結局わかってないですけどね。

万有引力公式とか全く考えていないせいかもしれません。

わかんないし。



・物体は質量が大きいほど重い

 重い=力?質量が大きいほど力も大きい?


・物体は質量が大きいほど加速しにくい

 慣性質量かな?摩擦に入るんだろうか?

 

以上から、質量が大きいほどかかる力が大きいが、加速しにくくなるため、相殺される?

ゆえに同じ速度で落下する?


的なことを考えたり、あまりにも抽象的すぎですけど。

もう1つ。


ma=F

質量×加速度=力


F=mg

物体にかかる重力=質量×重力加速度


ma=mg

F=Fから (イコールにしていいのかなと小一時間・・・


∴a=g

でた・・・のか?


ここまできて気づいたことは

あれ、重力加速度使ってる時点で加速度決まってね?

ってことです。

なんかもうどうすればいいのかわかんね。


でも改めて謎だなぁ。


なんでトンカチも羽も余計な抵抗が無ければ同じ速度で落下するんだろ・・・。

確かにトンカチは重い、羽は軽い、これは事実にかわりない。

あれが落下しようとする力だとして、何故差が生まれないんだ?

それとも落下しようとする力はあれじゃないのか?


う~ん、わからないなぁ・・・。



まぁ、そんな三連休最後の日でしたとさ。

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2006-05-01 02:08:39

むし←犬の顔に見える(内容には関係ないです

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最近こんな事を考えました。

※水はごく普通の水 唾は自分のもの

1~6は流れを表しているわけではありません、それそれ別もんです。

1.コップを口に付ける

2.コップに入った水を飲む

3.口の中の唾を飲む

4.口の中の水を飲む

5.コップに入った唾を飲む

6.コップに入った水を飲み、コップに戻してまた飲む

きっと1~4は誰でも普通にするでしょう。

しかし、5,6はどうでしょうか?

1~4と実質変わりはないのに、なぜか抵抗がある。

なぜだろう、一度口の外に出た唾は基本的に口に戻さない仕様なのかな・・・。

唾はばい菌が寄りやすいとか?

まぁ、そんな余計なことを考えている今日この頃です。

画期的な新型浴槽の案とかあったり、自破しましたけど。

そんな傍らで将来について悩んでみたり。

心理学で習ったとおり、まさに疾風怒濤の時期なのか・・・。

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