その風景を

mono

mono_peaceful,but_far_from_quiet

若い。

オレも若かったな。と思った。

monoみたいになりたい、って本気で思ってた。


多分、4年前からgotoさんが目指すものは変わっていないのだろうけど

オレの目には(そして耳には)全くの別物のバンドに思えた。


あの頃のギターノイズはmogwaiだろうがmonoだろうがslintだろうがGGMBOだろうがmoss q.だろうが

516に弾け弾けと言ってたギターだろうが

全く一緒くたに捉えてしまっていたんだなあ、と思いました。(それぞれの音の質感なりとはあるんだけど)


私が観た今のmonoが描く風景(gotoさんの風景)は炎と閃光と轟音でした。

焦土と荒地の音楽でした。


戦争の音楽だなあ、と思った。

原爆の音楽だなあ。

焼夷弾の音楽だなあ。

これは惨劇だ。


カタルシスなんて言葉では、不本意だ。


我々に何を見せたいのか。

何を訴えたいのか。

彼が日記の中で躊躇うことなく戦争と平和について語り続けるのことと

各アンプをマイク2本づつで音とって演奏することには関係があるんですよ。

恐らく、彼が表現したいことは戦争なんだろう。

戦火に巻き込まれる人々の記憶なんだろう。

それは色々な人が映画や文章や演劇や絵画でこれまで表現し続けてきたことと同じだ。

そして音楽も然り。


8月6日のgotoさんの日記の最後に

『そしてこれからも、自分なりのやり方で大切な事を世界中に伝えていきたいと思ってる。』

と書かれているのだけれど、

彼のやり方とはmonoとしての活動と、その音楽で発する常識外れの爆音なんだろう。

それは沖縄で戦争の体験を語り続けるおばあさんや

アメリカでの原爆展の開催を推し進めていた広島の人たち、と

同じものだ。


なぜ3rdが千羽鶴なのか。


black woodsやcom(?)ではなくHalcyon(Beautiful Days)のような

一連の流れを束ねる曲ができたというのは本当に素晴らしいことだと思います。

ようやくライブで聴けて良かったです。


ライブから2日経過しても、思ったことがどんどん膨らんでいきますのでとりあえず書きました。

でも上手く言えてないので、今度話します。

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