11日~22日

忘れた頃にやってきます。


最近、家のPCがネットにつながりません。これはバイト先からの更新でやんす。手帳のカレンダー見ながら書くわけでやんす。


11日~14日: 映画三本

pierrot

「気狂いピエロ」


初ゴダール。言われているほど、わけが分からないわけでもないです。運命の男女が何故とは無しに逃避行を始め、行く先々で叫んだり、人に迷惑ばっかかけたり、途中別離したり。


太陽。


爆発。


my girl fridayというバンドが福岡にはいますが、そのバンド名のモチーフはたしかこの映画です。主人公の日記(手帳?)に、金曜はマイ・ガール・フライデーと一言だけ書かれるのです。粋な名前だと思います。そういえば、このバンドのCDをi-tunesにimportしたところ、名前が「MY GIRL FRYDAY」と出て面白いのでしばらくそのままにしていました。でもそのうち、とても違和感を感じて修正しました。まさかメンバーの人が綴りを間違えたなんてことはないでしょうが、この間違いを自分に当てはめるのであれば、差し詰め「afterhours」ならぬ「アホターアホーズ」ですかね。これは酷すぎますね。跳びすぎですね。


life is beautiful ←この「10% off」の表示は正直、余計です。


「ライフ・イズ・ビューティフル」


イタリア語っていうのはとても陽気に聞こえるので好きです。「戦場のピアニスト」は一貫してポーランドの話なんですが、なぜか登場人物の言葉は皆イングリッシュでした。こういう映画は少なくないですね。別に最初から吹き替え版を観ていると思えば問題ないんですけど。


遅ればせながら、号泣しながら観ました。


「観るべき映画」「聴くべき音楽」「読むべき本」なんて表現はとても不遜な言い方で嫌いなんですが、「観るべくして観た映画」という言い方は好きです。この映画は私にとって「観るべくして観た映画」であり、とても大事な一本になりました。


また、「感動」という感情に関しても一言。「よっしゃ、泣くぞ」と映画を観ようとする人に対して、「感動って自然と沸き立つものだから、その動機は不自然だ」という意見を聞いたことがあります。まあ、人の意見は様々だから面白いんですが、ある本に(何かはもう忘れました)感化された私見を述べれば「感動は、感動しようと努力する人に降りてくる」というものだと思います。


淀川さんが「どんな映画にも必ず1つは観るべきところがある」と仰ってました。


感動ってそういうポジティブな姿勢であり感情だと思いたいです。それがたとえカタルシスであっても。


水野晴郎の「いやー、映画ってほんとうにいいですよね」という言葉も大好きです。


barber yoshino


「バーバー吉野」


「その町の少年はみんな同じ髪型をしていた」というフレーズがタイトルの下についています。たしか。


冒頭のおかっぱ少年達が並んで歩くショットで、かなり笑えます。でも次第にこのおかっぱ「吉野ガリ」という髪型が観ているこっちにとってもそう不自然なものでなくなっていくのが不思議です。


主人公の少年達は、東京からやってきた垢抜けた転校生に指摘されて初めて自分達の髪型を意識し始めるのですが、伝統・慣習の不合理さを指摘するのは外部からの存在でなければ存外難しいことです。


関係あるようでないような話をすれば、丸4年目に入ったバイト先の仕事もようやく今年になって「これって何か意味あんの?」と疑問が出てきては合理化が進められております。何で今まで疑問に思わなかったんだろう?という具合に。

もっと別の感想があったハズなんですが忘れました。


15日~17日: 祭二つ


yamakasa1


15日早朝


福岡に住んで4年目にして初めて「山笠」を見に行きました。こんなにも多くの人が祭りの主人公として走り回っているとは知りませんでした。


かなり近づいて見ていると、「危ないよ!下がって下がって!」などと注意されたりしましたが、水がじゃんじゃんと浴びせられても冷えない熱気は感じられました。すごく熱かったです。ムワッとボワッとしました。


yamakasa2


でかい道路もこの通り祭仕様となるわけですな。


harakami party


17日深夜


ブルーノートにレイ・ハラカミを見に行ってきました。上のフライヤーは福井(県)のものらしいですが、気にせず使います。対バン(と呼べるのかは些か疑問)はSOIL & "PIMP"SESSIONSでした、がイマイチ。もう苗場で気にせんでもええな、と安心しました。


肝心の原神は、まあ凄いのなんの。平気で自分の曲の聴かせどころは落とすし、かと思えば思わせぶりなアンコールで"the backstroke"のre-arrangeを持ってきたり。「これ、絶対に確信犯だよ!」とJの字・兄さんと騒ぐ。


興奮冷めやらぬまま、ふとっぱらでラーメンを食ってると隣の席でド派手なケンカが始まり、最後まで祭気分の3日間でしたよ。



18日~22日: マーボー一皿

ma-bo-


ある日の夕食。


マーボー豆腐が無性に食いたくなり、作ったもののネギが余りまくる始末。なので、納豆もスープもネギ三昧です。

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8日~10日

S.W.ウィークエンド。大雨ウィークエンド。バイト三連荘。


→『スター・ウォーズ』

8日のエピソード2は仕事の合間に見てたので内容よくわからないけど、おもろそうや、と。

10日のエピソード5は、うわーおもろいなあー・・・と思いながら睡魔の沼にはまり込んで帰れなかった。


→『タワレコ』

10日の帰りに久々に寄ってみたのですが、ワクワクしませんでした。




8日

ゼミに顔を出す(という表現が間違っている)と、ゼミ旅行の話などで盛り上がっていて、とても懐かしい。とても懐かしい。


雨が降っていないので、自転車でバイトへ向かうと、翌朝にかけて警報ラッシュ。梅雨前線。とても頑張っている。梅雨前線。


9日

ふらふら部室に向かうと、知らない人たちがいたり、状況が変わりすぎていたり、呆気にとられて悲嘆に暮れたり、むかついたりと感情の起伏が激しかったのですが、アルコールを身体に取り入れて特に問題なし。


その後、テニスボールとバドミントンラケットを持ち出す。


その後、鹿児島からの友人カズオ(4回目)を迎えてとり福へ向かう。


早めに飲み始めると、時間にも余裕があるし、後から合流する人も余裕で迎えられるし、言うことがない。


凄く楽しかったけれども、明日もバイトなのでそのまま六本松に逗留。


10日

ふらふらと5階の仮眠室から職場の4階に降りていくと、予想以上に慌しい。明けのヤツが帰りたがるけど、そんなわけにもいかず、働いていただく。


土砂災害。久しぶり。


そんな慌しい中で、アナウンサーマニアのじじいから、「お尋ねします!○月○日朝7時台テレビニュースのアナウンサーは誰ですか!?」「×月×日の深夜0時のラジオのアナウンサーは誰ですか!?」


こんな意味不明の内容でも、大切な視聴者様からのお問い合わせの電話。


「ただ今、大雨の影響もありまして、調べるのに10分ほどかかりますので、後ほどこちらからかけなおしてお伝えしてもよろしいでしょうか?」


たっぷり10分かけて電話かける。


「何に使うんだろうね?」とはアナウンサーの人たちの共通した疑問。


俺も知りたい。

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7日

時間が惜しいです。

unforgiven

「許されざる者」


クリント・イーストウッド。 その男っぷりをしっかりとこの目に焼き付けるのは初めてのような気がします。最初はモーガン・フリーマンを見たくて借りましたが、二人とも良いですね。クリント・イーストウッド(長い名前だな・・・)が泥にまみれまくって、豚を追い回して、雨に打たれて、風邪ひいてる矢先にリンチを受けて・・・


そんな一見ウダツの上がらなさそうなおとっつあんが、実は(若い頃は)超非道な極悪人だった。という話。


ある娼婦が顔を切られ、その犯人の牧童たちは財産は没収されたもののそのまま放免。それが許せない娼婦仲間たちは、ありもしない賞金を牧童たちに懸け、町にカウボーイを呼ぼうとします。しかし、町が混乱するのを防ぐ保安官(ジーン・ハックマン)は、やってくるカウボーイたちを過剰なまでに叩きのめす。


そんな悪循環の中で、おとっつあん演じるウィルは若い血気盛んなカウボーイ・キッド(ジェームス・ウールヴェット・・・?誰?)から賞金のことを知り、幼い子供たちの将来のために一念発起。昔の相棒ネッド(モーガン・フリーマン)を誘うが、肝心のおとっつあんは11年ぶりに銃は握るし、禁酒はしてるし、かつて自分が殺した人々の亡霊にうなされるし、本当に大丈夫?


と調子乗って書きましたが、要するに布石ですわな。仁義無き戦いへの。




感想:過去をカタるな。



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6日

いったい一からの自炊とはどれほどぶりでしょうか。2時間半かけて作って食うのは10分てのが泣ける。

hayashi


しかし、i-podがあれば自炊もええもんですな。歌いながらいつまでも野菜を炒め続けておりました。


american beauty

「アメリカン・ビューティ」


何じゃ、こりゃ!?


というのが、観た直後の心境。そしてそのままです。


娘の友人に恋焦がれて、会社辞めてハッパ吸って筋トレするケビン・スペイシー。不動産の王様と不倫する自身も不動産屋のケビン妻。自分のことをずっとビデオで撮影するストーカーと恋に落ちるケビン娘。父親の決める規律に反発しながらも依存するそのストーカー。実は・・・なストーカーの父(軍隊出身)。実は・・・なケビン娘の友人(高飛車なモデル志望)。


「アメリカン」という言葉がついて、家庭崩壊を描くのであれば、「アメリカは世界の父親であり、警察である」という言葉を皮肉っているのか?と思いましたが、それは違うみたいです。その言葉を歯牙にもかけないフリをしているというのが、最大の皮肉、か。


先日の日記で、「崩壊!崩壊!」と声高に叫んでいましたが、こういう形の精神崩壊はいいや、と少し後悔しました。


でも、この映画で描かれている崩壊の様子は素晴らしいです。キメが細かいというか徹底しているというか。それは確かです。

27日~5日

9日分の日記なんて書く気も起こらないので、いつもどおり映画の感想と最近ぼんやり考えていることをば。


lily chou-chou

「リリイ・シュシュのすべて」


文句なし。オープニングから天才的な映像。作中のリリイ・シュシュというシンガーはビョーク、UAまたはCoccoといったカリスマ性のある歌い手として設定されているのですが、実際リリイの歌声を演ずる(という表現には語弊がありますが)のはSalyuというシンガーだそうです。先日スペ中に出演しているのを見ましたがナニワのおばちゃん(ホメ言葉のつもりです)といった感じの人でした。Lily chou-chouとしての音楽も素晴らしかったですが、このSalyu本人名義の歌もとても良いです。


問題作、残酷、目を背けたくなる、という人もいるようです。目を背けたくなるというのはたしかにその通りで、俺の場合作品の前半がそうでした。一転して主人公を取り巻く世界が地獄の様相を見せる後半では、むしろ食い入るように眺めていた記憶があります。前半にはその世界がいつ崩壊するかも分からない不穏さがあります。この感覚については後述する「蛇イチゴ」と同じものがありました。


後半、感覚が麻痺したかのように観れたのはおそらく、もうこれ以上は堕ちることはないだろうという安堵です。麻痺しているが故に画面の隅々、音の断片がフィルターを取っ払った自分を直撃するようでした。ただ眺めている、という状態です。そんな経験は初めてだったので、観終わったあとは夜明け前だったのに全然眠れませんでした。別に目が冴えたわけでもないのですが。凄かったです。


ikinai

「生きない」


ダンカン脚本のこれまた問題作。ある朝起きてみて何とは無しに「『七人の弔』が観たい」と思ってまずは「生きない」を観ようと思ったのでした。「七人の弔」に関してはまたいずれ。


やっぱり北野映画との比較で話したくなりますが、色彩に関しては正直比べ物にならないくらい貧しいです。もしかすると意図的なのかもしれませんが。随所にメタファーとして缶蹴りがセピア色で出てくるので

それを意識したのかも。舞台は沖縄ですが、同じく沖縄を舞台とした「ソナチネ」の鮮明さはありません(あくまで色彩の話です)


ダンカンは自殺ツアーのコンダクターなのですが、予想通りの怪演です。ビートたけしより凡庸な風貌なだけに不気味さが際立ちます。柄本明みたいですね。予想以上だったのが、大河内奈々子。ツアーに紛れ込んでしまう唯一、ツアーの目的を知らない女子大生の役なのですが、「牡丹と薔薇」でくらいしか演技を知らなかったので、どんなもんかな、と。その役の設定も相まって、とてもコミカルかつ必死な具合でした。

観て良かったなあ、という映画では必ずしも無いのですが、観るべくして観てしまったような気がします。


画面の明るさを除けば、面白い映画だと思います。


余談ですが、同時に黒澤明の「生きる」をゆーじろが借りていたのは笑えました。


12 angry men

「十二人の怒れる男」


古典作品です。「疑わしきは罰せず」という近代刑法の原則を痛感できます。


内容は12人の陪審員が父親殺しの裁判にかけられている少年の有罪、無罪を巡って議論しあうというものです。てかオチまで含めてパッケージの裏に書かれてしまっているのですが・・・まあ有名なオチなので、内容を知っていても問題は全く問題は無いと思います。

この映画は三谷幸喜が「十二人の優しい日本人」という作品で見事パロディ化しているのですが、こちらも素晴らしいです。俺は順序としては逆のパロディ→オリジナルと観たクチなのですが、オリジナルを観て思ったのは「三谷幸喜って凄かったんだ・・・」ということ。どちらの順序でもオススメできます。今度はオリジナル→パロディと観てみようかな。


the pianist

「戦場のピアニスト」


問題:ピアノ弾く以外は何もできない男は戦場でどうすればいいのか。


結論:どうもできない。


徹底した主人公の「傍観っぷり」が凄いです。主人公は何もアクションを起こさない、世界が動いていくという図式。これは今までに無いんじゃないでしょうか。戦争に巻き込まれる一市民(ユダヤ人ではあるけれども)の視点には、「戦争」=「世界が狂う」としか見えない、そんな感じがしました。


そのくらいしか言えません。どうぞ観てください。


hebiichigo

「蛇イチゴ」


これは凄い映画ですよ!誰が誉めようが貶そうが、絶対に推します。


見た目は問題無い家庭が、勘当されていた兄(宮迫博之)の偶然の帰還と同時期に見えなかった綻びから破綻していくわけなんですが、これはよく言われるようなある家庭の崩壊~再生、というわけではないと思います。


「再生」なんてものは無いし、その得体の知れないモンスターのような兄と、倫理を重んじる妹・その名も、倫子(つみきみほ)の対立も無ければ、その妹の倫理観の調伏も無い。


前述の「リリイ・シュシュ」ように、前半は破綻しかけた家庭が眺める観客としては何とも居た堪れないのですが、一度瓦解してみれば、まるで青空教室のような清々しさです。


そうは言うけれども、青空教室なんて雨が降っても陽が照り付けてもしのぐ物は無いし、きっと最悪ですよ。開放感があるのは、その断片を切り取った瞬間だけであって、後のしんどさを考えれば何としても崩壊は食い止めた方が良いのでしょう。


でも観ている俺は、こう思ってしまうんです。


「こんな状況、さっさとブチ壊せよ」


「壊したはいいけど、その後はどうするの?」


「そんなん知らんわ」


big fish

「ビッグ・フィッシュ」


久しくこういう映画・映像を見ていなかった気がします。冒頭、語りから始まるストーリー。ラスト、語りで締めるストーリー。


今回並べた映画の順番はそのまま私が観た順番なのですが、最後に観て良かったとも思うし、最後にしてはツメが甘いなとも思いました。


典型的な良い話、というと皮肉っぽくも聞こえてしまいますが、その字面通り受け取って下さい。良い話です。惜しむらくは、もっと作中においてエピソードが欲しいと思いました。ファンタジーと呼ぶよりはサーカス(フリークスも含めた)そのものなので、もっと多種多様なごった煮のような構成でも良かったような気がします。


つまりは綺麗にまとめ過ぎ。


inu


「最近」

→6000曲を超えました。

→悪い癖が鎌首を擡げ始めています。「大事なもの」を捨てる癖です。正直白状するとかなり深刻です。


「捨てる」

→昔から何かの区切りの際に、それまで大切にしてきたものをいとも簡単に捨てる悪癖があります。捨てるのは、ずっと集め続けてきたモノであったり、続けてきた習慣であったり、最悪の場合は人のつながりであったり。

→自分では惜しいとは思っていないことが、さらにタチが悪いです。


「白状」

→深刻です。今はまだ自覚があって「捨ててはだめだ」という意識が働いてますが、どうなるか分かりません。この場を借りて身の上話のような、恐ろしく恥ずかしいことを書いているのは、自戒のためであり、これを目にする俺のことを知っている人に、この悪癖を知ってて欲しいと思ったからです。


「たぶん」

→「リリイ・シュシュ」「蛇イチゴ」を見てどちらも崩壊後の状況を絶賛しているのは、この悪癖の兆候だと思われます。

→ゼミに顔を出したくないのもそのせい、というとギャグですが。

→おそらく「離れられるのが嫌だから、自分から離れる」という心理が働いています。

→ふとした瞬間に「みなさんさよなら、ONKANさよなら、ひかげさよなら、アンチさよなら、カミヒトエさよなら、アフターさよなら」て言いそうでしょうがないよ。いやだ。


「最後」

→こんなん書くのはこれを最後にしたいと思います。