父の退院にむけて

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今回もまた、間もなく93歳になる父が

40度の高熱と嘔吐を乗り越えて、

メキメキと回復してくれています。

 

父の病室からみえる空です。

 

いまではほとんど、水分の点滴のみになりました。

 

緊急入院した翌日には平熱に戻り

5日目には、白血球の数値も正常に戻った父は

すごく食欲もあるのですが。。

 

寝たきりでほとんど目を開けない外見的な

問題と、受け答えがほとんど出来ないことから

「覚醒しているのかどうかわからない」

という評価となり。

 

ずっと禁飲食が続き。。

特別に主治医が「持ち込み食」を認めて下さった事で

私の判断と自己責任のもとに

自宅から作って持ち込むオジヤとか

潰したフルーツにヨーグルトをあえたものを

私自身の手で食べさせています。

 

仕事の合間に駆けつけないとならない時には

このスープストックの枝豆のスープや

オマールエビのスープを香辛料抜きにしてもらい

持ち込む時も。

小さいサイズですが、どちらもほぼ平らげましたキャハハ☆

 

でも、耳鼻科の医師の嚥下評価も「厳しい」

と判断され

更に

ST(言語聴覚士Speech-Language-Hearing Therapist)

さんが、食事を与えても30分近くかけてゼリーを半分しか

食べさせる事が出来ないので、病院サイドは

昼食一回のみ、それも小さなゼリーを2つだけという病院食に留まっています。

 

自分から口を空けて待つ程、食欲満点な父。

 

そこで父の食欲を満たすには、私が食べさせるしかなく。

 

私が食べさせる時には入れ替わり立ち代わり

看護師さん達が見学に。

 

看護師「え〜?目を閉じたままこんなに大きく口を開けるんだ〜」

とか

看護師「すごい、すごい噛んでる。。」

看護師「やっぱり娘さんの声はわかるのかな〜」

などなど、ギャラリーが凄い・・・

 

それでも、医学的にも、医療現場としても

到底、ゼリー2つが精一杯で。。

 

お粥の要求すら

医師からも

「え???いや。。お粥はちょっと・・」

と、どん引きされました・・

 

「え?私、オジヤを食べさせちゃってますけど?」

 

「え???・・・あ〜・・・汗

と言葉を失っていました。

 

どこに行っても「食べさせるレベルではない」と

言われますが。

 

しっかり噛んで食べていて、むせる事もなく

のみ込みもしっかりしています。

見た目からはとてもそう思えないのでしょうね・・

 

今回の回復が早いのも、前回のインフルエンザを

乗り越えたのも、やはり普段口からしっかり食べているから

だと思っています。

 

そして本人の好きな物を食べてもらう様にしています。

果物は絶対。

3食の主食は基本的に果物。

副菜としてご飯とおかずがあるような感じで。

普段は朝食でもこのくらいは食べています。

 

父の場合内蔵に全く病気はなく、

食事しか楽しみがないので、もう自由に好きな物を

食べてもらっています。

 

慎重な主治医の先生の判断で、退院は来週の

月曜日となり。。

 

先日父の退院に向けて、

入院前の在宅介護のチームが、再結成をしてくださいました。

 

急なお声掛けにも関わらず

ケアマネジャー率いいる、介護会社2社、看護師さん、介護用品の会社のかた、デーサービスの方などなど。。

私も含め総勢10名で、父の退院受け入れのための、

合同カンファレンスを行ないました。

 

みなさん本当に熱心に父の事を考えて下さって、

介護会社の方々は、

入院してからの父の体力低下等の変化がわからないので、病院に出向いてSTさんの食事介助や、リハビリの方の車椅子移乗を見たいなどと、自ら申し出てくださり明日は、再び集まって下さり、在宅介護チームと父の病院へ。

 

父の在宅介護は

毎日、朝の8時から夕方まで、

何名もの介護関係者が自宅に出入りし、父のために緻密な

介護スケジュールと介護環境が整えられています。

 

病院の地域連携室の看護師さんたちからも

「すごい完璧な体制ですね・・・」と驚かれ

 

病院の婦長さんからは、

「本来自宅でみられるような状況ではないし、

一度入院すると、自宅に戻すのは無理、難しい。

という家族がほとんどなのに、何故

ここまでして自宅でみようと思えるの?

結局はこれまでの、家族関係なのでしょうね」

 

と驚かれました。

 

今回、寝たきりでコミュニケーションが難しい父が、

突然、予想外に嘔吐した時にも、

いつも父が視界に入る様に寝ている母がすぐに

異変に気がつき、ベッドの背をあげてくれたので、

喉を詰まらせる事がなかったのです。

 

母は常に父を見守るために、リビングで寝て、あえて同じ布団を着て、一晩のうちでも寒いと感じたら毛布をかけにゆき、暑いと感じたら、布団を一枚外しにいくという事を

この2年間、毎晩繰り返しています。

 

どうしてするのか?

母も私も改めて考えてみた事がないのですが。。

あまりにもみなさんに、どうしてここまで?

と聞かれるので

母とどうしてかな?

と話した結果。

 

父へのご恩返しだという結論になりました。

 

父が少しでも快適に過ごせるために、これからも

沢山の方々に助けて頂きながら。。

 

悔いのない毎日にしたいと思います。

 

本当に、沢山の方々にご心配を頂きまして、また

助けて頂きまして感謝しきれません。

 

両親共々心より、ありがとうございます。

 

       Love虹Satya

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広島での充実した時間を過ごし、

昨晩最終で帰宅しました。

広島でお会いしたみなさま本当にありがとうございました。

 

みなさまから、父のその後の経過をご心配頂きまして

ご報告させて頂きますね。

 

本日夕方、父の入院先の病院で予定していた、

地域連携室の看護師さんや

ケアマネージャーとのミーティングを

待たずに、

午後一番で一度、父の元へ向かいました。

何故なら、

私が出張から戻るのを待たずに父の食事が

再開されるはずが、留守中に母へ

食事の再開は更に来週になると看護師さんから

説明があったと。

 

母は、すぐさま病院側に、

「主治医からは少しずつ食事を再開すると聞いていたのに

一週間もなにも食べられないなんて。。」

と、訴えたらしく

「ご家族の自己責任であれば食べさて頂いても・・」

との結論だったようでした。

 

そこで、私が、病院に少し早く行って、

父に葛湯を口に含ませてみようと思いました。

 

病棟に到着後、面会票に記載していると。

 

「わ〜会いたかったキャー!!」

 

という飛び切り明るい声が耳に飛び込んで来て

顔を上げると。

 

主治医でした。

 

私に気がついて、子供の様に無邪気に

 

「早かったですね!お帰りをお待ちしていました!

お話したかった〜キャハハ☆

 

と、満面の笑みと大きなはっきりとした声で・・

 

ナースステーションにいらした方々が一斉に

私を見たのを感じました。。。

 

出張から帰って来て、こんな熱烈歓迎を受けた

ことは人生で一度もないわ・・*drop*

 

「今お時間大丈夫ですか?こちらにいらして下さいっキャハハ☆

 

と、こんなに元気で爽やかな先生にはお会いした事が

ありません・・・

 

とにかく私がいなかった間に起きた事や

父の病状と今後の予定。

そして、何故、食事の再開を約束したのに

今現在食事をとれていないのか

等をまたまた、と〜ってもわかりやすく、説明して

くれました。

 

みなさまにも、色々ご心配をおかけしましたが

父の白血球はすでに正常値に戻り。

先生曰く

「それが、あり得ない早い回復をしているんです」

と・・

(スイスイエッセンス&早期回復エッセンスを

使っていますww

私の留守中も母が毎日父にスプレーしていましたピース

 

食事が再開出来ていないのは

耳鼻科の医師に一度父の嚥下状態を確認して

もらわないとならないと、食事再開が出来ないのに、

それが来週でないと、診察の順番がとれないから。

 

それは出張前からわかっていたのですが。

それを主治医の先生が、耳鼻科に頼んで

なんとか合間に診てもらおうと考えてくれてようでした。

それが、不可能だったということだったんだと思います。

 

「でも、ご家族がこんなに一生懸命みてこられて、

そのお気持ちもあるでしょうから、どうしますか?

嚥下の状態を確認は出来ていませんが、病院に

頼んでお父さんの食べられるお食事を作ってもらいましょうか?」

 

と。。。なんて優しいのでしょう・・

 

「自己責任ならとの事でしたので、

私、いま、葛湯を飲ませてみようと思って持って

きたのですが」

 

というと

 

「あ!じゃあ、行こう行こう!!←ここまた無邪気え

いま、やってみましょう!僕が診ています。

聴診器を持ってきますね!」

 

と。

 

そして吸引機も準備して下さり。。

私が父に飲ますところをずっと側でチェックして

いてくださいました。

 

そして最終的には

「では、持ち込み食の許可を出す様にしますね!

食べさせてあげたいものをご持参ください」

と。

 

本当に。。。

こんなお医者さんには出会ったことがないのですけれど。。

 

余程、愛に溢れたご家族に育てられたのでしょうね。。

子供の様に屈託がなく、それでいて、

病状説明がわかりやすくで見事キャッ*m

 

これが本来の医師の姿なのかもしれませんが。。

私は初めてお会いしました。

 

父はというと、スヤスヤと眠り、ぐんぐん良くなり、

きっと来週には退院が出来そうです。

 

両親とエビフライを食べる日を楽しみに

しばらくは、葛湯やヨーグルトからはじめて。。

 

私が留守の間も

普段父の在宅介護に来られている介護士さんが、

母に優しいメッセージを送ってきて下さったり、

母を気遣ってくださって。

 

本当に2人は幸せものです。

母は、私の顔を見るとこれまた子供の様に

腰掛けたベットで足をブラブラさせながら、

「パパはもうすぐ帰ってくる?」

「広島のお土産はある?買って来てくれるって言ったもん」

と笑っていますが。

 

冷蔵庫の中を見たら、ほとんど何も減っていなくて

母は食欲なかったんだな。。

と。

 

「寂しかった?」と聞くと

「・・うん・・それは・・やっぱりね・・」

と。

 

「パパきっと来週には帰ってくるよ」

というと

 

「そうだよね?パパが帰ってきたらね〜音符・・」

と話がおわらない・・・

 

ほとんどひとりぼっちだったものね。。

そこは

子供のように

「さみしいの嫌い」という母を尊重しています。

 

あといくつ寝たら帰ってくるかな?笑3

 

本当にみなさま、ありがとうございました。

 

みなさまがお祈り下さったお陰様で、このように

よい方向に向かっています!

 

        Love虹Satya

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父の緊急入院に

沢山の励ましのメッセージを頂きましたこと

本当に心より感謝いたします。

 

本日、面会に行くと、

母がウナギを我慢してくれているせいか(苦笑)

小康状態が続いていました。

 

明日から出張でもあり、本日なんとか

主治医にお会い出来ればと思って伺いましたが

ちょうど研修が入っていて本日はとても無理だと

思うと看護師さんから言われました。

 

ところが、お得意のスイスイエッセンスの

おかげでしょうか?

その場で看護師さんが、電話で主治医に連絡を

して下さり、なんと先生は20分後にお会いしますと

言って下さいましたキャー

 

主治医は、救急搬送された時に診て下さった

若い医師でした。

わざわざ、お部屋も用意して下さって

画像と共に事細かく丁寧に、素人にも

本当にわかりやすく説明して下さいました。

 

父はやはり、肝膿瘍でした。

肝臓に菌が入り込み増殖してしまった

結構深刻な病状です。 

 

と説明を受けました。

かなり強い抗生剤を、1日のマックスの量を

一週間以上続けて短期決戦しないとの事でした。

 

とはいえ、先生曰く

「戦いは、我々が優勢です!ただまだ勝利では

ありません。このままなんとか勝ち進みたいと

思います」

と。

 

白血球を自衛隊陸軍に例えたり、その中でも

陸、空、海がありますよね?

 

となんとも具体的でわかりやすい説明でしたニコニコ

 

私の希望は、食事の再開でした。

 

ほとんど眠っていて、たとえ起きていても

目を開けず全介助の父の様子から、

これまで、看護師さんにも、医師にも、

自分の口からしかも普通食を食べている事に

とても驚かれます。

 

今日も、

少し気をつけてあげれば全く嚥下に問題ない事を

説明しました。

 

医師は、看護師もプロで教育は充分受けているけれど

父の場合は、コツもあるだろうから

出来れば初回に立ち会って欲しいと言われました。

 

私は、明日から出張で不在な事と、

かといって、私が帰宅する金曜日まで

父が食事の再開を待つのは酷だから、

可能なら、慣れた介護士に代理で来てもらうという

提案もしました。

 

結果的に、明日、主治医の先生から、

なんとか耳鼻科の医師の診察の合間に

父の嚥下状態を診てもらいように頑張ってみます

 

と言って頂き、状態が良ければゼリーから

はじめましょうと!!キャーハート

 

充分な説明を受けて部屋をあとにする際に、

 

医師から

 

「お父さんは、とってもお幸せですよね」

 

と言われて、少し驚いた私は

 

「そうだといいですが、ありがとうございます。」

とこたえました。

 

すると、

「治療していてね、わかるんです。

すごく穏やかな顔をしているんですよ。

沢山の愛情をかけてもらっていることが、

お父さんから、すごく伝わってくるんです・・」

と・・・

 

医師から、「愛」という言葉がこのような形で

出る事がとても意外に感じて。

同時に私の、医師に対するこれまでの偏見を感じました。

 

このようなタイプの方ははじめてだなと

感じました。

 

昼間そのような事があってから、

夜になり、明日からの出張を前に

どうしても、どうしても父に会っておきたくて

20時までの面会時間に間に合わせて

会いにいきました。

 

昼間の医師の

 

かなり強い抗生剤を、1日のマックスの量を

一週間以上続けて短期決戦している」

 

という言葉が気になり、

父に私の元気を分けてあげてから行こうと

思ったのです。

 

すると父は昼間の様子とは少し違い

眠れなくてうっすら目を開けていました。

私が顔を覗き込み、話しかけると

「痛い・・」と囁く様な声で訴えました。

「どこが痛いの?」と聞くと

「お腹が痛い。。」と。

会話に気づいた看護師さんが

「どこか痛いみたい?」

と様子を見て下さいました。

コミュニケーションが難しい父は

それ以上は、伝えられず、少し苛立っている

感じが私には伝わりました。

 

痛み止めを投与してもらい、祈る様な気持ちで

沢山沢山、私の元気を送りました。

 

そして、父の体に触れながら

父の痛みは私に下さい!

と神様にお願いしました。

 

私は自分でなんとか出来るけれど

どうする事も出来ない父に痛みがあるほうが

耐えられないと思いました。

 

面会時間ギリギリまで父の手を握り

父の寝ている枕に、私も顔を乗せる様にして

目を合わせていました。

 

そして父にゆっくりと今の状況を説明しました。

 

「パパはね、お腹を壊しちゃったの。

だからおなか痛いかもね。でもね先生はすぐに

良くなるから、少し我慢してくださいって。

すぐに治るからねパパ。

明日はもしかしたら、

少しご飯が食べられる様になるかもね」

と。

出来るだけ前向きな事を話しました。

 

父はジッとただ、私の目を見ていました。

 

「帰るね」ってどうしても言えず

そのまま病室をでました。

 

これは祖母の時も、叔母の時も

病院に置いて来る時に、どうしても言えなかった言葉。

 

何十年経っても、私が成長出来ないところ。

 

父になんとか、頑張って乗り越えて欲しいと

祈っています。

きっと超えてくれると信じて。

 

1日も早く家に戻して美味しいものを食べさせて

あげたい。。

 

病院を出て車に乗り込んでも

父の病室を見上げて中々帰れなかった私。

でも、

「愛」を感じられる主治医の元なので

きっと大丈夫と信じて、明日から横浜を離れようと

思います。

 

しかも、父の病室で色々私が出来る事はしてきましたキャー

また長くなっちゃいましたね。。

 

明日からまた、マンタの様に軽やかに笑3

 

ありがとうございました。

 

     Love蝶Satya

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父の緊急入院に

沢山の励ましのメッセージを頂きましたこと

本当に心より感謝いたします。

 

本日、面会に行くと、

母がウナギを我慢してくれているせいか(苦笑)

小康状態が続いていました。

 

明日から出張でもあり、本日なんとか

主治医にお会い出来ればと思って伺いましたが

ちょうど研修が入っていて本日はとても無理だと

思うと看護師さんから言われました。

 

ところが、お得意のスイスイエッセンスの

おかげでしょうか?

その場で看護師さんが、電話で主治医に連絡を

して下さり、なんと先生は20分後にお会いしますと

言って下さいましたキャー

 

主治医は、救急搬送された時に診て下さった

若い医師でした。

わざわざ、お部屋も用意して下さって

画像と共に事細かく丁寧に、素人にも

本当にわかりやすく説明して下さいました。

 

父はやはり、肝膿瘍でした。

肝臓に菌が入り込み増殖してしまった

結構深刻な病状です。 

 

と説明を受けました。

 

かなり強い抗生剤を、1日のマックスの量を

一週間以上続けて短期決戦しないと

との事でした。

 

とはいえ、先生曰く

「戦いは、我々が優勢です!ただまだ勝利では

ありませんが、このままなんとか勝ち進みたいと

思います」

と。

 

白血球を自衛隊陸軍に例えたり、その中でも

陸、空、海がありますよね?

 

となんとも具体的でわかりやすい説明でしたニコニコ

 

私の希望は、食事の再開でした。

 

ほとんど眠っていて、たとえ起きていても

目を開けず全介助の父の様子から、

これまで、どの看護師さんにも、医師にも、

自分の口からしかも普通食を食べている事に

とても驚かれます。

 

今日も、私からは

少し気をつけてあげれば全く嚥下に問題ない事を

説明しました。

 

医師からは、

「看護師もプロで教育は充分受けているけれど

父の場合コツもあるだろうから

出来れば初回に立ち会って欲しい」

と言われました。

 

私は、明日から出張で不在な事と、

かといって、私が帰宅する金曜日まで

父が食事の再開を待つのは酷だから、

可能なら、慣れた介護士に代理で来てもらうという

提案もしました。

 

結果的に

 

明日、主治医の先生のほうから、

なんとか耳鼻科の医師の診察の合間に

父の嚥下状態を診てもらいように頑張ってみます

 

と言って頂き、

状態が良ければゼリーから

はじめましょうと!!キャーハート

 

充分な説明を受けて部屋をあとにする際に、

 

医師から

 

「お父さんは、とってもお幸せですよね」

 

と言われて、少し驚いた私は

 

「そうだといいですが、ありがとうございます。」

とこたえました。

 

すると、

「治療していてね、わかるんです。

すごく穏やかな顔をしているんですよ。

沢山の愛情をかけてもらっていることが、

お父さんから、すごく伝わってくるんです・・」

と・・・

 

医師から、「愛情」という言葉がこのような形で

出る事がとても意外に感じて。

同時に私の、医師に対するこれまでの偏見も感じました。

 

このようなタイプの方ははじめてだなと

感じました。

 

昼間そのような事があってから、

夜になり、明日からの出張を前に

どうしても、どうしても父に会っておきたくて

20時までの面会時間に間に合わせて

会いにいきました。

 

昼間の医師の

 

かなり強い抗生剤を、1日のマックスの量、

一週間以上続けて短期決戦している」

 

という言葉が気になり、

父に私の元気を分けてあげてから、

行こうと思ったのです。

 

すると父は昼間の様子とは少し違い

眠れなくてうっすら目を開けていました。

 

私が顔を覗き込み、話しかけると

「痛い・・」

と囁く様な声で訴えました。

 

「どこが痛いの?」と聞くと

 

「お腹が痛い。。」と。

 

会話に気づいた看護師さんが

「どこか痛いみたい?」

と様子を見て下さいました。

 

コミュニケーションが難しい父は

それ以上は、伝えられず、少し苛立っている

感じが私には伝わりました。

 

痛み止めを投与してもらい、祈る様な気持ちで

沢山沢山、私の元気を送りました。

 

そして、父の体に触れながら

父の痛みは私に下さい!

と神様にお願いしました。

 

私は自分でなんとか出来るけれど

どうする事も出来ない父に痛みがあるほうが

耐えられないと思いました。

 

面会時間ギリギリまで父の手を握り

父の寝ている枕に、私も顔を乗せる様にして

目を合わせていました。

 

そして父にゆっくりと今の状況を説明しました。

 

「パパはね、お腹を壊しちゃったの。

だからおなか痛いかもね。でもね先生はすぐに

良くなるから、少し我慢してくださいって。

すぐに治るからねパパ。

明日はもしかしたら、

少しなにか食べられる様になるかもね」

と。

出来るだけ前向きな事を話しました。

 

父はジッとただ、私の目を見ていました。

 

「帰るね」ってどうしても言えず

そのまま病室をでました。

 

これは祖母の時も、叔母の時も

病院に置いて来る時に、どうしても言えなかった言葉。

 

何十年経っても、私が成長出来ないところ。

 

父になんとか、頑張って乗り越えて欲しいと

祈っています。

きっと超えてくれると信じて。

 

1日も早く家に戻して美味しいものを食べさせて

あげたい。。

 

病院を出て車に乗り込んでも

父の病室を見上げて中々帰れなかった私。

でも、

「愛」を感じられる主治医の元なので

きっと大丈夫と信じて、明日から横浜を離れようと

思います。

 

しかも、父の病室で色々私が出来る事はしてきましたキャー

また長くなっちゃいましたね。。

 

明日からまた、マンタの様に軽やかに笑3

 

ありがとうございました。

 

     Love蝶Satya

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び父の緊急入院で

テーマ:

今日は美しい空でした

昨日、終日のコースをカラフルKで終えて、一旦、夜帰宅し

父の夕食介助を終えて21時に再び会社に戻り

仕事をしていたところ、23時前に母から

父が高熱と嘔吐で様子がおかしいと電話が入りました。

40度あると。

 

20時に食事を食べさせた時には特に、なにも変わらず

むしろよく食べた印象でした。

 

電話の向こうで、うろたえる母に

私の帰宅を待たずに救急車を呼ぶ様に伝え、

全てを途中にしたまま会社を飛び出しました。

 

車で戻りながら、

なにがいけなかったんだろう?

と色々思い出そうとしましたが・・

ほんの3時間ほど前には普通に食事をしたし、

熱もありませんでした。

 

自宅マンションの下には、先に到着していた

救急車が後ろのハッチをあげて、空の担架が

おいたままになっていました。

 

慌てて両親の部屋に駆け込むとちょうど父を運び出す

ところでした。

 

母はまだ、深夜の病院に長時間連れてゆけるほど

回復はしていないので

不安そうな母を部屋に残し

私はそのまま救急車に乗り込みました。

 

隊員の方に

「○○病院はダメなんですよね?」と。

年末にインフルエンザで搬送された病院名を

言われて。

 

「はい、そこには搬送しないでください。」

 

「そうだよね。あなた前に言ってましたよね」

 

と覚えて下さっていたようで。。。涙

 

「△△病院でお願いします!

受診歴と診察券もあります!!」

とお願いすると隊員の方は

「受け入れてくれるかわからないけど聞いてみますね」

としながらも

なんとか受け入れてくれる様に病院に話してくれました。

 

病院との電話を切った隊員の方が

「ご希望の病院に運びますね。

お父さん・・受診したのは・・・だいぶ。。前ですね苦笑」

 

と。

 

そう。。

10年以上前に歯科に行ったかな・・苦笑

 

その病院の評判から というよりも

理由は自宅に近かったから。

 

恐らく入院になると思い、評判も可もなく不可もなく

という病院で、通いやすい場所にとおもいました。

 

搬送から検査、医師の初見による診断を

聞くまでにすでに2時間程経過。

 

CTの画像をみせられて

誤嚥性肺炎ではない事は明らかで、

肝臓になにか映っていると。

 

肝膿瘍のようでもあるし

肝臓ガンの可能性もあると言われましたが

結構大きかったこともあり、これまで様子からも

肝臓がんという事はないのではないかと

感じました。

 

その時点で、医師は

父の造影剤による検査のオーダーを入れて

いましたが、体に負担のかかる造影剤による

検査は断りました。

 

私自身が造影剤にアレルギーを持っていって

呼吸困難を起こすことから、

この年までやった事がない父にそんなリスクの

ある検査をさせる事は出来ないと決めていました。

 

さらに、たとえガンであったとしても

手術をするつもりはないので

医師に、その場合の造影剤検査をするメリットを

伺うと、

「診断を明らかにするだけだし

どちらにしても年齢的に手術は出来ません」

と説明をうけて、尚更断りました。

 

私は再び廊下で待たされている間に。。。

子供の頃のことを思い出していました。

 

私は子供の頃にとても体が弱くて

幼稚園くらいの時に病院に行った際、

検査のために医療用のチューブを口から

入れられて、それがあまりにも苦しくて

どうしても飲めず、医師が次回しましょうと

言ったのですが。

 

それが怖くて怖くて仕方ありませんでした。

 

母がその検査の事を父に報告をした時の事も

鮮明に覚えています。

 

父は、珍しく険しい顔をして、

 

「そんな検査は受けさせなくていい。

大丈夫だから、もうやめなさい」

 

と母に言っていました。

 

その時の心底ホッとした気持ちも

ハッキリと覚えています。

 

本人がまだ判断出来ず、養育している間は

親は子供の全てに関して、代わりになって

沢山の決断をしなくてはなりません。

 

子も同じです。

親が判断出来ない状態になった時に

本当に沢山の決断をしなくてはならず。。

そしてそれは、

即断即決を求められる事が本当に多くて。。

 

各分野の専門家たちに囲まれながら

「さあ、どうしますか?」

と聞かれる事の連続。

 

その中で私の決断は正しかったのだろうかと

苦しい時もありました。

 

午前4時に父を病院にのこし帰宅して、

本日母を連れて再び病院に。

 

現在父は集中治療室に入っているため

長時間の面会は出来ないのですが。。

 

今日はだいぶ顔色もよく、用意してもらった

抱き枕を抱っこして可愛らしい姿で寝ていました。

 

看護師さんに

「熱は今何度ですか?」と聞くと

「だいぶ良くなったんですよ、36度7分」

と伺い

「抗生剤で熱が下がるようだとガンではなく感染です」

と医師の説明をうけていたので、ホッとしたその時

 

父が目を開けて

私と母に

「36度7分」と看護師さんの言葉をオウム返し

したんです。

 

思わず母と笑ってしまい。。

本当になんて可愛らしいのだろうと思いました。

いまでは赤ちゃんのような父。

 

このまま連れて帰りたいと、思いましたが、

最低でも一週間は入院をするようです。

 

明後日から出張の私は

とても悩みましたが

今は特に看護師さんが目を離さずにみて下さって

いますし、お食事も食べられる様になれば

食べさせてくれるとの事でしたので。。

 

予定通り出張する事にしました。

 

寂しがりの母が心配でしたが。。

 

病院に行く前は、心配で心配で泣きそうになっていた

母は、ベットのふちに腰掛けたまま、床に届かない足を

ブラブラさせて

「ママね、もうねウナギは食べない!

お婆ちゃんに頼んだの(お姑さん)、

ウナギは食べませんからパパを連れていかないでって!」

 

母は

涙グミながら本気で言っているのですが。。

 

私は思わず

 

「ウナギ???

なんでウナギ・・・?毎日食べている訳でもないし。。

食べない時は一ヶ月くらい食べない時もあるでしょ?

そんなに。。願掛けにはならない気がするけど・・」

 

すると母は

「ママの一番好きなモノだもん!!ウナギを食べないって

決めたの!!パパが元気になるまではウナギを食べません!」

 

・・・・。

 

そして父の様子に少しホッとした母と帰宅した際に

 

「ウナギ食べにいこうか〜?へへ

 

とルシファー並の、意地悪を言ってみると。。

 

「パパ熱が下がったから、もうウナギ食べても

大丈夫かな・・」

 

びっくりびっくりびっくり

「え〜〜〜〜?食べるんじゃ〜〜んキャハハ☆

と笑うと。。

 

クッションに顔をうずめて

「ダメだよね〜〜?食べちゃダメだよね〜」

と・・・え

 

「じゃあ、今日はパパもいないし、

ママの大好きなエビフライ食べに連れていくよニコニコ

というと

「ほんと?エビフライはいいよねキャハハ☆」と・・

母と一緒にエビフライ頂いてきました。

 

でも話題は

私「パパはこのエビフライ食べられるかな?」

母「うん、パパは小さく切ってあげれば食べられる」

私「じゃあ、パパにはお弁当にして持って帰って

  あげたらいいね」

母「え?今日?」

私「退院したらね。食べさせてあげようよ」

母「うん。パパね。エビフライすきよキャー

と。

2人の最愛のパパの話。。

 

父は今回もきっと頑張ってくれると信じています。

 

もちろん、間もなく93歳を迎えて

色々覚悟をしてゆかないとならないけれど。。

 

それは自宅で・・というのが

私と母の最大の願いです。

 

明日の事はわからないけれど。。

出来る精一杯のことはして。。

 

この時代に夫婦として、娘として出会えた事を

心から良かったと思いたいのです。。

 

高齢者の方々とそのご家族が幸せでありますように。

 

長くて。。ごめんなさい。

読んで下さったかたありがとうございます。

 

        LoveハートSatya