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 急に旅がしたくなってGWの後半4日から12日間AUSTRALIA経由でNEWZEALANDに渡り、DUNEDINとAKAROAを訪れてきた。

 

 DUNEDINはスコットランド以外で最もスコットランドらしい街と呼ばれるだけあって、質素でいて品格のある街だった。

 そしてAKAROAはNZにしては珍しい、フランス人入植者たちが築いたこれまた美しい入江にたたずむこじんまりとした好みのリゾート。

 

 旅の思い出はまた後日じっくり触れるとして、まずはAKAROA湾の雰囲気がよく出ている写真を展示しておきたい。

 

 まだまだ世界中には美しい街がいくらでもあるのが嬉しい。



I have a dream-AKAROA1 NZ


遊歩道のすぐ脇がもう海、入江の奥深い場所に街があるため、波はおだやか。





I have a dream-akaroa3 NZ



I have a dream-AKAROA4 NZ


お世話になった”PENLINGTON VEWS B&B” B&Bでありながら1フロア、3LDKを自由に使えるように設計してくれているのが素晴らしい。ちょっと急な坂道を登らないといけないけれど。



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 ・フライト時間が長いからといってわずかな種類からしか選べない機内食など要らない。

 ・飲みたいと思えば自分でオーダーするからドリンクサービスなど要らない。

 ・立派な空港設備が結果として航空運賃に加算されるのなら最新設備など要らない。

 

 これらは常に格安な航空運賃で海外に旅をすることが可能になるならば『要らない』と思っていた事柄のほんの一部だ。

 そう思っていたらちゃんと存在していた、今まで自分が知らなかっただけだったのだ。

 マレーシアのクアラルンプール国際空港には格安航空専用ターミナルが存在する。

 立派な国際線ターミナルとは別に倉庫のような建屋で、乗客はネット予約の画面をプリントアウトしたものが搭乗券代わりで搭乗には昔懐かしいタラップを上っていく。

 これらの動きはシンガポールのチャンギ空港やタイ、さらに多くの国と地域にも波及しつつあるらしい。

 もちろんこれら空港設備の簡素化よりも先に格安航空運賃を実現した航空会社が出現したからこそ、これら一連の航路が開かれたのである。

 エアアジア・ノックエア・ジェットスター・アダムエアなどの格安航空会社が日本に進出してくれば(もっとも官僚の天下り会社J○Lなどを守るためになかなか認可しないだろうが)赤字の地方空港にとっては画期的な集客案となるのではないだろうか。

 空港使用料の高額な大都市空港ではコスト的に実現は難しいが、赤字経営のローカル空港を活性化するには需要と供給のバランスがとれるのではないか。

 豊富な資金のある人々は従来の航空会社と大都市空港設備を利用すればいい。

 そして多少の不便さは我慢してでも、簡素化されたことが航空運賃に反映された方を選ぶのか、これらを自由に選択することが実現されること自体が素晴らしいことだとおもうのだが。 

 

 

 実際の航空運賃例

 ・香港~ロンドン 往復約32,000円(ロンドンとはいってもヒースロー空港とは限らない、というよりヒースローではないだろう)

 ・大阪~シドニー 往復60,000円

 

 現在の格安航空会社と空港設備に関するものの例

 ・座席は全てエコノミー(全席早い者勝ち、一部有料で指定席も有)

 ・機内食及びドリンクは有料

 ・フライト中の機内清掃有(整備時間短縮のため)

 ・乗継便は一切なし

 

 これら以外にも、もっと驚くような事例が実際にはあることだろう。そしてセキュリティ面の心配も確かにある。

 しかしそれらのことを吹き飛ばすくらいの『勢い』がアジア方面から押し寄せているのを肌で感じる、早く体験してみたいものだ。

  

 

 

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世界地図

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 いつも海外に行くたびに「今度こそ世界地図を買って帰ろう」と出発前に決めているのに必ず忘れて帰国してしまう。

 なぜわざわざ海外で世界地図を購入するのか、理由はひとつ。日本で作成された世界地図は日本が中心になっているから。

 もちろん日本国内でも大きな書店に行けば日本が中心ではない世界地図は手に入る。

 しかしそこで手に入れた”モノ”にはなんの『思い入れ』も『思い出』も存在しない。

 何年の何月にどこに旅したときにどんなふうにして手に入れたのかが、自分にとって大切なのだ。

 ではなぜ忘れるのか。

 理由はいくつかあるのだが、最大の理由は地図を販売している店に立寄っても、今購入すると大きな荷物になるから、旅が終わる頃にまた寄ることにしようと店を後にして、結局帰るころにはお店に立寄ることをすっかり忘れてしまうからだ。

 なぜ帰国する頃になると忘れてしまうのか、これは大きな謎だ、本人にもよくわからない。

 おそらく長旅の疲れと、嫌いな飛行機に長時間乗らなければならないことで頭の中がいっぱいいっぱいになってしまっているからだろうと推測している。

 だから今回は旅の早い段階に購入することにした。

 店はクライストチャーチ市内にある”MAP WORLD”、まさにそのままの名前だ、わかりやすくていい。

 ここでスーツケースになんとか収まるサイズの地図の中から気に入ったのを選ぶこと30分。

 

 

 やはりヨーロッパとアフリカ大陸がセンターにあると落ち着く(現代文明はそのすべてがヨーロッパから見た目で書かれている。こうやって見ると大西洋や日本が極東と呼ばれる意味がよく理解できる)
 

 地図の中心がヨーロッパとアフリカになっているのも気に入った、南北アメリカ大陸が中心のものだったら購入しなかっただろうし、南半球側から見た”逆さ世界地図”は将来南半球圏に永住するようなことになれば考えてもいいが、あれは世界地図としては見ることに違和感がありすぎる。

 

 購入した地図をケースに入れスーツケースに大事にしまって帰国後、DIYパネルにしようと関西では有名なホームセンターのコー○ンを訪れた。

 パネルは高校生の頃にはかなりの数を持っていたが、自分で造るのは今回が初めてだ。だから一応ネットでパネルの作成方法も調べた。

 それによると、片面に接着剤の貼られたアクリル板にポスターを貼り付けるのが一番楽な方法だと書いてあった。

 購入した地図はサイズが110×160もあるからアクリル板だけでは強度的に持たないだろうから、後はコー○ンで事情を説明してアドバイスをもらおうと思った。

 

 コー○ンのレジでパネル作成について詳しい人を呼んでもらう。

 30台中ごろの男子店員が応対に来た、パネルサイズを伝えて片面接着剤のアクリル板は地図サイズよりもやや小さいものしかないとのことだった。

 しばらく考えたが、初めてパネルを作成する自分がいきなりコンパネ(ベニヤ板)に貼り付けるのは難度が高いことだと店員がアドバイスするので、地図全体をパネルに出来ないのは残念だが、やや小さいアクリル板と強度補強のための5mmのコンパネを購入した。

 そして自宅に帰り、アクリル板の接着シール面をはがそうとしたが、なかなかうまくめくれない。

 おかしいと思い、よく見るとそこには接着シールなんか貼ってはいなかった。両面ともただのアクリル板なのだ。

 すぐに店に電話し、事情を説明した。

 電話に出た店員はすぐに店長にかわった。

 店長は詳しい説明を聞いた後、「当該店員に事情を聞き、折り返しどう対処させていただくか、こちらからお返事します」、と言った。

 すぐに電話があり、「当方の完全なミスであり、今のいままで当該店員もアクリル板に接着剤が付いているものと認識していました」とのこと。そして対策としては「幅の広い両面テープを今から自宅まで届けるのでそれをとりあえず使ってみてくれませんか」という内容だった。

 そういうことであれば勿論了承。

 すぐに届けられた両面テープを受け取り、届けてくれたお店の方に「これでうまくいったらお店にご報告しますね」とお礼とともに述べた。

 さっそくアクリル板の全面に両面テープを貼り付け、その上から地図を貼った。

 この方法はうまくいったので、すぐコー○ンの店長にお礼と報告の電話を入れた。

 

 ここまで作業を終えたので後はアクリル板を補強するコンパネに張る作業だけ・・・。ここでふと気が付いた。

 この方法なら最初からアクリル板ではなくコンパネに直接両面テープを貼っていれば世界地図全体が隠れる部分もなく全て見られたではないか。 Oh!MY GOD!

 それからの作業は極めてテンションの低いものでしたが、なんとか無事に完成したのが上の画像だ。

 

 オーストラリアの南東方向にかすかに見えているのがニュージーランドの南島。

 北島にいたってはその形さえ見えなくなってしまっている。

 

 

 

 でも、この世界地図を部屋に飾れば、たとえ見えなくなっていても、いつだって楽しかったニュージーランドのことを、湖が美しかったテカポや海辺から雪山が見えたカイコウラのことを、昨日のことのように思い出すだろう。

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 クライストチャーチの中心街を南北に走るコロンボストリート沿い、大聖堂から北に100mほど歩いた通りの2階にサージェント・ペッパーズス・テーキハウス(Sargent peppers steakhouse)がある。

 テーブルが10卓ほどの小さなお店だが、いたるところにビートルズ(The Beatles)のパネルが飾られ、店の奥にはビートルズのメンバーが壁画として描かれている、もちろんBGMはビートルズ。

 クライストチャーチを訪れることがあったなら是非訪れてみたいと思っていたお店だ。

 混雑している時間にを避けて8時半頃店に行ってみた。ラストオーダーが9時だから待たされることはないだろうと考えてのことだった。

 一組の50代とおぼしきイギリス人ご夫婦(ロンドンから来たとのことだった)が待たれていたが、5分も経たずに席に案内された。

 店内はランプとテーブルの蝋燭だけの灯り、これも肉料理にはぴったりの照明。

 クライストチャーチ到着後の最初のディナーなので、どのステーキにしようか迷った。

 結局サーロインもヒレも食べたい要求を満たすためTボーンステーキを、ソースはまずは無難にマッシュルームソースを選んだ。

 ステーキが運ばれてくるまでの時間は壁一面のビートルズの面々のパネルを見て楽しめばいい、そんなふうに考えていた。

 初期の頃の写真が多い、ドラムがピート・ベストだったクォーリーメン時代のパネルもあった。

 確かな記憶ではないがオノ・ヨーコさんの写真は1枚もなかったように記憶している。

  


 

 お店に上がっていく階段にも多数のパネルが

 

 この店のオーナーはビートルズの解散原因をオノ・ヨーコさんだと考えているファンの一人なのだとしたら、少し残念に思う。

 あまり店内をじろじろ見回すのも他のお客に対して失礼だと思い、じろじろ見ることは遠慮していたのだが、私の前に案内されたイギリス人夫婦のテーブルに料理が来ていないのは当然としても、他に3組のテーブルでナプキンが置かれたまま料理を待っているグループやカップルがいた。

 ひょっとして自分は最後だから5番目か?かすかに不安を感じた。

 30分ほど過ぎた頃、やっと1組のカップルのテーブルにステーキが運ばれてきた。

 素人としてはステーキを焼くだけの料理になんで30分以上(席に着いてから30分なのでそのカップルが何分待っていたのかわからない)もかかるのか、ちょっと日本人としては理解出来ない。

 まあ国が変われば時の流れが変わるのはこれまで何度も体験していることだから、スマイルsmile。

 『同じオーダーが前後して入ったからといって二枚を同時焼くような習慣はないのだよcologne君!』

 私の中で余裕のあるもう一人が話しかけてくる。

 『そうだよ、肉を1枚切る度に肉を冷蔵庫に戻し包丁もしまうのさ、客が何人待っているのかなんてことは料理人には関係のないことなのさ』

 そんなふうに考えて”待つ”ということを楽しんでいると、ひとりの客が店にやってきた、中年の白人ビジネスマンといった感じだ。

 もうラストオーダーの9時を20分程過ぎている。

 客を入れるのは店の勝手だから別に構わないけど、今から注文したって料理が出てくるころにはいったい何時になっているのか他人事ながら心配してしまう。

 そのビジネスマンはしばらくすると本を取り出し読書していた、常連さんなのかも。

 そしてさらに20分が経過した午後9時40分、やっと待ちに待ったステーキが運ばれてきた。

 




 

 普段はmediumrareなのだがT-bone steakの場合は骨回りの肉に火を通し、骨から切り離せるようにwelldoneに

 焼き加減を間違えないための”旗”が可愛い

 店内の写真は食事を楽しんでいる方々で満席だったので撮影を控えました。

 

 注文してから待つこと1時間と10分、これが7時や8時の入店だったら待ち時間はどうだったのだろう、そんなことはこの際考えないことにして料理をいただいた。

 もともと肉料理が大好きだが、肉が柔らかければ美味しいと勘違いしている方が多い昨今だが、私はじっくりと肉を噛みしめている間に肉そのものの持つ”旨味”が出てくるタイプの肉が好きだ。

 そういう意味においてニュージーランドの肉は旨い。

 この夜もそれなりに美味しいステーキをいただいた。

 

 ただあえて書かせてもらうなら、今回の旅行で食したステーキの中では、この店の肉質と味は最上位ではない、待たされた時間に関係なくだ。

 しかしこれはたまたま、それ以降のお店で食べたステーキが私の口により合ったものだったからだといえる、サージェント・ペッパーズ・ステーキハウスの肉は充分美味しかったのは間違いない事実なのだから。


 



 お店を出た頃はもう午後10時半頃、お店の看板もひっそり

 

  

 つづく


 それはニュージーランド旅行出発の5日前、夜明け前午前4時頃のことだった、青ざめた顔色の息子が私を起こしにきた。

 嘔吐と激しい下痢に発熱、ラッパのマークの正露丸を飲んで我慢していたらしいが、これは救急病院に行かないとどうしようもないと判断し、私を起こしに来たのだった。

 救急病院での診断は急性腸炎、点滴を打ってもらい、とりあえず2~3日は安静にしているようにとのことだった。

 息子には悪いが、そのとき嫌な予感がした。

 昨年夏、パリ旅行直前に腎臓結石で救急車で病院に搬送されたのを思い出したからだ。

 悪い予感はほとんど当たる、競馬予想もこれくらい当たれば楽勝なのだが。

 そして二日経過後の朝、旅行出発の三日前だ。

 激しい嘔吐と下痢に襲われた。 やっぱり!

 嘔吐はそれほどでもなかったが、下痢はひどかった。

 体中の水分という水分が全て失われていくのではないかというほどの下痢症状だった。

 何も水分を摂取しなければ脱水症状を起こすかもしれないと思い、少量づつ水分を補給するものの1時間おきにトイレに駆け込まねばならなかった。

 あと三日あるからなんとかなるかも・・・そう考えてひたすら安静にすることにした。

 

 今にして思えば、あれは『ノロウィルス』による感染だったのではないかと疑っている。

 私と息子以外の家族やそれ以外の方々に感染しなかったのが不幸中の幸いだった。

 

 そしてなんとか出発当日には回復した。

 当日の関空はあいにくの雨模様、ネットで確認していたクライストチャーチもずっと雨マークになっていた。

 私は自慢の『晴れ男』なのだが、今回はさすがに体調不良につきそれも望めないなと、なかばあきらめの境地だった。

 フライトは夕方17時10分JALとAirNewZealand共同便だ。

 

 私は基本的に一人で搭乗するときは3人掛けのBシートを指定する、2人で搭乗する場合ならA・Cのシートを指定する。

 こうしておけば満席にならない限り3人掛けの座席をささやかなプライベート空間として確保することが出来る。

 

 関空発、クライストチャーチ経由オークランド行きJL5198便はほぼ満席に近い状態だった。

 観光客はクライストチャーチへ、仕事関係で行く人はオークランドへといった感じだ。


 日本を夕方に発ってクライストチャーチまで約11時間のフライト、時差が4時間(サマータイム)のため現地時間で朝の8時過ぎにクライストチャーチに到着する予定だ。

 

 

 

 着陸態勢に入る頃、窓から差し込む日差しは強烈なものだった。

 客室乗務員がクライストチャーチの気温が14℃天候は晴れだと伝えている。

 この強い日差しの中、気温はたったの14℃? ちょっと想像がつかない。

 

 入国審査を終えcity(クライストチャーチ)行きのバス乗場に向うため空港を出て外気に触れたとき、日本ならセミが鳴いていそうな日差しにもかかわらず、さわやかな春風がそよぐ心地よさに25年ぶりの南半球訪問を実感した。

 


 

ChristchurchといえばなんといってもCATHEDRAL(大聖堂)

ここが市内交通の拠点

 

 わずか4~5年前には1NZ$が40~45円だったレートが80円を超えている現在、以前に旅をされた方々から聞く話は物価面に関しては全く参考になりません。

 それでも銀行での通貨両替に関しては大変良心的な国でした。

 空港内での両替は金額に関わらず1%(BANK of Newzealand)、市内なら換算レートの表示額そのままで両替が可能でした。

 この点については両替手数料を換算レートに予め含んでいるものと考えるべきですが、それでも日本国内の銀行での換算レートやEU圏内での両替で苦い思いを何度も経験した私にはありがたいシステムだと感じました。

 



 Christchurchでの拠点としたB&B ”The Grange Guesthouse”


 オーナーの作るBreak fastのSunnyside upは卵そのものの旨味もあって最高でした。

 地球の歩き方に投稿しよう

 

  つづく(と思う)

 

 

  

 

 

Nov 2006 in NewZealand

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 しばらくぶりの更新だ。

 今回は約2週間にわたって南半球ニュージーランドを旅してきた。

 例によって旅行社のツアーではないので、ホテルにばかり泊まっていると人と会話しない期間が長くなるのも淋しいので宿泊施設を考えた。

 バックパッカーズ用の宿泊施設は設備的はちょっと苦手なのでB&Bにすることにした。

 

 地図上ではEU圏諸国より近そうに見えていてもやはり10時間以上のフライトには疲労気味だから旅の詳細についてはまた後述することにしよう。

 

 とりあえず「美しき国NewZealand」の中でもとりわけ絶景だった"Lake TEKAPO"を一枚








 ターコイズブルーが美しい「テカポ湖」


 

 

 ディープインパクトのセミ・ラストラン、ジャパン・カップも観ずに出かけてしまったが、しっかりVTR観戦。

 「普通の強さで勝ったなあ」というのが第一印象だったのと、あの馬体の絞り方を凱旋門賞のときにしていれば・・・。

 これはLIVEで観ていない人間としての感想だろうし、生で観ていない者が後からあれこれ言うべきことではないし、そんな資格もないことだろう。

 ディープインパクトのラストラン有馬記念を心から応援したい。

海上絵「カンデラブラ」

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 久々に寄港したと思ったら、いきなり南米大陸だ!

 

 ナスカの北西、太平洋を望むところに『「パラカス』という町がある。

 この湾の岬にある砂山で出来た斜面に「カンデラブラ(kanderabura)」という地上絵が存在している。

  

 ナスカより新しいといわれるものだが、樹木のような、また教会のローソク立てのような形に見えることから「カンデラブラ(蜀台)」と呼ばれている。

 

                      

 

 ペルー政府はこの海上からしか(例外を除)見えないこの「絵」を守るため、付近一帯を立ち入り禁止にしている。

 

 海上遥か20km先からもこの<カンデラブラ>は見えるそうだ。

 そして不思議なことは立ち入り禁止区域にもかかわらず、誰かが侵入して、この「絵」を乱すようなことがあっても、強い風が吹いた翌日には元通りに戻っているという。

 

   

  大航海時代が訪れたことによって、初めて海上から発見された不思議な地上絵「カンデラブラ」。

 

タイタニックの乗員と氷山

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 タイタニック号といえばサウサンプトンから出航し、沈没した豪華客船として知られていますが母港はリヴァプール港だというのはあまり知られていません。

 

 アイハブアドリーム号の母港もリヴァプール港です。

 

 リヴァプールから東南にハリファックスという町があります。

 この町にはタイタニック号の犠牲者が眠る共同墓地があります。

 そこには、J・ドーソンという人物のお墓があり、その名前が映画『タイタニック』に登場する、ディカプリオが演じた<ジャック・ドーソン>と似ている事から、花を手向ける人が今も絶えないそうです。

  この人物、正しくはジャック・ドーソンではなく<James・Dawson>というダブリン出身の23歳の青年でタイタニック号のトリマーだったそうです。

 

 

  ハリファックスのフェアビューセメタリーにある<J・Dawson>の墓

 

 

 タイタニックといえば氷山です。

 海面上に出ている氷山は全体の10%程度だという話は知っていましたが、実際どのような形をしているものなのか興味はありましたが知りませんでした。

 

 氷山上部

  氷山が海面上に出ている部分

 

 氷山全体

  計測に基づくCGによる氷山の全体象

 

 

 なお、アイハブアドリーム号の次の寄港先は未定です。