ブログというものを更新しなくなって何年経ったことだろう。


 まったく更新しなかったわけではないにしても、たまに旅をした思い出などを記事にしようとしても、書いている途中でむなしくなり、無理やりアップしただけのものだった。


 今までにも何度か、「これが最後です」といったようなことを書いたことがありましたが、今回はこれが本当に最後の更新です。


 人と人との出逢いというものは必然的なものだと今でも信じていますが、それが自分の意思だけで行動出来た時期であるかどうかで人生というものは大きく変わってしまうものだということも、このブログというもので知りました。

 

 私に人生といえるものがあるなら・・・・


 このブログは今日を最後に更新はしませんが、私にとって”悔恨と懺悔”の意味を込めて決して忘れることのない人生のページとして今後も残して置きます。





 

 


 

I have a Dream、本日をもちまして

The end


ありがとうございました!

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 ノロウイルス感染症を克服して旅行に出かけたのが11月中旬、帰国後もしばらくは普通に元気だったのですが、2週間くらい前から体調不良になりました。

 嘔吐や下痢という症状ではなく、風邪のようなだるさと悪寒に鼻炎といった症状に悩まされています。

 今日現在も体調はあまり良くないです。

 PCをほとんど起動していなかったため、いただいたコメントにお返事出来ていなくてごめんなさい。

 

 

 今日はどうしてもディープインパクトのことに少し触れておきたくて・・・。

 もう引退してしまった馬ですから、今自分の心境を日記風にでも書いておかないとだんだん風化していってしまいそうで。

 このブログを開設してすぐの頃から、いろんな過去の名馬にふれてきました。

 一応競馬デビューが高校生のときに出会った元祖アイドルホース”ハイセイコー”でしたから三十年以上に渡って競走馬を見てきました。

 そんな中「最も重心の低い走法の馬」として注目したのがディープインパクトでした。

 これほど加速したときに重心が低くなる馬は前代未聞でした。

 若駒ステークスを見たときの衝撃は今も昨日のことのように覚えています。

 とっさに過去の名馬たちの中にこんなタイプの馬がいたかどうか記憶をたどりました。

 そしてオグリキャップの中央デビューのときに、その重心の低い走法に驚いて以来、いやそれ以上かもしれない悦びに震えました。

 当時の競馬ブログのお仲間たちとの史上最強馬について楽しかった競馬談義も今は随分昔のことのようで懐かしい日々です。

 思えば重心の低い走法はオグリキャップ以来だと語ったディープインパクトが、そのオグリキャップに最初で最後に騎乗した武豊騎手との夢のコンビで有終の美を飾った有馬記念以来、16年ぶりの勝利だったというのも、なにかの”縁”というものを感じてしまいます。

 

 「競馬」ということにおいて、ディープインパクトという競走馬は本当に強い馬だったと自信をもって断言できます。

 そしてさらに書かせてもらうなら、引退レースであった昨日の有馬記念でさえまだ『未完の競走馬』だったと言えます。

 それは武豊自身が一番感じていることでしょう。もっともそんなことは彼の口から語られることは決してないことですが。

 このブログの冒頭に書かせていただいていますが、武豊が数多く騎乗した過去の名馬たちの中で、彼の騎乗フォームが最も美しく、そして楽しげに見えたのがスペシャルウィークだと思っています。

 競馬という競争成績では、スペシャルウィークはディープインパクトに遠く及びませんが、競走馬の勝負という結果意外に、”馬に乗る”(単に乗馬です)ということを少し経験してきた者としてスペシャルウィークはまた別格な存在だといえるでしょう。

 こんなふうに書くと全然ディープインパクト賛辞になっていないように受け取られるかもしれませんが、「未完成の競走馬」としてなお”あの強さ”、そしてそれを承知しているからこそ、競争中の不利を避けるために”大外”を駆け上がってくる武豊。

 有馬記念では普段よりさらに1頭分内側を開けていました。それで勝てるという確信がなければ武豊とて出来ることではないでしょう。

 この一点についてだけ語るだけでもディープインパクトは”別格な史上最強馬”だといえます。

 

 余談ですが、私見としてあえて言わせてもらえば2007年凱旋門賞を目指して欲しかった気持ちは当然あります。

 そしてそれはディープインパクトが「種牡馬」としては成功しないのではないか、という疑念をずっと抱いてきたからです。

 巨額のシンジケートが組まれてこれから第二の馬社会へ出発するときになにを不吉なとお怒りを受けるかもしれませんが、ディープインパクトが大好きゆえに変な心配をしてしまっているのかもしれません。

 杞憂に終わることを願っています。

 

 さあ、また1月6日金杯から新たな年が始まります、早く体調を戻して来年はちゃんと競馬予想記事書いて収支報告するブログを復活します。

 

 ちょっと早いですが


 みなさん良いお年を!

 

 

 

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 「ねえねえ、ちょっと見てくれない?」

 仕事から帰宅すると、妻の成子はさっそくテーブルの上に大判のカタログを広げた。

 「これ、どう?」

 赤ペンで丸く囲んだ写真を指差して「かわいいよね」と笑う。

 七五三のレンタル衣装のカタログ、女の子用の晴れ着。成子が指差したのはグラデーションになった紅色の地に手まりや折鶴が裾模様になった着物だった。

 「かおりに見せたら、一発でこれを選んだの。すごく気に入ってるみたいだから、明日の朝イチで申し込んじゃっていいよね?」

 オレは、「うん、まあ・・・いいんじゃないか」と答えた。微妙に煮え切らない口調になってしまった。

 「どうしたの?」

 「・・・けっこう高いんだなあ、って」

 税込み三万千五百円。手取り三十万そこそこのオレの給料でしているわが家の家計からすると、かなりキツい。

 だが、成子は「だいじょうぶ」と笑う。

 「着物のお金とか美容院のお金はお母さんが出すって言ってたし、お父さんもお祝いははずむって言ってたから」

 笑い返す顔も微妙にこわばってしまう。

 一人娘のかおりのためにまとまった出費が必要になるときは、いつも成子の両親がお金を出してくれる。

 「お宮参りの前の記念撮影と、終わったあとのお食事会、だいじょうぶよね?」

 その費用も向こう持ち。

 かおりは成子の両親にとって初孫だ。一人娘の成子が産んだ、一人きりの孫。

 オンリーワンがダブルだから、大げさでなく、二人はかおりを目の中に入れても痛くないほど可愛がってくれている。

 「それでね、お母さんの本音としてはもうちょっと有名っていうか、大きな神社でやってほしそうなんだけど・・・」

 「近所でいいんだよ、氏神さまなんだから」

 遠出なんてしたくない。晴れ着姿の娘を連れて観光地まがいの大きな神社に出かけるのはオレの美意識が許さない。なるべく軽く、さらりと、「こんなのシャレだよ、シャレ」と笑えるように。

 そんなオレの胸の内を察した成子は、「ふだん着はだめだからね」と釘を刺した。「せめてネクタイは締めてよ」

 オレは黙って肩をすくめた。

 

 アパートの前に行きつけの酒場がある。

 仕事が早じまいした夜には、毎晩のように入り浸っている。

 月々五万円の小遣いではとてもそんな贅沢はできないのだが、その店『ハセガワ』はちょっとしたワケありの店なのだ。

 「学ちゃん、ヘルプいいかな」

 カウンターで飲んでいたら、マスターが声をかけてくる。店の奥に設けられたステージでは、オレと同じ背広姿のサラリーマンがギターをかまえて指慣らしをしている。

 「なにをやるって言ってるの?」

 「クラプトンだって。クリームの頃の」

 オレはヘヘッと笑い、ステージに向う。

 初対面のパートナーに会釈して、ベースギターをかまえる。とてもエリック・クラプトンを弾きこなせるようには見えない相手だったが、まあいい、何曲か付き合ってやれば、これで今夜の飲み代は大幅割引・・・うまくすればタダになる。

 『ハセガワ』は最近流行の「ライヴができる居酒屋」だった。フォーク系とロック系に分けるなら、ロック系。

 ステージにはドラムスのセットも置いてある。

 カラオケに飽き足らない元ロック小僧のオヤジたちが夜な夜な集まっては、居合わせた客同士でセッションを楽しんでいるのだが、客のほとんどはギターやヴォーカルをやりたがるので、ベースやドラムがどうしても手薄になってしまう。

 そんな店側の事情と安く酒を飲みたいこっちの思惑とが合致してオレは専属ベーシストのような格好で出番を待ちながら飲んだくれているのだ。

 今夜のギタリストは、第一印象どおり下手くそだった。

 クラプトンというよりプランクトン。

 本人は目を閉じて陶酔しきってギターを弾いているというのが、よけい笑える。

 オレはコードの主音だけ押さえながら、ドラムスに目をやった。

 ドラマーはオレと同じ助っ人の英五さん。 ひどいギターですね、とこっそり目配せすると、英五さんも苦笑してうなづいた。

 それでも、リズムすらキープできないギタリストに合わせて音数を減らしたドラミングをしているところが、人柄というやつなのだろう。

 オレにはできない。そこまで優しくはなれない。

 落ちぶれたものだよな・・・。

 ときどき思うのだ。

 

 4年前、三十歳になったばかりのオレはプロを目指すバンドでベースを弾いていた。

 メジャーデビューにあと一歩のところまで来ていた。惜しかった。

 つまらないカネの貸し借りのもつれでバンドが解散さえしなければ、いや、たとえバンドがなくなっても、俺自身さえその気になっていれば、まだなんとかなったかもしれない。

 だが、オレはプロになる野心を捨てた。捨てざるをえなかった。

 当時恋人だった成子がかおりを妊娠したためだ。できちゃった婚である。

 まったくわかりやすい夢の断ち切られ方である。で、中途採用の会社で慣れない営業職を続けながら、酔っ払った素人さんのギターやヴォーカルに合わせてベースを弾くのが、唯一の趣味。これも、ほんとうにわかりやすい未練というやつだろう。

 「へい! ベース!」

 すっかり舞い上がったギタリストが、バンマス気取りでベースソロをリクエストした。

 ムカッときた。

 本気で弾いた。十六小節、三十二小節、六十四小節・・・延々とソロをキメてやった。

 ドラムスの英五さんもそれまでとは一転した熱いビートを刻んで応えてくれる。

 呆然とするギタリストをよそに、オレはひたすら狭い店内に重低音を鳴り響かせたのだった。

 

 「お疲れ様」の乾杯をすると、英五さんに「なにかあったのか?」と訊かれた。

 英五さんはオレより年上ということしか知らない。職業も本名もわからない。

 マスターとの会話からすると、近所の住民らしいのだが、、店の外で会ったことはまだ一度もない。

 ドラムスの腕前は「素人にしては、そこそこやるな」という程度だが、包容力があるというか、たどたどしいギターや音程をはずしたヴォーカルに辛抱強く付き合って刻むビートには、なんともいえない温もりがある。

 その温もりに甘えて、ここ数日、七五三の衣装を決めて以来ずっと胸に溜まってるもやもやを吐き出した。

 「キツイですよ、七五三ってのは」

 かおりが可愛くないわけではない。

 成子とかおりとの家族三人の暮らしは、幸せだ、と胸を張って言える。

 だが、七五三は、ちょっと違う。「良い」「悪い」という分け方ではなく、「違う」としか言いようがないイベントだ。

 「だってそうでしょ? 着せ替え人形みたいな格好をした子どもを連れてパパもママもおめかしして、はい記念撮影です、皆さんチーズ・・・なんて、違うでしょ、ロックじゃないでしょ」

 「照れくさいのか?」

 「っていうか、それをやったらおしまいだぜっていうか・・・」

 「なにがおしまいになるんだ?」

 「だから・・・うまく言えないんですけど、オレはオレなんですよ、いまはフツーのサラリーマンで、フツーのパパやってますけど、やっぱ、根っこはオレなんですよ」

 自分でもよくわからない。

 ただ、ふだんの生活では胸の奥に引っ込んでいる昔のオレが、家族のイベントのときにかぎって顔を出す。

 おいおい違うだろう違うだろ、そんなの違うだろ、といまのオレの肩を小突く。

 成子の両親にお祝いをもらい、ごちそうしてもらって、「どうもありがとうございます」と頭を下げる自分を、冷ややかに見ている自分がいる。

 かおりのお宮参りのときもそうだった。誕生日やクリスマスに成子の両親を招いてパーティーをするときも、そうだ。

 ミョーに不機嫌になり、無口にもなって、あとでその日の写真やビデオを見ると、ニコニコ顔の家族の中でオレ一人だけしょぼくれた顔になっているのだ。

 きっと、明日の七五三のお参りでもそうなってしまうだろう。

 英五さんは、なるほどね、と小さくうなづき、「学は音楽を辞めちゃったこと、後悔してるのか?」と訊いてきた。

 「・・・そういうわけじゃないんですけど」

 「でも、いまの自分が嫌いなんだろ?」

 「それも・・・ちょっと違うんですけどね」

 英五さんは笑う。オレの答えを最初からわかっていたような笑い方だった。

 「まだパパになりきっていない、っていう感じなのかな」

 「パパですよ、そんなの、もう、ずーっと。だから髪も切ったし、ネクタイも締めてるし、まじめに働いてるじゃないですか」

 だが、英五さんは笑うだけだった。

 「・・・なにが可笑しいんですか?」

 「いやあ、ガキだなあって思ってさ」

 他の奴に同じことを言われたら、断言してもいい、胸ぐらをつかんでいる。

 だが、英五さんの絵画をには、こっちの興奮を自然となだめるような余裕がある。

 「で、七五三のお参りはどこに行くんだ?」

 「近所ですよ、三丁目の三都神社。もうお祓いの予約してますから」

 一瞬きょとんとした英五さんは、次の瞬間、はじけるように声を上あげて笑い出した。

 「じゃあアレだ、学、青春の夢の残りカスをお祓いしてもらえよ」

 「オレ、真剣なんですよ」

 さすがにムッとして言い返すと、英五さんは、わかってるわかってる、と目尻に溜まった涙を拭いながら言って、また笑う。

 

 マスターからお呼びがかかった。ミック&キースを気取った二人組のオヤジが、ストーンズを演りたがっているのだという。

 『ジャンピング・ジャック・フラッシュ』『サティスファクション』『ブラウン・シュガー』・・・定番の曲を演奏した。

 例によってヴォーカルもギターもひどいものだったが、英五さんはいつものように絶妙のドラミングで即席バンドの音を支える。

 優しいひとだと思う。オトナなんだな、とも認める。だからこそ、それが・・・いまはむしょうに腹立たしい。

 ベースの音がとがる。遅れ気味のリズムを待ちきれなくて、先走ってしまう。

 ミック&キースはともかく、英五さんにはそれくらいわかっているはずだが、なにも言わない。

 遅いギターと先走るベース、それぞれの顔を立てるようなスティックさばきを見せる。

 このひと、ほんとうはハンパじゃなく巧いのかもしれない・・・初めて思った。

 『ブラウン・シュガー』を終えて客席に戻りかけたミック&キースを、英五さんは呼び止めた。

 「『ホンキー・トンク・ウイメン』でもやりませんか?」と誘い、二人が乗ると、オレを振り向いて『付き合えよ」と笑う。

 「思いっきりベース弾かせてやるからさ」と、言われても。

 『ホンキー・トンク・ウイメン』はルーズなビートの曲だ。早弾きもないし、派手なチョッパーもキメられない。

 ベースとしてはなんの見せ場もない曲なのだ。


 「ヘイ! ベース!」

 間奏で英五さんにソロを渡された。

 難しい。

 スローでルーズな曲でソロを弾くことがこんなにも難しいとは思わなかった。

 張り切るとリズムをはずす。リズムをキープしているとトリッキーなフレーズが出せない。

 高校生バンドでもレパートリーになるような初心者向けの曲だと思っていたのは、甘かった。奥が深い。

 いままで得意だったアップビートの曲が、急にガキっぽく思えてきた。

 曲が終わり、ベースギターを肩から下ろすと、がっくりと落ち込んでしまった。

 そんなオレに、英五さんは言った。

 「遅い曲をどう弾くかが、ガキのベースとオトナのベースの違いだぜ」

 オレは素直にうなずいた。

 「プロのベーシストの代わりに、これからはオトナのベーシストを目指せばいいんじゃないか?」

 英五さんはそう言って、スティックを指先でクルッと回す。

 オレは素直にうなずいた。

 英五さんは多分、ベースのプレイのことだけを言っているではないと思ったから。

 「じゃあ、今夜はもう帰るから、また明日」

 何を言ってるんですか、と英五さんの背中に苦笑した。

 明日は日曜日、居酒屋『ハセガワ」』定休日なのだ。

 

 だが英五さんの言葉は嘘でも勘違いでもなかった。

 オレは英五さんに会った。

 三都神社の本殿で、神主さんのいでたちをした英五さんと。

 かおりの隣で唖然とするオレに、英五さんはすまし顔で一礼して、お祓いを始めた。

 玉串を神前に捧げるとき、ドラムスのスティックのようにクルッと回した、と思う。

 気のせいだろうか。

 神妙にうつむいて英五さんの祝詞を聴いていると、しだいに笑いがこみ上げてきた。

 違うよなあ違うよなあ、と首をかしげたい。でも・・・これも「あり」だよなあ、と最後はうなずくだろう。

 

 ふと見ると、晴れ着姿のかおりは長い祝詞に飽きて、足をぶらぶらさせていた。

 その動きを目で追って、リズムを合わせて、頭の中えベースを鳴らした。

 『ホンキー・トンク・ウイメン』よりもさらに遅く、複雑なリズムでも、それに合わせて弾きこなさないとな、と自分に言い聞かせた。

 

 まずは今日の会食、わが家のへそくりをはたくか、と決めたとき、どこからか、うんと遠くから、チャーチャッ、ズンチャチャーチャ、と『ホンキー・トンク・ウイメン』のイントロが聞こえてきた。 


      (了)

 

大樹

テーマ:

 大きな木はそこに存在するだけで神秘的なものを感じる。

 近年海外に出かけた際、必ずと言っていいほど『大木』『大樹』の写真を撮っている自分がいる。

 人間が自分の都合で枝葉を切らず、自然に育った樹木は本当に美しい。

 

 今回の旅で撮影してきた木々の写真から何枚か抜粋したものが以下の画像です。

 日本でならそれぞれが『御神木』と呼ばれてもおかしくないものでしょう。

 

 

   

 Bridge of Remembrance




 Lake Tekapo



 Victoria Square



 Mona Vale




 South Hagley Park




 North Hagley Park




 North Hagley Park



 

    

ジョッキー本田優

テーマ:

 朝日杯フューチュリティーステークスで本田騎手騎乗のローレルゲレイロが2着に終わった。

 本田といえば超のつく強気の騎手として知られているし、それは彼の騎乗ぶりからもほとばしりでている気がする。

 今日のレースぶりも『勝つのは俺の馬だ!』と言わんばかりに正攻法で勝ちに行く彼らしい騎乗だった。

 しかし、『勝負』ということにこだわったとき、彼の競馬は他のジョッキーからすれば非常にマークしやすい存在だともいえる。

 今日のドリームジャーニーは決してローレルゲレイロをマークして勝利したものではなかったが、結果論的にいえば「本田の馬がいる位置」は非常にわかりやすかったといえるだろう。

 だが、こんなふうに書いてはいてもジョッキー本田優は私の好きなジョッキーのひとりだ。

 そして彼の正攻法なレースは若駒の実力を分析するとき多いに役立つ。

 たとえば今日のレースにアンカツのフサイチホウオウが出走していたならばどうだったろう。独断で言わせてもらえばローレルゲレイロよりも前でゴールしていたような気がするが、今日のドリームジャーニーの切れ味にはかなわなかったのではないだろうか。

 絶対的ポテンシャルにおいてはフサイチホウオウが勝っているが、はまったときにはドリームジャーニーの末脚に屈する場合があるといったところだろうか。

 3着のオースミダイドウについては前者の気性面が解消されたとしても、大幅な上昇は期待できないのではないか。

 そして4着フライングアップルも善戦馬としてこれから対戦していく馬たちの実力を判別していくうえで目安になる馬といった存在といったところだろう。

 

~永遠の嘘をついてくれ~

テーマ:

 それは久しぶりに体の中を電流が駆け巡るような衝撃だった。

 中島みゆきがつま恋のステージに現れ、この曲を歌ったことを事前に知っていながら、それでもなお体が震えた。

 吉田拓郎と中島みゆきのツーショット、さらに言えばその背後で指揮をとっているのは瀬尾一三だ。この三人が同じステージにいること自体が驚きなのかもしれないが、そんなお膳立てなどに全く関係なく、このステージのこの歌に打ち負かされた。

 

 ややこわばった表情の中島みゆきだが、その目に宿る強いオーラ

 それでもなおかつ彼女でさえ緊張しているのが伝わってきた右手で左肘を強く握る立ち姿

 ステージを去り際のバックコーラスの女性とのハイタッチ

 

 中島みゆきにはある意味吉田拓郎以上の深い思い出がある。

 ~永遠の嘘をついてくれ~は吉田拓郎がもがき苦しみ、作品が生み出せなくなっていた時期、彼女に依頼して出来た作品だと聞いている。

 この話は多分真実だろう。そう思えるくらい詩の内容は男に対する熱い想いをいまだに抱きながらも叱咤激励し、そして最後まで貫きとおしてほしいと願うエールが込められているからだ。

 しかしそういった過去のいきさつを抜きにしても、この作品の”つま恋”のステージでのジョイントに震えた。

 生涯忘れられないステージとなった。

 

 ありがとう吉田拓郎、瀬尾一三、そして中島みゆき

 

 

 ~永遠の嘘をついてくれ~  詩/曲 中島みゆき  編曲 瀬尾一三

 

ニューヨークは粉雪の中らしい
成田からの便は まだまにあうだろうか
片っぱしから友達に借りまくれば
けっして行けない場所でもないだろう ニューヨークぐらい
なのに 永遠の嘘を聞きたくて 今日もまだこの街で酔っている
永遠の嘘を聞きたくて 今はまだ二人とも旅の途中だと
君よ 永遠の嘘をついてくれ いつまでもたねあかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ なにもかも愛ゆえのことだったと言ってくれ


この国を見限ってやるのは俺のほうだと
追われながらほざいた友からの手紙には
上海の裏町で病んでいると
見知らぬ誰かの 下手な代筆文字
なのに 永遠の嘘をつきたくて 探しには来るなと結んでいる
永遠の嘘をつきたくて 今はまだ僕たちは旅の途中だと
君よ 永遠の嘘をついてくれ いつまでもたねあかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ 一度は夢を見せてくれた君じゃないか


傷ついた獣たちは最後の力で牙をむく
放っておいてくれと最後の力で嘘をつく
嘘をつけ永遠のさよならのかわりに
やりきれない事実のかわりに
たとえ くり返し何故と尋ねても 振り払え風のようにあざやかに
人はみな望む答えだけを 聞けるまで尋ね続けてしまうものだから


君よ 永遠の嘘をついてくれ いつまでもたねあかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ 出会わなければよかった人などないと笑ってくれ
君よ 永遠の嘘をついてくれ いつまでもたねあかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ 出会わなければよかった人などないと笑ってくれ

 

 

 

 

 「勝てるかもしれない。」
 そんな思いでレース観戦が出来るのなら、今年の凱旋門賞はもっとわくわくした気分で観ることができるのに。
 実際はどうかというと、「普通の状態で出走し、普通にレースが出来れば勝てる。」
 そういった思いが充満しているためとてもではないが冷静なレース観戦など不可能だ。


 野球に例えるなら、中日ドラゴンズ相手に7回裏を終えて5対0で阪神タイガースがリードしていたとしても、たった1点を奪われただけでも、その後にもし満塁ホームランを打たれてしまえば、たちまち同点にされてしまうじゃないかという気持ちでタイガースを応援しているようなものだ。
 他のチームが試合をしているのなら、楽勝ペースじゃないかと思えるケースであっても思い入れがある場合はどうしてもそういう気分になってしまう。


 昔岡部ジョッキーが「ルドルフは最高の状態でなくてもよい、普通の状態でさえあれば勝てる」、そう語った言葉の重みが今になってやっと深く理解することが出来るようになった気がする。
 そう考えれば勝てると確信しつつ応援するレース観戦というのは、至福の悦びであるのかもしれない。


 武豊ジョッキーに今さら素人がアドバイスするのもおこがましいが、ハリケーンランにしろシロッコにしろ、並ぶとしぶとい。だからディープインパクトには外から一気に抜き去るディープらしいレースを期待したい。


 最後に、「凱旋門賞」で日本生産馬が優勝するところを、私に競馬のロマンについて教えてくださった詩人志摩直人氏が見るこなく亡くなられたことが残念だ。


 凱旋門賞は遠かった・・・どうか全馬無事にレースを終えますように。

リンゴ・スターの夢

テーマ:

 昨夜夢を見た。

 予知夢の一種だが、こういった夢は実際に経験することが多い。

 

 ある日の夕方、新聞記事の片隅に 『最後のビートルズ亡くなる』 と見出しが載っているのを見る。

 

 20XX年記事

 Ringo Starr リンゴ・スター 1940年7月7日生まれ

 本名 Richard Starkey  リチャード・スターキー

 ビートルズ(THE BEATLES)のドラムを担当。

 ビートルズのデビュー直前に、元メンバーのピート・ベストに代わって加入。

 ビートルズとしては、一つのアルバムにつき一曲程度の割合でボーカルをとっていたが、解散後はすぐにソロとして順調に活動。

 フレンドリーな性格から、ソロアルバムでも元メンバー全員からそれぞれ協力をえている。

 彼の死により、20世紀最高のバンドと称されたビートルズは、ジョン・レノン、ジョージ・ハリスン、ポール・マッカートニーに続き全員が亡くなった。

 

 人はいつか必ず死ぬのだから、このことは将来間違いなく訪れる現実。

 そういう意味でこの夢を見た後に感じたことといえば、やはりポールが先に逝ってしまうのだなということ。

 

 今夜は"The Long And Winding Road"を聴いて彼らを偲ぼうと思った。

 なんでリンゴが亡くなった夢を見たのに、しのぶ曲はポールの作品なんだろう。

タンバリンを叩いておくれ

テーマ:

 久しぶりに吉田拓郎を観たら、やはり河島英五を思い出してしまった。

 これは若い頃、脳の中に太い神経回路が出来上がっているからだろう。

 村上春樹もそんなことをどこかで書いていた気がする。

 

 河島英五、彼を語るとき、自分の中では阪神大震災をひとつの区切りとしている。

 彼の考え方や発言、行動が明らかに変化したように感じられるからだ。

 そのことを肯定も否定もしないが、自分は英五がミュージシャンとして世に出て、世界中を放浪していた頃に生み出した世界が圧倒的に好きだ。

 フォークが市民権とか、そんなくだらないメディアが評価した時代に全く関係ないところに英五の世界はあった。

 そんな英五が、ペルーを放浪していたときに創ったのが「タンバリンを叩いておくれ」

 この曲、MBSが千里にあった頃生で聴かせてもらった。

 seray さんが調べてくださったところではCD化されていないという。

 cologneにとって英五幻の一曲。

 そのメロディは伝えられないけれど、覚えている限りの「詩」を書かせてください。

 

 「タンバリンを叩いておくれ」 詩/曲 河島英五

 

 僕がお米を作っている間に

 君は畑を耕していたんだね

 腹一杯飯を食ってくれ

 味噌と野菜を少し貰うよ

 僕が病気で倒れたときには

 僕の田んぼを見守っていてくれ

 君が倒れたときには

 君の畑は僕がみていよう

 山よ河よ僕は幸せさ

 かけがえのない友がいる

 友よ僕のギターに合わせて

 タンバリン叩いておくれ

 

 僕はお金が欲しくて

 君に飯を食わせたんじゃないぜ

 僕はお金が欲しくて

 君の代わりに畑を見ていたんじゃないぜ

 しばらく見ないと思ったら

 どこで儲けた金かは知らないけど

 俺の代わりに働いてくれ

 山よ河よ僕のギターに合わせて

 タンバリン叩いておくれ

 

 だけど友よなぜだか今でも

 僕は君のことを待っている

 もう一度僕のギターに合わせて

 タンバリン叩いておくれ

 山よ河よあいつに伝えてくれ

 僕が今でも待っていることを

 友よ僕のギターに合わせて

 お願いだタンバリン叩いておくれ

 お願いだもう一度叩いておくれ

 タンバリン叩いておくれ

 もう一度叩いておくれ 

  (リフレイン)

  

 

      合 掌