「筆写」の師匠

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 先日リンボウ先生が珍しくTVに出演されていた。

 物書きとしての素晴らしさは、以前から感じてはいたが、朗読においても聞き手の理解度がより深まるかのような静寂な深音に引き込まれていく見事なものだった。

 そんなリンボウ先生が「筆写」の手本になった師匠として”森鴎外”、”北杜夫”、”伊丹十三”という三氏の名前を挙げていた。

 「筆写」とは本来は写本のように”書き写す”という行為をいうものだが、ここでいう「筆写」は”影響を受けた文体”といったような意味に解釈している。

 自分にとって「筆写」の師匠はいったい誰なのだろうか、しばし考えてみた。

 こんなふうに書けたらいいなあ、そう思った作家が師匠といえるものであるならば”司馬遼太郎”、”赤川次郎”、”林望”の三氏だろうか。 

 ここに勝手に名前を挙げられた三氏にとってはいい迷惑かもしれないが、司馬遼太郎さんには「俯瞰(ふかん)」を、赤川次郎さんには「場面とセリフ」、そしてリンボウ先生には「エッセイ」というものを教わったように思う。

 「俯瞰」というのは高い所から下を眺めるさまを言うが、司馬遼太郎氏のいうところは、過去の戦いや歴史を振り返って眺めるとき、どちらか一方の立場で眺めるのではなく双方、あるいは第三者的な立場で振り返るには「俯瞰」でみることが大切だということを教わった。

 もっとも文章的な言い回しの”くどさ”も一緒についてきてしまったと書くと、司馬遼太郎ファンにお叱りを受けるかもしれない。

 赤川次郎さんは、十代の終わり頃に出逢った。もうその頃には作家部門の納税者番付のトップにおられた。

 彼の作品を読み始めてすぐに感じたのはなんといっても読みやすいこと。

 そしてその要因はすぐにわかった。

 彼は小説の場面を”舞台”として書いていること、そして登場人物の会話は、そのまま舞台での”セリフ”だということ。だから流れるように先へ先へと読み進んでいける。

 そして場面が切り替わるときの様は、まるで舞台の暗幕が降りてきたような印象を受ける。

 赤川次郎さんの小説を読んでいるとき、例えば飛行機の中のシーンならセリフの行間に、あの機内で聞こえる独特の「金属的エンジン音」が背景効果音のように自分の中で聴こえているのだ。

 最後になってしまったがリンボウ先生から教わったものとして「エッセイ」と書いたが、これは自分が書いていることが「エッセイ」などという自惚れではない。

 「エッセイ」というものをほんの少し書こうとするだけでも、”目に映っている景色”、”歴史的な背景”、そして”今現実を生きている目の前を通り過ぎる人々を観る”という少なくともこの三点をきちっと認識していないと、なにを書いたとしても、それは単なる感想文でしかないということ。

 

 こんなふうに自分が書いてきたのを読み返してみると、堅苦しくてくどいだけで全然「筆写の師匠」のいいところが出ていないけど、これからも勝手に弟子気分でいようかな。 

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 誤解を恐れずに最近の異常と思える事柄について書くことにした。

 


京都府宇治市内の塾の教室で、小学生が塾の講師に刺殺されるという悲惨な事件があった。


 痛ましい事件だと思う、殺された生徒のご両親の悲しみや怒りは、言葉に言い表せないものだろう。
 

 そしてこの塾に子供を通わせている他の生徒の親たちは、塾側の説明が不十分だとして抗議したらしい。
 学校が安全な場所でなくなり、学校への通学路にも危険が潜んでいる、そして今回進学するための勉強をする塾が惨劇の場所となった。
 もはやどこにいても、いつ殺人を犯す人間と接触してもおかしくない時代なのだろう。

 事件が起こった場所や地域だけが危険なのではない。


 被害に遭われたご家族にはお気の毒としかいいようがない。
 しかし、被害者でもない他の塾生の親が塾に抗議しているという。
 他人に我が子を預けてそこで起きた事件に、何が言いたいのだと問いたい。

 塾だけは安全だとでも思っていたのか。
 塾の講師と塾生にささいなトラブルが起こったとき、もしそのことを知っていたなら、それだけのことでこのように殺気だった抗議運動を起こしたのか。

 もしそのときになんらかの対策を施していれば、結果論でものを言う人間はいつの時代もこういった批判だけをするものだ。
 塾はそこまで塾生と講師の間の事柄に干渉していなければならないのか。


 そしてさらに、前科のある者を採用することを一般世間という偽善者社会は、これらを深く静かに徹底させていこうとするだろう。

 
 前科のある者は更正を終えた後、社会復帰してもこういった凶悪な犯罪を犯すから、今後職業選択の自由など与えてはいけないと、口には出さず増えていくことになるのだろうか。


 違う、もう今や誰でもが犯罪者になりうる可能性があるような世の中になってしまったのだ。
 子供が学校に行く通学路は危険だ、保護者がついて一緒に学校まで行くのが一番安全だろう。
 だが一旦学校の中に入ってしまえば、あるときは教師が、あるときは同級生が殺意を持って襲ってくることがある空間なんだということを、認識しなければいけない世の中なのだ。
 他人に預けたり、手を放した子供に起こった事柄の責任を預けた他人に転換したり、押し付けていては問題はいつまでたっても解決しない。
 日本のどこにいても安全な場所などないのだということを認識しなければならない。

 他人に我が子を預けた時点でなにが起こるかわからない世界に行ってしまったと考えねばならないのだ。
 空き巣、強盗、ひき逃げ、世の中に悪いことを考えていたり、他人に対して無関心であり、自己中心的な考えの人間は誰の周りにもたくさん存在するのだ。
 子供を守りたいなら、出来るだけ信頼出来る人間に、親が見られない間守ってもらうしかないのだろう。
 しかし、その信頼していた人間も、いつ裏切るのかわからない、そんな時代そんな世の中になってしまった。



耐震偽造マンションの居住者に対して、政府及び地方自治体は異例の早さで既に居住している住民への対応策として、代替住宅の斡旋や家賃の負担等の政策を進めている。

 ちょっと待ってと言いたい、なにかおかしくはないか。


 個人の戸建住宅で手抜き建築があった場合、そこまでの補償に政府が乗り出してきてくれたことが過去にあったか。


 悪質な建築業者の詐欺にあったからといって、支払った建築費用や補習費、あるいは費用を立替えるといった事柄について、これほど迅速に政府が過去になにかしてくれたことがあったか。
 そういった欠陥の偽装住宅に住んでいた住民の家も震度5強には耐えられなかったはずだ。
 そのとき何もしなかった政府・自治体、それがなぜ今回このように異例とも言える素早い対応をするのだ。

 姉歯氏や総研以外に、そういった共同住宅やホテルといった物件が見つかった場合にも、同様の補償を約束出来るのか。
 とても信じられない。
 信じられないというよりは、姉歯と総研だけの問題で済ませてしまって他の大手ゼネコン関連業者の建物なりコンサルの関連している建物に問題が波及しないよう、速やかに問題を解決しようという意図を感じずにはいられない。

 
 今後必ず同様の耐震偽造の建物の存在は内部告発や検査で出てくる。

 構造計算書が正しくても、施工段階で手抜き工事がなされた建物がもっとあるはずなのだ、あって当然の問題なのだ。
 基礎工事の深さ、生コンの水増しによる強度不足、それらを全部図面と施工後の建物を実際に比較検査してみないことには、総ての問題点を暗闇から引きずり出したことにはならない。

 

 建築業者の手抜き、実際の工事現場ではいつの時代も日常茶飯事的に行われている行為ではないか。

 立派な建造物であっても、建てたのは大手ゼネコンではなく、孫受けのまた下の孫受け、大工のオヤジやバイトが実際は作業して建てたもの、見た目は立派に見えてもそんなものだ。

 ただしそういった建築業者の中にもきっちりした業者はいる。

 それ以上に手抜きした業者はもっといるだけ。

 

 どうかそれらの大手ゼネコンが秘匿している悪質な手抜きが行われた建物や、施工した業者にまで捜査の目が届き、総てを明るみに出すことも緊急に必要だ。そのうえで、そういった欠陥住宅に住んでいる人たち全員を平等に援助出来る予算を発表し、国家予算を充当するのかどうか国民に問わなければならないほど、この事件の核心問題の根は深いと信じて疑わないのは私だけなのだろうか。


 これらの問題について異論のある方、いつでもコメントしてきてください、ただし冷静なコメントであることとURLの記入をお願いします。

 書きなぐりのコメントは管理人の権限で削除もしくは無視しますので。

 

 

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 林望氏の著書には有名な「イギリスはおいしい」、「ホルムヘッドの謎」以外にも

 

 ・ 「音の晩餐」 集英社文庫

 ・ 「幻の旅」 文春文庫

 ・ 「落第のススメ」 文春文庫

 ・ 「リンボウ先生 イギリスへ帰る」 文春文庫

 ・ 「東京珍景録」 新潮文庫

 ・ 「リンボウ先生偏屈読書録」 丸善ライブラリー

 ・ 「リンボウ先生 ディープイングランドを行く」 文藝春秋

 ・ 「イギリスはかしこい」 PHP研究所

 ・ 「リンボウ先生のへそまがりな生活」  PHP研究所

 ・ 「私の好きな日本」  JAF MATE社

 

        林望


 とざっと数えただけでもこれぐらいはあるのだが(もっとたくさんある)、その著書の中でも特に素晴らしいと思うのが

 

 ・ 「くりやのくりごと」 集英社文庫

 

      

 

 これはサブタイトルとして「リンボウ先生家事を論ず」とあるように、林望氏が日々の家事について、例のごとく、彼独特の理詰めの論調で、エッセイとして書いたものである。

 家事についてはcologneも少なからず関心があり、もっと合理的なやり方が他にないかと研究していることなので、この本を読んだときの驚きと共感は先に挙げた2冊の本とジャンルは異なるが、『リンボウ先生三大エッセイ』と呼べるものだと自負している。

 

 どういった内容か、簡単に触れてみると

 

 ・ アイロンの掛け方

 ・ 食器と食器洗い

 ・ 収納

 ・ 鍋とフライパン

 ・ 子育て

 

 といった家事には欠かせない項目について、老若男女の区別なく、合理的で時間を有効に使い、偏見と差別を完全否定した見事な内容である。

 

 ここで具体的な内容について書くことよりも、是非読まれることをお奨めしたい逸品です。

 



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 誰も食べようとはしない「あんこまパン」サンドイッチ。

 どうも切り口からこぼれ出したあんこの中に白く練乳のように見えるマヨネーズが視覚に入ることが食欲を減退させているようだ。

 表が駄目なら裏口へ回ればいい、パンの耳の方から一気に食べた!。

 いける! 微妙 いける! やっぱり、あ、でもいける!って感じですかね。

 要はここになぜマヨネーズなのかという疑問が常にあって、しかしマヨネーズも合わないことはない、しかしホイップや練乳ならもっと美味しいのではないだろうか、でもマヨネーズの酸味も人によっては好みかなと。


 結論、あんこにホイップなら90点、あんこに練乳なら80点、あんこにマヨネーズは55点、不可です。

 何かが欠けている、又は何かを消さなければいけないと感じるということはマヨネーズに問題があって、なぜマヨネーズなのか、その必要性が疑問であるため不可とします。


 結局全部食べちゃいました。


 美味しいざるそばが食べたいよー、正直な感想です。 

 りんぼう先生は大変頑固な料理研究家でもある。

 その頑固さは、著者名を見ずに読んでいたなら絶対に抗議していたかもしれないと感じるような意固地で頑固な著作があるといっていい。

 まあ名前に負けて納得するのではなく、そういう考え方もあるかなと自分自身の許容範囲を広げることにもなっているのだからやはり恩師と呼ぶのが妥当かもしれない。


 そんなりんぼう先生の著書「音の晩餐」(集英社文庫)に「あんこまパン」なるもののレシピが載っている。

 大抵の料理はその具材と調味料を見れば味は想像出来るものだがこの「あんこまパン」は全てよく知っている具材と調味料なのだが美味しいかどうか判断しかねる。

 レシピはこうだ。

 ・ サンドイッチ用の薄切りパン

 ・ こしあん(こしあんに限る、とりんぼう先生は書いているが料理評論家cologneはつぶあんでもよしとする)

 ・ マヨネーズ(QPに限ると、りんぼう先生は書いている外弟子cologneは教えを守ります)

 ・ バター(りんぼう先生はなにも書いていないがバターでなければならぬ、マーガリンや無塩バターなどとんでもない!師匠のりんぼうが許しても弟子のcologneが許しません)


 話が横にそれるが10年くらい前から植物性マーガリンを止めて動物性バターに変えた。

 植物性というもののメリットに疑問を感じたことと動物性バターのこくと旨みは植物性では絶対に味わえないからだ。

 だからいつもcologneの冷凍庫には雪印のバターが10箱程度は冷凍保存してある。

 なぜ?ないと寂しいからに決まっている。


 話を戻して、調理方法はいたって簡単、パンに薄くバターを塗る、その上に冷蔵庫で冷やしたあんこ(こしあんorつぶあん)を厚みが1cm程度になるように塗る。

 この上にキューピーマヨネーズを適宜載せる。そして上からパンを重ねて出来上がり。

  

 

 それがこの「あんこまパン」だ!。

 

 あんこまパン



 どうです、美味しそうでしょう???

 

 

 是非作った方、食べた感想聞かせてください。

  

 cologneまだ作っただけで食べていません。

 どんな味か想像できないもの、そんな簡単に食べれるわけないでしょう!。

 

 今夜夜食のとき頑張って食べるつもりです、感想はその後アップします。


 

 このままこのテーマを書き続けていくとⅣ・Ⅴ・Ⅹ・ⅡⅩ・ ・ ・なんとか表示出来そうですね。


 音楽関連でお世話になっているwakuwakuさんが ジョン・レノンについて書かれているので関連記事を書いてみました。

 

 林望氏が自身のエッセイの中でジョン・レノンとオノ・ヨーコさんについてふれている。

 どうしてジョンは呼び捨てでヨーコさんはさんなのかといった質問は止めていただきたい。

 cologne自身が疑問に思いながらも説明出来ないことだから。かといってジョンさんと呼ぶのはぴんとこないし、ヨーコなんて呼び捨てはとても失礼なことだと感じてしまう、だからジョンとヨーコさんと呼ばせてもらいます。


 ジョン・レノンの映画「イマジン」でレノンはいつも孤独で、その孤独なジョンの魂をヨーコさんが必死で支えていた。

 しかしそのヨーコさんの存在がまた皮肉にもジョン・レノンに対する反感と非難を招いたというのも遺憾ではあるが事実だ。

 疲れきったジョンは一時期ヨーコさんから離れ独身生活を送るけれど、酒乱の毎日だった。

 酒は彼の孤独を癒してくれたのだろうか。応えはNO。

 酒で癒える孤独などあるはずがない、もしあるとすればそれは孤独ではなく、孤独ぶっているだけのことである。

 

 以上が林望氏がジョン・レノンとオノ・ヨーコさんについて書かれていたエッセイの要約。


 りんぼう先生は全くの下戸で酒飲みの気持ちは理解出来ないと自分でも書いている。

 それでも酒で孤独が癒せないと断言しているのは、彼の師である池田弥三郎氏の酒論を引用して断言しているからだ。

 cologneもワイン好き、ビール好きだが、体がコップ一杯分の量しか受け付けない。

 そんな自分も、酒で癒される部分もあるとは思うが「孤独」は酒では癒せないと断言できる。

 「孤独」という崇高な悩みは酒などで癒されてなるものかという下戸の屁理屈が、先に結論ありきなので、とても議論はできないのだが。

 この点については林望氏も同様だろう。

 お酒の席は嫌いではないし(好きです)飲ミニケーション大歓迎なcologneですが、いい大人がうさばらしの泥酔や人格の変わるような飲み方を黙認できるほどに自分は人間が出来ていないので、そういった飲み方をする人とは飲まないことにしている。


 結局なにが結論かといえばジョン・レノンの孤独を癒し救ったのはオノヨーコさんの存在であったということ。

 その後ジョンは見事に立ち直った。

 しかし彼は急いで死を迎えてしまった。直接の死因はどういった形であれ、彼は早すぎる死を迎えてしまった。

 でも立ち直れず迎えた早すぎる死ではなく、立ち直った後の早すぎる彼の死は、今となってはけして悲劇ではなかったようにさえ感じられる。

 そう感じさせてくれるのは、残されたオノ・ヨーコさんの生き方。

 

     Forever

 

 林望氏について『リンボウ先生』というテーマで投稿記事を書くに当たって彼のことを<文化というものを批判的に斜めからとらえるのでなく、大人として正面からとらえることの重要性を説いた人物だと認識している>とcologneなりの解釈を最初に書いた。 今日はその点について具体的な例を挙げたい。

 

 エスカレーターに乗るとき、東京では通常左側に立ち、右を階段のように歩いて昇降する人のためにに空けておく、関西はこれが逆で通常右側に立ち左を空ける。

 この習慣はそれなりにかなり大きな地域にマナーとして定着していることなのでら今さらどちらかに統一することでもないことだと考えている。

 

 東京の方が関西に来てエスカレーターに乗るとき、普段立つ位置と逆なんだと認識すれば、その流れにあわせればそれでなにごともなく済んでしまうこと。

 リンボウさんも書いているが、イギリスではエスカレーターの脇に<STAND ON THE RIGHT>と書いた表示があるくらいなので国際的には通常右側に立ち、左を空けるのが一般的だろう。

 実際大阪万博開催時に国際化ということで大阪はイギリスに習え右したいきさつもある。

 

 ところが、これについて日本では一時期『通常、エスカレーターのどちらに立つのが正しいか』ということがニュースになったことがある。

 前述したとおり関東と関西で通常の立ち位置が逆なことから話題になった。

 このことに関して知識人やエスカレーターが非常に多く設置されている地下鉄運営会社の人たちが出した意見が次のようなものだった。

 

 『建築基準法では「階段」というのは幅がいくら以上あって高さがいくらと決められているので、この基準に外れるエスカレーターを階段として使ってはいけない』

 『もし万一エスカレーターが止まった場合、勢いがついていて倒れる危険がある、したがってエスカレーターで歩くことは認められない』

 『エスカレーターの設計段階で歩くことを想定した耐重構造はしていない』

 

 ここで彼らが述べているのは意見などではなく、なにか事故が起こった場合に責任問題が自分たちに波及することを逃れるための言い訳のみ、こんなのは責任転換、あるいは責任逃れというものだ。

 どうしてもっと現実に目を向けた文化的な意見が『業者』といわれる側から出てこないのか。

 小さい子供がエスカレーターに乗った場合の話をしているのではない。

  

 総ての大人が歩きたいといっているのではない、歩かない人がどちらか片方に決めて立てば、自己責任で歩きたい人はばらばらに立っている人の間を右や左へとすり抜けて歩かなくてすむ、そうすれば危険な事故が起こる確率も減るという、実情にあった合理的解決策の話をしているのだ。

 

 世界中で整然と毎日行われていることが、この日本では歩くと危険だ、それで事故が起こったさいの責任追求をされたくない。

 これらの問題から責任回避するためのこういった意見のことを<文化を斜めから捉える>ということなのではないか。

 なんでもかんでも危険だというが、青信号で横断歩道を歩いていても車が突っ込んでくる時代なのだから、信号が青になっても自分で左右を確認して横断するのが安全な横断なのだ。

  

 注文したコーヒーを飲んだら、熱くて火傷したといって、コーヒーを販売した会社を訴えて勝訴するような国に日本がなってはいけない。

  

 自然な流れで整然と出来上がっている右側が通常の立ち位置で、左側を階段として歩いて昇降する人のために空けておく。

 たったこれだけのことでみんながスムーズに、そして少し先を急ぐ人が、人の間をすり抜けなくても円滑にエスカレーターを有効利用出来る。

 これは大人社会の文化だ。


 かなりの部分が管理運営会社の責任転換責任逃れのための規制で不自由でがんじがらめになってきている。

だからといって、ここで良識ある大人としての人間が集まって議論し、その結果がエスカレーターが階段としての建築基準法を満たしていないからとか、急に停止したときエスカレーター上を歩いていると転等して危険だから歩いてはいけないと決めてしまうようなことがあってはいけない。

 そんなことを決めても安全をもらったような気持ちになるだけでかえって危険というものから目をそむけてしまうだけなのではないだろうか。

 そんなことがそれほど危険なことなら、どうして世界の文化国で毎日円滑に行われているのだろう。


 

 私自身の体験として、エスカレーターに乗っていて一番危険だと感じた瞬間は、あるデパートで年配のご婦人二人が前に並んで、登りのエスカレーターにお乗りになって、そのすぐ後にcologneが乗ったときでした。

 エスカレーターが登りきってご婦人二人はエスカレーターから一歩だけ前に歩いて降りたが、自分たちの降りた階が買物をする予定のフロアかどうか確認することで頭がいっぱいなのでしょう、降りたエスカレーター位置から動きません。

 その間もどんどんcologneをはじめ後ろからエスカレーターで登って来る人たちがエスカレーターから降りようとしますが、 みんなが降りるためのスペースが先に降りた他の人たちの足でふさがれているため降りれないのです。

 もうcologneは必死で年配のご婦人を前に押し出し『ある程度前まで出ないと後ろの人が者が行き場がなくなるから!』と自分でも驚くくらいきつく注意した。


 管理運営会社が危険防止のために注意することは、こういったエスカレーターの理屈を理解していない人たちのために円滑に乗降出来る方法をアピールすることが今なすべきことではないかと感じた。


 途中から愚痴っぽくなってあまりいい具体例ではなくなってしまった気がします。

 そしてどこまでがリンボウさんの考えでどこからがcologneの考えかも明快でなかったかもしれません、これは次回への反省点としたいと思います。 

 枝葉の部分をあえていれずに、本質的な面のみで考えてみました、いろんなご意見があるかと思います、お聞かせください。

 再びリンボウ先生の登場です。

 彼の著書の中に<手垢のついた言葉>というのがある。

 具体例をあえてひとつ挙げるなら、文章の締めくくりに「・・・・と思う今日この頃の私です。」といった表現方法のことを俗悪であると切り捨てている。

 これはその表現方法そのものがいけないと言っているのではなく、苦し紛れや安易に使用することで陳腐化してしまう。

 陳腐化してしまった表現を<手垢のついた言葉>として戒めているのだ。

 しかしこの<手垢のついた言葉>という奴、文末をどう締めるか悩むときに決まり文句的に使う言葉があると非常に楽になるのもこれまた事実。

 

 こんなこと書くと、これを書いてるcologne自身と読んでる<アナタ>も文末の締め言葉に悩んでしまって書けなくなってしまうかもしれないと思う今日この頃の私です。

 

 cologneの好きな書誌学者&エッセイストに林望氏がいる。

 リンボウ先生として有名だ。

 彼の最大の功績はイギリスとイギリス人の合理的な考え方や文化をわかりやすく友好的に日本人に紹介してくれたこと。

 そして文化というものを批判的に斜めからとらえるのでなく、大人として正面からとらえることの重要性を説いた人物だと認識している。


 今日の内容は、ある意味リンボウ先生の考え方を否定する側面をもっているのでリンボウ先生の楽しい記事については後日詳しく書きたい。


     林望 ←林望氏ホルムヘッドの謎

  

 そんなリンボウ先生が著書「ホルムヘッドの謎」 の中で「最小限の規制」と「最大限の自制」の代表産物として挙げられているのがラウンドアバウト(Roundabout)と呼ばれる平面交差システム。                              

 これはイギリスの一般的な街の道路と交通量においては大変便利で、信号機を不用とする合理的なものだということは大いに認める。

 

 しかし日本の道路事情と交通量、ドライバーの技量から見ると危険をはらんだ交通システムともいえる。

 実際パリの凱旋門などの大通りで車の流れを眺めていて、とてもあの流れに入っていく勇気はおきなかった。


 

  ラウンドアバウトについて知りたい方は

 

  こちら → ラウンドアバウト(Roundabout)

 

 

  cologneがカーナビを最初に車に取り付けたのは8年くらい前。

 その頃はまだ高級車に取り付けるのが一般的でかなり贅沢なものだった。

 たいていの道なら知っているし、初めていく場所でも地図を見れば行けるから必要なかった。

 うちの奥さんがどうしてもカーナビを車に取り付けてほしいというので付けた。

 彼女は地図が見れない。

 地図を見てはいるけどそれを現実世界に置き換える変換時にどうしても3D画像として出てこないらしい。

 「どうして出来ないの」と言っていた時期もあったが、このことについては科学的に立証されてきていることでもあり、カーナビを車載することで解決出来るならと、いつもの「ま、いいか」で取り付けた。


 取り付けた以上は使わないともったいないし、すごく便利だからcologneが使いまくった。

 料理の美味しかった店、人に知られていない道路上の美しい景色の場所、渋滞時の抜け道のポイントとなる交差点、といろんなところをメモリした。


 でもただひとつカーナビを利用することが目的地に向かう過程で不便なのがラウンドアバウトだった

 cologneの住む町のとなり町に大きな6叉路のラウンドアバウトがある。

 ここのラウンドアバウトは6叉路の角が全て民家なので看板などの特徴があまりない。

 どれも似たような造りで屋根の色も似たり寄ったりではっきりと識別出来ない。

 ここを通り抜けるとき、今までは<自分が進入した道路から左に4本目の道を左折で抜ける>とインプットしてこのラウンドアバウトを通ってきた。帰りは進入した道路から左へ2本目を左折することで抜けていた。

 カーナビを使いだすとその便利さに道順を覚えなくなって、あげくに忘れてしまうことさえあるようになった。

 そんなある日となり町のラウンドアバウトを通って目的地へ行く用事ができた。

 いつものようにカーナビの目的地を設定して出発。

 そしてラウンドアバウトの手前で何も考えず、ラウンドアバウトへ進入した。

 どこで曲がれとカーナビが指示するのかと思っていたら<前方左折です>

 エー! 前方のどの道?と考えているうちにどんどん車は進んでいく、またしても<まもなく左前方左折です>ぐるぐる一回りすると<まもなく左前方左折です>これの繰り返しに車を停車しました。

 カーナビの画面上には走行軌跡の太い線でいっぱいだった。


 結局一旦車を降りて、現在位置から何番目の道を左折してラウンドアバウトから脱出するのか数えて、ラウンドアバウト迷路から脱出することが出来た。

 それ以来ラウンドアバウトに進入するときはカーナビを見ないようになった。