最近の失敗

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 久しぶりにイギリス話でシンプルなスリップウェアについて書いてみようと思った。


 帝塚山学院大学教授のアリステアシートン 氏のスリップウェア についての講義を昨年受講する機会があった。

 非常に興味深い内容で参考になったので、誰か書かれている人がいないかと思って『アリステアシートン』と『スリップウェア』で検索したら1件だけヒット。


 やったー!と思ったら「I have a dream」

 

 自分のブログの、しかも自分のコメントだった。 orz

 

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 Movie Batonなんてのはまだないんだろうけど、もともとcologneが自分の好きな映画を5本選んで勝手に書いてるだけのコーナー。

 そんなコーナーの映画も今日で4作目。

 5作目になる最後の作品は最初から決めてあるから、4作目を何にしようか、結構迷った。

 映画って2時間あまりの中に、100年以上の話があれば一夜の出来事もありで、それがまた自由であることが最大の魅力だと思うし。

 そして、ばかばかしいほどにハッピーエンドがわかっていながら、それを期待して観ている自分自身がまた大好きなのも事実。


 今日はそんな典型的な1989年のアメリカンムービー「恋人たちの予感」

 

 監督 : ロブ・ライナー
 製作 : ロブ・ライナー / アンドリュー・シェインマン
 脚本 : ノーラ・エフロン

 主演 : メグ・ライアン / ビリー・クリスタル

          恋人たちの予感DVD2


 大学を卒業したばかりの友人の友人だったハリーとサリーが喧嘩別れし、5年後に再会してからもいろいろな紆余曲折の末に恋人になるまでを描いたものだが、ロブ・ロイナーは「スタンド・バイ・ミー」と同様に、少年のような目線でわかりやすく(悪く言えばガキっぽく)描いている。

 メグ・ライアンが可愛く、それが映画の大きな魅力ではあるが、この作品以降あまりにも定番化してしまったことが、彼女の女優としての幅を広げることを妨げる作品になってしまった部分については、残念な気もする。まあそれほどはまり役だったということか。

 ビリー・クリスタルもこの役意向、メグライアン同様にイメージチェンジしようともがいたが、男優だけにより厳しい現実に直面しているようだ。

 でも後何年か後全く面影を残さない形でスクリーンの前に現れるような気がする。

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cologne世代にはアートガーファンクルとイメージがだぶってしまうのもマイナス要素かも。


ビリー・クリスタル アートガーファンクル  

 ビリー・クリスタル          アート・ガーファンクル


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 今日、6月29日は彼女の誕生日。

 よろしかったら、親ばか親父cologneの思い出話におつきあいください。

  

 思い出は語りつくせないくらいあるはずだけど、今思い出せるのは彼女が高校1年生で誕生日を迎える日、誕生日の前日に、当時の関西デジタルホンで携帯電話を購入し、電源を入れた状態で彼女のベッドの下に箱のまま見えないように隠して置いた。

 午前0時になり、日付が変わると同時にベッドの下に置いた彼女の携帯に電話する。

 最初は何の音かわからない彼女も着信音だと気がついて喜びの表情にかわる。

 くさい演出する変な親父、ひとつ違いの弟から笑われながらも満足した日。


 同じ年、自転車で10kmの距離を高校まで毎日通学していた彼女が、原付免許をとって原チャリで通学したいという。

 高校はバイク通学どころか、在校中の免許取得も校則で禁止している。

 以下は当時の父娘の会話。


 「原チャリはどこに置くつもりやねん」

 

 「学校のすぐ近くに友達の家があるからそこに置かせてもらう」

 

 「友達と親に了解はもらってるんか?」

  

 「おばちゃんも、置いといてもいいよって言ってくれてる」

  

 「わかった、そのかわりもし学校にばれるようなことがあっても、絶対に置かせてもらう友達の名前は出すな、それとバイク通学してることも否定しろ、バイクつきつけられても、知りませんてシラきり通せ。」

 「出来るか?」

 

 「わかった」

 

 「悪いことするときはな、最後までやりぬく決意がないなら、最初から悪いことしたらあかんねん」

 「ただお前が今からすることは校則違反かもしれんけど、学校にとって都合が悪いだけで何も悪いことやないからな。こんな在校中だけ免許取得禁止なんて校則は、在校中に問題をおこされたら困るという教師の都合だけで、生徒のためを思って作った校則やないからな、破ってもかめへん、お前の親が許す。」

 「ただし、さっきも言ったようになにがあってもとぼけろ、親が学校に頭下げたら済むことやから。」

 

 「わかった、絶対そうする。」

 


 そうやって3年間、彼女は10km先の高校へ通いました。

 さらに20km先の短大にも原チャリで通いました。

 そんな彼女も卒業後は幼稚園の先生を経て、今は弁護士事務所でパラリーガルとして北浜にある弁護士事務所に勤務しています。


 もう今日で23歳、もう一人暮らしでもなんでもいいから、早く家を出て行ってくれ。

 自分の家の子供っていい親で幸せだろうな。


 親ばか話におつきあいくださり、ありがとうございます。


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ダージリンDarjeeling

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 インドには多分一生行かないだろうな、5年くらい前までそう思っていた。

 実際アジア方面の旅行には何度誘われても行かなかった。

 ところが、今行きたい場所はダージリン(インド)。

 漠然とインドに行ってみたい気持ちは去年くらいからあったけど、先日ダージリン・ヒマラヤン鉄道の映像を見る機会があってから、俄然行ってみたい場所になった。

     ダージリンの場所

      高地だから暑さに弱いcologneでも大丈夫

 インド・デリー空港から国内便でバグドグラまで2時間あまり、今でも国内便でパスポートチェックが当たり前でオープンチェックも搭乗までに4回はあるらしいので3時間前には空港に着いていなければならないらしい。 (行きたい気持ちが萎えてしまいそうな話だ)

 バグドグラに到着してから車で約5時間でようやくダージリンに到着。

     ダージリンの街

      ダージリンの街並み


 ダージリンからはインド最高峰(8603m世界第3位)のカンチェンジュンガも晴れた日の午前中なら見えるらしい。 (ここまでは行ったわけではないので「らしい」と書きましたが面倒なのでこれ以降行ってきたように書きます。)

     カンチェンジュンガ

      カンチェンジュンガ 上下とも

     カンチェンジュンガ2

 ダージリンといえばまず浮かぶのは「紅茶」、通常インド紅茶といえばホットミルクと熱湯をHalf&Halfで入れ、砂糖もたっぷりでやたら甘いイメージですが、ダージリンではどうなのでしょう。

 ぜひWedgwoodのWildstrawberryでいただいてみたいです。

 ダージリンの街は斜面に張り付いたようなイメージだが、さらに凄いのはそこを鉄道が通っていること。

 世界遺産にも登録された「ダージリン・ヒマラヤン鉄道」だ。

  ダージリン・ヒマラヤン鉄道

  toytrain1

   toytorain2  

   toytrain3

   世界遺産ダージリン・ヒマラヤン鉄道4枚

 

 ジャルパイグリとダージリン間の88kmで運行されている

 別名「Toy Train」と呼ばれるくらい軌間(車でいうトレッド)の狭い、オモチャのような機関車が客車を引っ張っている。

 観光シーズン(ベストは10月~11月)には一日3往復する。 

 日本でも昔は急勾配の路線では機関車のパワーが不足して坂道を登りきれず、線路を逆行して後方の線路内で作業していた人たちが事故に遭うケースがあったが、更なる急勾配と薄い酸素の中でどうやって坂道を登るのか、非常に興味があった。

 その方法は「 スイッチバック 

 早い話が3歩進んで2歩下がるを繰り返して急な山道を登っていくのだ。

 それにしたって古い蒸気機関車ということで、制動装置(ブレーキ)への負担は相当なものだろう。

 日々大変なメンテナンスを繰り返して、古い蒸気機関車を維持稼動させているのであろうことは容易に想像出来る。

 

 早く「行ってきます。」と言える日が来ますように♪

 

狭所恐怖症

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 世の中にはいろんな怖いものがありますが、自分の場合成人してからも『お化け』や『霊』といったものをすごく恐れていました。

 信じる信じないではなくただ単に怖かったのです。

 ところが昨年病気入院中の深夜の病室で突然『金縛り』に遭ってから、逆に『恐怖心』が消えました。

 『金縛り』はもう科学的にも解明されていますが、そういったものとは関係なく『恐怖する心』が消滅した感じです。克服したのではなく消滅したという表現が適切な気がします。


 ところがまだまだcologneには『恐怖』があって高所と先端と狭所です。

 高所は高い所に行かないようにしたり、高い所に上っても真下を見ずに遠くを見れば平気になってきました。ただTVなどでカメラが真下を写すようなアングルになるとお尻がキュッと反応します。

 先端恐怖症は視力との関係が深く関わっているので、これはまた別の機会にします。


 さて残ったのが狭所恐怖症。

 これはある体験を境にいきなり陥ってしまったものでした、それまでのcologneは狭いところや暗い場所がどちらかといえば好きなほうで隙間があれば家でも隠れたりして部屋から蒸発したふりとかしてました。

 もう随分前の話ですが友人が夫婦で家に遊びに来ました。

 その訪問が突然だったのと仕事で使用している保冷車に乗って家に遊びに来てくれたのが珍しくて近所のスーパーまで買物に行くのに「保冷車1台で行こう」とcologneが自ら言い出したのです。

 座席は3人しか座れません、cologneは「保冷車の中の荷物室に乗るからそれで行こう」と強引に決めて出発しました。

 大手スーパーダ○エーまでの道順は全て頭の中に入っていますから保冷車が曲がり角を曲がる度に、今自分の乗る車がどこにいるかちゃんと理解できていました。

 そして次の角を右に曲がれば駐車場入り口だと思ったとき車が一旦停止した後、曲がらずまっすぐ走り始めました。

 「えっ、道順の計算間違えてたのかな」と思っていると左に曲がり、右に曲がりとかなりの距離と角を曲がりました。

 そうなると訳がわからずいったいいつになったらこの車から降りることが出来るのかという不安がどんどん膨らんできて、冷や汗が出てきます。

 さらに保冷車の密閉性で荷物室の中は暗闇のままです。

 少しでも明かりがあれば闇に目が慣れるのでしょうが、全く明かりというものがない室内は何分経っても暗闇のままです。

 そして意識の中では30分も経過したかと思った頃やっと車が停車し、荷物室の扉が開きました。

 友人が「ダ○エーの駐車場が高さ制限で入れなくてかなり迂回して今の駐車場に着いたという説明でした。

 「なんだ、そうかぁ。ちょっとびびった」くらいでその場は平気だったのでした。

 しかしある日、夢の中で真っ暗な部屋に自分がいました。

 真っ暗ということは上下左右もわからなくないということに気がつきます、そうすると床が突然抜けて落ちていくような恐怖が襲いました。

 そこで目が覚めたわけなのですが、もう汗びっしょりでした。

 「俺ひょっとしたら、あの件で狭所恐怖症になったのかも」そう実感しました。

 日常生活ではほとんど影響もないのですが、古くて遅いエレベーターや(外国に多いタイプ)レジャーランドの暗闇で催されるアトラクションはだめになりましたね。

 それとこれが一番影響大きいかもしれないなと感じているのが水中、特に海の中。

 ダイバーが潜っている映像見るのが結構きついです、まして洞窟や沈没船の中に入るような映像はだめですね、心拍数が上がっていくのが自分でわかります。


 みなさんも興味本位で保冷車の荷物室に乗ったりしないようにしてください。

 そんな人めったにいないと思いますけど、念のため。

★ ピーターベントンが嫌い


 いきなりなんやねん、という出だしですが今週痛風で最悪でしたが、痛みがましになると退屈してきました。

 するとそれを見た孝行息子が「ER」のⅠとⅡの全巻レンタルしてきてくれました。

 contentaさんもおっしゃっておられたように、たったの3000分、50時間です。

 トータルなら2日と2時間、半分寝ながらもⅡの9まで見ました。

 残りあと3時間分です。見ようと思えば見れるもんです。

 10年近く前の救命救急の作品ですが単純に書けば「渡る世間は鬼ばかり/アメリカ救命救急編」でした。

 最後まで見ることができたのはレジデントのピーター・ベントンが好きになれなかったからでしょうか。

 変な理由ですが自分的には納得しています。



★ 残り400mでトンネル突入


 今日は春競馬最後のGⅠレース、宝塚記念でした。

 昼前から和歌山にある「めっけもの広場」に買物に行きました。痛む足は左足なので運転そのものには全く支障がないので、片道30kmの道のりも問題なくクリア出来ました。

 帰り道、もうすぐ紀見トンネルに入るというときに宝塚記念のスタートが切られました。

 トンネルの入り口手前には退避用スペースが車3台分あるからそこに停車しようと思っていたら、前方にいたマークXとアルファードが立て続けに退避スペースに停車しました。

 しかもそこには最初からもう1台の車が停車中。

 宝塚記念のレースがもうすぐ直線といういちばんいいところで停車した車の横を通過しました。

 2台の車のカーナビにはしっかりと競馬中継画面が写っていました。

 みんな考えてることは同じなんだ、と思いながら愛車はトンネルの中へ。

 トンネルは1km以上の長さがありますから当然トンネルを抜ける頃には ・ ・ ・ 。

 以下は想像してください。

 完調のタップダンスシチーに勝てる馬は日本にもいるにはいるが、今回の宝塚記念の出走馬の中にはいない。

 ゼンノロブロイは確かに昨秋現役最強馬の座を手に入れたが、今でもゼンノロブロイに対する自分の評価は「堅実に力通り走る馬」。

 ということで今回ゼンノロブロイはその素直な性質とおり休養分だけ反応が鈍く頑張っても3着という評価にしたい。

 タップに関してはいったいったは考えられない、それほど中距離でタップが刻んでいくペースは速い。

 今回タップの前後にはコスモバルクとビッグゴールドがいるかもしれないがマイペースでは行けないということで消し。

 相手筆頭にはやっと適距離のGⅠレースがやってきた感のあるサンライズペガサス、そして横山のハーツクライ、人気薄の追い込み馬に乗らせたら魅力一杯の池添スL-プトウショウと、もつれてヴィータローザ、最後は外せない武豊アドマイヤグルーヴまでとする。


◎ 15 タップダンシシチー

○  8 サンライズペガサス

▲  4 ハーツクライ

△  6 ゼンノロブロイ

△ 11 スイープトウショウ

△ 10 ヴィータローザ

△ 12 アドマイヤグルーヴ


馬 券

 

馬 単

   15-8  15-4  15-6  15-11  15-10  15-12

 

3連単

   1着 15 固定

   2着 8・4・11・10・12

   3着 8・4・6・11・10・12

 音楽関係についてはcologneよりうんと詳しいひらぼうさん からMusicBatonで取り上げたキャット・スティーブンスについて<詳しく知りたい>とコメントいただいて、喜びとプレッシャーを感じているcologneです。

 もう一昨年のことかもしれませんがコーヒーのCMでBGMに流れていた『雨に濡れた朝』を聴いた瞬間、「キャットスティーブンスだ!。」と声に出していました。

 32年ぶりに聴く曲に対してそこまで瞬時に反応できるわけがありません、ちゃんと理由があったのです。

 70年代にヒットした曲がCMに使われだしてからもう10年以上になるでしょうか。

 懐かしさに古いレコードを取り出してみたり、復刻版手に入れたりしているとき、自分なりに当時の曲で今何が聴きたいか、思い出してみた時期がありました。

 そうすると思い出した曲が次から次へと復刻なりカバーなりがなされていきました。

 <cologneの予知能力が凄いのか、みんながそう考えるから復刻するのかは、永遠の謎にしておきます>

 なかでもよく覚えているのは、ジリオラ・チンクエッティの『雨』、これは今でもフルコーラスをアカペラで唄えちゃいます。

 そしてドン・マクリーンの『アメリカン・パイ』、マドンナには悪いけどドン・マクリーンをリアルタイムで聴いて衝撃受けた世代のcologneにはドン・マクリーンでなきゃだめです。

 そして日本でも『アメリカン・パイ』がヒットチャート1位を記録した72年3月の8位にいたのがキャット・スティーブンス『雨に濡れた朝』でした。

 ずーっと一発屋としての認識しかなかったキャット・スティーブンスですが、この曲の前に『ピーストレイン』という曲を出していて、そこそこのヒットを飛ばしていました。

 どうも高校時代の友人が一発屋キャット・スティーブンスと言ったのがcologneの中で年月を経て増幅されていたようです。

 2003年に復刻アルバム が出ているので今度聴いてみて一発屋の評価が正当であったかどうか確認してみるつもりです。

 ちなみに『キッス』にもキャット・スティーブンスという人物がいますが別人です。

 


 「また15才の凶行」


 マスコミの見出しだ、はたしてそうだろうか。


 両親を殺害した少年は明らかな計画的犯罪であり、証拠隠滅・逃亡を図っている。

 一方の兄を殺してしまった少年は過剰防衛となるかもしれないが正当防衛ではないのか。

 これを「また15才の凶行」とタイトルをつけて知識人顔をしてわかったようなことを言うキャスターという厚顔無恥な連中。

 どのように画面で少年をかばうそぶりをみせる意見を吐こうがTV画面の隅に出続けている「また15才の凶行」のタイトル。