[tokyo gracias.]

ファッション、アート、カルチャー...and ラブ。東京日記。


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部屋の大掃除をした。

・・・というか、このところ仕事ばかりで、
めっきり家のことができてなくて。
汚い部屋というのは、気がめいるね。

脱いだ服、食べ終わった食器、散らかった机の上。

そうゆうのをきちんとして、
床をピッカピカに雑巾がけをして、
それから、ちょっと模様替えをした。

結婚していたときは特に使っていなかったリビングから繋がる和室。

今は、すっかり私の仕事場になっている。

クローゼットになっている部屋から、
洋服の下敷きになっていた低くて横長の本棚を移動してみた。

仕事するからには、それなりに書類や書籍があるもので、
そうゆうのがきっちりと収まった。

仕事部屋(仮)だったのが、
正式に"私の仕事部屋"になったという感じかな。

友達が遊びにきたときも、本がないというのは、
どうも暇つぶしができないもので。

本棚があって、デスクがあって、
隣りの部屋にはソファがあって、ダイニングテーブルがある。
とても落ち着いた雰囲気になった。

そして、夫が「もう着れないから捨てちゃっていいよ」と残していった、
ワイシャツの入ったゴミ袋もポイっ!と捨てた。

ゴミ袋には、クリーニングのビニールに入ったままのワイシャツがいっぱい。
ゴルフにハマって、幸せ太りもして、
すっかりサイズが合わなくなってしまったもので、まだまだキレイ。
二人で仕事帰りにデートしたワイシャツもあってさ。
慣れないアイロンがけを一所懸命やってた頃の思い出もあって。
持てば軽いゴミ袋を、何度も覗いては捨てられなかった。

本棚は、夫と半分に分けて使ってたから、
別れた後は、中途半端にガラ~ンと空いてた。

本を整理してると、夫が置いていってくれた「仕事力」だの、
「マネジメント力」なんて、実用本があってさ。

夫は私の体調を心配して、
私が仕事をすることにいい顔をしてくれなかったけど、
最後には、独り立ちしていく私に「コレ読むといいよ」と置いていってくれた。
半日で終わった引っ越し。
その慌ただしい中で、本を譲ってくれた時間を思い出した。

いつも仕事がすごくできる夫のことを尊敬してた。
スーパーマンみたいになんでもできる夫は、
天性の才能で、ディレクションしまくっているのかと思ったら、
まじめに実用書で学んでたなんてね。
見えざる所の努力。ほんと彼には頭があがらない。

今、頑張れるのも、どっかで夫に会ったときに、
凛として生きているって顔していたいから。

夫は、私の勲章である。
胸にしっかり刻まれた勲章をつけて、次の勲章をとりにいく。
それが、仕事の勲章になるのか、恋愛の勲章になるのか。
果てさて、ね??

仕事に明け暮れるのも、一歩。
そして、仕事のある生活を整えていくのも、一歩。

一歩一歩、前に進んでる。

"人生の出発は、つねにあいまい。
まず試みよ。
破局の次にも、春は来る。
桜の園を取りかへす術なきや。(太宰治『花燭』)"


新樹の言葉 (新潮文庫)/太宰 治

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3.11が過ぎていった。
テレビを見ないように過ごしていた。
東京タワーには「KIZUNA」という文字が点灯されたという。

「絆って、なんだろう・・・」

そればかりが頭の中をここ2~3日ぐるぐると回っていた。


去年の今頃、私は夫と大阪にいた。
外資系につとめていた夫の会社から、
「シンガポールか大阪にいますぐ飛べ」とのメールが届いたのだ。

だから、私は余震の多かった東京を知らない。

その分、ツイッターで揺れる東京を思い苦しみ、
不謹慎ながら、「一緒に揺れてしまった方が楽だ」と思うくらいに、
遠きにおいて、故郷を思い続けていた。

そして、夫は理系の大学を卒業しており、
放射能の資格をもっていたこともあり、
原発のことや、汚染について、
的確であり、残酷な現実を口にする。

2週間のホテル暮らしの間に、
原発事故の影響で、水切れをおこしている東京へ、
大阪の街で買い出しをした。

すでに大阪でも水は品切れ状態で、
炭酸水でもお茶でも無洗米でも、
何か役に立ちそうなものをいくつかの子持ちの家庭へ送った。

私たちもウォーターサーバーを注文したが、
2ヶ月待ちといわれた。
帰宅してからは、
両家の親が買いだめをしてくれていたペットボトルの水で、
凌いでいたのを思い出す。

夫は東北の大学の出身だったから、
各方面へ安否の確認を入れていた。
結果として、みんな無事であったけど、
夫の友達の実家のある島が燃えている映像を見たときは、気が気ではなかった。
きっといまでも、便利とはいえない生活を送っていることだろう。

その後、仕事で福島を支援する活動を行う人へインタビューする機会があった。
そのときに、私は仕事とは別の意図で、こう尋ねた。
「絆といわれていますが、福島の現状はどうですか?」と。

うーんと下を向いたあと、その人はこう言った。
「言うに言えない程、それはそれは残酷なものです」と。

疎開で子供同士が引き離される、
父親の仕事の関係で、家族がバラバラになる、
危機感の違いから、離婚が多発している、
原発の状況はわかっていてもお金のことや家庭の事情などで、
どうしても地元から離れられない人達もいる。

壊れなくてよかった絆も、
壊れてしまったっていうことがあるんではないか。

福島で起っている緊迫感とは逸すると思うが、
東京でも、疎開していった家族を数組知っている。

夫婦や家族で危機意識が違った場合、
やはり震災、とくに原発事故の影響によって、
埋めることのできない溝ができてしまったこともあるだろう。

私は、今思えば、放射能ノイローゼになった。
iPhoneには、放射能チェッカーなるアプリを入れ、
ホットスポットを調べ、毎日ネットで放射のレベルをチェックし・・・
そして、疲れ果てた。

スーパーに行っても、いちいち産地をチェックする。
放射能マップで危険ゾーンとされている産地を避ける。
今までの3倍の時間をかけても、買い物かごは埋まらない。

夫は、あと数年は魚介類はとらないようにしろという。
スーパーには、危険ゾーンの産地のお肉しか売っていない。
そして、生協に加入した。

昼ごはんと夜のお弁当と。
一緒に作っていたから、2人暮らしのわりには、
一週間でも大量のお野菜とお肉を調理することになる。
魚のメニューができないとなると献立も半減だ。

生協でも危険ゾーンの産地のものが混ざっている。
ごはんを作るのが、苦痛になっていった。
いっそ、産地の分からない外食をしてしまった方が楽だった。
そのうち、食欲すらなくなってしまった。

夫の実家は、いわゆるホットスポットだったので、
2ヶ月に一度介護の関係で帰郷する際も、
一緒に帰省するのをやめた。

夫は、煙草をふかしながら、
「煙草でガンになるかも運、被爆してガンになるかも運だよ」っていった。
いつかはこの人の子供を産みたいと思っていたから、
なるべく安全なものを選んで食べたかった。

そうやって、家族を思ってどんどん疲れていく私を、
夫はどうすることもできなかったんだと思う。
自分でもどうすることもできなかった。

主婦として、まったく機能できなくなってしまった私は、
たまたま声をかけてもらった仕事に夢中になる。

食事は、一汁一菜のような質素なものになっていった。
それでも、お弁当は意地でもつくろうとした。
自分のわがままで仕事をするから、
主婦の仕事をおざなりにしてはならないと思ったから。

でも、体は辛かった。
包丁を持つことも、フライパンをもつことも。
何度も、キッチンでふら~っと倒れた。
過呼吸も何度もおこした。
それだけ、料理をするということがストレスになっていた。

はじめは、「どうしたんだ?大丈夫か?」なんて、
心配してくれていた夫も、
そのうち、「・・・はぁ。なんだよ。」と。
そして最後の方には、なんにもせず、
ソファの上でいらいらとする空気だけを発して、
煙草を吸いにいってしまう。

そして、私は実家に帰った。

壊れなくていい絆だって、
壊したんじゃないのか?

私と夫は、たった結婚して2年10ヶ月しか持たなかったけれど、
その間にいろんなことを乗り越えて来た。

こんな異常事態がなければ、
夫婦の溝が深まることもなかったような気がしてならない。

悔やんでも仕方のないことだけど、
3.11を過ごしながら思ったのは、壊れていった絆のこと。
自分たちだけでなく、大勢の壊れてしまった絆のこと。
やるせない。

そして、独り身になってしまったら、
煙草ぷかぷか、野菜も産地を見ずにばくばく食べる。

いつかいい人に巡り会って、子供を産むかもしれないのだから、
それはよくないことだってわかってる。

でも、今は、夫が言っていた、
「煙草でガンになるかも運、被爆してガンになるかも運」って。
それを地でいっている。

まったく、皮肉だ。

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乳がんの手術をしたおばちゃんと話をした。
片方の乳房をとると、真っすぐ歩けなくなると医者に言われたと。

おばちゃんは医者に、
「ならば、男の人も片方をとると真っすぐ歩けないのですか?」と、
聞いてみたんだって。

「そんなことを聞かれたのははじめてですけど・・・・笑。
そうなんですよ。」とお医者さん。

二つあるものが一つになると、
人間、歩くことさえままならないのか。。

おばちゃんの話をききながら、
頭の中で離婚前の生活が思い起こされた。

夫と同じ空気を吸うことが苦しくて、
同じ寝室にいれば、過呼吸が起きるから、
夜な夜な飲みに出る荒んだ日々。

あの頃、夫の存在は、
私にとって悪性の腫瘍みたいな存在だった。

そして、離婚というオペをしたわけだけど、
ふらふらして、真っすぐ歩けない。

4年間付き合って、3年間結婚した相手がいなくなった。
一生を添い遂げようとしていた人がいなくなった。

なんだかんだで、ずーっと頼っていた人が・・・
急に姿を消してしまった。

憎むべき腫瘍を摘出したあとなのに、
すっきりするどころか、ふらふらとバランスが保てない。

夫婦は、二人三脚という。
私たち夫婦は、一心同体くらいに密接だった。
お風呂からご、飯から、寝る時間まで常に一緒。
魂と魂でぶつかり合って、共鳴し合って、生きてきた。

泣き、叫び、笑い、抱き合い・・・常に激しく、慌ただしく。
魂の伴侶と呼ぶにふさわしい相手だった。

そう思っていたから、
どこかで、距離感が狂ったのだ。

夫婦は他人だもの、
ある程度の距離が必要だったと今気づくが、時遅し。

夫にも同じくリハビリのときが来ているのかもしれない。
寂しがりやだけど、人一倍ストイックな彼。
全身全霊で私に甘えていた彼は、今は誰も甘える人がいない。

私だって、そうなのだ。

とても違うようで、とても似ていた私たち。
私にだって、夫にしか見せない一面があった。

右側がなんだか軽い。
いつも夫が右にいたから。

たくましくって、筋肉むきむきのその腕に、
頭をあずけたり、腕をくんで歩いていたのに、
もう彼はいない。

まっすぐ歩く歩き方を教えてよ。

いつも頼っていた夫に聞きたいけど、
夫だって、自分のことで必死なんだろう。

今日、夫に電話をした。
出ないのは、わかっていたけど。
もし声が聞けるなら、聞きたかった。

言いたいことは何もなかった。
一回目の留守電は、泣き声しか入らず。
二回目の留守電は、最後どうにか声を出した。
三回目の留守電は、ちゃんとメッセージを残した。

こんなの意味がないことだって、わかってる。
けど、やらずには、いられなかった。

きっと何の返事も戻ってこないことでしょう。

魂の伴侶がきえた右側を、リハビリしないと、
私は、前にはすすめない。

テーマ:
ここ最近、毎週末泣いている。
今週は、しゃっくりあげた。

これも一歩一歩、前に進むための道のりなんだろう。
それにしても、心がうるさい。

一週間を仕事に突っ走ると、
週末は内面へ内面へと向かっていく。

もっと心静かなら、美術館へ行って、
自分の知らない視点、考え、
驚くような世界観に触れてみたい。

でも、今はそうゆう心の体力がない。
自分の精神活動だけで、いっぱいっぱい。
パツンパツンなのだ。

張りつめた糸が、週末にプツンと切れる。

泣いて泣いて、どうしようもないようで、
少しづつ前にすすんでいるような気もする。

今週末もスノーボードに行って、
真っ白けな世界にポツンと身を置いてみる予定だった。
スピードに身を任せて、アドレナリンを出したかった。
だけど、その旅もキャンセル。

訳が分からない程、書類だらけのデスクを片付けよう。
机の乱れは、心の乱れ。

毎週末、涙を流せる程、
心から愛してたって、毎週感じる。
でも、壊れてしまったことはどうにもならないことも知っている。

しばらく封印していた彼の写真を見た。
生き生きとしていて、美男じゃないけれど輝いてる。
彼の強い心、強い意志。規律ある生活。
そうゆうのをもう一度思い出そう。

短い結婚生活の中で、
いろんな一流の方法を彼は叩き込んでくれた。
男惚れするいいやつなんだよ。

一流の教えをもらったからこそ、
いまどうにか手探りでも仕事をしている私がいる。

彼というのは、
心にずーっとしまっておかなくてはいけない存在。
それでも、私の人生に一番影響を与えた人。尊敬する人。

たまに、彼の写真をみて、励みにしよう。
背筋がシャンとする想い。

写真見ても、泣かなく日がくる。きっと。

最後の日に、「がんばれよ!」って背中をたたかれた。
あの時に背筋の伸びた感覚を忘れない。

連絡とれなくても、安否がわからなくても、
私はあなたを愛してる。

混乱の時期をおえて、心の底からそう言える。

テーマ:
慌ただしく時は過ぎ、
いろんなことがあったけれども、
なんだかんだ離婚してまだ二ヶ月。

心の傷は、まだまだ生傷。
ぐじゅぐじゅしていて、今にも血が流れそう。

体というのは正直で、
膣炎になったり、指のささくれが治らず膿んだり、
顔は、過去最悪の肌荒れをしている。

心身ともに抵抗力が落ちた時、
私は銭湯に行くことにしている。

先週は、近所にあるラクーアのようなスパにいって、
アカスリをしてもらった。

ちょっとガサツな韓国のおばちゃんに、
「寝て!」といわれて、
ベッドの上に横たわるとオケのお湯をドバーとかけられる。

ガサツなだけあって、
ちょっと擦り傷のあるスネもおかまいなしに、
ゴシゴシ、ゴシゴシ・・・

乾燥している肌が、どんどん剥けていく。

「横向いて!」と言われて、
ふと見たおばちゃんの顔には、汗の粒が吹き出していた。

「カムサハムニダ~」私は韓国語でありがとうを言ってみると、
「ハンムニダ、だよ!」と、「ンム」が大切らしい。おばちゃんに訂正される。
「カムサハンムニダ!」と言い直すと、おばちゃんが笑った。

汗水たらして、私の体の垢をこすぎ落としてくれる。
ガサツで乱暴くらいが、心地よかった。

自分で、うげーって思うくらいの垢の量。
神田の薮蕎麦のもりそばくらいの量はでたんじゃないか?
いや、ほんとに。

アカスリって、一番効率のいいエステだと思ってる。
保湿は毎日のケアが大切だけど、
全身の角質をとるのって、毎日のケアではやりきれない。

そして、一皮むけた肌になると、
心の垢も落ちた気がするもの。

次は、うつぶせにされて、何も見えないけど、
おばちゃん同士がしゃべってる韓国語が、心地よい。
何をいってるのか分からないから、心地よい。

人に手をかけてもらうって、とても贅沢なこと。
「カムサハンムニダ!またくるね!」
「ハ"ンム"ニダ!」また訂正されるも、
おばちゃん、にっこりと手を振ってくれた。

乾燥してたお腹周りも、
足のスネもかかとも、しっとりつるつる。

しかし、その週は、何をするにも浮かない気分で、
一週間、ひーこらひーこら、やりすごした。

どうもいけない。
お肌はキレイになったけど、私に必要なのは、
スパではなく、やっぱり銭湯なんじゃないか?

近所の弁天湯にいった。

昔ながらの天井の高い銭湯で、
江戸前のあっついお湯がたっぷりの浴槽がある。
こじんまりした銭湯だけど、街の人に愛されてる。

銭湯って言うのは、おばあちゃんの社交場である。
30そこそこの女性なんて、ほぼ来やしない。

銭湯の基本ルールさえきちんとしてれば、
誰の視線も気にすることなく、ぼけーっとしていられる。

銭湯の何がいいかって、あの高い天井だ。
そのなかで、裸でいるってこと。
ポツン、とした状況は、自分と向き合うには最適なんだ。

それは、美術館の大作があるフロアに近い。
だだっぴろい空間で、ポツン、とするのは、
自分自身と対峙するにちょうどいい。
しかも、私はすっぽんぽん!

あっつい湯船で火照った体が落ち着くまで、
カランの前に座る。
そうして、鏡にうつった自分を見つめる。

普段、お化粧するとき以外、あんまり自分の顔をみない。
お化粧するときも、バタバタとしてて、
スッピンの自分の顔をじっくり見ることなんて、
本当に銭湯くらいなものだ。

一度湯に入って火照った体は、そうそう簡単には冷めない。
カランのお湯でタオルを浸して、顔に当てて、保湿する。

もう一度、湯船に入りたくなるまで、じーっと鏡をみる。
そこに映ってるのは、素っ裸の自分で、
安い蛍光灯に照らされた私の顔は、残酷なまでに老け込んでいる。
これが、今の私のありのまま。

毎日鏡はのぞいているはずなのに、
銭湯の鏡にうつる私は、見たこともない自分だった。

離婚してから2ヶ月、なるべく週末には予定をいれて、
毎日もなるべく仕事にあけくれて、
何がなんだか、わからないほどに走り続けてきた。

やっと立ち止まった。

やっと自分を直視した。

濡れたタオルで、顔を保湿しているのか、
涙を拭っているのか、わからなくなってきた。

もう一度、あつい湯にざばっとつかって、
銭湯を後にすると、涙がでてきた。

あさっては、結婚記念日。3周年のはずだった日。
今となっては、幻の。

自分で言うのもなんだけど、本当にいい結婚式だった。
参列した人みんなが、そういってくれた。
うれし涙を流す両親に、やっと親孝行ができたと思えた。

三年前、結婚式の準備をしている頃、
「今が幸せの絶頂ね!」と年上の諸先輩方に言われる度に、
今じゃなくて、これからもっともっと幸せになるのに~って思ってた。

実際、結婚一年目は、ハネムーン帰国翌日にお葬式、
夫の転職、義両親の離婚、義父のアルツハイマーの発覚など。
なんだか、むちゃくちゃで、慣れない家事に奮闘したりと、
てんやわんやで過ぎてった。

結婚二年目くらいが、一番順風だったかもしれない。
なんてことない日常こそが、絶頂だったんだと今思う。

後悔をしたって意味がないとよく言うし、言われる。
でも、それって、ちょっとそうゆう洗脳をうけてるのかも。
後悔って、しちゃうものだよ。誰だって。

本当に後悔に意味がないのか?
いつも前をみて、歩いてなくちゃならないのか?

私は、幸せだった日々を思い出しながら、後悔する。
もうちょっとどうにかならなかったのかな、と。

ホロホロと崩れていった夫婦関係。
離婚というのは、コミュニケーションの破綻だ。

なんで、あのとき、話し合いができなかったんだろう。
愛し合って、神に誓った私たちが、なんで?なんで?
なんで、今離婚しちゃってるの?

どうしようもない問いかもしれない。
運命の歯車としかいいようのない力も感じる。

心の傷は生傷。何度も手当をしてあげないと、膿んじゃう。

後悔が手当になるのなら、何度でも後悔しよう。
後悔し切ったところで、本当の反省って見える気がするんだ。
そうじゃないと、別れた夫に失礼な気がするんだ。
ごまかしだけじゃ、傷は治らない。

もう連絡の取れない人であっても、心の中にずっといる人。
結婚3周年記念は、幻に終わったけど、
私たちの結婚生活は、現実にあったのだ。

最後の日に、夫と誓った。
お互い、いい恋しようねって。
涙ながらに、力強く抱き合った。
それも、幻なんかじゃない。

夫と再会することなんてないかもしれないけど、
もし会ったときに、
いい恋してるよ!って言えるようでいたいから。

それが、壊れてしまったものへのせめてもの償い。
心から愛した夫への誠意。

テーマ:
もうウジウジするのはやめようと思ったけど、
昨日、一日ベッドの中で動けなかった。

仕事も忙しかったけど、
思い出せば、独身に戻った寂しさを紛らわしたくて、
友達に会っては、ついつい悪酔いしてたこの一ヶ月。

夫のことをちょっとでも思い出すと、
酔いがぐるぐるまわって、一気にダメになる。

今週末も楽しそうなパーティーにお誘いされてたけど、
どうしても行けなかった。

ただただ疲れて、眠っていた。
そして、ときどき涙がでてきた。

iPhoneの写真を遡って、
いつから夫との関係が悪くなったのかなと思ったけど、
もう夫の顔をみても、泣かなくなってた。

去年の夏、海に行ったときの写真、花火に行ったときの写真。
すでに、夫も私も楽しそうではない。
必至に壊れかけたものをどうにかしたくて、
お互い気を使っていたような気がする。

二人でとったツーショットも、
夫は笑ってもいないし、私はただの作り笑顔。
もうこの頃から、心の距離は開いてたんだろうな。

忘れてしまえ!

出た答えは、これ。
恨みつらみはないけど、このくらいの勢いが欲しいのさ。

好きで結婚したし、愛していた。
誰も、別れるつもりで結婚なんてしないよ。

でも、私っていうのは、誰かとつきあうときも、
結婚したときですら、永遠ってないような気がしていた。

夫に「投資のためにお金を全額俺に預けてみないか?」と再三いわれたときも、
「別れるときに、お金でもめたくないから嫌だ」と断った。

女は現実的で、男はロマンチスト。
「別れるなんてないんだから!」って夫に言われたけど、
・・・結果は、これだ。ね、そうでしょ。

それでも、ちょっと投資してみたお金があった。
それは、いつ戻ってくるんだろうか。

くれてやる!

っていうほど、気前よくもないよ。
お金は、返して下さいな。

いつかは連絡とりたいと思ってた夫のボスの奥さんから、
FBのチャットが入った。

彼女は、気がついたら私と彼女との「共通の友達」が、
激減していたので、驚いてチャットしてきたのだ。
「何があったの?」と。

そんなの私にもよくわからない。

ただ夫が友達を解除したのだけは知ってたけど、
他の友達もいなくなったのか?

今となってはどうでもいい。

繋がってる友達なら、
FBで近況知らなくても、電話するもん。

彼女は、「一度でも愛した人なのになんで解除する?」
「理解できない!」と、先日の私と全く同じことを言っていた。

人からそう言われてみると、
誰よりも夫のことを知ってる私には、
夫のした行為は、よくわかるのだ。

私も前に進まなくちゃ。
夫は前に進もうとしている。
いつまでも、お友達でいられる関係もあるのかもしれないけど、
私と夫は、そうじゃない。

夫には感謝しているし、
結婚していた過去を葬ろうというわけでもない。

思い出には2種類あって、
すぐに取り出せるところに置いとくものと、
深い深いところに閉まっておくのがいいものと。

うちに遊びにきた友達が言っていた。
「旦那さん、そのまま出て行ったんだね」
「この家、まだ旦那さんの雰囲気残ってるよ」

荷造り2日、引っ越し半日で出ていたんだもの。
夫の持ち物はもうほとんどないはずなのに、
そんな余韻がありますかね。

夫が引っ越してから、
ずっと床にころがっていた結婚式のツーショット写真を、
やっと額から外した。

その代わりに、
いつもダメな私と一緒にいてくれる大学時代の仲間との写真を、
仕事机の上に置いた。

私の原点みたいな仲間。

それぞれ30になって、
頑張って生きてるみんなの姿を励みに、
私も前に前に進んでいこう。


テーマ:
離婚のことを、離縁ともいう。
一ヶ月経って、その重みを感じる。

一緒にお役所に行って、
仲良く一服して、抱き合って別れたから、
円満離婚じゃ!と思っていたけど、現実は厳しい。

書類上の手続き、ガス水道に至るまで・・・
そんなことは、黙々とすればいいだけで。

気がついたら、
知らない間に元夫がFBの「友達」から、離脱していた。

夫だけではない。
仲良くしていた兄嫁まで。どーんときたね。
それ以上は恐ろしくて、義兄は確認していない。

私たちの離婚の直後に、義兄に赤ちゃんが産まれた。
兄嫁のお母さん・・・結婚していたとしてもかなり縁の遠い人だけど、
すごく可愛がって下さっていたので、
「お孫さんのお誕生おめでとうございます!」とメッセージを送っていたが、
返事がこない。それも、こうゆう理由な訳だ。

それでも、元夫の友達からの年賀状が我が家には届く。
一度縁を結んでいたからには、
そうそうさくっと切れるものでもあるまい。

年賀状ってものは、がんばる奥様なら、
夫の友達の分までまとめて書いて送るものだから、
夫婦連名で「さよちゃんに、またうちの子と遊んでもらいたいわ!」なんて書いてある。

元夫は、引っ越し先を私に知られたくないようだったけど、
離婚手続き中、元夫が何度も新住所を書かされている間に、
携帯にメモっておいた。

案の定、各種変更手続きの中で、
夫の新住所が必要なものもあり、
また年賀状とか手紙とか、まだまだうちに届くもんだから、
年末年始に届いた分を、
A4封筒にどっさりいれてメール便で送ったよ。

結婚当初、国内の某一流メーカーに勤めていた元夫。
私は、「永久就職だわ!」なーんてことは考えなかったけど、
専業主婦になり、暇を持て余して、趣味程度に仕事を再開。

その後、元夫は転職をして、外資系企業に。
その会社はどんどん成長して、ある業界で世界一の企業になった。
外資系企業の奥様。
憧れたところで、なかなかなれるもんじゃない。

一生安泰かどうかは、外資だからわからないけど、
30代前半で1000万円プレーヤーになっちゃったわけだ。

まあ、お金には現実的だった人だから、
贅沢もせずに堅実な毎日を過ごしていた訳だけど、
休みは長期とれるし、年末年始に海外で年越しだの、
夏は沖縄だの、年がら年中ゴルフだのって、
今思えば、セレブな暮らしぶりだったと思う。

たとえ、心がさみしかったとしても・・・だよ。

それが、30歳にしてバツイチ。
趣味程度だった仕事を拡大して、生きてくしかない。
ラッキーなことに、離婚と同時に仕事がどんどん入ってきて、
仕事大好き人間としては、こんなに楽しいことないけど、
ふと我に返ると、いろんなものから遠ざかったんだなと思う。

例えば、子供。
健康上の理由から、すぐには産めなかったけど、
夫という存在と彼の経済力があれば、いつ産んでもよかった。
同時期にポポポーンと結婚した親友たちからは、
昨年末になって、ポポポーンと妊娠の報告。
みんな仕事に区切りをつけて、一旦家庭に入るのだ。

私は、家庭を捨てて、長らく休憩していた仕事人に復帰というわけ。
親友達と比べてしまうと、まるで人生を逆流しているようだけど、
時の流れは、同じ方向に進んでいる。

元カレとか、ちょっと好きだった人とか、
今でも連絡とれる関係にあるだけに、元夫のFB離脱はショックだった。
離婚して、子供いないとなると、さようならになるのかな。
抱き合って、お互いの未来を応援して別れたのにな。
ちょっと腑に落ちない。

元夫の性格からいって、前に進むためには、
過去を残酷にも切り捨てるようなことはする人だったとは思うけど、
私が元夫の交友関係と円満にやってきた努力まで、泡となるのか。
元夫の友達も私の友達って、言えるくらい仲良くなったって言うのに。

失ったものが、だんだん見えてくる。
時間が経てば、もっともっと見えてくるんだろう。

離婚しても、お互いを励まし合えるようなソウルメイトになりたい!
なんて、砂糖菓子のようなあまーい考えだったってことがわかった。

この道をゆけば、なんとかって、
アントニオ猪木さんの言葉を信じて、
一歩一歩、丁寧に歩んでいくしかないね。

独り身になった自由を楽しんで、
今までできなかったことを盛りだくさんやって、
恋愛もたくさんして、仕事もしっかりやって。
あとは、友情をはぐくむ。これ大切だね。

テーマ:
12/1をもって、独身に戻りました。
よく「離婚って、結婚よりも大変」ってきくけれど、
私たちの場合は、離婚の方があっという間だった。

冷たいマイホームの空気に耐えきれずに、
家事もせずに、バーに入り浸っていた一ヶ月の間、
家族カードは、いつの間にか解約されていて、
もちろん生活費も入れてもらえない。

彼が決断して、たった2週間。
水道、電気、ガス、インターネット・・・
知らない間にどんどんと手続きをしていたみたい。

離婚しよう。といわれてから、
感情が追いつくまで、泣き濡れていたけど、
彼から説明されて、納得してからは、
不思議なことに、昔みたいに会話も増えて。

バーで飲んでたときに再開しちゃったタバコを、
夫とベランダで吸いながら、
「いい人とまた恋しなよ」とか語り合っちゃってさ。

離婚にむけて、あれやこれや書類を整えて、
彼の荷物を一緒にパッキングをして、
一緒にタクシーに乗って役所に行って、離婚届を出した。
書類の確認や、各種変更に一時間半もかかった。

「お茶買ってくるけど、いる?」「うん、頼むわ。」
普通、離婚届けだすときって、親とかついてきて、大変らしい。
私たちったら、なんだかね。

その日の午後、
彼の職場の友人が手伝いにきてくれて、
一日で引っ越しを終えて、夕方には出て行った。

最後に残った荷物は、サッカーボール。
彼の親友であり、ボスであり、
結婚式のときに乾杯の発声をしてくれたオーストラリア人の友達と、
3人で、ボールを蹴った。その人もバツイチで、彼の縁で再婚した。

その彼に、スイートホームの玄関の前で、
二人の再出発記念にツーショットを撮ってもらった。
私は、笑顔。彼は、難しい顔してる。
女は強がりで、男は不器用なのだ。

「午前中に全部終わったから、
午後からは再スタートだよ!がんばれ!」と、
強く私の背中をたたいて彼は、出発していった。

ソファもテレビも、彼もいなくなった部屋。
洗面所に行くと、運びそびれたひげ剃りとか。
翌週あたりに、一瞬だけ荷物をとりに帰ってきたきり。

ちょうど私の仕事も忙しい時期で、
人生を走り抜けた二週間。
銀行、カード、マンションの契約・・・
いろんな名義変更をたんたんとこなしていった。
そして、新しいソファも買って、部屋の雰囲気も変わった。

銀行やら、郵便局やら、家具屋さんやら駆け巡って、
本当に忙しかったけど、
なぜか一度もパニック発作がおきなかった。
離婚決まってから、今に至るまで、
一度も発作がおきてない。

気を張ってるだけかな?
いつか事切れるんじゃないかな?
と心配だったけど、どっと疲労感がでただけで、
夜も寝れるし、朝も起きるし、掃除もするし。
なんで、私、こんなに穏やかになってるんだろう。

夫は、私を無償の愛で愛してくれた。
だけど、それが俺流だったあまりに、
私は首輪につながれたように、苦しさを覚え、
自分の居場所がわからなくなってしまったんだと思う。

愚痴も言わない、私の悪口も言わない。
最後まで、男らしくしていた彼は、ほんとうにいい男。
逃がしたさかなは大きかったとは思うけど、
結婚したことも、離婚したことも後悔はない。
これでよかったんだと思う。

愛って、難しいし、怖いものだね。
激しく燃えると、灰になっちゃう。

11月末、午前中に離婚届けの下書きをして、
一緒にジムへ解約手続きに行き、
今月中に携帯の支払い変更をしてこいと言われ、
私は午後から新規クライアントとの打ち合わせへ。

ヘッドホンも忘れて、何を考えていいか分からず、
地下鉄の中、疲れた顔で座っていたら、
車両の向こうから、友達が「あら、さよちゃーん」。

なんという巡り合わせだろう。
彼女もバツイチ、元夫とランチして、お茶して帰ってきたとこらしい。
夫とダメそうになってから、
ずっと相談してきた彼女の顔をみて、
「じゃ、渋谷までつきあってあげる」と地下鉄でちょっとおしゃべり。
気づくと、地下鉄のイスで、だら~としていた。
力が抜けて、やっと酸素が吸える感じ。

新規の打ち合わせは、なんというか、
夫と初めてであった洋服屋さんの向かいだった。
なんてこった。

打ち合わせの後、携帯の契約変更をして、
離婚が決まる前にたまたま予約しておいたエステまでの時間、
気晴らしにセーターでも買っちゃうか、と外苑前をうろうろ。
お気に入りの洋服屋さんにいこうとしたら、
ウェディングドレスを借りたお店の前を通るハメに。
なんてこった。

買い物する気分でもないなと思って、
ベルコモンズのインドカレー屋さんに。
私の好きなシンプルなマトンカレーはなくて、
ほうれん草と煮たマトンカレーをオーダー。

正直あんまり美味しくなかったんだけど、
疲れた顔で、タバコをぷはーとして、
「生ビールください。ジョッキで。」
スーツ着て、タバコとビールなんて、おっさんだよね。
彼をおもいだして、思わず涙が。

たぶんそのとき、すごい負のオーラが出てたんだと思う。
心配したインド人の店員さんが、何度も何度もお水を注ぎ足してくれる。
「お仕事帰りですか?お疲れですね。これからおうち?」
「いや、ちょっとエステに。」
「さっぱりしてくる、いいね。」

そんなこんなで、ぼーっとしてたら、
あっという間にエステの時間になったので、お店を後に。
エステと言っても、ブラジリアンワックスを予約していた。

女を取り戻そうと、まずはそこだと思って。
まさか、離婚の前日になるなんて、思わずに。

マンションの一室で、個人で女性が経営しているお店だった。
この際、全部聞いてもらっちゃおうと、
「私、明日、離婚するんです!」とぶっちゃけた。
「えー!」といいながらも、ただただ話を聞いてくれて、
「じゃ、お毛毛と一緒に、さよならしちゃいましょうね!」と、
明るいお姉さんが、あたたかいワックスを塗って、お手入れしてくれた。

痛みはほとんどなくて、
ワックスのあたたかさがとても気持ちよかった。
人に手をかけてもらうのって、心が潤う。
ついでに、すね毛もお願いしちゃった。
乾燥肌を保湿して、角質もとってくれるらしいから。

さっきまで、泣いてたぬれガラスが、
心もお毛毛もさっぱりして、背筋もしゃんとした。
冬の冷たい空気がおいしい。

一度、結婚したら、みんな独身にもどりたくなるもんだ。
私は、それを手に入れたんだ。
ほんとうにいい男だったけど、私には合わなかった。
しょうがないよ。

離婚したら、しばらく仕事に没頭して、
喪に服そうかと思っていたけど、
そんなの私らしくない。

仕事も、恋も。ってやつだ。

正式に離婚が受理されて、20日たつ。
独り身も悪くない。楽チンだ。
気の向くままに仕事して、
好きなときにお風呂に入って、
無駄な雑音もなくて。

私には、素晴らしい友達がいるから、大丈夫。
いっぱいいっぱい泣いたから、ちょっとは大人になったはず。
もう一人で何もかもやらなくちゃ。
今まで夫まかせだったから。

夫に鍛えられたせいで、強くなった。
人を愛することとスポーツ精神と謙虚さを教えてくれた。
入籍して、3年も持たなかったなんて、ちょっとださいけど、
嵐のような結婚生活だった。

楽しい思い出もいっぱいある。
何十万か払った結婚式のアルバムをまだ申し込んでないくらい、
忙しかった3年間。
離婚しちゃったけど、せっかくだから頼んどこうか。

部屋に飾っていた、
ウェディングドレスとタキシードのツーショットの写真。
それだけは、どうにもできずにまだ床に転がっている。


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ひょんなことから、行きつけのバーができた。

酒好きの私。
バーなんて、散財するに決まってるから、
夜な夜な飲み歩くようになってはなるまいと、
自分で、規制してたんだけど。

バーとの出会いは、近所に新しくできたカフェバー。
夜、大きな仕事を終えて、
一人打ち上げ気分で優雅に夕食でもと思って入ったところ、
どーぞどーぞとカフェのバーカウンターに呼ばれた。

バーカウンターは、
ちょっとオシャレな人達で盛り上がっていて、
いやいや一人で、と思ったのだけど、
店員さんが、わりとゴリ押しでバーカウンターに呼んでくれるので、
そこに座ったのが、いろんな出会いを作ってくれた。

そのなかにいたのが、会員制バーのオーナー。
カウンターにいた全員、ツイッターで繋がったのだが、
数日後、オーナーがお相撲さんを呼んで、
バーでちゃんこパーティーをするという。

たまたまその日、某ブランドのパーティーに行く予定だったのだが、
友達のベビーシッターさんがつかまらなくて、
子供つれて行くかと、ちゃんこパーティーに行ったのがきっかけ。

その後、一人でちょくちょく行くようになった。
会員制なだけあって、友達の友達とか、その友達とか。
だいたい馴染みのお客さんは、誰かの友達なのである。

実質上、家庭内別居というか、
夫婦間の会話もなくなっており、
セシウムだなんだで、料理を作れる気持ちも落ち。
実家に帰ってみたり、自宅に戻ってみたり。

主婦としては、お洗濯以外に何の仕事もしていなかった。
そして、自宅に戻ったところで、
一日中、誰とも話さないことも。
業務連絡の電話はあっても、おしゃべりってものが存在しない。

実家に行けば、おいしいご飯は自動的に出てくるけど、
心配そうな顔した母親と父親に挟まれて、
一日中、離婚問題からは慣れられない。
気分転換にお洗濯って、こともないしノイローゼになりそう。

だから、結局、ストレス値は高くても、
自宅にいると、気がまぎれるのだ。

バーには、いろんな事情を抱えてる人が、
楽しくお酒を飲みにきてる。
美味しいおしゃべりをおつまみに。

淡々と美味しいお酒を入れてくれるバーテンさんと、
夜になるとおしゃべり上手な兄貴肌のオーナーも現れる。

馴染み客になればなるほど、
あの子に会いたいなーとか、
誰ソレこないかな~とか思うもの。
楽しい知り合いがたくさんできた。

バーも閉店の時間になると、空も明るい。
オーナーと愉快な仲間で、近所のお店に朝ご飯を食べにいく。
健康的なんだか、不健康なんだかわからないけど、
ただ、とっても楽しい。

だいたいは、わたしより6つくらい上のお兄さん達。
家庭があったり、なかったり。
だから、私の夫婦の話も、
誰かしら一度は通った道だったりもして、
親身に聞いてくれて、元気づけてくれた。

たった一ヶ月やそこらの知り合いじゃないみたいに、
みんな優しくて、ハートがあって、人見知りじゃなかった。
江戸っ子だからかなぁ。情が深いってこうゆうことかな。

一ヶ月に何度朝帰りしたかわからない。
まるで、30歳にして不良になっちゃったみたい。
でも、息苦しい家庭にいるよりずーっとよかった。
そして、心和んだ。

不良してたから、夫のご機嫌や信頼はどん底まで落ちてったけど、
それでもいいって、思えるくらい。
まるで、旅みたいだった。

ちょうど旅がしたかったの。
でも、一人じゃ淋しいし、私は東京が好き。
東京の下町の夜をディープに旅してた感じ。

夫との仲が修復するのか、すべきものなのか、
わかりません。

もう話すことが何もないの。
バーで飲みながら、思い出したのは、
夫と行った楽しかった数々の旅。
できることなら、また夫と旅に出たい。

旅から帰ってきて、
たまにふと、旅先を思い出す。

朝帰りはさすがによくないから、やめます。
でも、ちょっと一杯とか飲みにいっていいよね?
ちょっとそこまで。

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愛してるって何だろうね。

本当に愛してると言いにくくなる。
安っぽくて。

ファーストフードみたいな恋愛だと、
愛してるって言えたりする。

深く深く愛してしまったら、
言葉なんていらないんだろうね。

何にもいらないものね。
彼がそこにいてくれるだけでいいもの。

それが、幸せ。

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