感謝の一年でした☆

テーマ:

今年一年、「月と田んぼ」をかわいがっていただきありがとうございました☆

みなさまのおかげで、月と田んぼでしか作れない岡山、真庭の雑穀や果物を使ったお菓子や、自然との調和の中で、農家さんが大切に育てた恵みを使った、ランチやお弁当を作ることができました。

自然の大地→農家さん→月と田んぼ→みなさま→その先

の素敵な繋がりの中に私も仲間に入れていただいて心から感謝しております☆

 

今年一年は、個人的にはバッタバタ、ドッタドタな一年でした。

毎年毎年、丁寧に。落ち着いて。暮らしたいと思ってはいるものの。。。

 

引っ越して1年目は、とにかく突っ走ってきました。

2年目。今年は、少し慣れたと思ったら長男が中学入学。

今まで息子たち二人だいたい同じ生活をしていたのが、小学校、中学校とバラバラになり、長男はお隣の町汽車で通学するようになり。

そこまでは、予定通り。

土日の部活は汽車の時間とずれているため送り迎え。

試合がお隣の市が会場だったりすると、送り迎えしないとならないのでお店はクローズすることもしばしば。。。

 

子供がやりたいことは優先してあげたい。

でも、私の体は一つで。

生活もあるから仕事はもちろん大事。

町の役も増えて、一人であたふたあたふた。

 

いつも頼りにしていた東京にいる母も具合が悪くなり、主人も調子が悪く、自分の体も心も悲鳴を上げ、心配事が増え、物忘れも激しくなり、どれだけ子供の前で泣いたか。。。

弱い母ちゃんです。

 

お店に来ていただいたり、ご注文いただいたり、うれしいお言葉をいただくととっても励みになりました☆

本当に感謝です。

ありがとうございます。

 

月田小学校の2年生が授業の町探検で、お店に来てくれました。

カウンターや座敷にそれぞれ座ってもらって、「いらっしゃいませ。」と言って黒文字茶をお出しして、インタビューを受けました。

また、改めて書きますが、2年生なりに月と田んぼのことを色々と思ってくれていたということがわかり、とってもとってもうれしかった。

帰るときに、ニコニコクッキーを渡したら「わーい!」ってみんな喜んでくれて。

先生が「食べたことあるの?」と聞くと、全員「食べたことある!」って。

そうなんだ。みんな食べてくれたことあるんだね。

ありがとう。

 

暗いトンネルから出口の光が見えてきた瞬間でした。

真庭市の移住者向けのインタビューを受け、インタビュアーの聞き出し方が上手だったこともあり、そのお話の中でもモヤモヤしていた自分の頭の中身も整理でき、東京に来て信頼するお友達にカウセリングを受け(http://www.homeopathy-momo.com/)、更に今までバラバラだった私の問題もお話するうちに整理でき、色んなお話もでき、あおい珈琲店や、one room coffee、needs、大好きなお店で、話して、放して、癒されて。。。

あおい珈琲店

http://home.att.ne.jp/wave/aoi-cafe/

 

1room coffee

https://www.facebook.com/1rcoffee

 

 

田んぼの会。(改めて書こう。)

学びが多く、いつでも、どんな私でも受け入れてくれて、心が落ち着く場所。

仲間たちと収穫したお米で、お赤飯をいただき、お餅を作って食べました。

 

美味しい!お餅は食べたことあったけど、こんなに、こんなに、愛おしい!と思ったお餅は

45年人生の中で初めてでした☆

ノリランカさんと仲間たちに感謝です☆

http://norilanka.net/norilanka/index.html

 

猪突猛進の私を支えてくださったみなさま、ありがとうございました。

年末のご挨拶もできないまま、休みに入ってしまいました。

来年もよろしくお願いいたします。

来年も頑張ろ。

自分のペースで。

 

よいお年をお迎えください☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【第1回 やまびこマーケット】

月と田んぼも出店します♪


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上田で採れたタカキビを使った、お菓子をはじめ、体が喜ぶお菓子をたくさんご用意して皆様のお越しをお待ちしております♪

他にも、素敵なお店がたくさん出店しますので是非遊びにいらしてください♪

 

☆日時☆

2016.11.13(日)

10時から15時まで

旧上田小学校 校内.周辺

(真庭市田原山上2138)

雨天決行

 

http://www.city.maniwa.lg.jp/webapps/www/event/detail_1.jsp?id=9394

 

 

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ここは、岡山県。
真庭市。
日本。

先日、イベントがあって東京に行ってきました。
街には、立候補者のポスターが溢れ、駅では演説をしてる候補者も。
ひっきりなしに街宣車が回ってる。

到着した日の夜に、渋谷の選挙フェスに行ってみました。
前回の選挙フェスもものすごい人だったけど、今回はさらにすごかった。

週明け、月田に帰ってきて、出る前と変わらない風景と、静けさに(同じ日本なのか。。。?)
と錯覚するほど。

この変わらぬ風景、静けさに癒される。

でも、『ここも』日本。
改憲となれば、東京や大阪のような主要都市だけでなく、田舎にももちろん影響は及ぶ。

東京で出たイベントは、しるしる憲法さん主催の、菅間先生による「Learning from HISTORY〜 Nazism」

「他人事でなく自分ごととして捉える。」
難しい授業でした。。。

でも、先生は「簡単に答えられる問題出したら、相手に失礼でしょ。難しいからこそ考える。モヤモヤした後味を残す授業ほど、本望だ。」とおっしゃってました。

では、菅間先生の授業を少し、引用させていただきます。
「自分ごと」として想像しながら読んでみてください。
(長いです。。。重いです。。。)
*******************************************
1933年 1月30日 一応、「合法」な形でヒトラーが首相に就任、政権の座につく。
            この頃、路上でのユダヤ人逆襲や不当な逮捕、口頭や書面による多数の反ユダヤ宣伝が行われつつあった。
      2月28日 「民族と国家を防衛するための大統領命令」
            国を守るために市民的自由を一時停止
            保護検束制度導入・・・ナチによって、「国家の敵」と認定されたものは、具体的な犯罪行為がなくても、SA(突撃隊)やSS(親衛隊)や秘密警察(ゲシュタポ)によって、身柄を拘束され、収容所に送られる(ドイツ国内に1000か所以上)
      3月12日 地方選挙
            共産党は、事実上非合法化、社会民主主義者は締め出される。
      3月23日 全権委任法(ヒトラーが議会に代わって、法律を制定できる権利を得る。)成立する運動が起きる。
      4月7日  職業公務員再建法 ユダヤ人官吏や公務員、またナチにとって好ましくない人物を強制退職
      4月22日 ユダヤ人開業医、国民健康保健から締め出される。ユダヤ人のところで診察を受けると保健が適用されず、これは、事実上の廃業宣告。
      4月25日 ユダヤ人の生徒、学生に対する就学制限導入
これ以後、全ドイツ人の人口に比例したユダヤ人数(約、1パーセント)に制限されてしまった。
      5月10日 ユダヤ系、共産主義的な文字や書物の焼却廃棄が全国で行われる(焚書)
<この頃のドイツ在住のユダヤ人の数は約50万人>
      7月14日 ワイマール共和國以後、ドイツ国籍を得た、ユダヤ人の市民権、国籍は無効
(「好ましからざるもの」の国籍剥奪)
      9月22日 国家文化省設置法
       10月4日 著作法、この二つにより、ユダヤ人は文化活動から締め出される

このように、まず、彼らの社会権、生活権が次々と奪われていく
1938年までにつくられた反ユダヤの規定、立法はおよそ1000に達する。

子どもたちにも、不安と恐怖から夜泣きをするもの、両親にしがみつくもの、学習への集中力低下が顕著になっていった。

1934年  1月1日 ユダヤ人医学生に対する国家試験の禁止(ユダヤ人は医者になれなくなる)
       6月7日 ユダヤ系出版社のナチ系出版社への強制買収
      12月8日 ユダヤ人役学生に対する国家試験禁止
1935年 初頭以降 全ドイツで反ユダヤ的宣伝の看板が公に掲げられ始める
      5月8日  ユダヤ人、将校になることを禁じられる
      7月25日 ユダヤ人の軍役資格が奪われる
      9月6日 ユダヤ系新聞の街頭販売禁止
      9月25日 ニュールンベルク法成立 ユダヤ人は、ドイツ人との結婚、性交渉の禁止
      9月30日 ユダヤ人の公務員全員解雇
      11月14日 ユダヤ人選挙権の剥奪
      12月21日 ユダヤ人、公証人、医者、大学教授、教員などの職業禁止

1936年  ベルリンオリンピック(8月)のため、一時的に反ユダヤ政策は緩和される
1937年 4月15日 数々の職業禁止
      7月2日  ドイツの学校からのユダヤ人学童生徒の締め出し強化
      11月16日 ユダヤ人の旅行交付が、特別の許可がある場合のみ制限

1938年 3月28日 ユダヤ教の宗教団体は公法団体としての地位を取り消される
      4月26日 ユダヤ人財産の登録義務(財産没収の下準備)
      7月6日  ユダヤ人、結婚仲介、旅行案内などで就業禁止
      7月23日 1939年1月1日以降、ユダヤ人であるという身分証明書携帯義務化
      7月24日 ドイツ各地のユダヤ人名を持つ道路の取り消し、改称
      8月17日 1939年1月1日以降ユダヤ人は、ユダヤの名前を名乗らなくてはならない
      ドイツ名の者は<イスラエル>などとその名の上に冠すること
      9月27日 弁護士業の禁止
      9月30日 ユダヤ人医師は医師資格を剥奪される
      10月5日 ユダヤ人の旅券には、<J>という字が明記される
      11月9日〜11日 ナチ政権による全国的、組織的な迫害=水晶の夜
ドイツで、数百のシナゴークが焼き討ちされ、96名のユダヤじんが殺される
ユダヤ人の商店、デパートなどの略奪、破壊、2万6千名のユダヤ人が逮捕され、強制収容所に送られる

      11月11日 ユダヤ人の武器所有並びに使用禁止
      11月12日 職工、サラリーマンなどの職業禁止(ユダヤ人はまともな職につけなくなる)
      同日     ドイツ在住ユダヤ人に対して10億ライヒスマルクの弁償金が課せられる
             ユダヤ人の劇場、映画館、音楽会、展覧会への入場禁止
      11月25日 ユダヤ人の学童、生徒全員、ドイツの学校への通学禁止
      11月28日 特定の時間、区域内でのユダヤ人の移動の禁止
      12月3日  自動車免許証及び自動車に関する許可証の略奪
      ユダヤ人は所有する営業所を売却し、有価証券、宝石類を供出させられる
      12月8日  ユダヤ人の大学での修学禁止

1939年  1月30日 ヒトラー、ヨーロッパユダヤ人の絶滅を示唆する発言を行う
       2月17日 ユダヤ人の所有する一切の貴金属拠出例
       4月30日 借家住まいのユダヤ人に対する法的保護の撤回
       <この頃、ドイツ在住ユダヤ人の数は22万人>
       
9月1日   ポーランド侵入、第二次対戦開始
       ユダヤ人の夜間(夏は21時、冬は20時)外出禁止
       9月23日  ユダヤ人はラジオの所有禁止、警察に拠出

1940年  2月6日  衣料キップの給付取り消し
       2月12日 第一回、国外強制大量輸送開始
       7月4日  食糧購入を1日位時間に制限
       7月29日 ユダヤ人の電話の所有禁止

1941年  3月7日 残存ユダヤ人に対する強制労働の義務の導入
       6月12日 ユダヤ人は無宗教を名乗らねばならない
       6月22日 ドイツ軍、ソ連侵入 ナチ親衛隊によるユダヤ人の大量虐殺開始
       警察の許可なく各自の居住区域外への外出禁止
       9月1日  満6歳以上のユダヤ人、黄色のユダヤの星印を付けることを義務化
       10月3日 労働法上の保護撤廃
       10月8日 ユダヤ人絶滅を目的とするアウシュビッツ収容所設立
       10月18日 ドイツユダヤ人の強制収容所への大量輸送開始
       11月25日 教師輸送されるユダヤ人の財産は没収されることになる
       12月21日 公衆電話の使用禁止

1942年  1月10日  所有する毛皮、ウール衣料の拠出令
       <この頃、ドイツ在住ユダヤ人の数は13万人>
       1月20日  ヴァンゼー会議で絶滅計画の組織化が検討される
       1月下旬  アウシュビッツで毒ガス使用開始
       2月7日  新聞、雑誌などの購入禁止
       3月26日 ユダヤ人の居住は、表札のそばにユダヤの星をはらなくてはならない
       4月24日 公共交通機関の利用は一切禁止
       5月15日 犬や猫、小鳥などの飼育禁止
       5月29日 散髪屋への出入禁止
       6月9日 余計な服はすべて供出させられる
       6月11日 タバコの配給キップの交付禁止
       6月19日 電気製品、光学機器、自転車、タイプライターなどの拠出令
       6月20日 全ユダヤ人学校閉鎖
       7月30日 メタル製ユダヤ教祭器の拠出令
       9月18日 肉類、乳製品、卵などの配給キップの給付停止
       10月4日 ドイツ国内の強制収容所に入れられていたユダヤ人は、全員、アウシュビッツに収容される

1943年  2月26日 ナチスはユダヤ人だけでなく、ジプシー(ロマ民族)も迫害した
            この日以降、ナチスの支配権となった12カ国のジプシーが、「ジプシー収容所」へ次々と連行された
       4月19日 ワルシャワ、ゲットーの数万人のユダヤ人が蜂起。ドイツ軍はその鎮圧に手を焼き、5月半ばまで抵抗が続く
       6月19日 ベルリン、ユダヤ人ゼロを宣言
       7月1日  一切の法的保護の剥奪
       
1944年  <この頃、ドイツ在住のユダヤ人は約1万5千人>
       10月21日 ドイツ人を配偶者としているユダヤ人の強制輸送
       11月13日 ユダヤ人は暖房された部屋の使用を禁止
       
1945年  1月27日 アウシュビッツ収容所、ソ連軍によって解放される
       5月8日 ドイツ帝国崩壊

************************************************
毎月のように、こんなに細かく。。。
「個をなくす」、ってこういうことなんでしょうか。。。

でも、緊急事態条項が発議されてしまったら。。。
↑こうなってしまう。と言っているのではなくて。
こんなに人が人の権利を奪うことが合法的に着々と進めていくことができるのだと思うと。。。
子供達に残したくない未来です。

子供達には選挙権がないです。
でも、未来を生きていくのは子供達です。
地球の一員として生きやすい環境を今の大人が整えてあげる。
それが今、大人である人たちの役目だと思ってます。

言葉少なくてすみません。。。

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(畔に植えた、秘伝豆もいい具合に育っています♪)

東京から帰ってきた次の日。
田んぼの草刈に行ってきました。
不耕起、無肥料、無農薬、山清水で自然農で1本植えで栽培してます。

なので、草は次々と生えてきます。

最初は、こんなに草ぼうぼうで、果たして稲が育つのか…
心配でしたが、しっかりと力強い分蘖も始まって存在感が出てきていました。
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稲とヒエの区別もわからなかったけど、やっているうちに慣れてきてすぐに見分けられるようになってきました。

カエル、アメンボ、ゲンゴロウ、トンボ、クモ、様々な生き物がここにいて、稲の他にも、様々な植物が生えている。

人間の都合で、 稲は稲だけ。トマトはトマトだけ。と、栽培しなくても、多様な世界の中でもちゃんとこうして育っている。
収量は少ないかもしれないけど。

自然からたくさんのことを教わりながら草を刈りました。

多様性が受け入れられる社会。
誰もが窮屈に感じない社会になればな。







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自主上映会します。

テーマ:
わたくし、ただいま45歳。

20歳の頃、憧れていた着物の似合う女性は36歳だった。
「30代になったら、あんな女性になりたいなぁ~」何て思っていたけど、チャリンコの前に後ろに子供を乗せて保育園へ猛ダッシュの毎日だった。
気がついたらとっくに36歳は過ぎていた。。。
それはそれで、幸せな毎日。

同じ親に育てられたはずの妹は、地に足が付いた人生を歩み、なぜか私はトラブルにばかり見舞われる。

それも、今思えば笑い話なのか???
色々とありすぎる人生ではあるけど、その時その時時間をかけてでも乗り越え、今は平和に生きている。

起きたトラブルも、その時はどん底に突き落とされるが、時間が経てばいろんな角度から考えられる。

友達にも恵まれ、恋もし、失恋もし、結婚をし、子供も生まれた。
小さなお店をし、お客さんにも恵まれた。
田舎暮らしもし、好きな事をやっていると思う。

あまり、長生きはできないと思うけど。
だからと言って、明日死んでしまう。
とかも嫌だけど。。。
そんな話を子供にすると「母さんは、100歳以上生きると思うよ。」などと言われる。

こんな事が語れるなんて。
生まれた時から、45年間も当たり前のように「平和」だったから。
「平和」しか知らないからだ。

毎朝、早く起きなさいと!子供とドタバタして、お店でお客さんとお話しして、夜になったらご飯を食べて、お風呂に入って、絵本を読んで寝る。

ささやかな幸せ。
人によって平和や、幸せは違うだろうけど。

知らなかった。
だから、想像できない。
トラブルに巻き込まれるような事は想像したくないし、不安になりたくないし、トラブルは他人事と思ってしまう。

戦争も、遠い国で起きてること。
私の周りでは起きないから大丈夫。
そんな事、おこりっこない。
って。。。

先日、真庭市長と話す会があった。
移住者と市長が、人口の流出を食い止めるためのヒントや、市への要望などを話す会だ。

市長は1,000年も前の書物や文化が現存している事を上げ、1000年後の子供達にも良いものを残していかないといけない。
と話していた。

私が45年の間、何の疑いもなく過ごしてきた小さな小さな幸せ。
子供にも当たり前のように味あわせてあげたい。
私の子供だけじゃなくて、世の中全ての子供達に。
友達を作り、恋をしたり、美味しいご飯を食べたり、ささやかなこと。
歌いたい歌を歌い、言いたいことを言い、
やりたい仕事をしたり。

そんな世の中であり続けて欲しい。

普段着すぎる憲法は、あまりにも毎日の私たちの生活に溶け込み過ぎていて、空気のようで。

ご飯を作ってくれて、洗濯がしてあって、畳んであって、部屋を掃除してくれてる、お母さんみたいな。
家族を守ってくれるお父さんみたいな。
そばにいてくれる恋人みたいな。
甘えさせてくれる、おじいちゃんおばあちゃんみたいな。
「当たり前すぎる」存在は、いなくなるなんて思わないから、考えもしないから、いなくなると大きな痛みを背負う。

先日の市長との会で、地域おこし協力隊の方が、地元の方は私たちが素晴らしいと思っている事が当たり前過ぎてその素晴らしさに気づいていないことがあると。

当たり前すぎてわからない。
気づかない。
それと同じことなんじゃないかな。

自民党の改正草案見ました???

実は、1番大きな政党は、「投票に行かなかった党」
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私は、支持政党はないけど、改憲派の、なぜ改憲なのか?
自信持ってメリットを伝えて欲しい。
全く見えてこないです。
なので、支持できないです。

テロは絶対にいけないこと。
でも、生まれて恐怖や、憎悪しか、そんな世の中しか知らなかったら。。。

テロリストを生む仕組みを作るよう仕向けた人たちのことは何と呼ぶの??
子供達に恐怖と憎悪の世界へ?
大げさじゃ無い。

子供達に普段着の憲法じゃなくて、迷彩柄の憲法を渡したいか???


そんな事言ってると、お客さん来なくなるかもよ。
って。。。

お客さんが来なくなるのは困るけど、そんな事より、今の大人が選挙権の無い、大切な子供たちの未来をグチャグチャにしてしまう事の方が困る。

今まで、嫌われたくないから相手に合わせる意見を言って何となくいい人ぶってきたけど。
でも、嫌われてもいいや。
私は、私が育ってきた45年間のような世の中でこの先も子供達が育っていって欲しいと願っています。

選挙前の
7月8日(金)12時~
7月9日(土)12時~と、18時~
に自主上映会を月と田んぼでします。
入場料 1000円
お飲み物は別となります。

ご予約
tukitotanbo@gmail.com


支持政党がある方も無い方も。
改憲派も護憲派も。
私は難しい事は分からないけど、一緒に考えてみませんか???













月田児童クラブ

テーマ:
4月から、月田に学童が出来ました。
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(街の方が作ってくださった木の温もりが伝わる素敵な看板。)

1300人ぐらいの人口の月田に小学生の人数は50人ちょっと。

母子で移住してきた我が家は、長期休暇になると落ち着いて仕事をすることが難しく、お休みを頂くことが多々ありました。

今まではお兄ちゃんが一緒にいてくれたから、安心して少しの時間なら家でお留守番出来た次男ですが、長男が春から中学に通うようになり部活で遅くなることも多くなる事を考えると、平日も閉店の時間を切り上げた方が良いのか?
店舗営業はせずに、卸だけに専念した方が良いのか。
悩みました。

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(学校の校舎の直ぐ裏にあるので公道を通らずに行けます。)

こちらに来てから直ぐに近所の方に、夏休みなどの長期休暇は子供達はどうしてるのか?聞くと「じーちゃんばーちゃんがいるからなぁ。考えたこともないわ。」と。

多分、核家族は移住してきた人たちぐらいで、大体が同居、もしくは、近所に住んでいる、真庭市内に住んでいる、方が多い。

でも、色んなママ達にリサーチしてみると、おじいちゃんおばあちゃんと住んでいても、働きに出ている方も多く、困ってる家庭があることも分かりました。

学童を立ち上げよう。という流れになってきたので、少しでもお役に立てればと動き始めました。

保育園の待機児童の問題もニュースになりましたが、小学校、特に低学年のうちの放課後、長期休暇の居場所は、人口が多い、少ないに関係なく働いている子育て世帯がある以上必要だなとつくづく感じました。

場所、指導員の問題(教員免許や保育士の免許等が必要)も、街の方達のおかげで1つ1つクリアして、開所することが出来ました。
中心になって動いてくれている方が居なかったらこの児童クラブは出来なかったな。
本当に感謝の言葉以外見つかりません。

私も火曜日に補助員として入らせてもらっています。
子供の発想には毎回驚かされます。

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(子供達と指導員の方達と作った段ボール小屋)

先日、用事があったので少し早めにお迎えに行きました。
すると「帰りたくない!」と言って泣くのですσ(^_^;)

他のお友達もお迎えが来ても「あと、もう少し!」とか、「お迎え、早い!」と言っていますσ(^_^;)

子供と丁寧に向き合ってくださる指導員の先生方に本当に感謝です。

学校から帰ってくると、手を洗って、おやつを食べて、宿題をしてから遊びます。

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(自分たちで作った段ボールの的当て)

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(普段、イタズラばかりしてる2人も絵を描き始めると凄い集中力を見せます。)

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(1年生の女の子と、◯0年ぶりにリカちゃん人形で遊びました。服が余りにも露出が多いので「女の子は冷やしちゃいけん!」と、何枚も服を着させるおばちゃん
と長い事遊んでくれましたσ(^_^;))

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(おばちゃんが使っていたお人形がお鍋を落としてしまったので、川に連れて行かれてしまいました。シュール…)
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(人生ゲームで遊んだり)

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(飽きたら外で遊んだり)

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(自分たちで作った釣り堀で遊んだり)

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(段ボールで自分で作ったバットと、ガムテのボールで先生と野球したり。すごく楽しそうな声が聞こえます。)
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(みんなで折り紙したり)
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(運動会の振り替え休日のお昼には、指導員の先生方も一緒に素麺を食べました。)

手探りしながら少しずつ形になってきて、
子供達にとってストレスのない居場所になってきている。

子供達も指導員の先生方との関わりで学ぶことも多いと思いますが、補助員で入ってる私も指導員の先生から学ぶことが多い。

学校が休みの日も次男が「学童行ってもいい?」と、言ってきますσ(^_^;)