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2011-09-03 13:28:56

東北チャリ旅 (北上⇒盛岡) 2007年4月29日

テーマ:日本縦断断続チャリ旅(東京→宗谷岬)

Coca-Column 夜食の狸そばや朝食バイキングがついてるなど、かなり安くていい健康ランドだった。そんな何気ないことに小さな幸せを感じながらも、今日もまた重いザックを背負いながら走らなければならない。今日の目標はザックを買うこと、そしてわずかでもいいから北上することだ。


8時に健康ランドを出発した。4号沿いは直線で道が良い。花巻のホームセンターを見つけて、寄り道をするがザックは売っていなかった。


「やばいな。ホームセンターでも売っていないのか…」


道の駅石鳥谷で休憩する。寄り道したことを含めても2時間で24.12km進んだことは悪くはない。ただ背中と肩、そして腰に掛かる重圧は長時間走れるものではないことは明らかだった。早くザックを見つけなくては。


盛岡郊外の街である紫波中央駅付近で大型のスポーツ店を見つけた。ここならあるはずだ。店内は広くザック売り場を見つけるのに一苦労だったが、かなり色々な種類のザックを売っていた。そんな中コロンビアの茶色いザックに決めた。今の登山ザックでは重いので、普通のリュックタイプを買うことにした。このザックは肩と背中にクッションが利いていて、また寝袋を入れるのに丁度いい大きさのポケットも付いてるため、機能的にも使いやすい。なかなか良いものを買えて満足だった。


Coca-Column まだ12時20分と少し早かったのだが、盛岡のユースホステルに泊まることにした。昨日に引き続き今日また少し早いが荷物整理等今後に備えて色々とやらなければならないことがあるのでしょうがないと自分自身に言い聞かせた。途中盛岡の名物である冷麺を食べながら、15時にユースホステルに到着した。今日の走行距離は59.06kmだった。14.5畳の部屋なのに一人で独占できるそうだ。ザックに詰まった荷物を全部広げてみても、全然足りないくらいの広さだ。帰り道お土産を買って持って帰るのは荷物が多いため面倒だから、盛岡市街まで遊びに行って買ってくることにした。どうせ登山ザックを送り返すのだから、中にたくさん詰めれるものは詰めた方が良い。


いわて銀河鉄道に乗り盛岡駅へと着く。旅の途中ではあるが、こうしたイベントは何だか楽しい。夕飯は何を食べようか。冷麺は食べたし、あまり美味しくないし…ひとりわんこ蕎麦は罰ゲームに近いし…そんな中お土産で見かけたじゃじゃ麺なるものを食べてみることにした。こんなものがあるなんて初めて知ったよ。皿に盛られたうどんに肉味噌とキュウリが乗っていてシンプルな食べ物だが美味い。さらに食べ終わった後、ゆで汁を皿に入れてもらい生卵を溶いて肉味噌と絡めて食べる。その変わった食べ方も面白かった。世の中色々な美味しい食べ物があるものだ。これだから旅はやめられない。公園で桜祭りをやっていたので見学して帰ることにした。さて、明日はどこまでいけるやら…

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2011-06-18 05:19:17

東北チャリ旅 (平泉⇒北上) 2007年4月28日

テーマ:日本縦断断続チャリ旅(東京→宗谷岬)

新幹線を使って東京駅から一関駅まで来る。一関駅から平泉駅までは乗り換えに50分も掛かる。前沢牛のハンバーグ弁当を食べながら電車を待つことにした。


人気も全くないホームのベンチで駅弁を食べていると、また旅をしているんだなと実感が沸いて来た。思えば1年前事故にあってからというもの自転車での旅は、なかなか踏み出せないでいた。事故で壊れてしまった相棒のクロスバイクはかなりの重症でペダルのクランクが内側に曲がってしまったため、ギアごと交換することにな

った。購入してわずか3日で壊れたこともあり、購入先ではサービスで部品とペダル部分を外すための専用修理工具を送ってくれた。それを自転車修理マニュアルを読みながら直したものだった。しかし修理してみるとクランクだけに留まらず、前輪の軸も歪んでいる事に気付いた。さらにギアがトップに入らないし、ブレーキの左右バランスが悪いなど数々の故障箇所を発見。入念にメンテナンスをして走れる状態に仕上げた。


本当は買い換えた方が早かったのかもしれないが、買い換えることはできなかった。それは金銭的な面もそうだが、この旅を本当に続けていいものなのかという思いが脳裏にあったからだった。買い換えるということは断続チャリ旅をこれからも続け絶対にゴールをするといった意思表示になる。今はそのような気持ちよりも、ゴールはできないかもしれないが、ただただ旅の続きをしたいだけだった。それに僕自身だけでなく、この自転車で最北端最北端の地を目指していただけに、相棒の自転車にその地を踏ませてあげたい。


Coca-Column 色々な思いが交錯する中、平泉に帰ってきた。思い出はたくさんある自転車だが、駅前で組み立てるのもこれでわずか2回目とまだまだ未熟。人の目線が気になるのだが、ゴールデンウィークの割に人気もまばらで電車が到着する度に人垣ができる程度なので、気持ち的には楽であった。


13時に平泉駅を出発する。再びこの道の続きを走れる楽しさからか、街が輝いて見える。道路脇には咲き始めた桜がこの瞬間を祝福しているかのようだった。


しかし何事もうまくいっている訳ではなかった。走り始めた当初から感じていた背中の痛みは1時間もしないうちに限度を超え、早速休憩せざるをえなくなってしまった。その原因ははっきりしていた。今回の旅の目標は平泉から札幌まで行くことだ。9日間掛けて走る予定だったため、着替え等の荷物がかさ張り詰め込み過ぎていた。
キャリアがあればこのような問題も起きないのかもしれないが、生憎付けていなかったため、全ての荷物をザックに詰め背負いながら走らなければならない。そのため背中や腰に掛かる重圧は相当なものになってしまった。
またせっかく今回の旅から用意したヘルメットも被ってしまうと必要以上にかさ張ったザックにぶつかってしまい、顔を上げることができないなどの弊害もあった。出発してわずか1時間で音を上げる。これはやばい。札幌はおろか、今日の目標である盛岡でさえすごく遠い目標になってしまった。何があっても前へ進まないとゴールはないため、渋々再び重いザックを背負い出発した。


一度感じ始めた痛みはもう止めることはできなかった。走り始めるとすぐに休憩したい衝動に駆られ、なんとか耐えながら50分に1回程度の休憩を挟みながら北上を続けた。しかしもう限界であった。これほどまでにチャリ旅というものは大変なものであっただろうか…。北上の健康ランドを見つけると逃げるかのように今日の旅を終えることにした。わずか3時間半で37.83kmの走行であった。



健康ランドで風呂に入りながら筋肉痛をほぐす。明るいうちから風呂に入っているとまだまだ走れたのではないかという後ろめたい気持ちを物凄く感じる。しかしこのままではただ辛いだけで、どうにもならない。明日はザックの軽量化を考えて、どこかで買うことも考えなければな。

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2011-02-19 03:04:51

東北チャリ旅 (気仙沼⇒平泉) 2005年5月6日

テーマ:日本縦断断続チャリ旅(東京→宗谷岬)

目が覚めると体中の至るところから筋肉痛にも似た痛みを感じる。その痛みが昨夜の事故が夢ではなかったことを物語っていた。一端目が覚めてしまうと、昨夜のように様々なことが脳裏を横切り、独り寝床でゴロゴロともがき苦しみ続けた。


6時半になると起きることに決めた。暗い場所にいるといつまでも経っても暗い考えしか出てこない。眩しい光に包まれながら、座敷で水を飲んだ。朝早く起きたはいいものの、何もやることがない。雑誌を読む心境でもないし、また自転車に乗って次の目的地まで走る訳でもないのだ。本当に何もやることはなかった。しかし何もやらずにいるにはとても手持ちぶたさで落ち着かない。せっかく気仙沼まで来たのだから、朝ご飯を市場で食べてから帰ることにしよう。


一夜経ったこともあり、気持ちは幾らか穏やかになっていた。いやこの太陽の明るさが心を落ち着かせるのだろうか。会計を済ませると駐輪場へと向かう。そこには傷ついた相棒が俺が健康ランドから出てくるのを待っていた。ペダルのクランクシャフトがへこみ、サドルが破れ、ギアチェンジがうまくいかない。しかし重要なことだが、動かないわけではなかった。チェーンをギアに掛けるとゆっくりと漕ぎながら魚市場へと向かった。


Coca-Column 魚市場の食堂は8時開店で50分ほど待たなくてはならない。しかし先を急ぐ理由などないのだ。のんびりと待つことに決めた。市場でお土産を眺めた後、ベンチに腰掛け缶コーヒーを飲みながら地図を眺める。振り返れば随分遠くまで来たものだ。ここで終わりになったとしても自分としてはよくやったのではないだろうか。今日はのんびりとしているせいか、時間がゆっくり優しく流れている。ボケーっと海を見ながら開店するのを待った。


気仙沼はサメの水揚げ量が日本一で、サメのヒレを使ったフカヒレは有名だった。食堂に入るとこの旅の終わりを祝し奮発して、2940円のフカヒレ丼を注文した。旅一番の贅沢品だ。丼に乗っているフカヒレの量といったら驚くほど多かった。今までフカヒレというと、中華街で食べたスジ状の物が浮いているフカヒレスープしか食べたことがなかったが、このフカヒレ丼はまさにヒレの原型が乗っていた。こういった食べ物との出会いも旅ならではで面白い。


気仙沼市街を走りながら最寄駅へと向かう。ボロボロではあるけれども、何とか走ることができる相棒が頼もしく思える。ふとある考えが心の奥に灯った。ひょっとしたらもう少し走れるのではないか…。


家に帰るには気仙沼駅から一関駅まで出て、新幹線で帰ることになる。つまり気仙沼から西に行くことになる。この先チャリ旅を続けるには、勾配がきつい海岸線を通るよりも内陸である一関まで出て国道4号線を走った方が走りやすいだろう。つまり次回一関まで新幹線で来てそこから気仙沼まで電車で移動し、自転車を漕いで一関までまた戻ることを考えると、それは非常に億劫である。


「どうせなら、一関駅まで自転車で行くか。」


幸い一関に続く284号はJR大船渡線と途中まで並走している。先に自転車が壊れるか体が壊れるか分からないが、途中で駄目になったら駅から電車に乗ることだってできる。


覚悟は決めていた。いや覚悟と呼ぶにはいささか大げさ過ぎる。ただ純粋に今までやってきたことを無にしたくなかった。いつでも続きをできる状態にしておきたかった。今回この気仙沼で終わりにしてしまっては、間違いなく次はない。だからどうしてもここで終わりにはできないのだ。


気仙沼駅で明日の7時27分発一関から東京までの新幹線の切符を買い、今日の宿を平泉にあるユースホステルに決めた。今日はもちろん飛ばそうとか頑張ろうとか、そういった気はない。そもそも自転車のクランクがへこんでしまってはスピードなんか出やしない。だけれどもそんなことどうでもいい。今は自転車で走るという行為そのもにに楽しさを感じていた。しかしその一方で、車と通り過ぎる度にまた轢かれるのではないかといった思惑が頭を過ぎり恐怖心が芽生えていた。すっかりトラウマになってしまったようだった。


11時50分道の駅かわさきに到着する。ゴールデンウィークということもあり、辺りは観光客で溢れていた。自転車をベンチの脇に止め、荷物を降ろす。今日は温暖な気候で気持ちがいい。


Coca-Column 道の駅のすぐそばには北上川が流れ、国道284号は川を渡るため大きな橋が架かっていた。緩やかな坂道を上り、橋に辿り着くとそこから見える光景に思わずペダルを漕ぐのを忘れ立ち止まってしまった。北上川は広い川原にU字カーブを描きながら雄大に流れ、その水面は太陽光を受け眩しく輝いていた。その綺麗な光景に心が洗われる思いだった。なぜだか知らないが胸が熱くなり自然と笑みを浮かべてしまった。


「ありがとう…」


北上川に感謝した。こんな素晴らしい景色に出会うためにも僕はこれからも旅を続けなくては…



Coca-Column 15時10分今日の宿である毛越寺YHに到着した。


「昨日までは大混雑だったんですよ。」


ゴールデンウィークも残り僅かになり、昨日までいた宿泊客は皆帰ってしまったと宿の主人が言った。少し寂しくもあったが、お寺なので落ち着いた雰囲気は悪くない。荷物を置かせてもらうと金色堂で有名な中尊寺を訪れることにした。旅の終着点に明るいうちに到着すると観光する時間があるのが嬉しい。中尊寺や毛越寺をのんびりと歩き回り、近くの温泉施設で入浴した。


宿の主人の話では、海岸沿いの道をやめて国道4号に出てきたことは賢明な選択だったらしい。気仙沼よりもさらに北上していくと道は険しく、そこから国道4号に出ようとしても山越えが厳しいため深みにはまるところだったそうだ。


「軌道修正だけで距離を稼げなかったけど、次に繋がる走りはできたんだな。」


地図を広げルートを確認する。次こそは北海道に入ることができるのだろうか。ロビーで宿泊客達と旅話などしながら夜は更けていった。



今回の旅は自転車がクロスバイクになったこともあり、初日から距離は走れるがトラブルの連続でとても辛く思い出に残る旅だった。中でも2日目のアクシデントは本当に心身ともに一杯一杯になってしまった。ただまだ旅は続けたいので、来年のゴールデンウィークまでに自転車を修理し、ここからまた必ず続きを始めたい。次はどこまで行けるやら…。この旅が長期に渡りそうな予感が脳裏を過ぎ、覚悟を決めたのだった。

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